13不幸少女と遭遇
誤字報告ありがとうございます。
翌日。
ルーティンと化していた午前中の訓練を終え、オオサンショウウオもどきの燻製肉を食べ——シャーロットはその味に思わず口から肉片を吐きだした。
「うっ……腐っていますね、これ」
なぜ口に入れる前に匂いで判断できなかったのかと己の浅はかな行動を嘆きながら、シャーロットは腐ってしまった肉を川へと放り捨てる。
「はぁ、初めての失敗作ですね。……ん?他の肉は大丈夫、ですよね?」
念のためにとシャーロットは燻製肉の確認を始め、それからあまりの惨状に地面に膝をついてうなだれた。
「半分以上腐っているじゃないですかッ……燻製の方法が悪かったのでしょうかね。貯蔵方法は……こちらも問題ではありますか。……はぁ」
腐った肉の山を前に、シャーロットは盛大な溜息をつく。それから両頬を叩き、意気込み新たに立ち上がる。
「もとから素人の半端知識で作ったものですから仕方がありません。むしろ、寒い冬場だったからこそここまで腐らずにいたのでしょうね。潔く次の試行に移りましょう……腐る原因……温度か湿度?……水?ああっ、そういえば燻製前に肉を焼いて水気をなくすのでしたか!」
記憶の底から引っ張り出した事実に、シャーロットは愕然としながら、次こそ成功させてやると意気込み、今後の計画を練る。
「居住空間は手に入りました。近接戦闘はともかく、戦闘能力も少しずつ上昇しています。となると、やはり食べ物の確保でしょうか。ゴブリン肉ならいくらでも確保できそうですけれど。後は……毛皮ですね」
少しずつ空気が冷えていく中、早いうちに冬支度をしておこうとシャーロットは毛皮の確保について考える。
「んー、ですが皮のなめし方なんて知りませんからねぇ。それに刃物が無いですし、うまく皮をはぐことができる気がしないですよね。先に刃物を得るべきしょうか?……金属なんてないのですから、打製石器?……黒曜石なんて見覚えないですよね。そもそもここら辺は火山地帯ではない気がするのですけれど……」
動物を狩ってから考えましょう、とシャーロットは勢いよく立ち上がり、木の棒片手に獲物を探しに向かった。
時折視界に入るゴブリンについては、遠くからストーンバレットで仕留めていく。ドングリや栗は拾い集め、森の中を進んでいく。
「いませんね。ゴブリンの中に動物の毛皮でできた腰布を巻いている個体がいたから、生息はしているのでしょうけれど……上から見ましょうか」
当初のことを思えば驚くべき速さで木を登っていく。幹を支えに枝に立ち、周囲を確認する。
「枝葉が邪魔でほとんど見えないですね。失敗でしょうか。他の方法は……池で待ち伏せでもしましょうか」
方針を決めるなり、シャーロットはするすると木から降り、川の流れに沿って以前見つけた池へと足を運んだ。相変わらず澄んだ水をたたえたそこで、シャーロットは獲物の痕跡を探し歩く。
ぐるりと池の周囲を歩き、薬草が茂っているあたりで、水でぬかるんだ地面に残された足跡を見つけた。
「ヒヅメの跡……大きな桜の花弁みたいな形ね。サイズはあまり大きくないけれど、どんな生き物でしょうか」
顎に手を当ててしばらく考え込み、それから隠れて様子を見ることにして、シャーロットは手近な茂みに姿を隠した。
隠れてから二時間ほどたった時だった。
体外での魔力操作の練習をしていたシャーロットは、葉擦れの音が近づいてくるのに気が付き、練習を中断して息をひそめた。
シャーロットがいる茂みから十数メートル先の木々の間から、のそりとその生き物は姿を現した。
(……熊⁉イノシシか何かだと思っていたのですけれど……しかもあれって魔物でしたよね⁉)
灰色の毛皮に、太い腕。体のあちこちに存在する古傷が、歴戦の猛者の雰囲気を強めていた。ゲーム知識にある魔物と姿が瓜二つ、予想されるのは——
(Bランクの魔物、マッドグリズリー。狙いを定めた獲物はどこまでも追いかけて仕留めにかかる、冒険者に嫌われる筆頭。体重に見合わない俊敏な動きと鋭い爪の攻撃が脅威……だったはずです。ウォーターボールで……多分避けられますね。これは無理ですね)
以前であった狼タイプの魔物ほど圧迫感はなく、けれどそれは相手に狙われていないからだと、シャーロットは息をひそめて去って行くのを待ち続けた。
(ちょっと、そこに座り込むの⁉やめてほしいのですが!私いつまでここで隠れ潜んでいればいいのですか!)
ガサッ。
「ッ!」
数十分の後、シャーロットがいるあたりの対岸の茂みが揺れ、そこから大型のイノシシが顔を出した。
(え、あれってDランクの魔物では……この森、こんなに危険だったのですね)
今まで知らなかった魔物の脅威に内心恐々としているシャーロットをよそに、獲物を見定めたマッドグリズリーが勢いよくイノシシの下へ駆け出した。
『ガアアァァッ』
マッドグリズリーの咆哮でイノシシは身をすくませ、その間にどんどん距離が縮まっていく。
(速い!もう池の周囲四分の一くらい進んでいますね。しかもあの巨体で走っているのに出る音が小さい!)
