12不幸少女とゴブリンの巣穴
あれから数日果物採取に努め、横穴の側面にさらに小部屋を掘って食料保存庫を作り出した。ドライフルーツにした果物の内、イチジクとすもも、ザクロは形になっていた。ただし、イチジクはその三分の一ほどに虫がたかってしまい、処分することにしていた。干し柿はまだまだである。
冬を越すには足りないだろうが、そろそろレベルアップを並行してもやっていけるくらい食事に余裕ができていた。
「さて、私もだいぶ成長しましたね。ステータスは……」
〈シャーロット
レベル:2
職業 :なし
生命力:9/9
魔力 :45/45
スキル:風魔法Lv.1、水魔法Lv.1、火魔法Lv.1、土魔法Lv.2、自己治癒Lv.2、美食感知Lv.1
称号 :(転生者)、忌み子〉
この数日間で魔力が二倍近くに上昇。創意工夫を重ねて発動していた土魔法と自己治癒がレベル2になった。生命力の上昇がわずかなのはご愛敬である。それから美食感知という新しいスキルを取得。文字通りおいしいものを探し出すスキルだった。現時点では採取系のスキルかより大きい効果のスキルかはわかっていないが、ひょっとしたら新しい街で料理屋の選択を失敗しないかもしれないとシャーロットは少し期待していた。
それはともかく、大きく変わった点もある。手足の肉付きが改善したのだ。
相変わらず細いことに変わりはないが、今までの栄養不足が明らかな骨と皮の状態は脱し、ついに「痩せ気味」程度の見た目になったのだ。そのおかげかシャーロットの力も以前より増し、そして何より疲れにくくなった。自己治癒による超回復様々である。
「さて、狙うのはやっぱりゴブリンでしょうか。果物採取中に度々姿は見かけましたし、奇襲もしやすそうですよね」
ここ数日シャーロットは一体も魔物を斃していないとはいえ、遭遇していないわけではないのだ。ゴブリンの場合はその奇声で接触を避けることができた。また、初めて遭遇したピグミーマーモセットのような手のひらサイズの小さい猿の見た目をした動物は、シャーと威嚇をして去って行った。あの生き物が魔物か動物かは不明だが、シャーロットの心臓を打ち抜いたのは間違いない。
きっとあの猿は、シャーロットの獲物を見定めるような目に怯えて逃げて行ったのだろう。
ちなみに、シャーロットの記憶にかわいらしい小動物に怖がられ、逃げられた記憶など存在しない。きっと、絶望して完全忘却したわけではない……はずだ。
「威力調節が可能になったストーンバレットの出番ですね。複数相手の戦闘にも慣れないといけませんし、ゴブリンがちょうどいいですよね。レベルばかり上がって技量が見合っていないなんて笑い話はお断りですよ」
少し鍛えられ、斜面の上り下り程度では息を切らさなくなったシャーロットは、ついでとばかりに栗を拾いながらゴブリンの姿を探していた。
「見つけたい時には見つからないのですから難儀なものですねぇ。まあ、いないなら木の実を拾うだけなのですが」
ひょいひょいと背負いかごに木の実を放り込みながら、シャーロットは周囲に目を光らせる。この数日でカゴも進化しており、編み目が細かくなってドングリが落ちることが減り、そして肩掛けタイプから背負いタイプに変化したのである。とはいえ素人の適当編みのせいで無駄に壁に厚みのあるゴツイ作りになってしまっているのだが。
「あら、いましたね」
息を切らすことがほとんどなくなったおかげか、最初の頃より周囲の音に気を配れるようになり、ゴブリンに対しての索敵能力は上がっていた。何せゴブリンはといえば、鈴なりの木の実が嬉しいのか、それとも木の実の味を思い出して幸福感に浸っているのか、グギャギャとリズムを刻んで歌らしきものを口ずさんでいるのだ。
シャーロットからしてみれば殺してくれと言っているようなものである。
「数は……三匹。一匹が少し遠いですね。一番近くのゴブリンをまずは一撃で仕留めましょうか」
木の実を入れていた籠から取り出したのは数個の小石。これは河原で拾った角が削られた丸っこい石である。精密射撃を試みた場合、球体に近いほど安定するため、わざわざ持ち歩いているのだ。
(できれば革袋なんかに入れて腰に下げておきたいところですが……っと、近づいてきましたね。そろそろ戦闘開始といきましょうか)
「——ストーンバレットッ」
石を乗せた手のひらを狙う眼球と同じ高さにすることで、発射速度上昇と消費魔力削減。既に声に出さずに魔法を発動できるが、あえて声に出すことで相手の注意をひいて確実に目を打ち抜く。
シャーロットは既に熟練のそれになりつつあった。
放たれた小石は狙い通り最寄りのゴブリンの目に吸い込まれていき、一匹を即死させた。驚き固まる二匹目のゴブリンに向かって、シャーロットはすぐさま二射目を放った。
「——エアバレット」
手のひらに石を載せる動作を省き、代わりに空気を圧縮した不可視の弾丸を魔力で生み出して放つ。
