気付いたら嫌いな上司を殴っていました
夏は湿気が多く蒸し暑いこの国では珍しく、からっと晴れた昼下がり。空は心の洗われるようなコバルトブルーに、真っ白い雲がところどころ花を添えている。薄い黄色や淡い榛色の建物が立ち並ぶ石畳の通りに、果物や肉、野菜などの食べ物を売る屋台や、手製の雑貨を広げる行商の店などが軒を連ね、たくさんの人が行き交っている。
雑踏の中にいるはずなのに、自分だけが違う世界にいるような感覚…とまあ、小説家気取りのくさい情景描写をしてみたものの、要するに先ほど仕事をクビになったことからくる絶望感で途方に暮れていた。何とか職場が見えない大通りまで歩いてきたが、行く当てもないので立ち止まってしまい、道行く人の通行の邪魔になっていた。
自分の今の状況に混乱しすぎて、空の青さが目に刺さる。空ってこんなに青かったっけ。視界の右端で、普段はめったに見かけることのない、王宮魔法使いの浅葱色のマントがちらつく。ふとそちらに目をやると、「当店名物!ブルーベリーたると」のポップな字体の白文字と可愛らしいイラストが描かれた木製の立て看板が飛び込んでくる。「たると」がひらがなであることに若干のあざとさを感じつつも、無意識に店の水色のドアに向かって歩き出していた。
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今日は生理前による食欲の暴走と下腹部の鈍痛で、寝起きから気分が良くなかった。現在朝の6時半。仕事行きたくないと思いつつも、名門貴族の護衛という職業のおかげで用意されている宿舎の、自室のベッドの上で身を起こした。部屋の中を這うような気持ちで前屈みで移動し、洗面台で顔を洗う。案の定鏡に映る顔は血の気が引いて青白い。ヘアバンドを付けずに顔を洗ったので、髪の毛が顔に貼りついて水死体のよう…はさすがに言い過ぎだがホラー感はかなり強い。洗面台横の棚からタオルを取り、濡れた顔と髪の毛をごしごし拭う。冷たい水と摩擦でだんだん目が覚めてきたので、体勢を起こして身支度を進める。イエベの色白はアイデンティティだと思っているので、日焼け対策は念入りに。汗でアイメイクが落ちて勤務中にホラー感を出さないよう、うっすらラメを瞼に載せ、防水マスカラだけをしっかり塗りつける。1年くらい前から染めるのをやめた髪は、毛先に暗めのブラウンが残っているが、地毛もこげ茶なのでいい感じにグラデーションになっていると信じて背中あたりまで伸ばしてしまった。勤務中に邪魔にならないよう、耳より少し上の位置でポニーテールにし、コテで毛先を巻く。顎まで伸びた前髪は右側に流して、こちらもなんかいい感じに巻いておく。最低限の顔の準備が済んだので護衛服に着替える。普段の護衛服はステッチの上に黒いラインが入ったグレーのスタンドカラーで、この家の制服はどれもセンスが良くシンプルなのが気に入って就職先に選んだ。今日は雇用主である侯爵のご子息が、婚約者を連れて領地内の孤児院へ訪問するということで、護衛職に二人しかいない女性からたまたま私が選ばれた。他には私の上司である護衛隊長(サイコパス気味)と、同期の男(別に好きでも嫌いではない)の計3名で護衛任務にあたる。今日の任務内容を軽く脳内で反芻しながらベッド横に立てかけた剣を帯剣し、自室を出て食堂に向かった。
