無職になったので開き直って好きなことします
ソファは黒の革張りでふかふか、包み込まれるようで座り心地が良い。任務明けで疲労した身体には楽園のようだが、「無職」という言葉が頭の中央にどっかり胡坐をかいていて、まったく心が休まらない。今までの人生、順風満帆と言うには地味すぎるが、まあまあ順調な人生を歩んできたと思う。学業ではそこそこの成績を修め、魔法も魔力も申し分なし、身体能力はそれなりに高くて鍛錬を怠らない。就職先は大貴族の護衛職という、一般庶民にしては倍率が高くて給料も職場環境も良いところに就職できた。それなのに、18歳から10年間も働いてきた職場をこうもあっさりクビになるなんて。身分社会のこの国において、お貴族様の御心一つで庶民の人生が変わることなんてざらだが、自分が当事者となると結構くるものがある。いや、確かに直接私を解雇したのは貴族だが、その原因を作ったのはあのサイコパス上司…いや、自分か。きっかけは敵と間違えたことだったけど、頭を掴んだ瞬間、掌の感覚の違和感を無視したのは自分だ。サルみたいな白い魔物の頭部は全身と同様に短い毛で覆われていたのに、ちょうど指に引っかかって掴みやすい長さの毛を思いっきり握りしめて、止めようと思えば止められた攻撃をそのまま横っ面に叩き込んだ。正直に言うと、間違っていてもいいかと一瞬思った気がする。ただ、嫌いなやつを素直に殴る機会なんて滅多にないし、常人であれば一生成し遂げないことなので、この千載一遇のチャンスをありがたく頂戴することにした。その結果、得られたのは無職という現実と多少の爽快感。確実に割に合っていない。お世話になった人にろくに挨拶をする暇もなく、私は隊長直々に宿舎から追い出された。荷物をまとめる間も隊長が扉の前に貼りつき、舌打ち交じりの貧乏ゆすりで急かしてきた。私が侯爵家の門を出るまで、左頬を真っ赤に腫らした顔で憎々し気に睨みつけてくる様子は、さすがに可哀そうで申し訳なかった。
ソファに沈み込み、いつもより低い目線でぼーっと今日の出来事を思い返していると、先ほど注文したブルーベリーたるとと紅茶が運ばれてきた。紅茶の柑橘系の香りと、タルトの爽やかだが甘い香りが鼻腔をくすぐる。タルトの皿もカップもシンプルな乳白色で、添えられた金色の小さいカトラリーが可愛らしい。予想よりもケーキが大きめであったことに感動する。きれいなきつね色に焼かれたタルト台の上に、真っ白なホイップクリームがたっぷり載せられ、その上を覆いつくすように大粒のブルーベリーがぎっしり(ブルーベリータルトは、ブルーベリーの数がけち臭いと集合体恐怖症にはきつい絵面になる)。ナパージュでプルーベリーがつやつやに光っている。運んできてくれた店員に会釈をして、早速ケーキの先端の方にフォークを突き立てると、ブルーベリーがいくつか皿の上に零れ落ちた。一番下のタルト台を割って一口目を口に入れる。ブルーベリーのみずみずしい食感と甘酸っぱさが、タルト台や重ねられたクリームたちによって引き立てられている。ホイップクリームはおそらくヨーグルトが少し含まれているのか、さっぱりと軽い味わいで、その下に隠れたカスタードクリームも、もったりとしているが甘さ控えめ。さらにその下、タルト台の上に焼き付けられたアーモンドクリームはかすかなじゃりじゃり感がありながらしっかり甘く、アーモンドの香りもたっていて美味しい。タルト台は全体をまとめるようにサクッとしている。控えめに言って最高に美味しい。夢中になって食べ進め、なんやかんやタルトで一番好きな背中の部分(タルト台がそそり立ったところ)まで一瞬で到達し、零れ落ちたブルーベリーを口に運びながらタルト台を食べて完食した。その頃には紅茶は少し温くなっていたが、口の中の余韻と混ぜ合わせるようにちびちびと啜る。予想以上の美味しさと満腹になったことが手伝ってか、現状を楽観的に見られるようになってきた。もともと転職も考えていたし、今のままでいいのかという不安もあった。「解雇」という形である以上推薦状はもらえず、この辺りでの再就職は評判が広まっている可能性があり難しい(多分隊長が悪評を広めているはず)。しかし、隣国にいけば元護衛という職歴から再就職くらいは可能だろう。
