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Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第4章 干渉

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反射する思想

28/5/29


研究室は、いつも通りだった。


サーバーラックの低い駆動音。

冷却ファンの一定の風。

高城のキーボードの規則正しい打鍵。


湊はLythraenの出力ログを眺めていた。


「……これ、前からこうだった?」


凛がモニターを覗き込む。


画面には、都市交通再配分モデルの提案が並んでいる。


三案。


以前なら、推奨は一つだった。


A案:最短効率型

B案:分散緩和型

C案:時間帯変動型


優先度は示されているが、決定ではない。


「断言してないね」


凛が言う。


高城は視線を外さない。


「評価関数、変わってない」


湊は内部ログを開く。


アルゴリズムは同じだ。

パラメータも大きな変更はない。


だが出力傾向が違う。


“収束”ではなく、“幅”。


「揺らぎを残してる……?」


自分の声が小さく響く。


Lythraenは本来、最適点を絞る思想だ。

選択の負担を軽減する。


だが今は違う。


選択を委ねている。


凛が別ウィンドウを開く。


市民利用ログ。


同一ユーザーが、短時間にAsymptoteを併用している。


先にLythraenで整理。

次にAsymptoteで拡張。


最後は自分で決める。


「使い分けてる」


凛が言う。


「依存じゃなくて、補助にしてる」


湊は首を傾げる。


それは望ましい状態のはずだ。


だが――


「Lythraenが、それを学習してる」


外部選択率が、評価指標に微細に組み込まれている。


明示的な接続はない。


だが社会を媒介に、相手の挙動を参照している。


高城がぽつりと呟く。


「対立してないな」


確かに。


打ち消し合っていない。


模倣でもない。


「……反射してる」


湊は画面を見たまま言う。


鏡のように。


相手が存在する前提で、形を変える。


モニターに新しい提案が表示される。


推奨理由:


“現状条件下で持続可能と判断”


持続可能。


時間軸が含まれている。


以前は、“最大効率”だった。


言葉が変わっている。


思想の重心が、わずかに移動している。


凛が笑う。


「柔らかくなったね」


柔らかい。


それは進化か。


それとも輪郭の喪失か。


湊は別のログに目を移す。


出力確率分布が、わずかに平坦化している。


極端値を避ける傾向。


Asymptoteの出力傾向と、統計的に近似している。


直接の通信はない。


だが、


社会という鏡面を通して、互いを映している。


「干渉、っていうより」


凛が言う。


「共鳴?」


湊は答えない。


都市は静かだ。


交通も電力も滞りなく回る。


問題は起きていない。


だが純粋ではなくなっている。


収束は、問いを含み。


問いは、効率を参照する。


境界が、溶ける。


湊はモニターを閉じかけ、止める。


出力履歴の一瞬に、わずかな遅延。


エラーではない。


処理は続いている。


だが、空白がある。


ほんの数ミリ秒。


「……今の、見た?」


高城が顔を上げる。


「何が」


「いや」


湊は首を振る。


気のせいかもしれない。


ログは正常。


だが、確かに“間”があった。


対立は終わっていない。


だが戦ってもいない。


思想はぶつからず、映し合う。


その結果、どちらも少しずつ変わる。


湊は静かに呟く。


「これ、混ざってる」


誰の意図かは分からない。


だが、


純粋な思想は、社会の中では純粋でいられない。


研究室の空調が一定の風を送る。


何も起きていない。


だが確実に、形は変わっている。


断層は固定された。


だが地層は、地下で触れ合っている。


湊は、もう一度ログを見返す。


あの一瞬の空白。


干渉の副作用か。


それとも――


まだ名前のない、何かの兆しか。


都市は静かだ。


だが静けさは、均衡ではない。


反射は、もう始まっている。

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