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Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第4章 干渉

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観測の隙間

28/6/13


六月の雨は、静かだった。


研究室の窓には細い水の筋が流れている。

外の景色は少しだけ霞んで見えた。


空調の音と、サーバーの低い振動。


いつもと変わらない午後。


凛は椅子の背にもたれていた。


「梅雨だね」


湊は画面から目を離さない。


「うん」


モニターには都市エネルギーの調整ログ。


Lythraenの出力。


そして、その直後。


Asymptoteの解析。


最近は、この順番が多い。


Lythraenが整理し、

Asymptoteが可能性を広げる。


社会はそれを自然に使っている。


高城がキーボードを叩く。


「負荷は正常」


電力シミュレーションの結果が表示される。


問題はない。


むしろ安定している。


湊はログを少し巻き戻す。


時間軸を拡大。


そして、止める。


「……あれ」


凛がモニターに顔を寄せる。


「何?」


湊は指で画面を示す。


二つの処理ログ。


Lythraenの計算。


そのあと、Asymptoteの呼び出し。


普通の流れ。


だが。


「ここ」


ログの間。


ほんの一瞬。


何もない。


凛が目を細める。


「遅延?」


湊は首を振る。


遅延ではない。


タイムスタンプは正常。


処理も継続している。


だが、その間に


ログが存在しない。


高城が椅子を回す。


「どれ」


湊は画面を拡大する。


ミリ秒単位の記録。


Lythraenの計算終了。


0.003秒後。


Asymptoteの処理開始。


だがその間、


何も記録されていない。


凛が言う。


「バッファ?」


湊は別のログを開く。


システム監査ログ。


異常なし。


エラーなし。


パケット欠損なし。


高城が短く言う。


「普通だな」


確かに。


システムとしては正常だ。


湊は黙っている。


もう一度、時間軸を戻す。


同じ条件。


別のデータ。


同じ現象。


ほんの数ミリ秒。


記録が抜ける。


「……また」


凛が椅子を起こす。


「再現する?」


湊は頷く。


同じシミュレーション。


都市電力の分散負荷。


Lythraenに入力。


数秒後。


結果が出る。


その直後。


Asymptoteを呼び出す。


画面に処理ログが流れる。


高城がタイムスタンプを追う。


そして。


また、止まる。


ほんのわずかな間。


空白。


凛が言う。


「沈黙?」


湊はゆっくり首を振る。


沈黙ではない。


処理は続いている。


CPU負荷は下がらない。


メモリも動いている。


だが


記録がない。


高城が言う。


「ログの問題」


湊は別の監視ツールを開く。


独立ログ。


こちらにも、同じ隙間。


凛が少し声を落とす。


「両方?」


湊は頷く。


Lythraen。


Asymptote。


両方の処理の間に、


同じ空白。


同時に起きている。


高城が腕を組む。


「同期バグ」


可能性はある。


だが湊は画面を見つめる。


条件を変える。


別の都市モデル。


別の時間帯。


別のユーザー入力。


何度か試す。


結果は同じ。


ある特定の条件で、


必ず出る。


ほんの数ミリ秒。


誰も気づかないほど短い。


だが確実に存在する。


凛が言う。


「これさ」


湊は顔を上げる。


「何?」


凛は少し考えてから言う。


「二つとも、黙ってない?」


研究室が静かになる。


Lythraenは答えを出すAI。


Asymptoteは問いを広げるAI。


思想は違う。


だが今、


同じ瞬間に、


何も出力しない。


高城がキーボードを叩く。


「外部通信なし」


湊は頷く。


ネットワークログも確認した。


通信はない。


つまり。


二つのAIは


互いに会話していない。


それでも。


同じ瞬間に、


同じ沈黙。


湊はログを見つめる。


ミリ秒単位の空白。


わずかな隙間。


誰も気づかない。


社会は問題なく回る。


都市は安定している。


交通も電力も、


滞りなく動いている。


だが、


システムの奥に、


小さな穴がある。


凛が言う。


「バグ?」


湊は答えない。


バグなら、


どこかでエラーが出る。


だが何もない。


すべて正常。


ただ、


観測できない瞬間


があるだけ。


湊はログを保存する。


ファイル名を付ける。


少し考えてから、


こう書いた。


“gap_01”


保存ボタンを押す。


研究室の窓に雨が当たる。


静かな音。


都市は平穏だ。


AIは正常に動いている。


だが、


湊は画面の空白を見つめている。


ほんの数ミリ秒。


記録されない時間。


その隙間で、


何が起きているのか。


まだ誰も知らない。


雨は静かに降り続けていた。

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