どたどたと音を鳴らして進む姿を想像していたシャーロットだったが、マッドグリズリーはその強靭な四肢のばねを生かして滑るように標的へと近づいていた。
そして、スピードそのまま振り上げた左腕の凶悪な爪が、イノシシの首を半分ほど引き裂き、鮮血があたりに飛び散る。
ぐらりと体を揺らしたイノシシは、そのまま音を立てて地面に横たわり、痙攣の後に動かなくなった。
(一撃⁉ははは、こういった化け物が人間を蹂躙する可能性があるのですか。そもそもこのレベルの魔物に勝てる人間とは、本当に同じ人間なのでしょうかね?少なくとも接近戦では絶対に勝てない気がしますけれど……)
がつがつと肉を食らうマッドグリズリーから目を離さないまま、そろりそろりと音をたてないように離れて行く。
(そろそろ気づかれないでしょうか——ッ⁉)
ギロリとマッドグリズリーの鋭い眼光がシャーロットのいる方へ向き、それから興味を失ったかのように獲物に向き直り食事を再開した。
(気づかれた⁉いえ、気づかれていた?いつから?まさか……最初から?)
ウォーターボールで斃せないかと思考していた自分は、ひどく道化じみていたに違いない。
そんなことを考える青白い顔のシャーロットは、恐怖に震える足で生まれたての小鹿のようなおぼつかない足取りで、ゆっくりとその場を後にした。
「ぷはっ……勝てない!あんなのに勝てる未来なんて想像できませんよ!……けれど、いつかきっと、そう、斃して見せますよ」
震える腕に力を入れ、シャーロットは乾いた声で宣言して見せる。今はまだ、と己に言い聞かせて。
「別の狩場を見つけましょうか。……今日は遅いから明日からですけれど」
ほとんど収穫がないまま時間だけが過ぎたことに気付き、シャーロットは重い足取りで横穴に引き返すのだった。
次の日、怖いもの見たさで池の方へと向かったシャーロットは、そこで食い散らかされたイノシシの死体と、胴体に鋭い爪痕を残した全長1メートルほどの二匹の狼タイプの魔物の死体を見つけた。
(以前夜に遭遇した狼の魔物……はもう少し大きかった気がしますね。あの魔物の下位個体でしょうか?傷から察するに、こちらも一撃ですか。水を求めてやって来た先でマッドグリズリーと遭遇、戦闘になったと。マッドグリズリー同様、得物を狩りに来た可能性もありますが……まあそこはどうでもいいところですよね)
周囲に魔物がいないことを確認したシャーロットは、その死体を物色し始めた。
「毛皮をもらっておきましょうか。後は、爪と牙もはぎ取っておきましょう。これを研げば刃物になりますかね?それと、魔石も取っておきましょうか」
それでは、と鋭い爪に手を伸ばし力づくで抜き取ろうとするが、固くて取れない。諦めてちぎれている腕を手に取り、その爪を使って毛皮を引き裂いて行く。
重い腕を何とか動かして、ガタガタな切り口ながらもそれなりの大きさの毛皮をはぎ取ることに成功した。
「んー、牙というか、この鋭い、八重歯ですかね。こちらは……おお、抜けました」
力を込めて前後に揺らすこと数分、ぐらついた牙はスポッとひっこねけた。勢いそのまましりもちをついたシャーロットは、痛そうにでん部をさすった。
「爪の方は……石で叩いて根元部分でへし折って……できました。重いですし肉は捨てておきましょうか。肉食の魔物の肉って不味そうですしね。ゴブリン肉がまずいのも肉食だからですか?……あの味でしたら食べられなくはありませんが……まあいいでしょう。あとは魔石を回収……この魔物も心臓の傍にありましたね」
未熟な解体の腕であるため、肉片や脂が付いた重い皮二枚を肩に提げ、爪と牙、魔石を入れた籠を背負う。思わぬ収穫にほくほく顔で、シャーロットは横穴に帰還した。
「さて、皮のなめし……とりあえず肉と脂をそぎ落としましょうか」
河原の石を拾い、毛皮の裏側の肉をそぎ落としていく。その作業を終え、それ以上何をしたらいいかよく分からなかったため、シャーロットは川に浸け込んでおくことにした。
「毛皮についている菌類あたりはこれで対処できますかね?まあ一冬越すまで使えればいいですし、こんなものですか……腐らせない?ふむ、燻してみましょうか。大きめの燻製装置を作って、と。さて、牙と爪はどうしましょう?」
飛行機のハイジャックを骨のナイフで、というよく分からないイメージからナイフにできるのではと持ってきたものの、いざ加工しようと思ってもその方法が分からず、シャーロットは座ったまま固まった。
「やすり?削る道具は……ありませんね。ならば削らずに槍の穂先にでもしましょうか……曲がった穂先って使いづらくありませんか?」
ああでもない、こうでもないと首をひねり、最終的にシャーロットは大きな石で少しずつ削ってナイフの形に近づけて行くことにした。
「そのうち形になるのではないですかね」
要は諦めに入ったのだった。
煙の調節をしながら数時間、燻製機からとりだした煙臭い毛皮を洗い、乾燥させる。
「んんー、あまり変わりませんか?内側の油のべとべとは解消されましたかね。まあ他に方法は思いつきませんし、これで良しとしましょう」
石を使って適当に穴をあけて蔓を通し、シャーロットは野性味あふれるマントを作ったのだった。