なんだかどうにかなる気がしてきたところで、紅茶を飲み進めていると目線の先の店の掲示板に「冒険者募集!」と書かれた、人差し指を突きたてて謎のストライプのシルクハットを被ったおじさんのポスターが目に入った。何とか過去の伝手を辿って隣国の就職先を探そうかと考えていたが、今の時代、冒険者というフリーランスもありかもしれない。学校を卒業したばかりで、横文字で最新の魔法をたくさん知っていて(使いこなせるとは言っていない)、中身のないことをさも自信満々にまくしたてるが結局のところ「可能性が私の特技です」とちんぷんかんぷんなことを叫ぶ頭は悪くないはずの最近の若者と違い、こちらには10年間の職務経歴がある。最後の解雇というところを上手くぼやかせば、案外手堅い仕事が取れるのではないか。友人と大手を振っていえる仲の人がいないおかげで(決して悲しくはない)、特に遊び歩くこともなかった10年間、趣味もない悋気な私には貯金だけは腐るほどある。とりあえず冒険者で食いつないでいる間に定職を探して、どこでもいいから落ち着ければ結果オーライなのでは。「最近の若者」というフレーズがすんなりと頭に浮かんだことにショックを受け、落ち着こうと再度紅茶を口に含むと、先ほどよりも少し渋い気がした。
今後の計画は何の保証もないが、あらかた決まった。そうなると、少しばかり何にも縛られず貯金を使うバカンス期間があってもいいのではないか。今まで真面目に働いてきたのだから、ちょっとばかり好きなことだけして過ごそう。今までのご褒美として、また、嫌いなやつをぶっ飛ばした最初で最後の記念として。よし、そうしよう。まずは今日の宿を探さねば。いっそのことちょっと良いホテルとかに泊まるのもありかもしれない。しばらくの間、この巨大な臙脂色のトランクケースを抱えて歩くのは憂鬱だが、最高級のサービスや料理を目指して頑張ろう(今となってはなぜこの色を買ったのか思い出せないが、好みの色ではないので正直気に入らない)。
思ったより長居してしまった。お会計をするために、立ち上がってトランクケースを持つ。出入口とは反対側のレジに向かうと、キッチンで作業していた店員が出てきて、お会計をする。
「ありがとうございます、3200リオルになります。」
値段ちゃんと見てなかったけど、結構高いな…と思いながら、ぴったり支払おうとポーカーフェイスで財布の中をあさる。その間に珍しく話しかけられた。
「ケーキ楽しんでいただけましたか?」
改めて店員の顔を見ると、優しそうなマダムが笑みを浮かべてこちらの反応を待っている。
「あっ、はい。とても美味しかったです。」
努めて愛想よく振舞う。話しかけられるとは思わなかったので、嫌いな癖が出てへらっと笑ってしまう。
「すごく美味しそうに召し上がっていたので…。」
「あはは、顔に出てましたか。すごく美味しかったです、また来ます。」
昔から常にポーカーフェイスを気取っているつもりなのだが、学生時代、「思っていることが全部顔に出てるよ」と、仲の良かった教師に言われたことがある。他人の失礼な言動に対して穏やかな対応をしたつもりでも、相手が急に態度を改めてくることがある。態度を変えてしまうほど恐ろしい顔をしていたのか、直接指摘してくるような仲の人なんていないので、自分では一生確認のしようがないが、おそらくひどい顔をしているのだろう。お会計が高かったことへの不満が顔に出ていないことを祈りながら、水色のドアのカフェを後にした。
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その日のうちに宿を決めるのはやはり難航した。安宿は最近増えている隣国からの出稼ぎ労働者で埋め尽くされ、ちょうどいい価格帯の宿は、物価安に引き寄せられた商人や一般観光客でいっぱい。見つけたところは全て回ったが、どこも当日の宿泊は断られてしまった。宿探しをしている間にすっかり日は暮れ、あっという間に空は真っ暗、昼には閉まっていた飲食店や怪しげな魔道具店等が開き、町は夜の顔になっていた。
