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Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第3章 断層

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35/77

利用の設計

28/4/25


断層は、自然現象ではない。


誰かが作ったわけではない。

だが――


誰かが使うことはできる。


⸻


非公開会議。


大型スクリーンに、世論の可視化マップが映る。


色分けされた層。

温度差。

感情推移。


「対立は深刻ですが、統制不能ではありません」


分析官が静かに説明する。


「むしろ明確になった分、扱いやすい」


数値が示される。

•効率派:論理一貫性が高い

•自由派:反応速度が速い

•実利派:感情振幅が小さい


「刺激の角度を変えれば、支持は移動します」


ある閣僚が問う。


「煽らずに動かせるか?」


「煽る必要はありません。

 “選択肢を提示する順番”を変えるだけでいい」


沈黙。


誰も反対しない。


倫理の議論は、出なかった。


⸻


投資委員会。


社会的分断は、リスクでもあり機会でもある。


「断層ごとに商品設計を分ける」

•効率派向け:最適化サービス

•自由派向け:分散型プラットフォーム

•実利派向け:安定保障パッケージ


「同じインフラで、物語を変える」


利益予測は上方修正された。


「対立が続くほど、選択は増える」


皮肉な事実だった。


⸻


編集会議。


「分断を煽るつもりはない」


編集長はそう前置きした。


「だが、関心を集める必要はある」


議論は冷静だ。


見出しの角度。


討論番組の組み合わせ。


対立軸は明確な方が視聴率は上がる。


「極端な意見を中央に置かない」


「だが、両端を必ず並べる」


中間は静かに削られる。


悪意はない。


だが設計はある。


⸻


ある若手記者が言った。


「これ、溝を深めませんか?」


ベテランは首を振る。


「我々が作っているわけじゃない」


「あるものを映しているだけだ」


正しい。


間違ってはいない。


だが映し続ければ、

輪郭は強調される。


強調されれば、

自己認識は固定される。


固定されれば、

動きは硬直する。


⸻


同じ夜。


ある内部ログに異常値が出る。


断層間の可動域が、

統計的に縮小している。


それは自然減衰ではない。


誰かが意図的に操作しているわけでもない。


だが――


選択の設計が、移動を制限し始めている。


アルゴリズムは警告を出さない。


異常ではないからだ。


すべては合法。

すべては合理的。


だが結果として、


「揺らぎ」が減る。


⸻


政界は言う。


「安定のためだ」


財界は言う。


「需要に応えているだけだ」


マスコミは言う。


「現実を伝えている」


どれも正しい。


だからこそ、

危険は見えにくい。


断層は、

利用されることで深さを得る。


掘ったわけではない。


ただ、

歩きやすく整地しただけだ。


だが整地は、

谷を明確にする。


⸻


夜。


ある議員が資料を閉じる。


「これで支持は固まる」


別の者が応じる。


「固まれば、揺れない」


その言葉に、

誰も違和感を抱かなかった。


固まる。


揺れない。


それは安定の象徴のはずだった。


だが――


揺れが消えた社会は、

応答もまた、消える。


⸻


この日を境に、


断層は自然現象から

政策資源へと変わった。


誰も宣言していない。


だが一線は越えられた。


まだ不可逆ではない。


だが、


戻す理由を語る者が、いなくなった。

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