腹痛で食欲はないが、何か胃に入れておかないと昼まで持たないので、たんぱく質が取れる温かくてほぼ無味の茶色いお茶(原材料不明)と柔らかくて白いパンを二つとり、席に着く。孤児院まではそう遠くはないが、周辺の森を縄張りにしているやっかいな魔物がいる。雪のような真っ白い肌をした2mくらいの人型の魔物で、戦闘能力は高くないが知能が高く、集団で統率のとれた行動で戦略的に攻撃してくるため、こちらも連携をとって効率的に倒していかねば致命傷を負うこともある。最近、地元の冒険者からなる討伐隊が組まれてほぼ全滅したと上司から共有があったが、討伐隊にあたった冒険者たちの信用度は不明なので注意が必要だ。それも踏まえて一番危険なエリアは避けてルートを組んだ。使い慣れている道ではあるので、いつも通りいけば問題ないだろう。
「ミコさん、おはようございます。」
「あ、ハヤトさん、おはようございます。」
パンを咀嚼しながらペコリと頭を下げると、今日同じ任務を遂行する同期が斜め前に着席した。彼は人懐っこい性格で優秀なので、誰とでも仲良くやっている出世コース筆頭だ。あの上司とさえもうまくやっているらしい。長身で鍛え上げられた体躯、日に焼けた肌、短髪の黒髪は、さわやかイケメンの代表といえそうだ。正直興味がないので良さはよくわからないが、家の使用人からも人気があるらしくラブレターをもらっているとか。
「今日の任務、ルート作成ありがとう。いつもの道だからよっぽど何もないと思うけど、有事の際は俺が前衛で補助頼める?」
「うん。それでお願いします。」
「もうヤツらは出なくなったと思ってていい?」
「上司からそう聞いてるけど、わかんないから警戒はしておいて。」
「了解。」
必要最低限の会話だけして、黙々と食べ進める。こちらが社交的ではないことを知っているので、必要以上に話しかけてこないのだと思う。こういうところがモテる所以か…と、自分はあたかも興味ないです顔でパンをかじる。でも、多分だけど告白されたらコロッといくよな、とは思う。
食事が進んで体が温まり、腹痛が多少ましになってきた。今日の護衛対象であるお二人を迎えに行くのは1時間後。
ゆっくり食事を済ませて、もたもたと追加の温かい飲み物を取りに行ったりお手洗いを済ませたりしているうちに時間になった。仕事の前の時間というのは過ぎ去るのが早い。
「じゃあ、行こうか。」
俯きながらホットココアをすすり終わったところで、ハヤトから声をかけられたので立ち上がる。彼はいつの間にか綺麗で気の強そうなメイドたちに囲まれていて、声をかけられた私は彼女たちにじろりと一瞥された。
「いやいや、仕事ですよー」と心の中で呟きながら、彼女たちのほうは見ず、カップを返しながら食堂のを出た。食堂を出るとすぐ屋敷の玄関ロビーまでの廊下が続いている。少し先に上司の姿が見えた。
「隊長だ。隊長、お疲れ様です。」
ハヤトが声をかけた後に「お疲れ様です」と続く。この人は4人いる隊長のうちの一人で、私がまあまあ嫌っている人。いちいち事を大きくするのが得意で、自分は何もせずに無駄な仕事を増やし、何か問題があればすべて部下のせいにする。口が達者なので、侯爵様には気に入られている様子。人望がないことは周知みたいだけれど。
「ご苦労様。二人とも少し早いけど、ルイ様とメアリ様を迎えに行ってくれるかな。ルイ様の自室にいらっしゃるから。」
よく通る高めの声でそう言い、シン隊長は柔らかく微笑んだ。見た目はずんぐりむっくり中背で眼鏡のおっさんだ。
この、いかにも「自分は部下思いの良い上司です」然とした物言いや顔にもやっとする。ただ、任務さえきちんとこなしていれば細かいやり方に口出ししてこない。非番の日に飲み会を企画させてくることもないので、ありがたい部分もあってなかなか嫌いなことを態度に出せない。嫌われると非常に面倒臭いことは、前に辞めていった(辞めさせられた)2つ上の先輩の件で証明済みなので、みんな触らぬ神に祟りなしということで、何となくいなす方法をそれぞれ模索している状態だ。
