解説3物語の中のシンボル
放置してしまってごめんなさい。どうやら、数日に一度、更新を確認に来て下さっている方がいるようです。何か月も更新していないのに確認しに来ていただけること、作者としてとてもありがたいです。
サボりまくっていましたが、解説の続きを書きます。
鬱とトラウマの治療を受けたら、暗い話が書けなくなりました。私にとっては、ですが、暗い話を書くことと、精神衛生はトレードオフみたいです。おそらくこれが最終話になります。
解説3物語の中のシンボル
前回、各話の解説を書くと書きましたが、作り込んだものを忘れてしまいました。主なシンボルとそれが表すものについてだけ書きます。主なものは2つです。
1.竜と鉄
2.炉端の火
順に解説していきます。
1.竜と鉄
竜と鉄は、この物語を貫く、自然と伝統と近代合理主義の対立を象徴します。
竜は自然の象徴です。生きた竜は、太古の自然、原初の自然の象徴です。これは人間にとっての脅威です。そして、人に殺され、理となった竜は、生命そのもの、世界の理の象徴です。ちなみに、書き始めたときは知りませんでしたが、竜を殺すことは、自然を征服し、土地を開墾することのメタファーだそうです。
一方の鉄は、文明、そして近代を象徴します。
まず、鉄は豊かさの象徴です。鉄の農具や工具は、自然を開拓する人間を助け、そこから富を生み出します。物語の中では、「2.騎士の見習い」で説明される、湿った北方の大地を、「17.再び侵入者」でやってきた学生がもたらした製鉄法で作られた、鉄の農具で開墾する様が描かれています。
一方で、鉄はまた、武力と戦争の象徴です。ギリシャ神話の鉄の時代の話、あるいは鉄血演説にあるように、戦いの繰り返しである人類の歴史は、鉄の武器とともにありました。豊かさを手に入れた人間は、同時に、戦火と殺戮の運命を背負ったのです。これは、物語の中では、「4.初の合戦」での、行軍する騎士たちの「鉄の刃、灰色の一行」とイサクの重い気持ちという形で表現されています。
最後に、鉄は奴隷の鎖、隷属の象徴です。自然に打ち勝つ力を手に入れ、豊かさを手にした人間は、その代償に、無限の欲望の元、武器と戦争という惨禍を生み出し、そしてついには自由を奪われた全く貧しい存在、奴隷を生み出してしまったのです。
この過程は、「13.王との謁見」で、老王が、鉄の指輪を見せながら、イサクとロンに語った話にまとめられています。
そして、この話を貫く色、鉄と罪の色は、「くろがね」の黒、黒竜の黒です。
一度手に入れた技術を手放すことはできません。鉄=技術のもたらす豊かさと惨禍とともに、自然と文明の間の危うい均衡の上に成り立つ伝統、それがこの物語の舞台です。
ちなみに、この物語の着想元は、映画「もののけ姫」と、小説『コンスタンティノープルの陥落』です。
「もののけ姫」では、人は豊かさ、鉄を求めて森を切り開き、山を削っていきます。欲望は自然と人の、そして人同士の争いをもたらし、荒ぶる自然と三つ巴の戦いが始まります。荒ぶる自然は鉄の武器、鉄砲の前に死し、世界の理、命そのものとなります。老王の話は、そのままこれの焼き写しです。
『コンスタンティノープルの陥落』について。その解説には、コンスタンティノープルの陥落は、中世から近世への転換点だったと書かれています。この物語の王城の尖塔は、伝統の象徴であり、コンスタンティノープルの城壁です。この物語の教団の攻城砲は、オスマン軍のウルバン砲です。実際のウルバン砲は青銅製で、精度も低かったそうですが。
「14.尖塔と攻城砲」に、「崩れ落ちる尖塔と、攻城砲の鉄、それらはまるで、終わりゆく古い伝統と、それを打ち壊す科学と合理主義の対決を象徴しているかのようだった」と書きました。
