2年生
翌日。
夜の薬草狩り当日。
授業を終えたアルマークたちの教室に、2年2組の学生15人が入ってきた。
男子10人、女子5人。
先頭で入ってきたクラス委員と思しき少年が号令をかけて、全員が頭を下げる。
「よろしくお願いします」
アルマークたち3年生も、お願いします、と返事をする。
「はい、お願いします。それじゃあそれぞれのグループに分かれてもらいましょう」
担任のフィーアがそう言って手を叩く。
「じゃあウォリス君。後は頼むわね」
「はい」
ウォリスが指名されて立ち上がる。
「3年2組のクラス委員のウォリスだ。3年生は2年生の面倒をよく見て、2年生は3年生の言うことをよく聞いて、それぞれ有意義な実習にしよう」
ウォリスは全員を見回してそれだけ言うと、3年生の各班長を紹介していく。
「2年生も見ていてくれ。僕が1班の班長だ。ネルソン、君が2班の班長」
3班、レイラ。4班、トルク。ウォリスは最後にアルマークを指差した。
「アルマーク。君が5班の班長だ。それでは2年生も自分の班と同じ番号の班の3年生のところへ行って。……班長は手を挙げて2年生を誘導したまえ」
ウォリスに促されて2年生たちがぞろぞろと動く。
手を挙げているアルマークのところには、男子2名、女子1名の3人がやって来た。
「こんにちは」
ウェンディが笑顔でそう挨拶すると、二人は素直に、こんにちは、と挨拶したが男子の一人は、ふい、とそっぽを向いている。
他の二人に比べても背の低い男子だ。
赤い癖っ毛をつまらなそうにいじっている。
「君、どうかした?」
ウェンディに優しい笑顔で話しかけられても、その男子は目をそらしたまま返事もしない。
「どうしたの、彼は」
アルマークがほかの2年生二人に尋ねてみても、二人とも困った表情で顔を見合わせるばかりだ。
「まあいいや。自己紹介をしよう。僕はアルマーク」
アルマークは3人に名乗る。
「よろしく」
それに二人が頭を下げるが、やはりさっきの男子は反応しない。
最初に品定めするようにアルマークたち3人を一瞥すると、それで十分とばかりにまた顔を背けてしまう。
「私はウェンディ。よろしくね」
「僕はモーゲン。仲良くやろうね」
二人が名乗っても、やはり赤毛の男子だけは反応せず、ほかの二人は逆にどんどん気まずそうな顔になっていく。
「じゃあ、君たちの名前を教えて」
アルマークが話を向けると、困った顔の男子はザップ、女子はフィタと名乗る。
どちらも大人しそうな子だ。
赤毛の男子は名前も名乗ろうとせず、窓の外を見ている。
「困ったな」
アルマークは頭をかいた。
「なにか不満があるのかい? とりあえず名前くらいは教えてもらわないと僕たちも困るんだ」
その言葉に、赤毛の男子は冷たい目でちらりとアルマークを見て、また窓の外に目を戻す。
アルマークは横のウェンディとモーゲンを見る。
ウェンディは困ったように肩をすくめてみせ、モーゲンは、
「僕がトルクだったらもう切れてるね」
と囁く。
「まあ僕はトルクじゃないから切れないけどね」
仕方ない。
あんまりこういう手は使いたくなかったけど。
アルマークは内心でため息を付いて、物言わぬ男子に向き直る。
「なるほど、分かったよ」
そう言って、アルマークは微笑む。
「気付かなくてごめん。そうだよね。夜の森は怖いからね。あんな暗いところになんて行くの嫌だよね」
まるで幼い子供をあやすような、アルマークの予想外の言葉に、赤毛の男子は思わずアルマークを振り返る。
「でも、大丈夫。僕たちもいるし、同じ学年のお友達もいるから。みんなで君のことを守ってあげるから、怖がらなくていいんだよ」
「ふざけるな!」
顔を真っ赤にして言葉を遮るように叫んだ男子を見て、アルマークはにこりと笑う。
「やっと喋ってくれたね」
「取り消せ。僕は夜の森など怖れてはいない」
「そうか。じゃあ取り消そう」
アルマークはそう言って頷いた後、ふと厳しい目になって言う。