隊長に短い返事と会釈をし、指示に従ってルイ様の自室に向かう。玄関ロビーの中央にある階段を上がり、2階右手の奥にある部屋を目指す。
メアリ様は侯爵家とは隣に領地をもつ伯爵家のご令嬢だ。お二人は幼い頃からとても仲が良く穏やかで、下々の者たちのことも気にかけてくれるので護衛対象としては非常にやりやすい。
コンコンッ
「どうぞ」
私がノックをすると、中からメアリ様の声が聞こえたのでドアノブを回し中に入る。
「失礼します。」
「あら、今日はミコも護衛についてくれるのね。よろしくね。」
「はい、今日は私とハヤトで護衛にあたります。よろしくお願いいたします。」
ハヤトが後ろで胸に手を当てて頭を下げる気配がした。
「ルイ様。少々早いですが、ご準備は済んでいるようですし、もう出発されますか。」
「そうだね。メアリが待ちきれないようだし、もう出ようか。」
「ふふっ、早くいきましょう!」
お二人が足取り軽く部屋を出ていこうとするのに合わせて扉を開け、玄関前に止められている馬車へと向かった。
馬車の前ではシン隊長が待ち構えており、今日のスケジュールについて簡単に説明をしてくれた。
ルイ様は隊長があまり好きではないようで、「君に任すよ。」と先ほどとは打って変わった声色でぶっきらぼうに言い、さっさとメアリ様を馬車に乗せて自分も乗り込んだ。うちの上司はサイコ気味ゆえ人の心の機微はあまり感じ取れないので、特に気分を害した様子はなく、丁寧なむかつく仕草で馬車の扉をそっと閉める。護衛は騎馬で追随するため、私たちは厩務員が連れてきてくれた馬に跨った。この瞬間の、一気に視線が上がり視界が開ける感覚が何気に好きだ。
隊長の合図で御者が馬を打ち、馬車が南に向かって走り出す。まずは貴族の屋敷が立ち並ぶ石畳の道を走り抜け、水路の上の小さな橋を渡る。この橋を境に市井の区域に入るため、通りは人で溢れ活気に満ちている。各区画の東西に延びる道にそれぞれ広がる市場を横目に、馬車専用の土がきれいにならされた道をひたすら進んでいると、町の南門が見えてきた。いったん馬車と馬を止め、門を出るためにハヤトが馬を降りて門番と軽くやり取りを行う。もとは魔物の侵入を防ぐために設けられた城壁だが、最近は麻薬の流入も増えているらしく、少し警備が厳しくなっており、出入りするにも手続きがいる。とはいえ、侯爵様のような名門家の場合はほとんど形式的なチェックだけだが。すんなり門番の許可が下り、再びハヤトが馬に乗ったことを確認して隊長が再度出発の合図を出す。ここからは都市の外のため、より一層周りを警戒しながら馬を走らせる。
馬車はルート通りの街道を走っていく。周りは草原が広がり、管理されたきれいな街道が整備されている。南東のほうには数キロほど先に森が見え、その森に隠れた先に孤児院はある。この森に最近討伐されたという厄介な白い魔物が住み着いていたのだ。森を突っ切る街道も一応整備されており近道にはなるが、森に目的がない限り使うことはない。今回も例のごとく森は通らず、周り道になるが一番近い町とつながる大きな街道を走り、森を完全に過ぎたところで現れる孤児院につながる分かれ道を目指す。見晴らしがよく、特に魔物が出てきそうな違和感もない。
「特に問題なさそうですかね。」
「そうですね。やっぱり森の方からはほんの少しですが嫌な気配がするので、避けてよかったと思います。今のところこちらに敵意はないですけど。」
