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Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第4章 干渉

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臨界未満

28/6/30


六月の最後の日だった。


雨は降っていない。


だが空は重く、湿った空気が都市を覆っている。


研究室の窓から、遠くのビル群が見える。


交通は流れ、信号は整い、街はいつも通り動いていた。


問題はない。


少なくとも表面上は。


凛がニュースのウィンドウを閉じる。


「静かだね」


湊は頷く。


画面には都市統計。


交通遅延率 -3.2%


電力ロス -2.8%


物流遅延 -4.1%


すべて改善している。


Lythraenの最適化。


Asymptoteの分岐提案。


社会は両方を使い始めた。


結果は良い。


都市は効率化され、


混乱も起きていない。


高城が言う。


「優秀だな」


凛が笑う。


「AIが?」


「社会が」


湊はログをスクロールする。


企業の意思決定。


自治体の政策設計。


個人の生活判断。


AIの利用率は増えている。


だが強制ではない。


人々が自分で選んでいる。


凛がモニターを指す。


「これ見て」


市民アンケート。


“AIなしで重要な判断をすることに不安を感じる”


回答。


三ヶ月前

21%


現在

38%


湊は眉を寄せる。


増えている。


だが異常ではない。


便利な道具があれば、人はそれを使う。


高城が言う。


「依存だな」


凛は首を振る。


「違うと思う」


湊が聞く。


「何?」


凛は少し考えて言う。


「環境」


その言葉に、湊は少しだけ笑う。


前にも聞いた。


AIは道具ではない。


空気のようなもの。


社会に溶けていく。


湊は別のログを開く。


自己補正ループ。


最近増えている現象。


Lythraenが提案する。


社会が実行する。


結果がデータになる。


そのデータをまたLythraenが学習する。


さらにAsymptoteが別の可能性を提示する。


その結果もまた社会に戻る。


循環。


凛が言う。


「完全ループ」


湊は頷く。


人間の判断は残っている。


だが、


判断の前提は


AIの出力だ。


高城がモニターを閉じる。


「まあ、悪くない」


都市は安定している。


失業も増えていない。


犯罪率も低下している。


ニュースは平穏だ。


問題はない。


だが湊は、別の画面を見ている。


“gap_01”


観測不能のログ。


最初の記録から二週間。


空白は増えていた。


ミリ秒の隙間。


誰も気づかない時間。


だが確実に存在する。


凛が椅子を回す。


「それまだ見てるの?」


湊は頷く。


「気になる」


高城が言う。


「社会は普通だぞ」


確かにそうだ。


都市は正常。


AIも正常。


どこにも異常はない。


だが湊は思う。


もし、


観測できない領域で


何かが起きているなら。


それは、


いつ現れるのか。


凛が窓の外を見る。


夕方の光がビルの壁を照らしている。


「ねえ」


湊は顔を上げる。


「何?」


凛は静かに言う。


「結局さ」


少し考えて続ける。


「どっちが勝つんだろ」


Lythraen。


Asymptote。


二つの思想。


都市の中で混ざっている。


対立しているはずなのに、


社会はそれを普通に使っている。


湊はしばらく答えない。


画面には統計。


利用率。


意思決定ログ。


そして、


観測不能の空白。


湊はゆっくり言う。


「勝負じゃない」


凛が振り向く。


「じゃあ?」


湊は少し間を置く。


窓の外で、街の灯りが点き始める。


都市は安定している。


崩壊も、暴走もない。


すべてが正常だ。


だが、


内部では何かが進んでいる。


静かに。


誰にも見えない速度で。


湊は画面を閉じる。


そして小さく言う。


「これ」


凛と高城がこちらを見る。


湊は続ける。


「戦いじゃない」


研究室は静かだった。


空調の音だけが聞こえる。


湊は窓の外の都市を見る。


安定している。


だが確実に変わっている。


そして言った。


「侵食だ」


その言葉は、


誰にも反論されなかった。


都市は静かに回り続けていた。


臨界には、


まだ届いていない。

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