オリハラマビカリソウ
三番目の薬草、オリハラマビカリソウは、蓄光作用のある草だ。
図書館の事件の時に、アインが蓄光作用を持つ草としてキツネメソウとともに名前を挙げていた草だが、光とともに熱も発するので、扱いには注意を要する。
「去年はそれで、薬湯作りを失敗しそうになったの」
ウェンディが歩きながらそう呟く。
「オリハラマビカリソウが、まさか煮るときにまであんなに熱を出すなんて」
「覚えてるよ。君のグループは大変そうだった」
そう言って笑うモーゲンを、ウェンディが軽く睨む。
「モーゲンこそ薬湯にいろんな余計な調味料入れて怒られてたじゃない」
「僕は何でもおいしくいただく主義なんだ」
澄ました顔でそう答えた後で、ふとモーゲンが思い出したように言う。
「だけど、ウェンディはだいぶ薬湯作り上手くなったよね」
「えっ」
驚いた顔のウェンディを、モーゲンがからかうような笑顔で振り返る。
「入ったばかりの1年生の時とか、この子大丈夫かなって思ってたよ」
その言葉にウェンディが苦笑いする。
「だって、家では火を使う仕事も料理も何もやったことなかったんだもの」
自分の失敗を思い出したのか、少し恥ずかしそうにうつむく。
「全部、この学院に来て一から覚えたことばかり」
「なんだか分かる気がするよ」
アルマークは、後ろからそう声をかける。
「君は家ではお嬢様なんだから、料理だの火を使う仕事だの、やっていたはずはないよね」
大国ガライでも有数の大貴族、バーハーブ家の令嬢であるウェンディ。今ではれっきとした優等生だが、入学当初はきっと彼女なりにいろいろと苦労があったのだろう。
だから彼女の口からはごく自然に、みんなそれぞれの苦労がある、という言葉が出る。
そしてアルマークは、そう言えるウェンディを綺麗だと思う。
「それでも入学前にやっておけばよかったと思う」
ウェンディはそう言って苦笑いする。
「モーゲン、アルマークにあの話はしないでね」
「ああ、薬草を煮ろって言われたのに全部火で炙った話でしょ? しないしない」
「えっ」
アルマークが思わず声をあげ、ウェンディが「モーゲン!」と叫ぶ。
「もう」
「ごめんごめん」
モーゲンはにこにこと笑いながら前に向き直る。
「でも、いいじゃないか。今は、君の作る薬湯はとても上手だってセリア先生が褒めてるんだから」
「そういう問題じゃないのに」
ウェンディはモーゲンの背中を睨む。
「私だってアルマークに、モーゲンが1年生の時にエメリアに追いかけられた、あの話をしちゃうから」
「それはやめよう」
モーゲンが慌てて振り返る。
「ごめんなさい」
モーゲンの素直な謝罪に、聞いていた2年生もくすくすと笑う。
しばらく、穏やかな空気が流れた。
「お前はどこの貴族なんだ」
黙りこくっていたラドマールが不意にウェンディに尋ねた。
「私? ガライよ。どうして?」
「なんだ、やっぱり南か」
ラドマールは不機嫌そうに言う。
「3年生には中原の貴族はいないのか」
「私のルームメイトもそうだし、何人かいると思うけど」
ウェンディは考える素振りを見せる。
「うちのクラスだと、レイラくらいかな。ロゴシャ王国の」
「レイラ? ああ」
ラドマールは思い当たったようで、薄く笑った。
「レイラ・クーガン。そうか、クーガン家。だが、あの家はまだ貴族と呼んでもいいのかな?」
急に自信に満ちた口調でラドマールは話し出した。
「お母様から、今のあそこの当主はずいぶん無能だと聞いたが。それでもまだかろうじて貴族に引っ掛かっているのか。かつてはあそこも」
「ラドマール」
ウェンディとモーゲン、それにアルマークの3人に三方向から同時に声をかけられて、ラドマールはうろたえる。
「な、なんだ、お前ら」
「人の家のことは悪く言っちゃいけないよ」
