かげの輪郭
某月某日
地下にあるはずの部屋だった。
だが窓はあった。
外は海。夜の水平線に、かすかな光が滲む。
部屋の中央には円形のテーブル。
八席。
誰も本名では呼ばれない。
ひとりが端末を閉じる。
「Phase1、想定範囲内」
低く、安定した声。
周囲は頷くこともせず、静かに見つめるだけ。
指先を軽く動かす者がひとり。
スクリーンに数字とグラフが跳ねる。
「流れは想定より速いな」
「不安定には見えるが、崩壊はしていない」
隣の席から声。
「恐怖より速いのは資本だけだ」
「だが恐怖も連鎖する」
反論する者がひとり。
窓の外をじっと見つめながら言う。
短い沈黙の後、誰かが笑った。
「連鎖? いいじゃない。突破口になる」
別の席では、天井に指でリズムを刻む者がいる。
その視線は、部屋全体を測るように動き、何も見逃さない。
「突破口は必要だ」
腕を組んだ者が静かに言う。
「だが破壊は許されない」
笑う者が紙を手に取り、書き込みながらつぶやく。
「制度を壊すより、揺らす方が面白い」
八人の議論は交錯する。
言葉は重なるが、ぶつかり合うことはない。
互いの考えを受け入れ、吸収し、微調整するように進む。
思想はひとつ。
だが育った歴史も、背負った文化も、方法論も異なる。
八つの影は、まるで別々の波が重なり合い、一つの海流を作るように動く。
そのとき、部屋の空気が変わった。
最奥に座る人物が立ち上がり、静かに声を発した。
「揺らすのは目的ではない。
目的は――、だ」
沈黙が落ちる。
八人の目が一斉に、その影を捉える。
小さな声が漏れた。
「試すのか」
「試す」
「利用する?」
「違う」
「信じる」
八人の反応は一様ではない。
首を傾げる者。
眉をひそめる者。
微かに頷く者。
そして誰も笑わない。
海の向こうで、稲光が一瞬部屋を照らす。
静けさの中で、数字とグラフが端末上で跳ねる。
八つの光の点が、テーブル上でゆっくり回転する。
「Phase2の準備は?」
小さな声が漏れる。
「まだだ」
最奥の人物の返事は短く、明確だった。
「彼が、自分で……」
「まだ、先だ」
微笑。
その存在感は、影でしか示されない。
「始まったな」
一人が小さく言う。
「いや、まだ、これからだ」
静かだが、確実な手応えが部屋を支配する。
八つの影は互いに干渉しながらも、崩れない距離を保つ。
完全な統一ではない。
完全な分裂でもない。
動的な均衡。
遠く離れた都市で、湊の端末が微かに震える。
彼はまだ知らない。
だが、確実に――
影は輪郭を帯び始めている。
そしてその中心にあるものの正体は――
まだ、明かされない。




