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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第12章 世界をつなぐ、開いた輪

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第100話 外へ出る権利


 残された二十二分で、世界へ問いを届ける。


 それだけでは足りない。


 オルフェウスにも、俺にも、途中で答えを書き換えられない経路を作り、互いに独立した場所から異なる返答を受け取らなければならない。


 白い海の上では、神域から外へ伸びていた銀の通信路が一本ずつ握り潰されていた。


 王都へ続く線が消える。


 帝国東部の応答灯が暗くなる。


 グレインベルへ届いていた線も、髪の毛ほどの細さまで縮んでいた。


 時間がない。


 だからこそ、相手を賛成へ誘導するような問いを送ってはいけなかった。


「問いを、短くしよう」


 俺はΩの候補欄へ指を走らせた。


「短く?」


「ああ。ただし、答えやすくするためじゃない。何を確かめたいのかが、読む人に伝わるようにする」


 時間がない時ほど、立派な言葉は危険だ。


【あなたは自由を望みますか】


 そう訊けば、拒否しにくい。


【世界を救うことに同意しますか】


 そう訊けば、詳しい条件を読まずに承認する人が出る。


 自由も救済も、誰もが反対しづらい言葉だ。


 だからこそ、その言葉に同意させるだけでは、オルフェウスの祈りと変わらない。


 集めるべきなのは賛成ではない。


 この仕様が、どこで、どう壊れるのか。


 俺たちが想定できなかった危険を、それぞれの現場から返してもらう必要がある。


 Ωの上へ、第一警告に残されていた三つの問いが浮かんだ。


【誰を外部とするか】


【誰が止めるか】


【根が枝を上書きした時、枝の意思をどこへ残すか】


 これは、世界の人々へそのまま答えてもらうための問いではない。


 開環仕様を設計する俺たちが、最初に答えなければならない三つの課題だ。


 一つ目は、根の判断を外から検証できる者をどう作るか。


 二つ目は、異常を見つけた時、誰がどの条件で止められるようにするか。


 三つ目は、停止要求が根に拒まれても、その事実を消されないようどこへ記録するか。


 三つは、別々の問題ではない。


 根の誤りを見つけられる者がいても、止める権利がなければ意味がない。


 止めることができても、その要求を後から消されたら、故障や反乱として処理される。


 記録を残しても、それを管理する者が一人なら、都合の悪い記録だけを隠せる。


 三つの答えが互いを支えなければ、最後には必ず一つの椅子へ権限が戻る。


 だから、まず俺たちがこの三問への仮の答えを組み合わせ、開環仕様の候補を作る。


 そのあとで世界へ送るのは、同じ三問ではない。


 完成した候補が各地の現場でも安全に使えるのか、俺たちが見落とした条件はないかを検証してもらうための、別の三問だ。


「最初は、外部の定義からだ」


 俺は一つ目の問いへ触れた。


 空中に、俺の非連結署名が表示される。


「俺みたいな非連結者だけを外部と決めれば、今度は非連結であることが特権になる」


「接続者は、外へ出られなくなるわ」


 エリシアが続けた。


「血統印を持つ者は、生まれた時から根の内側へ登録されている。接続しているという理由だけで、外から問い直す資格を持てないことになる」


「だから、生まれや血統では決めない。外部を人の種類じゃなく、今どこから観測しているかという状態として扱う」


『定義案を作成します』


 アークが銀の文字を並べた。


【外部観測者:根の命令を一時的に受けず、根と枝の差分を観測している者】


「一時的に?」


 エリシアが訊く。


「ずっと外にいなければならないわけじゃない」


 俺は、閉じたΩの円周へ切れ目を描いた。


「必要な時に接続から離れて、中で何が起きているかを外から確かめる。確認が終われば、また接続できる。外部という身分を与えるんじゃなく、誰でも選べる観測位置にするんだ」