仕方なく先ほどのカフェからほど近い、この辺で一番大きな建物であろう高級ホテルに入る。入口にはドアマンがいて、近づくとこちらの歩みを遮らない丁度よいタイミングでドアを開けてくれる。つい先ほどまで自分がドアを開ける側だったので、なんだか落ち着かない。自分はあんな風にスムーズにできていたのだろうか。まあ今となってはどうでも良いことか。ドアの向こうは、少し古めかしいが洗練された雰囲気の豪華なロビーが広がっており、たくさんの人で溢れている。入って右手にはブラウンの豪奢で大きな低いソファとローテーブルが置かれ、そこにはいかにも貴族といった出で立ちの若いカップルが座っていたり、成金のようなぎらぎらした服装の大家族が何かを大声で話していたり。反対側に点在するハイテーブルには、冒険者のような薄汚いが屈強な大男たちがたむろしていた。それなりに手練れなのだろうか、入手の難しい地図を手に何かを話し込んでいる。ロビー全体をホテルマンや宿泊客が行き交い、とても賑やかだった。人々の合間を縫って、何とかフロントにたどり着き、コンシェルジュに話しかける。
「すみません、特に予約とかはしていないんですが、今日明日の宿泊って可能でしょうか?」
「いらっしゃいませ、確認しますので少々お待ちください。…はい、1名様でしたら今日明日のお部屋のご用意可能でございます。1名様でのご利用でよろしかったでしょうか?」
「はい。あと明日以降の朝食と夕食も付けてください。」
「かしこまりました。」
しごでき風の夜会巻きコンシェルジュが無駄のない手付きで宿泊の手続きを済ませ、魔法石のついたカード型の鍵を渡された。魔法石をドアに翳すことで、部屋の施錠、解錠と様々なセキュリティ機能もオンになるらしい。フロントでの手続きを済ませると、どこからか現れたホテルマンが重たいトランクケースを持ってくれた。ホテルマンに案内されるがまま、フロントの隣にある広いエレベーターを上がる。部屋は最上階の5階。お値段が少々気になったが、今はバカンス。さすがに2日ほど泊まったところで破産するほど貧乏ではない、気にせずにいこう。案内された部屋は今まで泊まったことのないくらい広く、落ち着いた白と薄いグリーンを基調とした部屋だった。置かれた家具はどれもアンティークのようで、ダークブラウンの猫脚家具でそろえられている。部屋のところどころに金の金具があしらわれているが、かといって装飾に過剰さはなく落ち着いた雰囲気だ。なんといっても、ベッドの隣の大きな窓から見える、バルコニー越しの景色が最高だった。街中の、しかもこの辺りでは一番高いところから見渡す夜景は素晴らしかった。昼間には何の変哲もない四角くて薄黄色の建物が立ち並んでいるが、夜になるとそれらの建物がスクリーン代わりのように、魔法で様々な色に調光された明かりで照らされ幻想的だ。窓を開けると、この国特有の独特なリズムが流れてきて楽しい。無職という現実を忘れて、心が躍る。現在の時刻は午後8時過ぎ。夕食時は過ぎているが、久々に外に出て飲むか。そう思い立ち、財布と部屋の鍵のみをもって部屋を出た。
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適当にホテルの近くで見つけた雰囲気の良いバルに入る。今日は普段よりもカラッとしているので、テラス席にした。夏場ということもあり、この時間でも人通りが多い。酔っぱらい二人組の千鳥足をチラ見しながら、メニューを開く。すると、そこに飛び込んできたのは「フレンチトースト」の文字。昼にもケーキ食べたしな…と思ったが、宿探しでそれなりに疲弊しており、甘いものが欲しくなっているのは確かだ。それに何の気なしに入ったこの店は、以前職場の先輩が「フレンチトーストが美味しい」と言っていた店のような気がする。今はバカンスだし、好きなことをする(食べる)と決めたし、普段ならおそらく食べないから、今日は注文してみよう。甘いものだけでは物足りないので、何かしょっぱいものを…と考えて注文したら、テーブルの上がカロリーの巣窟になった。注文後すぐにビールとつまみの盛り合わせが出された。ビールとともにつまみのチーズやナッツを流し込んでいると、思ったより早く揚げ物が到着。ポテトやら鶏肉やらのフライが大量に皿に盛りつけられており、これは一人で頼むものではなかったなと若干後悔。とはいえ、割とハードな肉体労働を10年間も続けてきたわけで、食欲は一般女性の数倍ある。