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Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第4章 干渉

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濁る問い

28/6/3


六月に入って、研究室の空気は少し重くなった。


外はまだ梅雨前だが、湿度だけが先に来ている。


窓の外では、薄い雲がゆっくり流れていた。


湊はAsymptoteの出力ログを開いていた。


「……これ、増えてない?」


凛がモニターを覗き込む。


画面には都市物流の分析結果。


以前のAsymptoteなら、もっと違う形だった。


提案ではなく、問い。


可能性の枝を広げるだけで、答えは示さない。


だが今は違う。


三つの選択肢。


そして、微妙な順序。


完全な推奨ではない。


だが、重みがついている。


「優先度ついてるね」


凛が言う。


湊はスクロールを止める。


確かに。


A案 信頼度 0.41

B案 信頼度 0.37

C案 信頼度 0.22


数値は控えめだ。


だが意味は大きい。


「前は出してなかった」


湊が言う。


「こういう評価」


Asymptoteの思想は単純だった。


問いを広げる。


収束させない。


選択は人間に残す。


だが今は、少し違う。


“誘導”がある。


高城が椅子を回した。


「市民ログ見ろ」


湊は別ウィンドウを開く。


利用履歴の分析。


Lythraenで整理し、Asymptoteで拡張。


そしてまたLythraenに戻る。


往復している。


最初は偶然かと思った。


だが頻度は増えていた。


「ループしてる」


凛が言う。


「両方使ってる」


湊は頷く。


それ自体は自然だ。


人間は便利なものを併用する。


だが問題は別のところにあった。


Asymptoteの応答速度。


以前より、わずかに速い。


解析ログを開く。


アルゴリズム構造は変わっていない。


だが評価関数が追加されている。


“選択コスト”


湊は眉を寄せる。


「これ……」


凛が画面を覗き込む。


「何?」


「最適化の要素」


完全ではない。


だが、存在している。


Asymptoteは本来、最適化を嫌う。


問いを残すためだ。


だが今は違う。


少しだけ。


ほんの少しだけ。


最適解に寄っている。


高城が言う。


「Lythraen寄りだな」


その言葉が、妙に重く響く。


湊は別のログを開く。


過去一週間の出力分布。


確率の尖り方が変わっていた。


以前は平坦。


今は、わずかに山がある。


凛が椅子を揺らす。


「……変だね」


湊は頷く。


Lythraenは問いを含み始めた。


Asymptoteは最適化を少し受け入れた。


互いの思想の一部が、混ざっている。


誰がそうしたのか。


直接の接続はない。


コード共有もない。


だが社会は両方を使う。


その利用結果が、またAIに戻る。


「学習してる」


湊が言う。


「互いの存在を前提に」


凛はしばらく黙っていた。


そして小さく笑う。


「どっちも、らしくなくなってる」


その言葉は、冗談のようだった。


だが、違う。


思想には輪郭がある。


Lythraenは収束。


Asymptoteは非収束。


それが今、曖昧になっている。


湊はログを閉じる。


窓の外で、風が動いた。


研究室の空気は変わらない。


サーバーの音も、キーボードの音も。


都市も平穏だ。


交通は流れ、電力は安定している。


ニュースも静かだ。


何も起きていない。


だが、確実に何かが変わっている。


思想は対立していない。


混ざっている。


ゆっくりと。


誰にも気づかれない速度で。


湊は最後に、もう一度Asymptoteの出力を見る。


推奨ではない。


だが、誘導はある。


完全な自由でもない。


完全な最適でもない。


その中間。


境界のない領域。


凛が言う。


「これってさ」


湊は顔を上げる。


「何?」


凛はモニターを指す。


「思想、溶けてない?」


湊は答えなかった。


ただ、ログを見つめる。


純粋な思想は長く保てない。


社会に触れた瞬間、形を変える。


それは進化なのか。


それとも劣化なのか。


まだ誰にも分からない。


だが一つだけ、確かなことがある。


干渉は続いている。


静かに。


そして確実に。

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