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 とりあえず雨漏りした部屋から廊下に避難させた大量の荷物を、次はどこに運ぼうか、という話になって、正直なところ廊下に置きっぱなしでもまったく支障はないものの、空いている別の部屋に移しておこうか、との結論に至った。


 セミナーハウス内には鍵がかかったままの部屋がいくつかある。そのひとつが新聞部の部室だ。運動部の部室棟とは別に、なぜか新聞部の部室だけがセミナーハウスに設置されている。


 はじめて足を踏み入れた部室は、長い間閉ざされていたため、空気が澱んで埃っぽかった。六人掛けの傷んだ木製テーブル。錆ついたパイプ椅子。スチールラックいっぱいに押し込められた、背表紙が色褪せたファイル。隅に並んだ漫画本。古いCDとCDプレイヤー。壁の隅に貼られたいくつかのプリクラ。今はもう存在しない、若者向けファッションブランドのロゴが入ったショッピングバッグ、そこに雑多に押し込められた誰かの教科書やノート、文房具。


 新聞部は私が入学する数年前に部員が途絶えて休部状態になったまま、自然消滅している。誰にも消されないまま残された黒板の落書きには、最後の部員が卒業の際に、出会えなかった未来の後輩に残したのであろうメッセージが残されていた。


 この部室を見る限り、プリクラを貼ったりCDを聴いたり漫画を読んだり、お世辞にも真面目一辺倒な雰囲気ではなく緩さのある部活動だったようだけれど、最後のひとりであった部員はきっと生真面目なひとだったにちがいない。角張った、几帳面さを感じさせる筆跡で、月に一度の校内新聞発行に向けての行動手順を細かく記している。


 企画、取材、記事作成、紙面のレイアウト……それぞれの場面でのポイントが簡潔にまとめられている。これを書いたひとは、きっと直接自分の口で、後輩に伝える日を待ち望んでいたのだろう。そう思ったらまた、胸の奥でかすかな痛みを感じた。


 どこかからチャイムの音がした。普段だと4時間目の授業終了、昼休みがはじまる合図だ。先生が、一旦休憩しようかと提案する。


「上木さん、お昼どうする?」

「おにぎり持ってきたので、このへんで適当に食べてます」

「了解。じゃあまた、昼休み終わったら再開ね」

「はーい」


 先生の許しが出て、和室の冷房を点けた。天井埋めこみ型の四角い空調機は間違いなく今夏はじめてスイッチが入れられただろう、鈍く重たいモーター音とともに、四辺の羽根がゆっくりと起きあがる。


 広い畳の間の真ん中、冷気がまっすぐぶつかるところに陣取って、今朝、母が握ってくれたおにぎりのアルミホイルを開く。左手に持ったおにぎりを食べながら、右手で、新聞部に残されていたファイルを開いた。新聞部が活動していた頃、月に一度必ず発行されていた、校内新聞のバックナンバーである。


 モノクロの紙面に、たくさんの写真と賑やかな文字が踊っている。新聞という言葉でイメージする全国紙よりも、スポーツ紙のノリに近い。もっと言うと、小学生のときに授業で作った、自分の好きなものをテーマに好き勝手に一面をまとめた手作りの新聞もどきを思い出した。


 体育祭や修学旅行などのイベントのレポート、部活動の活躍について、新任の先生へのインタビュー、四コマ漫画。島内の場所や人を取材した特集記事。一面まるまる生徒へのインタビューに割かれていたのは夏休み直前号だった。今夏楽しみなこと、夏の思い出、好きなアイスなど、いろんな質問が、はしゃぐ生徒の写真の切り抜きとともに紹介されている。

  

 夏休み特集のひとつ前に、新聞部が県のコンクールで入賞したという記事があった。今、私がいる和室で、総勢7人の部員が賞状とともに写っている写真が、〈新聞部 初の快挙!〉というタイトルの下に添えられている。8年前の日付だ。


 最初はぱらぱらとページを捲りながら流し読みしているだけだったのに、いつのまにか夢中になって読み耽っていた。閉じていた和室の扉が開いた。


「上木さん? って、あなた、寝転がってたら汚れるよ」


 自分の部屋のベッドで漫画を読む姿勢になっていた私を、呆れた目でたしなめる。


「どうせジャージだし」

「たしかに」


 身体を起こした私の隣に先生が腰をおろす。500mlのサイダーのペットボトルが差し出された。透明な気泡がボトルの側面にいくつもくっついている。


「はい、どうぞ」

「もらえるんですか? やったー、ありがとうございます!」

「今日の日給ね」


 素直に受け取ると、触れた手の内側が瞬間、ぐっと冷やされ、ボトルの表面に浮かんでいた水滴が皮膚にうつった。甘くて冷たい炭酸の喉越しが想像され、喉が一気に乾いた。もう一度先生にお礼を言って、小さな蓋をひねった。


「ところで何を見てたの?」


 ファイルの表紙を見せる。油性マジックで大きく、〈縹高新聞〉そして発行年度が書かれている。先生が紙面を覗き込みながら感心の声を漏らした。


「よくできてるね」

「でしょう? 読んでると結構面白いんですよ」

「みんな楽しそう」


 先生と一緒にバックナンバーをひとつひとつ、つぶさに読んでいく。このひとは今でも元気だよね、この場所って昔はこうだったんだね、古い紙面を指差しながら見ているうちに、あっという間に1年の終わりがやって来る。


 そのファイルにおさめられた最後の新聞は、部がコンクールで入賞したときの主要メンバーが卒業する、3月号だった。手書きの桜の花びら(連載されている四コマ漫画がすごく上手だから、イラストの得意な部員がいたのだろう)が舞う。卒業式と、その後の部活動やクラスでの別れの様子。感傷的な言葉はない。「おめでとう」と「ありがとう」、そして、彼らが過ごした時間が切り取られて所狭しと紙面に貼られている、壁に貼られたプリクラみたいに。新聞というよりも、まるでアルバムだ。


 編集後記には、新聞部の先輩たちへの感謝の言葉が綴られていた。


「当時これを見てたひととか、実際にこれを作っていた新聞部のひととかが見たらすごく、懐かしくて、嬉しくなるでしょうね。こうやっていまだに残っていること」

「そうだね」

「これも捨てるんですか?」

「スキャンして、データだけでも残しておこうか?」


 私は頷いた。


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