モーゲンが言い、ウェンディが頷く。
「それぞれみんな、事情があるんだから」
「この学院の生徒にはいろんな身分、いろんな地域の子供がいるからね。お互いに尊重しあわないとうまくはやっていけない」
アルマークにも後ろからそう諭され、ラドマールは面白くなさそうに押し黙る。
夜の闇がさらに濃くなってきた。
しばらく歩くと、道の向こうが薄ぼんやりと明るくなってきた。
「オリハラマビカリソウの群生地に着いたよ」
モーゲンの言葉を聞かなくても分かった。
明るさの原因はすぐにアルマークたちの目の前に現れた。
蓄光作用があるのは本からの知識で知っていたが、それが群生するとこうまで明るいのか。
アルマークは驚嘆する。
やはり、実際に見てみないと分からないことばかりだ。
オリハラマビカリソウは、月光の下で青い光を放っていた。
密集して生えているせいで、まるで付近は昼間のような明るさで、光に吸い寄せられたたくさんの羽虫が飛び回っている。
「オリハラマビカリソウは太陽の光を蓄えて夜に発散する草なんだけど」
ウェンディが2年生たちに説明する。
「この時期は、月の光も蓄えるの。だからこんなにも明るい」
そう言って、自分の鞄を下ろす。
「ふん」
ラドマールが草に近付く。
その顔は青い光に照らされて、ひどく不健康そうに見えた。
「この草も、中原にはない」
そう言って無造作に草に手を伸ばす。
「あっ、だめ!」
ウェンディが鋭い声を上げたが、一瞬遅かった。
「あつっ」
ラドマールは草に触れた途端、悲鳴をあげて慌てて手を引っ込めた。
「大丈夫?」
ウェンディが急いで駆け寄る。
「火傷したかい」
モーゲンも駆け寄って、ラドマールの手を覗きこむ。
ラドマールの指先は赤く変色していた。
「さっき話してたじゃないか。オリハラマビカリソウは光と一緒に熱も発するんだ。この時期は特にだよ。素手で触ったら火傷するに決まってる」
「だから今、手袋を出そうとしていたの」
ウェンディが申し訳なさそうな顔で、鞄から厚手の革の手袋を取り出した。
「ウェンディ、草は僕が採るよ」
アルマークがそう言ってその手袋を受け取る。
「君はラドマールの治療をお願いできるかな」
「ええ」
ウェンディが頷いて、ラドマールの前に膝をつく。
それから、火傷した手を両手で包み込むように持つ。
「かわいそうに。痛かったね」
「なにを」
驚いて何か言いかけるラドマールを、首を振って優しく制すと、ウェンディは目を閉じた。
治癒術の暖かい光が、ウェンディの手を通してラドマールの手を包む。
ラドマールは息を呑んで、ウェンディの顔を見つめた。
しばらくして、ウェンディが目を開ける。
「どう? まだ痛い?」
そう尋ねられ、ラドマールは目をそらすようにうつむいて、小さく首を振った。
アルマークが手袋をはめて、オリハラマビカリソウを掴む。
「おっ」
珍しくはしゃいだ声を出す。
「すごいな。手袋をしていてもまだ熱い」
「気を付けてね」
ウェンディが心配そうな顔をする。
「場所によってはものすごく熱いよ」
「うん」
アルマークは返事して、手際よく草を摘んでいく。
「大丈夫だよ。僕の手の皮は人よりもずっと厚いから」
「またそんなことを言って」
ウェンディは呆れた声を出した。
「でも、本当に摘むのが上手。熱いところが分かってるみたい」
そう褒めるのを聞いて、ラドマールが面白くなさそうな顔をする。
「大したことないじゃないか。僕だって手袋をはめていれば、あれくらいのことはできる」
「あら」
ウェンディは振り返って微笑む。
「そうね。ラドマールも来年は頑張ってね」
「言われなくても」
そう言って、ラドマールはウェンディの笑顔からぎこちなく目をそらすと、うつむいて地面を蹴った。