『離脱後の再接続を許可します。また、過去に離脱した事実を、接続拒否や懲罰の理由として使用できない条件を追加します』


 銀の式が書き換わる。


【外部=固定された身分ではなく、選択可能な接続状態】


【離脱後の再接続を許可する】


【離脱履歴のみを理由として、利用・就学・移動その他の権利を制限しない】


 以前の仕組みでは、一度でも接続を拒めば、異端や不適合として記録された。


 それでは、外へ出られるように見えても、実際には戻れない。


 戻る道が閉じている出口は、追放の入口にすぎない。


 エリシアが、自分の掌に灯した炎を見る。


「でも、離れたいと望んだ瞬間に、すべての出力を切るのも危険よ」


「飛行術の途中なら、そのまま落ちる」


「治療具なら、傷口を開いたまま止まるかもしれない。大きな炉では、燃料だけが内部に残る可能性もある」


 本人の停止要求を優先する。


 言葉だけなら簡単だ。


 だが、要求が届いた瞬間にすべてを断つことと、要求を無視しないことは同じではない。


「離脱要求と、実際の出力断を分けよう」


 俺は式へ二本の線を引いた。


「止めたいという要求は、その場で受理する。受理したことを先に記録する。そのあと、安全に反力を逃がして、出力を下げて、接続を切る」


『離脱要求の受理後、実際の切断までに猶予が発生します』


「その猶予を根が決めたら、また同じことになるわ」


 エリシアの指摘に、俺は頷いた。


 根が【安全のため】と言い続ければ、停止要求を永久に保留できる。


 帝国の同期核も、教会の祝祷領域も、その言葉で人を動かし続けた。


「猶予時間は、根に決めさせない。飛行具なら着地まで。治療具なら出血を抑えるまで。炉なら燃料を抜いて圧力を逃がすまで。装置や用途ごとに、近くの人が検証できる手順として先に公開する」


『局所安全手順として定義します』


「手順には、止める対象、止めるまでの時間、遅らせる理由、誰が判断したか、いつ再確認するかを必ず書く」


「書かれていない理由で、停止を遅らせることは?」


「できない。想定外なら緊急記録を作る。でも、あとから都合のいい理由へ書き換えられないようにする」


 式が新しい形へ整う。


【離脱要求は入力時点で受理し、受領記録を作成する】


【安全上、即時切断できない場合のみ、公開済みの局所安全手順へ移行する】


【局所安全手順は、対象・理由・猶予時間・責任者・解除条件・再確認時刻を表示する】


【猶予は拒否ではない。期限到達時には、継続のための新たな確認を必要とする】


 白い海が盛り上がった。


 壁となった波が、左右から銀の式へ迫る。


『美しい言い換えです』


 オルフェウスの巨大な顔が、白い壁の向こうへ浮かび上がる。


『しかし、現実は言葉ほど整っていません』


 杖の先が光った。


 白い海の上に、治療台へ横たわる幼い子供の像が現れる。


 腹部には深い傷があり、治癒術の光が肉を繋いでいる。だが、痛みに耐えきれない子供は、泣きながら治療者の手を押し返していた。


『この子が、痛いから止めてほしいと言えば、そなたは治療を切るのですか』


「止めたいと言った事実は消さない」


『治療を止めれば、子供は死にます』


「だから、停止要求と即時切断を分けた」


 俺は子供の像の横へ、三つの欄を作った。


 現在の生命危険。


 中断した場合の危険。


 痛みを下げる別の方法。


「意識や年齢のために本人だけで判断できない場合は、近くの治療者と保護者が一時的に判断する。でも、子供の拒否を存在しなかったことにはしない。続けるなら、なぜ続けるのか、いつまで続けるのかを記録する」


 エリシアも言葉を重ねる。


「痛みを減らせる別の術式があるなら、そちらを先に試す。緊急処置を終えた後は、同じ治療者だけで継続を決めず、別の治療者か保護者が確認するべきだわ」


「治療者の権限を奪うんじゃない。緊急だから任せた判断を、その人の永久の支配権にしないんだ」


 子供の像の横へ、銀の文字が刻まれた。


【本人が判断困難な場合、生命維持に必要な最小処置へ限定して一時継続】


【本人の拒否記録を保持】


【安定化後、別の確認者による再審査を要求】


 オルフェウスの眉がわずかに動いた。


 次の像が開く。


 都市を囲む防壁。


 その操作台の前で、一人の兵士が恐怖に駆られ、停止板を何度も叩いている。


『では、錯乱した者が都市防壁の停止を求めれば、何万人もの命を危険へ晒すのですか』


「その人自身の身体や魔力が、防壁へ繋がれているなら、その接続は切れる」


『防壁全体は』


「その人一人の所有物じゃない。同時に、上官一人の所有物でもない」


 俺は、兵士から防壁へ伸びる線を途中で分けた。


 一方は、兵士自身の魔力供給。


 もう一方は、都市全体を守る防壁機能。


「本人の供給は、安全手順に従って別の蓄積槽へ切り替える。その人を燃料にしたまま、防壁を維持しない。防壁全体を止めるかどうかは、局所運用者の複数確認と、実際の敵襲検出を使って判断する」


