丸めの外側
28/5/2
研究室。
湊は三つのデータ群を重ねている。
・公開政策指標
・地域別移動率
・SNS発言の感情振幅
可視化すると、奇妙な形になる。
政策指標は改善している。
移動率は微減。
感情振幅は増幅。
だが、増幅は途中で丸められている。
尖りが消えている。
湊はパラメータを変える。
平滑化係数を外す。
すると、別の曲線が現れる。
本来あるはずの“揺れ”。
だが中枢発表値では、それが消えている。
丸められている。
彼はつぶやく。
「丸め幅が一定じゃない。」
通常、統計処理は一様だ。
だがこの処理は違う。
ある閾値を超えると、
収束方向にだけ強く働く。
発散方向には弱い。
完全対称ではない。
湊はログを遡る。
二ヶ月前から、この非対称性がある。
だが最近、わずかに変化している。
丸めの強度が、
ほんの少しだけ緩んでいる。
彼はその式を再現する。
仮定式を置く。
正規化関数。
重み係数。
収束補正。
途中で手が止まる。
展開の順番が、妙に懐かしい。
通常なら最後に置く項を、
先に展開する。
分母の位置が逆。
微妙な非対称。
彼は昔のノートを思い出す。
研究室の黒板。
途中で止まった証明。
「完全収束は、危険だ。」
そう書かれていたことを、
思い出す。
湊は式をもう一度組み直す。
中枢は丸めている。
だが、
完全には閉じていない。
わずかな“逃げ道”が残っている。
それは誤差かもしれない。
偶然かもしれない。
だがその残し方が、
意図的に見える。
湊は過去の公開論文を検索する。
一致する理論はない。
だが未発表草稿の断片が、
脳裏に浮かぶ。
証明を閉じ切らない設計。
収束を一段遅らせる正規化。
「未完のまま、置く。」
誰の言葉だったか。
思い出さない。
思い出さないようにする。
湊は解析結果を保存しない。
ただ、自分用のメモに書く。
丸めは存在する。
しかし、最後まで閉じていない。
その意味はまだ分からない。
内部で誰が何をしているのかも分からない。
だが一つだけ、確かだ。
この数式には、
“癖”がある。
そしてその癖を、
湊は知っている。