魔力探知が得意なハヤトがそう言う。やはり「ほぼ全滅」という冒険者の情報は、確実に「全滅」とは異なるようだ。ルート提出の際、念のため白い魔物の出没を省かずに書いておいてよかった。一応森の方向は警戒しながら道を進む。ちょっとお腹痛くなってきたな…と思い始めたところで、森の方をやたら見ていた隊長が、急に一行のスピードを落として停止させ、即座の思いつきをもっともらしく話し出した。
「あと10分ほどで到着ですが、特に危険はなさそうですね。あの森の白い魔物は討伐されたようですが、ハヤトさんの言うことが正しければ、今のうちに少し確認しておいてもいいかもしれませんね。ハヤトさん、少し森の様子を確認して後から報告書を挙げてもらえますか?」
「えっと、確認しに行くのは良いんですが、一度孤児院に着いた後に確認に来るのでもいいでしょうか。」
走り足りなくて足踏みする馬をいなしながら、ハヤトが私の顔をちらりと確認し返答する。おそらく彼は私の体調が万全ではないことに気付いて提案してくれているようだ。そんなことには全く気づかない隊長は、良い上司感を出しながらその提案を却下した。
「いえ、それではハヤトさんの負担が増えてしまうので。孤児院の滞在時間は長くても4時間程度、かなりタイトスケジュールになってしまいますよ。明日も一日任務でしょう?幸い、私とミコさんは明日非番ですので、残り10分程度は二人だけで頑張りますよ。」
と、私の意見は聞かずに二人で頑張ることになった。まあ確かに孤児院まであと10分程度、大丈夫かと思ったところで腹部の鈍痛が強まる。あれ、この痛みはいつもとちょっと違うかも。護衛任務は人の命を預かるものでもあるので、やはりハヤトにいてもらった方が安全な気がする。隊長は私より(結構)弱いし、私が使い物にならないと万が一のとき厳しいだろう。とはいえ、生理のことを隊長に言っても通じなさそうだしなんて切り出すかな…。
「隊長、念のためハヤトさんにもいてもらいましょう。今日は少し私の体調が万全ではないんです。」
「そうなんですか?いやー、でも大丈夫でしょう。この辺の魔物は全滅したとルート提案の書類にも書いてくれていましたし、あと少しですから、一緒に頑張りましょう!ミコさんは優秀ですしね!」
あー、これは機嫌を損ねてしまったやつだ。笑顔のわりに額にうっすら青筋が立っている。多分、「私が体調不良だからハヤトがいたほうがいい」=「隊長だけだと戦力不足」とかいう具合で変換されたんだろう。普段褒めることなどないのに「優秀ですしね!」と最後に付け加えてきた辺りがわざとらしい。私に組手で勝ったことないこと、気にしてますしね。こうなったら何も起こらないことを祈るしかない。
「では、ハヤトさんはこれから調査をお願いします。出発お願いします。」
ハヤトが少し心配そうに目配せしてきたので、「まあ何とか大丈夫です…」という意味を込めて頷いておいた。実際のところあまり大丈夫ではないけれど。隊長の合図で再び馬車が走り出したので、隊長と私はそれに続く。ハヤトは少し迷ってから、森の方向に向かって走り出した。
5分ほど順調に走り、ハヤトの姿が森の方向に完全に消えたところで、馬車につながれた2頭の馬が突然暴れ出す。馬車は大きく揺れ、御者が慌ててなだめようとするのも虚しく、馬たちは暴れ続ける。すると、ナイフで切られたかのように馬車と馬をつなぐ立派なハーネスが突然ぶつりと切れ、馬は尋常ではないスピードと崩れた走り方で走り去っていった。一瞬呆気にとられかけたものの、慌てて下馬し馬車の中のお二人の安否を確認する。
「ルイ様!メアリ様!大丈夫ですか?!」
「ああ、私たちは大丈夫だよ。いったい何が起こったんだ?」
「…まだわかりません。」