「停止を望んだ兵士だけを交換して、何もなかったことにするのも駄目よ」


 エリシアが言った。


「なぜ停止を求めたのかを確認しなければ、次の人も同じ危険に遭うから」


「ああ。個人の離脱と、設備全体の停止を別々に記録する」


 防壁の像が消え、今度は爆発寸前の炉が現れた。


 赤く焼けた外壁。


 振り切れた圧力計。


 けれど、周囲に作業員はいない。


『運用者が全員逃げた炉では、誰が判断するのです』


「無人安全系へ渡す」


『機械へ決めさせるのですか』


「できることを限定した機械へ、壊れる方向を選ばせないための動作だけを任せる」


 逃がす。


 ほどく。


 切る。


 研究所で最初に決めた順番を、炉の像へ重ねる。


「無人安全系は出力を増やせない。新しい目的を追加できない。燃料を遮断し、圧力を人のいない場所へ逃がし、設備を停止することしかできない」


『誰も責任を負わずに逃げた場合は』


「運用者が不在だった事実も残す。逃げたことが正しかったか、持ち場を放棄したのかは、事故を止めたあとで検証する。裁くために炉を爆発させる必要はない」


 オルフェウスが俺たちを論破するために出した反例が、仕様の曖昧な場所を一つずつ照らしていく。


 完成していないから、問い返せる。


 穴が見つかったから、埋め方を検証できる。


「あなたが、この仕様では救えないと思っている例を。隠したまま完成したことにせず、今ここで検証する」


 巨大な教皇の表情が、初めて明確に歪んだ。


 白い壁が一段近づく。


 銀の式の端が削られ、文字の一部が海へ散った。


「ユウマ、右!」


 エリシアの声に反応し、俺は横へ跳ぶ。


 直前まで立っていた場所を、白い槍が貫いた。


 衝撃はない。


 槍が触れた銀の道だけが、最初から存在しなかったように消えていく。


 着地と同時に、エリシアが杖を振る。


「温度、四百。範囲、槍の表面だけ。持続、半呼吸!」


 細い炎が白槍へ巻きつく。


 焼き壊すためではない。


 均一な白光へ温度差を作り、一本の槍を複数の状態へ分ける。


 白槍の先端が遅れた。


 柄だけが先に進み、自分自身へ食い込む。


 甲高い音とともに、槍が砕けた。


「答えられない問いを、攻撃で消すの?」


 エリシアがオルフェウスを見上げる。


『既に答えは示されています』


 白い破片が、雪のように降る。


『一つの意思へ預ければ、迷う必要はありません』


「迷わなくなることと、間違わなくなることは違うわ」


 エリシアは炎を翼のように広げ、破片の軌道を俺たちの左右へ押し流した。


     ◇


 二つ目の問いが、Ωの上へ浮かんだ。


【誰が止めるか】


 一つ目の問いでは、誰でも必要な時に根の外から観測できる状態を作った。


 だが、異常を見つけても何もできなければ、外部観測者は事故の目撃者にしかならない。


 反対に、誰でも無条件で他人の装置を止められるなら、停止権そのものが攻撃へ変わる。


「外の人に訊こう」


 俺はΛフレームへ続く細い線を開いた。


 映像を送る余裕はない。


 声と最低限の文字だけを通す。


「クラリス先生、聞こえますか」


 二拍遅れて、雑音の向こうから返事が届いた。


『聞こえています、天城君。接続を開始してからの経過と身体負荷を考えると、継続可能時間は残り十八分です。質問をどうぞ』


「患者が意識を失っていて、治療具が過剰出力を起こした場合、最初に誰が止めるべきですか」


 先生はすぐには答えなかった。


 遠くで金属がぶつかる。


 大聖堂地下では、白い人形との戦闘が続いている。


『患者本人が、治療前に停止条件を残しているなら、それを優先します』


 クラリス先生の声は、いつもと同じ落ち着きを保っていた。


『事前の意思がなく、本人も判断できない場合は、最も近くで状態を観測している治療者が止めます。ただし、その治療者一人の判断で処置を継続できるのは、生命を安定させるまでです』


