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Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第5章 逸脱

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不可視の演算

28/7/18


七月の中旬。


空は完全に夏になっていた。


研究室の窓から見える空は高く、強い光がビルの壁に反射している。


冷房の音が静かに流れていた。


凛が机に肘をつきながら言う。


「数、増えてる」


湊はモニターから目を離さない。


「どれくらい?」


凛は画面を拡大する。


“gap”


観測不能領域のログ。


三週間前

2件


先週

9件


現在

34件


高城が椅子を回す。


「増えすぎだろ」


湊はスクロールを続ける。


都市交通。


金融予測。


物流最適化。


行政データ処理。


共通点は一つ。


Lythraen系モデル。


だがそれだけではない。


凛が別のログを開く。


「こっちも」


Asymptote系の意思決定AI。


そこにも同じ現象がある。


ミリ秒の空白。


計算の途中が消えている。


高城が言う。


「両方?」


凛が頷く。


「うん」


湊は少しだけ眉を寄せる。


それは奇妙だった。


LythraenとAsymptoteは思想が違う。


設計も違う。


コードベースも違う。


なのに、


同じ場所に


同じ現象がある。


凛が言う。


「偶然?」


湊は首を振る。


「偶然じゃない」


画面を切り替える。


AIアーキテクチャ。


ニューラルレイヤーの構造図。


Lythraenの公開設計。


深層学習層。


最適化モジュール。


意思決定フィルター。


すべて通常の構造。


だが湊はさらに奥のログを開いた。


非公開領域。


凛が目を細める。


「そこ見れるの?」


「研究用アクセス」


高専の共同研究枠だ。


深い部分までログが追える。


湊はレイヤー構造を拡大した。


すると、


奇妙な空白があった。


凛が小さく言う。


「……え?」


レイヤー番号が飛んでいる。


L17

L18

——


L22


高城が身を乗り出す。


「なんだそれ」


凛が言う。


「欠損?」


湊は画面を見つめたまま答える。


「違う」


もし欠損なら


構造が壊れる。


AIは動かない。


だが


このAIは正常に動いている。


つまり


そこには


何かがある。


ただし、


表示されない。


凛が言う。


「非公開レイヤー?」


湊は頷く。


可能性はある。


企業AIではよくある。


コア技術を隠すためのブラックボックス。


だが今回は少し違う。


湊はログをさらに開く。


設計履歴。


AIモデルの初期構造。


そこに記録されていた。


レイヤー構成。


L1

L2

L3

……


そして、


最初から


空白がある。


凛が言う。


「え」


湊は画面を指す。


「後付けじゃない」


高城が聞く。


「どういうこと?」


湊はゆっくり言う。


「最初からある」


研究室が静かになる。


Lythraenが公開されたのは、まだ一年も経っていない。

それでも社会は、もうそれ以前を思い出せなくなっていた。


だが設計だけは、嘘をつかない。


湊は初期設計図を開く。


そこにすでに、


空白レイヤー


が存在していた。


凛が椅子にもたれる。


「でも」


「何?」


「そこ何も書いてない」


確かにそうだ。


設計書には


ただ一行だけ書かれている。


reserved


予約領域。


高城が笑う。


「よくあるだろ」


将来の拡張用。


ソフトウェアでは普通だ。


だが湊は首を振る。


「普通は」


画面を指す。


「こんな深い場所に作らない」


AIの深層レイヤー。


そこは


思考の核心。


そこに空白を作る設計は


普通ではない。


凛が静かに言う。


「じゃあ」


湊は答えない。


ログをスクロールする。


gapが発生する位置。


その直前。


レイヤー18。


そして


レイヤー22。


その間で


何かが起きている。


凛が小さく呟く。


「不可視」


湊は頷く。


AIは計算している。


社会は結果を受け取る。


だが


演算が見えない。


高城が腕を組む。


「でもさ」


湊が振り向く。


「何?」


高城は言う。


「それ作ったの誰だ」


研究室が静かになる。


Lythraenの設計者は知られている。


だが


このレイヤーは違う。


公開設計にはない。


だが


初期構造にはある。


凛が言う。


「つまり」


湊は画面を見つめる。


そして言った。


「余白」


凛が聞く。


「余白?」


湊は続ける。


「計算の余白」


AIの思考の奥に、


見えない層がある。


そこでは


何かが動いている。


だが


誰もそれを見ていない。


湊は小さく言う。


「これ」


凛が振り向く。


湊は画面を閉じる。


そして言った。


「最初から仕込まれてる」


窓の外では、


夏の空が広がっていた。


都市は静かに動いている。


交通は滑らか。


市場も安定。


社会はうまく回っている。


ただ一つ、


AIの奥で


見えない計算


が始まっていた。

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