質量が無い分威力の点でもストーンバレットには劣るが、それでもその速射性は侮れない。
二匹目のゴブリンの目に吸い込まれるようにまっすぐ進んだ空気の弾丸は、ゴブリンの目に食い込み、それから空気を圧縮するための魔力が消失。圧縮されていた空気が解放されてノックバック効果を生んだ。
「うおぉぉぉ、りゃあ!」
仰向けに倒れ込んだゴブリンへと走り寄り、顔面に向けて木の棒も両手で振り下ろす。筋力の増加によって以前より少し重くなった木の棒が、ゴブリンの顔面に叩きつけられる。
三度目の叩きつけで絶命と判断、すぐさま最後のゴブリンに対処しようと視線をやれば、遠くに走り去り、枝葉の陰に隠れきってしまう所だった。
「……逃げた?とりあえず死んでいることを確認……よし、どちらもちゃんと斃せましたね。魔石は……ゴブリンは『ガキの小遣い程度』らしいし、面倒臭いから取らなくていいですね」
実際、ゴブリンの魔石はFランクという低ランクの魔石であるためにそう高くはない。けれど今のシャーロットからしてみれば十分なお金になるし、別に他のFランクの魔物の魔石より安く買いたたかれるなんてこともない。ただ、シャーロットの言う「ガキの小遣い程度」という言葉が、ゲームの攻略対象の裕福な商人の言葉であるから起きている認識の差である。
町でゴブリンの魔石の値段を知ったシャーロットはきっと表情の抜け落ちた顔をすることだろう。
「んー、逃げた、であっているのですよね?私を罠に誘導しているというわけでもなく?とすると……向こうに住処があるのでしょうか?」
ニヤリ、と片頬を釣り上げたシャーロットはゆったりとした足取りで、けれどその目に獲物を狙う剣吞な光をたたえて歩き出した。
特に罠などもなく、シャーロットは目的の場所を見下ろせる木の上に移動していた。視線の先には少し開けた空間があり、その空間の中央に斜めに地中へ潜っていくような形で穴が作られていた。
「私と同じで穴に住んでいるのですね。これはゲームの知識と同じですか。だらけてあくびをしているけれど、見張りが二匹存在するってことは上位種の統率個体がいるのでしょうか。ハイゴブリン、ゴブリンリーダー、ゴブリンジェネラル、ゴブリンキング、ゴブリンエンペラー……後ろ二つの線はまずないわね。このあたりでゴブリンキング以上がいれば、あたりの森一帯はゴブリンだらけのはず」
であれば多くて30匹かと、シャーロットはあたりをつける。一般に、見張り1、2匹の洞窟タイプで、ハイゴブリン以上の統率個体で30匹ほどの集団。見張り5、6匹の洞窟タイプでゴブリンキング以上の統率個体で100匹ほどの集団が形成される。一方洞窟タイプではなく村タイプの住居の場合、数と上位種の関係がほとんど当てはまらない。
また、エンペラー以上の上位種も存在はするしゲームでは出現するが、そんなレアケースの話は、今は全く関係ない。
「巣穴に入るのは得策じゃないですね。接近戦が苦手な私が、狭くて死角の多い空間に入るなんて自殺行為。であれば、ここから巣のゴブリンたちが出てくるまで狙撃を続けましょうか——ストーンバレット」
直線距離にして十メートルは確実に離れた木の上から2センチメートルほどの眼球に小石を打ち込む。姿の見えない敵からの攻撃に動揺するもう一匹の見張りに向けて、魔力を多めに使ったストーンバレットを打ち込む。
側頭部に当たった小石は頭蓋骨の一部を破壊し、即死させた。
「よし、狙撃成功。後は私のことを知らせに戻ったゴブリンの情報を聞いた統率個体が外に出てくるか、見張りが斃されている事実に気付いたゴブリンの知らせによって統率個体が外に出てくれば、そいつを狙撃して烏合の衆になったところを各個撃破。まあそこまで難しくはないですね。一度に十数匹まとめて出てくるようなことがなければ打ち漏らしは無いでしょうし、魔力が足りなくなることもありませんよね」
こうして、ゴブリンとシャーロットとの我慢比べが始まった。
「これで8匹目、と。見張り2、帰還した個体6ですか。最初の頃に穴から出てきたゴブリンは情報を持ち込ませるために見逃しましたが、それ以来出てきませんね」
木の上に陣取って十分ほどした時点で、見張りがやられているのに穴から出てきたゴブリンが気づき、巣穴に戻って行った。けれどそれ以来一向に変化がない。
「んー、籠城という可能性は低いですし、考えられるとすれば他にも出入り口があった?ありそうですね。となるとゴブリンキング以上の上位個体がいないとも限りませんか。ゴブリンの巣穴は最長1キロメートルに及ぶ、でしたっけ?エンペラーを冠するのであればそんなものでしょうし、そこまで広範囲に広がっていれば、この付近のゴブリンがそこまで多くない事にも説明がつきますかね。あと少し待って、出てこなければ諦めましょうか」
結局、その後帰還したゴブリン3匹を仕留める頃には薄暗くなり、シャーロットはゴブリンの巣穴を後にしたのだった。




