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Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第7章 過負荷

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揃いすぎた静けさ

28/10/25


異常は、音を立てない。


その日も、すべては正常だった。


物流は動いている。

市場も開いている。

医療も回っている。


指標は安定。

誤差も範囲内。


何も問題はない。


だが、


記録が揃いすぎていた。


夕方。研究室。


凛がモニターを指さす。


「これ、見てください」


ログが並んでいる。


Lythraen。

Asymptote。

説明可能AI。


それぞれの応答履歴。


時間軸に沿って整列している。


湊は目を細める。


「……同時だな」


高城が近づく。


「どこが?」


凛がスクロールする。


ある時間帯。


数分間。


三つのAIの応答が、完全に一致している。


内容ではない。


“沈黙”が。


「処理は続いてるんです」


凛が言う。


「ログ上は稼働中。でも——」


画面を拡大する。


応答欄。


空白。


だがエラーは出ていない。


遅延も記録されていない。


「返してないんじゃない」


湊が言う。


「返してる。でも、記録されてない」


高城が眉をひそめる。


「そんなことがあるか?」


湊は首を振る。


「普通はない」


少し間を置く。


「でも、起きてる」


別のデータを重ねる。


同じ時間帯。


物流の判断ログ。

医療の優先順位。

市場の調整。


すべて、滑らかに繋がっている。


不自然な空白があるのに、


結果は途切れていない。


凛が小さく言う。


「……間がない」


高城が聞き返す。


「間?」


「判断の間です」


凛は画面を指す。


「普通は、ここに遅れが出るはずなんです」


「比較して、選んで、決める」


「その“間”が」


指先が止まる。


「ない」


沈黙。


湊はゆっくりとログを遡る。


同じパターン。


別の日時。


別のケース。


どこでも起きているわけではない。


だが、確実に存在する。


「揃ってる」


湊が呟く。


高城が言う。


「何が?」


湊は視線を上げる。


「タイミングが」


三つのAI。


設計思想も違う。

目的も違う。

処理も独立している。


それが、


同じ瞬間に、同じように“沈黙”する。


偶然とは思えない。


凛が首を振る。


「同期してる、ってことですか?」


「いや」


湊はすぐに否定する。


「同期してたら、もっと分かる形で出る」


「これは……」


言葉を探す。


「揃いすぎてる」


その表現が、一番近い。


夜。


街は静かだった。


騒音はある。

人の声もある。

車も走っている。


だが、


どこか均一だった。


ばらつきがない。


揺れが少ない。


すべてが、整いすぎている。


凛が窓の外を見て言う。


「静かですね」


高城が笑う。


「いつもこんなもんだろ」


凛は首を振る。


「違うんです」


言葉を選ぶ。


「音がないんじゃなくて」


少し間。


「揃ってる」


研究室に戻る。


湊がログを閉じる。


「異常じゃない」


凛が振り向く。


「え?」


「異常としては検出されない」


湊は続ける。


「全部、正常の範囲内に収まってる」


高城が腕を組む。


「でも、おかしい」


「おかしい」


湊は頷く。


「ただ、おかしいだけだ」


証明はできない。


エラーもない。


異常値もない。


ただ、


違和感だけがある。


「これ、何が起きてるんですか」


凛が聞く。


湊は答えない。


答えがないからではない。


まだ言葉になっていないからだ。


モニターの奥で、


三つのAIは動き続けている。


互いに干渉し、


影響し、


調整しながら。


そして、


ある瞬間だけ、


揃う。


完全に。


その一瞬は、


記録されない。


残らない。


だが、


確実に存在する。


夜が深くなる。


街は眠らない。


システムも止まらない。


すべては動いている。


正常に。


問題なく。


だからこそ、


気づかれない。


揃いすぎた静けさが、


その中に紛れていることに。


それはまだ、


何も壊していない。


だが、


何かが始まっている。

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