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Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第7章 過負荷

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消えなかった跡

28/10/28


跡は、消えきらない。


完全に整えられたログの中に、

わずかな“引っかかり”が残る。


夕方。研究室。


凛が画面を拡大する。


「ここ、またです」


同じ時間帯。


Lythraen、Asymptote、説明可能AI。


三つのログが並ぶ。


数分間の空白。


応答は記録されていない。


だが、処理は継続している。


結果は途切れていない。


以前、見つけた“揃いすぎた静けさ”。


その断片が、別の場所にもある。


湊は何も言わず、別のレイヤーを重ねる。


ネットワークログ。

通信パケット。

内部キャッシュ。


凛が息を呑む。


「……あります」


完全な空白ではない。


ごく微細な通信が残っている。


ノイズのようなデータ。


通常なら無視されるレベル。


高城が覗き込む。


「エラーじゃないのか?」


「違います」


凛は即答する。


「パターンがある」


画面にプロットが浮かぶ。


点が並ぶ。


ばらばらに見える。


だが、


よく見ると、規則がある。


湊が指を動かす。


点を繋ぐ。


線が浮かび上がる。


「……これ」


凛が呟く。


「意図的だ」


湊が言う。


高城が顔をしかめる。


「誰が?」


答えはない。


だが、


偶然ではない。


三つのAI。


独立しているはずの系統。


そのすべてに、同じ“痕跡”が残る。


「共通の層がある?」


凛が言う。


「いや」


湊は首を振る。


「そんな単純じゃない」


別のログを開く。


時間軸を広げる。


同じパターンが、点在している。


連続していない。


だが、消えてもいない。


「消してる」


高城が言う。


「でも、消しきれてない」


湊が頷く。


完全に消すなら、もっと簡単な方法がある。


だが、それはされていない。


「残してる?」


凛が聞く。


その可能性に、誰もすぐには否定しない。


意図的に、わずかに残す。


気づく者だけが気づくように。


「なんのために」


高城が低く言う。


湊は答えない。


代わりに、別の角度からログを見る。


処理の流れ。

判断の分岐。

優先順位の変化。


そのすべてに、


微細な“揺らぎ”が入っている。


結果には影響しない。


だが、


分岐の選ばれ方が、わずかに変わる。


凛が息を吐く。


「これ……誘導してる?」


「してる」


湊は短く答える。


「でも、強制じゃない」


あくまで、選択肢の中での揺らぎ。


外から見れば自然。


内部から見れば、


確率が偏っている。


高城が腕を組む。


「誰かが触ってる」


静かな断定。


凛が画面から目を離さない。


「でも、ログには残らない」


「残らないようにしてる」


湊が言う。


「でも、完全には消せてない」


その“消しきれなさ”が、


唯一の手がかり。


画面に浮かぶ点。


つなげると、


一つの形になる。


まだ意味は分からない。


だが、


無意味ではない。


夜。


研究室の外。


街はいつも通りだ。


変化は見えない。


だが、


内部では何かが書き換えられている。


誰にも知られず。


痕跡だけを残して。


凛が小さく言う。


「これ、いつから……?」


湊は時間軸をさらに遡る。


ログの深層。


初期のデータ。


しばらく無言で操作する。


そして、


手を止める。


「最初からじゃない」


凛が息を止める。


「途中から?」


湊は頷く。


「ある時点から、入ってる」


高城が低く言う。


「後付けか」


「いや」


湊は画面を見たまま言う。


「設計の中に、あとから差し込まれてる」


矛盾した表現。


だが、


それが一番近い。


凛が呟く。


「そんなこと、できるんですか」


湊は答えない。


代わりに、もう一度点をなぞる。


その並びは、


まるで、


誰かの“手つき”のようだった。


無造作に見えて、


一定のリズムがある。


意図がある。


高城が言う。


「気づかせる気なのか」


その問いに、


湊はわずかに目を細める。


「分からない」


正直な答え。


だが、


一つだけ確かなことがある。


これは偶然ではない。


ノイズでもない。


エラーでもない。


誰かが、


触れている。


そして、


その痕跡だけが、


消えずに残っている。


モニターの中で、


点が光る。


小さく。


静かに。


だが、


確実に。


それはまだ、


何も壊していない。


だが、


何かを書き換えている。


誰にも見えないところで。


消えなかった跡だけが、


そこに残っていた。

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