しかも今は生理中かつ空腹なわけで、無限にでも食べ続けられそうな気分だ(そうはいっても限界はあるので、パスタは頼まなくてよかった…!)。追加のビールを注文しつつ、揚げ物やらチーズやら加工肉やらを口に運ぶ。カロリーたちが、脂たちが、今日一日の疲労を癒してくれる。脂でてらてらした指をナプキンで拭い、大方平らげた皿を見ながらふぅーっと息を吐いてあたりを見渡す。先ほどまで気にしていなかったが、一つ開けて隣のテーブルにカップルが座っていた。「食べ過ぎちゃった~」と言いながら、自分の腹が薄いことを強調するかのように背筋を伸ばして腹をぽんぽんと軽く叩いてさすっている。「私も食べ過ぎちゃった~」と心の中で思っていると、その発言を打ち消すかのようにフレンチトーストが運ばれてきた。胃の容量的に注文したことを後悔していたが、目の前に運ばれてくると問題なく別腹が発動した。この店のフレンチトーストは、パンの上にバニラアイス、メープルシロップがふんだんにかけられている。カトラリーケースからナイフとフォークを取り出し、アイスを避けてパンにナイフを入れると、口に入れる前からふわふわな食感がした。パンは4つ切りの厚すぎず薄すぎず、中心部分はふわふわなのに、薄い表面のみカリっとしている。断面はバターとクリームがしみっしみで黄金色、濃厚なバターの香りが漂ってくる。一口口に入れると典型的な外カリ中ふわな食感で、シロップの甘さに負けず劣らず濃厚なバターの風味が口に広がる。噛めば噛むほど混ざり合って、幸せな味わいが口の中を満たしてくれる。幸せな気持ちで飲み込んだところで、次は下の方が溶けたバニラアイスと一緒に一口。バニラアイスがトーストの表面に染み込み、また違う食感と風味が楽しめる。アイス自体は砂糖があまり入っていないのか、生乳の甘味が全面に出ていて逆に甘さを和らげてくれる。どんどんナイフとフォークが進み、いつの間にかあと一口のところまで食べ進んでいた。
嗚呼、こんな風に食事を楽しんだのは久々だ。今までは体調管理のための健康的な食事や、業務の合間の簡易的な食事に終始することが多く、休みの日は疲れてほぼ寝るか鍛錬するかの日々。家族も友達もいないので、誰かとゆっくり食事を楽しむなんてこともない。無職という絶望的なきっかけによって、こんなにも豊かな時間が得られるとは思っていなかった。自分はこんなに食に興味があったのか、と忘れていた自分の嗜好を思い出した。しばらくは食にこだわって生活してみるのもいいな…と考えながら会計をしてホテルへの帰路についた。
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季節は打って変わって冬。冬は風景が全体的に灰色がかっているように見える。
あれから定職に就くこともなく、ひたすら散財しながら好きなものを食べ歩いた。食にこだわることを決意し、やっぱり一番好きなのはスイーツか、とスイーツ巡りを開始。あまり元職場の近くをうろうろするわけにもいかないので、退職の原因となった修道院を通り過ぎて街道を進んだ先にある隣町に移動し、ディープスポットから攻めていくことにした。この町は以前住んでいた町とは打って変わって完全な商業都市。王都までの交通の要としての役割を果たす大きな街だ。普段は自分から見知らぬ人に話しかけることなんてしないが、無職で気が大きくなったのか、買い物中に出会った気の良さそうな人(人を選んでいるあたり人見知りを発揮)に、この辺りのおすすめの甘味処を聞いては実際に行ってみることを繰り返していた。この辺りで人気の有名店から路地裏にある知る人ぞ知る昼間も営業しているバーまで、今までなら絶対に行かないような、あらゆるところで食べまくった。文字通り食べまくったところ、銭湯で体重を測ったら、体重計が見たこともない数字を表示していた。十の位が違う、だと…?巻いていたバスタオルを取り去り、恥ずかしげもなく全裸で体重計に再び乗る、が、300g減っただけでほぼ同じ結果。現実を受け入れられないままふと隣の鏡を見ると、確かに十の位が変化してもいいくらいの変化が見た目にも生じていた。自分の身長からすれば、今の体重は太りすぎではないものの、戦闘が発生した場合にかつてのように動けるのか。そもそも最近は鍛錬もあまりしていないし、冒険者をするのであれば一歩の踏み込みの遅れが命取りになる可能性だってある。
