↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第2章 分岐

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/77

Phase1

28年1月1日


通知は、午前零時ちょうどに届いた。


【Lythraen/実験区限定】

本日より、Phase1を開始します。

本地域では、政策評価が一定条件下で制度に反映されます。

あなたの選択は、記録されます。


湊は画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。


“記録されます。”


それは監視の響きではなかった。

むしろ逆だった。


――消えない、ということだ。


カーテンの隙間から朝の光が差し込む。

街はいつも通りだ。

通勤電車は混み、ニュースは芸能人の話題を流している。


国家は、静かな顔をしている。


だが、何かが始まっている。


⸻


霞ヶ関。


まだ人の少ない廊下を、低い声が滑っていく。


「本当にやるのか。」


「限定地域です。法的にも問題はない。」


「問題は法ではない。前例だ。」


会議室のモニターには、実験区の地図が映し出されている。

小さな色付きの点が、参加世帯数を示している。


増えている。


「参加率、初動で二八%。」


「想定より高いな。」


「珍しいものは、触る。」


誰かが言う。


「……慣れたらどうなる。」


沈黙。


Phase1は革命ではない。

中央の権限は変わらない。

予算総額も動かない。


ただ、配分の一部が可視化され、

一定範囲で住民の評価が次期調整に影響する。


仕組みは地味だ。


だからこそ、扱いづらい。


⸻


実験区――北国の地方都市。


除雪費の再配分案がアプリに表示されている。


A案:高齢者世帯優先除雪強化

B案:通学路の重点除雪

C案:商店街周辺の迅速対応


数字は明確だ。

予算の移動が、視覚化されている。


市役所の若手職員が画面を見つめる。


「これ、本当に反映されるんですよね。」


上司は答える。


「一定の閾値を超えればな。」


「怖くないですか。」


「怖いよ。」


だが、その声はどこか柔らかい。


これまで“内部調整”で決まっていたものが、

初めて外に開かれる。


決める側と、決められる側の境界が、

少しだけ曖昧になる。


⸻


東京。


証券会社のフロア。


「Phase1って何だ?」


「限定自治の実験らしい。」


「市場に影響あるか?」


「直接はない。ただ……」


「ただ?」


「政策決定の予測モデルが少し変わる。」


アルゴリズム担当が眉を寄せる。


「不確実性が増える?」


「短期的には。」


「長期は?」


「……参加率次第だな。」


市場は予測可能性を好む。


だが、完全に読める政治は、

時に急激な反動を生む。


少しの揺らぎは、

むしろ緩衝材になるのかもしれない。


⸻


湊はアプリを開いた。


表示されているのは、

自分の暮らす地域の教育予算配分案だった。


A案:ICT設備更新を優先

B案:少人数学級の拡充

C案:地域講師の増員


それぞれに、効果予測とリスクが記されている。


彼はB案を選び、指を止めた。


「……これでいいのか。」


父の声が脳裏に浮かぶ。


――国家は制御系だ。


だが今、制御は単線ではない。


送信。


画面がわずかに明滅する。


ありがとうございました。

あなたの選択は、次回調整に反映される可能性があります。


“可能性”。


確定ではない。

だが、無視でもない。


湊は小さく息を吐いた。


国家が、遠くない。


それは温かさではない。

だが冷たさもない。


関与という感触。


⸻


夜。


家庭の食卓。


母親がスマートフォンを見せる。


「これ、やった?」


高校生の娘がのぞき込む。


「うちの地域も対象なんだ。」


「どう思う?」


娘は少し考える。


「……選べるの、ちょっと怖いね。」


「なんで?」


「今までは“誰か”が決めてたから。」


母は笑う。


「その“誰か”の一部になるってことね。」


娘は画面に触れる。


その指は、少しだけ震えている。


⸻


深夜。


霞ヶ関。


モニターの数字がまた増える。


参加率三六%。


誰かが呟く。


「止めるなら、今だ。」


別の声。


「止めたら、どう説明する。」


沈黙。


ログは静かに積み上がる。


選択の痕跡が、数値になる。


数値が、次の制度をわずかに動かす。


揺れているのは国家か、

それとも人の意識か。


まだ、誰にもわからない。


Phase1は、始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。