「でも僕たちも、名前も名乗らないような子と一緒に行くことはできない。行きたくないのなら、フィーア先生に申告しておいで。僕らはそれで一向に構わない」
赤毛の男子は、きっ、とアルマークを睨み返し、挑むように言った。
「ラドマール。ラドマール・トレイホルムだ。お前たちのなかには貴族はいないのか」
「私がそうだけど」
ウェンディが言う。
「貴族だと、どうなの?」
「僕は、貴族としか喋らない」
ラドマールは言った。ザップとフィタが顔をしかめる。
「そう」
頷いて、ウェンディは穏やかに微笑んだ。
「じゃあ、あなたは私とだけ話しましょう」
「そうしろ」
ラドマールは言った。
でもね、と笑顔のままでウェンディは続ける。
「薬草は、貴族だからって採りやすいところに生えてくれたりはしないわよ」
「そんなことは分かっている」
ラドマールは顔を赤くする。
「僕を愚弄する気か」
「分かっているならいいのよ。貴族だって平民だって、ここでは薬草は自分の手で取るのよ」
ウェンディは澄ました顔で言うと、他の二人に向き直る。
「じゃあ、出発まで私たちとお話ししましょう」
その優しい笑顔にほっとしたようにザップとフィタが頷く。
「ふん」
ラドマールがぷい、と顔を背け教室の出口の方へと歩いていく。
「どこ行くんだい」
アルマークが声をかけるが、返事をしない。
「ウェンディ」
アルマークに肩を叩かれ、ウェンディが声をかける。
「ラドマール、どこに行くの」
「出発までには戻る」
それがラドマールの返事だった。
そのまま本当に教室を出ていってしまう。
「思い出したよ」
モーゲンがアルマークにそっと囁く。
「僕らが2年生になったとき、下の学年にヴォルカド王国の王族が入校してきたって噂になったんだ。彼のことだ。ラドマール・トレイホルム。王子様だよ」
「へえ」
アルマークは頷く。
ヴォルカド王国の名は、アルマークも知っている。
中原に位置する小国だ。
レイラの母国であるロゴシャ王国などと同様、中原の大国フォレッタ王国の大きな影響下にある国の一つだ。
しかし、小国とはいえ、王族は王族。一般の貴族よりもさらに気位も高いのだろう。
「王族っていう人種と話すのは二回目だな」
アルマークは笑う。
「一回目は……」
「それは僕も見てたよ」
モーゲンが笑いながら口を挟む。
「ウォルフ王太子とだろ。向こうはガライの次期国王陛下なんだから、彼とはレベルが違うよ。比べたらさすがにラドマールがかわいそうだ」
「比べる気もないけどね。でも、王太子はやっぱりすごい威厳だったな」
ウォリスと瓜二つの顔を持つ、ウォルフ王太子。
ウォリスによれば、彼の双子の弟だという。
閉会式では、その顔がウォリスの生き写しであることに混乱していて意識がそこまで回らなかったが、今思い返せば、立ち居振舞いの一つ一つに全て、王族としての威厳を備えていた。
アルマークはラドマールの出ていったドアを見やる。
「王族も色々だね」
「まあね。面倒だよ」
モーゲンが素直な感想を漏らす。
「そういうのはウォリスが相手してくれればいいのに。面倒なのをあしらうのが得意そうだから」
モーゲンはそう言ってため息をついた。
貴族のあしらいが得意、と聞いて、アルマークはウォリスがそもそも王家に連なる血筋であったことに思いを馳せる。
今は地方の小貴族の身分だが、一体どんな気持ちで貴族をあしらっているのだろう。
そしてウォリスだったら、ラドマールをどう扱うのだろうか。
「とりあえず、僕らと会話する気はないみたいだから」
アルマークは慰めるようにモーゲンに言う。
「ウェンディにお任せしよう」
「賛成。極力関わり合いたくないよ」
そう言ってモーゲンも頷いた。
ザップとフィタの明るい笑い声がして、二人は振り返る。
いつの間にかウェンディが二人をうまく盛り上げてくれていた。
「あの二人はちゃんと引率しないとね。ウェンディだけに頑張らせてはいけない。僕らも話に加わろう」
「そうだね」
二人は頷き合い、ウェンディたちの方へと歩み寄った。