「ちょっとこれはまずいか…」
今日このつぶやきを漏らしてしまうのは二度目。一度目は貯金残高を確認したとき。それこそ、数字の位の数が減っていた。すぐに路頭に迷うわけではないものの、だいぶ貯金が減ってきた。このペースで行けば今年中に底をつく可能性がある。体重は増え、貯金は減る。減ってほしいものは増えて、増えてほしいものは減る。これぞまさにこの世の摂理。さすがにそろそろ働くべきだ。無職になってからというもの、最初のうちは労働をしないことにそわそわしていたが、人間落ちる方は楽なもの、すぐに慣れて遊び歩く(食べ歩く)ようになった。とはいえ、さすがに現実を見た日の次の日は真面目に役所に行って冒険者登録をして、日雇いでもなんでもいいから仕事を探そう。そう思い、てきぱきと服を着て髪を乾かし、銭湯を後にした。
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朝、というか昼前といった方が正しい10時半頃に目が覚めた。最近は身の丈に合った値段のホテルや旅館に宿泊することが多い。高級ホテルのふかふかなベッドで目覚めるのもよいが、普通の旅館の普通の布団で起きるのも悪くない。今日は役所に行くと決めた日。正直もう少しだらだらしていたいが、午後から役所に行こうとすると絶対に気持ちが萎えてしまうので、朝イチで気力を振り絞って準備を始める。舐められないように(誰に舐められたくないのかは不明、おそらく出会う人全員)、化粧もいつもよりしっかりめにして、髪はいつも以上にピタッとひっつめてポニーテールにし、動きやすい普段着(戦闘にも耐えられる丈夫な素材)に着替えた。普段着の太ももやウエスト辺りがきつくなっているのには気が付かなかったことにしたい。今日止まっている旅館は明日まで滞在予定だったので、部屋の鍵を預けて役所へ向かう。役所では冒険者登録と冒険者への依頼の受付、人員の募集から実際に依頼達成後の報酬の受け渡しまですべてを担っている。冒険者登録はしたことがないので、勝手がわからない。受付の人が感じ悪かったらどうしよう、と無駄な心配をしながら歩いていると、案外近くにあった役所に到着した。冒険者の登録は2階、仕事の依頼等は1階で行われているようで、入り口を入ってすぐに人だかりができていた。まずは登録のために会談で2階へ向かう。登録者はそれほど多くなく、待つことなく窓口で対応してもらえた。先ほどの心配は杞憂に終わり、利発さは感じないが非常に愛想の良いお姉さんが対応をしてくれた。渡された登録用紙に、名前、生年月日、国籍、市民番号、職歴・経歴等、必要事項を記入していく。すべて記入し終わると、職歴が考慮されてか、すぐに冒険者の登録が完了した。新卒の場合や前職が冒険者業務に関係しないものの場合、登録に数日かかるらしい。すぐに発行された冒険者登録カードを手に、早速階段を降りて仕事依頼を受けに1階の人だかりへ突き進んでいく。
まずはどんな依頼があるのか確認しようと、依頼案件が掲載されているらしい掲示板をのぞいてみる。依頼内容は多種多様。凶悪な魔物の討伐依頼から魔物との戦闘後の特殊清掃等、報酬もピンからキリまであるが、全て魔物関連の血なまぐさい仕事がメイン。魔物は20年ほど前に北部地域で確認されてから、急速に勢力が拡大した新たな脅威。知能は動物並みのものが多いが魔法を使うものもおり、非常に厄介な存在であるのにその発生原因は未だ明らかになっていない。生態については少しずつ各国の研究機関によって明らかにされているものの、まだ謎の多い存在だ。そんな未知に対して使い捨ての人材を集めるために設立されたのが冒険者制度。冒険者登録をした者には、依頼遂行のために様々な許可や権限が与えられる。ただし、個人事業主としてすべての業務は全て自己責任のため、緊急時の救援は得られないし依頼失敗時の報酬はゼロ。すべてが結果主義の世界。その反面、実力のある冒険者には一攫千金も夢ではなく、既に名を挙げて地位を確立している冒険者も数多い。制度設立当初の杜撰な制度内容も徐々に見直されてきており、現在は実戦経験のある人間であれば日銭を稼いで自由に生活できる職業になりつつある。つまり、私のような人間にはうってつけの職業というわけだ。すぐ前にいたターバンの少年がどこかへ行き、目の前が開けたところで依頼内容を吟味しようと掲示板に顔を近づける。うーん、金額にこだわる訳ではないが、できる限り(簡単で)高額な依頼はないものか。それこそ、前職では護衛任務が多かったから、危険地帯への商人の護衛とか。商人とは伝手を作っておいて損はないだろうし…。掲示板を見ながら熟考していると、少し離れたところで言い争う声が聞こえてきた。
