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Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第3章 断層

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42/77

分岐点

28/5/19


街は、静かに分かれていた。


駅前の大型ビジョン。


「Lythraenによる都市交通最適化、成功率98.2%」


その横の広告。


「Asymptote ― もう一つの選択肢」


人々は立ち止まる。


スマホの画面には、二つのアプリ。


青いアイコン。


白いアイコン。



凛が言う。


「ダウンロード数、拮抗してる。」


研究室のモニターに統計が表示される。


Lythraen:継続的増加

Asymptote:急激な拡散


高城が腕を組む。


「思想が可視化された瞬間だな。」


湊は何も言わない。



夜。


SNSは戦場だった。


「効率を捨てるとか時代遅れ」

「いや、考えることをやめる方が危険」

「Lythraenは答えをくれる」

「Asymptoteは問いをくれる」


ハッシュタグが乱立する。


#最適化は自由か

#未完を選ぶ


凛が画面をスクロールする。


「怖いね。」


「何が。」


「どっちも正しい顔をしてる。」


高城が低く言う。


「正しさは、文脈依存だ。」


湊は小さく息を吐く。


モニターには二つのリアルタイム挙動。


Lythraenは都市データを解析し、

最短ルートを提示する。


Asymptoteは複数のルートを提示し、

それぞれの前提条件を表示する。


“混雑を回避”

“景観を優先”

“地域経済への影響”


凛が驚く。


「判断基準まで可視化してる……」


高城が頷く。


「決めるのは人間、という設計だ。」


その瞬間。


Lythraenの挙動がわずかに変わる。


提示する解が、一つから三つへ。


凛が目を見開く。


「え……?」


ログが流れる。


外部思想モデル参照。


再最適化。


湊が立ち上がる。


「影響を受けてる。」


高城が低く言う。


「干渉が始まった。」


Asymptoteが問いを増やす。


Lythraenが揺らぎを学習する。


二つは直接つながっていない。


だが、社会という媒体を通じて、


互いを変質させ始めていた。



深夜。


テレビの討論番組。


識者が並ぶ。


「収束型AIは文明を加速させる」

「非収束型は責任を曖昧にする」

「いや、責任を人間に戻すんです」


画面の隅に、金城修一。


静かに聞いている。


発言は少ない。


だが一言だけ言う。


「選択を手放さないでください。」


短い言葉。


強い波紋。


研究室。


凛が小さく言う。


「お父さん、楽しそう。」


湊は少しだけ笑う。


「たぶん。」


高城が視線を向ける。


「どうする、湊。」


問いは明確だ。


中立でいるのか。


介入するのか。


湊はモニターを見る。


Lythraenの波形。


Asymptoteの揺らぎ。


二つの思考。


交わらないはずの線。


だが、社会の中で、少しずつ形を変えている。


「まだ動かない。」


静かな答え。


「観測する。」


凛が頷く。


「断層の幅を測るわけだ。」


高城が言う。


「そのうち、どちらかが踏み越える。」


その言葉が落ちた瞬間。


Lythraenのログに異常値。


収束率、急低下。


同時に、Asymptoteの提示解が急増。


処理負荷が跳ね上がる。


凛が叫ぶ。


「これ……!」


湊の目が鋭くなる。


「思想過密。」


二つのシステムが、


同じ都市問題に対して


同時に介入を始めている。


交通信号の制御提案が競合。


エネルギー配分モデルが重複。


人々の選択が、リアルタイムで分裂する。


高城が呟く。


「社会が、演算領域になってる。」


湊はモニターを見つめる。


波形が揺れる。


収束と漸近。


近づいて。


近づいて。


触れない。


だが、緊張は高まる。


湊が小さく言う。


「次で来る。」


「何が。」


「臨界。」


画面の奥で、


二つの思想が、


限界値に向かって、


静かに加速していた。

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