幸い、すぐにハーネスが切れたことで馬車が横転することもなく、中のお二人に怪我はなかった。しかし、明らかに不自然なことだけに、これから魔物の襲撃がある可能性が高い。隊長は馬に乗ったまま周囲を警戒しているが、特に何も見当たらないようだ。
「魔力の気配はしませんが、ミコさんは何か感じますか?」
「いえ…。ただルイ様、メアリ様と御者は早く退避させた方がいいでしょう。」
「まあ、そうでしょうね。そういえば今日の御者の方は初めて見る顔でしたが…」
隊長がハッとしたように馬車の前方を確認するが、すぐにこちらを見て首を振る。あたりを見回すと、いつの間にか少し離れた場所に彼の姿を発見した。千鳥足で明らかに様子がおかしい。次の瞬間、彼
に向かって空から一筋の光が降り注ぎ、身体の消失とともに大量の白い魔物が地面から這い出てくる。人体を媒介にして行う魔物の召喚。大量の魔物や強力な魔物を召喚するときに行う禁忌の魔術で、使用できる魔術師も限られる。どうして今それが、目の前で起こっているのか。
咄嗟に馬車からルイ様とメアリ様を下ろし、自分の乗っていた馬に乗るように促す。
「すみません、孤児院はすぐそこなので、お二人だけで先に向かっていただけますか。あそこにはご神体もあるので、魔物も近寄りたがらないと思います。」
「わかった。メアリ、行こう。お前たちも気を付けて。」
ルイ様が素早く馬に跨り、メアリ様を引き上げる。そのまま無駄のない動きで馬を孤児院の方向へ走らせ始めた。魔物たちがルイ様の方を追う様子はなく、私と隊長をそれぞれ孤立する形で取り囲んだ。魔物の数は100体をくだらないだろう。後ずさりして少し距離を取りながら、隊長のいる方を確認すると、あろうことか、彼は馬に乗ったままなのを良いことに、私を置き去りにしてルイ様たちの後を追おうとしていた。しかし、次の瞬間あっけなく弓を持った白い魔物に馬を射られて落馬していた。「なに?!」と叫びながら無様に落馬した様子をあざ笑う余裕はない。私と隊長の二人の場合、前衛が私、補助が隊長となり、最初の攻撃に備えて防御結界を張るべきなのに、このざまだ。今更連携など無理なので、必然的に乱戦となる。腹痛で若干体は重いものの、白い魔物の戦闘力は高くないため問題なくやり合える。目の前の複数体をまとめて薙ぎ払い、そのまま振り返って背後を狙ってきた敵を逆袈裟斬りにする。何度かそれを繰り返していると、敵の間から隊長の姿が垣間見えた。日頃から出世の根回しばかりで鍛錬を怠っているためか、防戦一方でかなり息が上がっている。さすがに死なれては困るので、早いところ助けに入らないといけない。私の強さを警戒し、少し距離を取りながら攻撃の機を窺う魔物が出てきたため、氷の魔法を詠唱しながら無鉄砲な数体を切り払う。詠唱の完了とともに素早く地に手をつき、自分の周りの地面から氷の刃を生やした。
「…はっ?!」
思ったよりも魔法の威力が強かったようで、10体ほど吹き飛ばせればいいと思っていたが、隊長の周りの敵も含めて30体ほどが吹き飛んだようだ。すかさず隊長の近くに駆け寄り、仕方なく背中を預ける体制になる。
「隊長、大丈夫ですか。」
武器を振り下ろしてくる敵を斬り払いながら問いかける。
「ええ。ミコさんの先ほどの魔法、すごかったです、ね!おかげで敵の数が半分になったので、何とか殲滅しましょう。」