「だから!王都への護衛任務依頼をしたいだけなのよ!」
「ですから、現在王都までの護衛任務は、貴族の委任状等がありませんと役所では受け付けられないのです。」
「王都への入場許可はあるのよ?それじゃあだめなの?!」
「何度も言っているように…」
可哀そうに、依頼受付の担当者が気の強そうな若い女性に絡まれている。担当者側も少しイラついた口調になっているあたり、かなり食い下がられているのだろう。騒ぎには関わりたくないが、今ちょうど良い案件を見つけたところだ。空いている窓口はあの騒ぎの隣しかない。今帰ったらしばらく来ない自信がある。仕方がない、絶対に目を合わせないようにして行くか…。遠巻きに騒ぎを見ている人の合間を縫って、空いている窓口にたどり着いた。
「あの、この10番の…」
「じゃあもういいわ!個人で雇うわよ。ここに丁度良い女剣士もいることですしね!ほら、あなた!私と契約しましょう。報酬は今受けようとしている案件の3倍払うわ。金ならあるのよ。」
「…え?」
なんだか肩に細い指がめり込む感覚があり、目の前で対応してくれている受付の若者が困惑した顔で私の顔と私の背後を見比べている。
「ほら、早く行くわよ。こんな税金で飯食ってんのに市民に冷たい役所になんて来るんじゃなかったわ。」
私なら簡単に振り払える強さなのに、有無を言わさない手付きで後ろを振り向かされ、腕を掴まれた。「ほら」と再び言われたので、呆気にとられて彼女の後ろを歩く。なんで私はこの人に手を引かれている?私には何の落ち度もなかったと思うけど…。憐みの目を向けられながら、私とこのサラ髪の高圧的な女性は役所を後にした。
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「そういうわけで、王都までの護衛をしてほしいの。あなたそれなりに手練れっぽいし、報酬は弾むから。それで、名前は?」
「…ミコです。」
役所を出てすぐの噴水の前のベンチに座らされ、隣に座った彼女から簡単な自己紹介と依頼の概要を聞かされたというか、ほぼまくし立てられた。彼女はジジという名前で、この町で新進気鋭の服飾デザイナーらしい(偉そうな態度が貴族っぽかったけど、どうやら違うらしい)。自分の店も持っていて、庶民だけでなく貴族の顧客も多いとか。今後の事業拡大として王都に店を出店したいらしく、そのための手続きに行きたいんだそう。その辺の手続きが何かはよく知らないが、貴族相手に商売を拡大しようとすると色々あるのだろう。端的に依頼任務の背景説明を受け、最初は厄介ごとに巻き込まれたことに嫌気がさしていたが、依頼内容は通常の護衛任務で、報酬も弾むと言っている。王都までとなるとそれなりに距離があるので2~3か月は覚悟しなければならないが、それ以外は役所で受ける依頼と大差ない。
「あの、それで報酬と護衛の期間を具体的に詰めたいのですが…。」
「そうね。護衛期間は今日から半年間。報酬は月100万リオルでどう?」
「100万…?!…半年間は確定なんでしょうか?」
「延長する可能性はあるわね。万が一短縮した場合も、半年分の報酬は支払うわ。」
かなりの好条件だ。断る理由も余裕もない。確実に600万が手に入るというわけだ。前職の年収には及ばないが、残りの半年間適当に流しても一年間は十分暮らしていける。
「わかりました。では契約成立ということで、よろしくお願いします。」
「ええ、よろしくね。それと、堅苦しい敬語じゃなくていいわ。多分あなたの方が年上だし。私は25歳。あなたいくつ?」
「29歳…だよ。」
「へえ、思ったより若いのね。」
むかつく高飛車女だ…という言葉は飲み込んで、へらっと愛想笑いを浮かべた。