中世ヨーロッパ人の心の拠り所、中世千年を生き抜いた東ローマ帝国の都と、それを守り抜いた城壁は、新興のオスマン皇帝の大砲の前に崩れ落ちました。ここに、政治と宗教、双方の権威、ローマ皇帝は名実ともに消滅したのです。
陥落の前、コンスタンティノープルを脱出した学者が伝えた古代の文献の写本は、当時西欧で起こっていたルネサンスの流れを決定づけました。東を塞がれたヨーロッパ世界は、大西洋へと漕ぎ出し、大航海時代を迎えました。
こうして中世は終わって近世が始まり、その後は矛盾とひずみを孕みながら走り続ける、私達が生きる合理主義の近代へとつながっていくのです。
この物語の世界の主人公たちは、突如もたらされた、哲学なき科学技術を拒絶し、終わりのない混沌の中世を選びます。私達の世界とは別の道です。私達の世界は、長い時間をかけて、科学技術を御す思想と哲学を培ってきました。しかし、この、ロンが選んだ混沌、本当に中世風の異世界だけのものなのでしょうか? 近代を支える合理主義は、以前ほどの求心力を持たないように思うのです。先の大戦で、ナチスは、極めて合理的かつ効率的に強制収容所を運営し、大量殺戮を行いました。人類の科学を結集した軍拡競争は、核兵器という、人類を滅亡させかねない究極の兵器を生み出しました。豊かさの前提となる無限の経済発展も、資源と環境の制約の前に陰りが見え始めています。近代合理主義の限界が見えている、ということかもしれません。大文字の歴史、大きな物語が終わったと言われる現代、立ちふさがる幾多の問題の前に、人類は、いえ、私達一人一人は、何を指針に、何をしていくべきなのでしょうか?
(というようなことを高校時代は考えていました。まだ世の中のことも知らないのにね)
2.炉端の火
炉端の火は温もりです。家の温もり、そしてイサクの心の拠り所の象徴です。
炉端の火が初めて出てくるのは、「1.旅の始まり」です。家に帰ったイサクが、ロン、母親と三人で囲む食卓で登場します。このときイサクは気づいていませんが、安心できる場所の中心にあるものです。
旅立ちの場面では、「炉では炎が燃え」とあります。イサクの心の盛り上がりです。この描写を書くために、わざと一回家に立ち寄らせました。
そして、「薪がぱちりとはぜた」という描写とともに出発します。
次に出てくるのは、「10.晩秋の森」の最後です。逃避行の末、死の危機の中、凍えるイサク脳裏に、幻としてでてきます。「炉端の暖かさ、ぱちりと薪がはぜる音」と故郷を思いながら意識を失います。
直後、「11.サラの小屋」で炉をそばにして、「ぱちり」という薪がはぜる音で目を覚まします。ここが折り返し地点、見かけの強さを失い、子供に戻る地点です。自分で立つこともできない、最も弱い状態で、伝統的な強い女性の象徴、旧約聖書のイサクの母の名を持つサラに介抱してもらいます。故郷の家と同じ、炉端の火があることで、ここが弱さを包み込み、守る場であることを印象付けています。
次は、「22.ロンの死」です。理に還り、消えようとするロンを見ながら、「故郷の家の炉端で、今度は家族そろって食卓を囲んで談笑したかった」と、気づいていなかった懐かしさ、幸せの象徴として出てきます。しかし、その願いは叶いません。人は元の時、元の場所に戻ることはできないからです。幼いころから一緒だったロンを失う寂しさが、対比により強調されています。
最後に出てくるのは、物語の終わりです。行きて帰りし物語の約束、今度は戻らない旅に主人公が旅立つ場面です。ここの表現は、最初の旅に出るときと同じになっています。
そうそう、作者の故郷には、物語の終わりを示す、決まった表現があります。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが紹介します。
「息がぽーんとはぜた」
「薪がぱちりとはぜた」
(終)