嫌いな上司が息を切らしている姿を見るのは不快でしかないが、少し守備範囲を広くして、隊長より多くの敵をこちらで引き受ける。かなり数は減らせたものの、まだまだ油断できない数が迫ってくる。丁度目の前の敵からの打撃を受け止めたとき、明らかに他の個体よりも小さく俊敏なサルのような見た目の白い魔物が、私と隊長の間に割り入るような形で飛び込んできた。咄嗟に目の前の敵を押し返し、振り返りざまに斬りつけるが、白いサルの動きが速く空振ってしまう。白いサルは隊長の足元に絡みついたかと思うと、右脚を駆け登り、腹をつたって隊長の左肩に乗る。隊長が身をよじらせながらサルを追い払おうとしているのに対し、私は躊躇いなくサルのいる部分に剣を突き立てる。もちろん隊長には切っ先が当たらないように(多少当たってもいいかなくらいの気持ちがあることは黙っておく。)だが、まんまと逃げられてしまう。
「ちょっ、ミコさん、危ないですよ…。」
「すみません…ただ、この乱戦においてこいつは厄介なので。」
とはいえサルだけに集中する余裕もなく、サルに気を取られた隙を狙ってきた白い魔物を蹴り飛ばし、よろけた複数体を撫で斬りにする。その折にまた白いサルが視界の左端にちらついたため、ろくにそちらを見ずに左手を伸ばして頭を掴み、左頬あたりに右膝蹴りをぶち込んだ。
ドサッ
サルにしては大きな音とともに倒れたのは、隊長だった。
咄嗟に現実が受け入れられず、人生初の5度見をしてしまう。そんなこちらの都合はお構いなしに、敵たちは私の動きが鈍った今を好機とばかりに襲い掛かってくる。どうにか動揺している自分を抑えようと、力任せに白い魔物を一体一体無心で斬り捨てる。ひたすら迫り来る敵を対処していると、いつの間にか立っている敵はあのサルだけになっていた。ぎろりとサルを睨むと、私の鬼気迫る様子に怯えながら走り去ろうとしたところを、異変に気付いてたった今到着したハヤトに捕まり、魔法で灰にされていた。
そこから私がクビになるまでは、非常にスムーズだった。
白い魔物の出現可能性の見落とし、護衛対象のみでの避難、戦闘中の上司への暴行等、(最後の一つは言い逃れできないものの)すべて私の責任ということにされた。おそらく、事前に提出していた護衛ルートの書類は隊長によって華麗に改ざんされ、「白い魔物の出現はありえない」と記載されていたとのこと。(全滅したとか適当な情報を言っていたのは隊長で、私は残存勢力の可能性を記載したはずなのに。)その言及に基づいてハヤトを先行して調査に行かせ今回のような事態が発生。護衛対象は、やむを得ず隊長が馬に乗せて逃がし、私は乱戦の混乱に乗じて上司の頭を膝蹴りしたと、頭に仰々しい包帯を巻いた隊長が侯爵に報告していた。侯爵は忙しい身なので、隊長の報告を適当に聞いて、私の顔も見ずに解雇を言い渡してきた。正直頭が真っ白になった。「明日から無職」という事実に戦慄し、頭が内側から押されているような、爆発しそうな感覚を覚えた。
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とまあ、なんやかんやで10年ほど勤めた侯爵家をさっさと追い出され、今に至る。
今は何も考えられないので、とりあえずは大好きな甘味でもむさぼろうと思い、たまたま目に入ったタルト屋さんの扉を開いた。扉に付けられた鈴がカランカランと心地よい音を鳴らすと、入り口を入ってすぐに見える木製のキッチンカウンターから「いらっしゃいませ」と愛想の良い声が聞こえた。中は意外と広く、カウンター席の横にテーブル席が三つある。なんせクビになったばかりで宿舎に置いていた荷物をすべて持ってきて大荷物な私は、一番手前のテーブル席に座らせてもらうことにした。とりあえず紅茶と名物のブルーベリーたるとを注文する。ブルーベリーたるとを待ちながら、注文時に持ってきてもらった冷たい水を飲み、浅く座ったソファの背もたれに沈み込んだ。