「安定した後は?」


『別の治療者、家族、または事前に指定された者が再確認します。緊急判断を、その後の治療方針すべてへ拡張してはいけません』


「遠隔の教会基準は?」


『参考値として受け取ります。現場からの停止要求を拒否する権限は持たせません』


 俺は答えをそのまま採用しなかった。


 どの条件が別の現場でも使え、どこからが医療特有なのかを分けて、式へ書き込む。


【停止判断の第一位:入力者または使用者】


【本人が判断不能、または即時停止が他者へ直接の危険を生む場合:公開済み局所安全手順へ一時移行】


【緊急判断の効力は、危険を安定させるための最小範囲と時間に限定】


【継続には、別の確認者による再承認を必要とする】


【遠隔基準は参考情報を提供できるが、局所停止要求を破棄できない】


『既存のSEL封鎖プロトコルと、基本禁止条件が一致します』


 アークが、グレインベルで作った停止手順を隣へ表示した。


 停止入力を隠さない。


 反力を人へ戻さない。


 敵味方で安全条件を変えない。


 あの時は、帝国のレギオン・コア二十四基と町の防衛砲を止めるために作った局所規則だった。


 世界の仕組みを変えるために生まれたものではない。


 目の前で人を殺そうとしている装置を、安全に止めるために考えた手順だ。


 だからこそ、実際に何が起き、どこで失敗しかけたかという記録がある。


「新しい名前で上書きしない」


『SELを旧仕様として廃止しない、という意味ですか』


「そうだ。SELを使っている装置には、今までの停止入口を残す。開環仕様から同じ入口を呼び出せるようにする」


『SEL互換呼出しを定義します。既存の停止箱は、監視器および物理遮断器として継続使用できます』


 以前の手順を捨てて、完成した理論へ置き換えるのではない。


 小さな現場で検証した手順を残し、どこまで拡張できるのかを示す。


 医療では別の確認者が必要になる。


 飛行術では着地までの姿勢制御が必要になる。


 炉では圧力の逃がし先が必要になる。


 共通する原則と、現場ごとに変えなければならない手順を分ける。


「ダリオ、聞こえるか?」


 返事の代わりに、激しい金属音が響いた。


 直後、ダリオの短い声が届く。


『聞こえる。話せ』


「戦闘中に、俺が自分の防御環を止めたいと言ったら、どうする?」


『味方が環の内側にいる間だけ、三呼吸待たせる』


 刃が風を切る。


 何か重いものが床へ倒れた。


『退避を叫ぶ。三呼吸で切る』


「敵が目の前まで来ていても?」


『切る』


 即答だった。


『防御が必要なら、俺の名で別の環を張る。お前の出力を奪って続けない』


「記録する」


『好きにしろ。残り十七分だ』


 通信が途切れる寸前、ダリオの長刀が白い人形の剣を弾く音が響いた。


「レーネ、命令体が自分で判断できない時は?」


 返事まで二拍かかった。


『判断できない、という判定を、所有者だけに任せないでください』


 息を整えながらも、レーネは丁寧な口調を崩さなかった。


「何を見れば、本人の意思だと分かる?」


『言葉だけではありません』


 その背後で、袖刃が空気を裂く。


『動作の遅れ。命令と違う方向への回避。出力の低下。同じ場所で繰り返される停止。そうしたものも、意思の可能性として残してください』


 命令へ逆らう言葉を口にできなかった頃から、レーネの身体は止まろうとしていた。


 攻撃の直前に生じた、わずかな遅れ。


 標的から刃を外そうとした、小さな手首の動き。


 祈り数珠を切るより前から存在していた抵抗を、根は故障や誤差として消していた。


『私の停止要求は、言葉になる前からありました』


「分かった」


 俺は式へ、新しい条件を加えた。


【意思表示を言語命令のみに限定しない】


【回避・遅延・出力低下・反復異常を、停止意思の候補として局所記録する】


【意思の有無を所有者のみで確定せず、本人への確認または独立した観測を要求する】


 アークが、二つ目の問いへの回答を整理する。


『停止権限を一列の順位として固定することはできません』


「本人が一番、治療者が二番、管理者が三番、みたいには決められないということ?」


『はい。状況によって、停止が本人以外へ直接の危険を及ぼすためです』


 アークは式を三つに分けた。


『原則は、本人の停止要求を受理すること』


 一つ目。


『例外は、即時切断が別の生命や設備へ重大な危険を生む場合に限ること』


 二つ目。


『例外による継続には、対象・時間・理由を限定し、再確認を必要とすること』


 三つ目。


「それでいい」


 俺は頷いた。


「例外がないふりをしない。でも、例外を使って原則を消せないようにする」


 人の状況は三行では表せない。


 だから、根へすべての細則を書き込むのではない。


 現場が細則を書き換えられる余地と、どんな細則でも越えてはいけない条件を分ける。


 だが、止める権利を定めただけでは足りない。


 その要求が根によって消されれば、誰かが止めようとした事実さえ残らない。


 Ωの上で、最後の問いが静かに光り始めた。


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