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九話

 擬体との接続を切り、アンドゥは第三区画第三格納庫へ足を踏み入れた。第三格納庫はアンドゥのために特殊な用途で使われていた。

 格納庫へ入ってすぐに階段があり、その階段を上るとその全貌が見えた。それは、


「やっぱり違和感を感じる()だな」


 畑であった。

 この施設に人はアンドゥしかいない。それどころかアンドゥが来るまでは、アズヤードと施設保守用ロボットだけがいる場所であった。ゆえに、人であるアンドゥが来た時に作られたのがこの巨大なプランター畑だ。それは白っぽい壁で構成されるこの施設の中で、土色が嫌に目立ち、違和感しか感じない場所だった。

 畑の上にはレールが張り巡らされ、作業用の機械が隅で待機していた。


「大分育ったな」


 この畑を見てしみじみといった口調で呟くと、後ろから声を掛ける者が現れた。


「はい。あと数日で最初の収穫となります」


 アンドゥが振り返るとそこにはフィアが立っていた。


「それに今日は、この畑に新たな仲間が加わりました」


 フィアの案内に畑の一角にある小さな建物に入った。そこには台にいくつもの透明なカバーで覆われた箱が置いてあった。


「オプトレアさんが昨日購入した農作物の内、種が取れたものはこちらの機器で発芽後に畑に移植します」


 台の上に置かれている箱は発芽育苗器。他にも栄養繁殖可能そうなものはその処理がされていた。

 昨日アンドゥがいろいろものを購入したのには、情報収集以外にも畑に新たに植える作物確保の意味もあり、今朝アンドゥが潜水艇から出発すると、潜水艇はこの施設まで帰って来ていたのだ。

 これまでアンドゥが食べていたものは、この施設が埋まる島の地上部から採取された可食作物と、化学的処理で可食にしたものが提供されていたのだ。


「これが育てば献立が増えるな」

「はい。その時を楽しみにしておいてください。それと動物も生きたまま持ち帰って来れば、定期的にお肉の提供ができます」

「にく……」


 その単語によだれが出てくるアンドゥであった。

 ちなみに肉も地上部の野生動物から供給されている。培養肉も作れるそうだが、アンドゥがその話を聞いた時、鳥肌を立てて拒否したので野山を駆け回る動物由来の肉のみ提供されていた。魚肉も同様だ。


「あっ、でも。俺一人じゃ殆ど無駄になっちゃう」


 動物を育てて肉を得ても、殆どの部位を腐らせてしまう事に気づき、あまりのもったいなさからか、うつむくのであった。


「それは大丈夫です。加工と保存方法で、週単位、月単位、年単位の可食期間の延長が可能です」


 フィア万歳。顔を上げたアンドゥの表情はそう言っていた。相変わらずの変わり身の早さだ。


「長期航海する船だと鶏とか積んでるんだけど、数少ないし、行き当たる可能性低いよな。くそぉ」

「ふふっ。では、しばらくは鼠肉をお召し上がりください」


 鼠。それは大概の帆船に無断で乗っている動物の事だ。長期航海中には魚と並んで貴重な動物性タンパク質供給源にして、船乗りなら大概口に入れた事があるに……動物だ。

 先の作戦で鹵獲した帆船にももちろん鼠はいた。それの飼育が開始されていた。場所はもちろんこの第三格納庫である。

 この第三格納庫は、アンドゥ専用の食料庫なのだ。


「鼠も好きだよ。でもこの格納庫全部使えば、一体どれ程の人の食料を賄えるのだろう」

「現状、標本不足につき試算の精度が保証できません。それで良ければ回答しますが」

「独り言みたいなものだから気にしないで。……でも思うんだ。ここの技術があればもっと多くの人を飢えから救えると、ね」

「救いたい人でもいるんですか?」


 アンドゥも今まで十数年生きて来た。だから救いたい、そう思える者もいないわけではなかった。なかったが、フィアの質問を否定した。


「……いないよ。そんな特別な人」

「……オプトレアさん。少人数であれば、この施設へ連れて来てもいいのですよ」


 フィアはそう言うが、アンドゥの手は震えていた。


「フィアさん。俺、あんまり記憶力よくないけど、アズヤードと交わした契約のいくつかは覚えてるんだ」


 遠くを見るように顔を上げ、フィアに聞こえるようにそれを告げる。


「俺は、俺はこの施設から出てはいけない。一生ね。そしてそれは俺が連れて来た人にも適用される」


 震えた声でアンドゥは言った。


「――後悔なさってるのですか?」

「いいや。どの道、俺が乗っていた船が難破して、この施設がある島に流れ着いたんだ。島で救援を待ちつつ何とか飢えを凌いでたけど、いくら待っても船は通り掛からない。来る日も来る日も一人で、細くなっていく体を見ながら恐怖に震えていた。あの日あの大木の洞を寝床にしてなければ、俺きっとは死んでいただろう」


 その過去を思い出しているのか、目から雫が零れ落ちた。


「だから俺がここに迷い込んだ時、迎え入れてくれたアズヤードには感謝してるんだ。それは本当だ。その結果、俺はこの施設から出れなくなったけど、その事について後悔はしてないんだ」


 アンドゥは部屋の出入り口へと歩き出した。


「人に会おうと思えば擬体はあるし、それに、フィアさんもいる。ここでの生活に不満はないよ」


 最後にそう言うと部屋の外へ出て行った。




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