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十九話

 農家の朝は早い。

 日が昇る前の薄暗闇の中で支度をして、日が水平線に頭を出す頃家を出る。

 いつもと変わらない日常。


 男は海が見える山の傾斜部にある自分の畑に着くと、木々の合間から出たばかりの日の方を見た。それが男の日課だった。

 男は今日も日課を完遂すべく木々の合間から顔を東へ向ける。

 ところが、


「……なんじゃ。ありゃ」


 男の視線の先は、東を見れどもいつもより下の方を見ていた。木々の間からはたまに航行中の船を見掛けるのだが、今日男の目に写ったのは…………三十隻はありそうな大艦隊だった。



 今日、実に数十年振りにタスピモウスとコーリカム国の海戦が勃発した。







 リュルブッセ諸島の長きに渡る領土問題、その決着がつくかもしれない大事の最中に、ヴォフレラントに足を踏み入れる者が現れた。


 その者は、背はあまり高くなく、寝癖だけ整えたような黒髪に気の弱そうな顔をしていた。擬体に乗り込んだアンドゥである。


 昨日未知の現象に襲われたアンドゥは、港側へは近づかず、町の内陸側を歩いていた。ヴォフレラントはコーリカム国でも大きな町の一つ。内陸側だけでも相当な広さを持っていた。


――今日は、大丈夫そうだ。


 町へ足へ踏み入れるとき、足が止まったが、それは一瞬。今のところいつもと同じようにみえる。


 アンドゥはミニマップで距離を測りながら、


「この宿にするか」


 丁度良さげな場所に立つ宿を取る。


 子どもの擬体時には少し不審な視線を向けられたアンドゥだったが、今回は宿を一人で利用してもおかしくはない大人。フィアの厳しい審査を抜け、今や普通の、不自然さがない動きをしていた。


 二階の一人部屋に入ったアンドゥは、部屋を施錠し窓を少し開けると、椅子を引っ張り窓のそばに陣取る。

 窓外の景色を少し眺めると、


「音声入力、録音、集音域最大で起動」


 それを最後に、擬体の動きが止まった。




 少し時間が経ち、第三区画第二格納庫。そこにはアンドゥとフィアがいた。

 アンドゥは擬体をヴォフレラントの宿に置いて帰って来ていた。

 二人が見つめる先には、モニターがあり、次々と文字が流れている。


「これが皆の会話の内容か。凄いな」


 感想を口にするアンドゥの横では、フィアがコンソールを操作していた。

 フィアは手を忙しなく動かしながら、


「アンドゥさん、あとは私の役割ですから休んでいて結構ですよ」


 高速でモニターに流れる文字の羅列。それは、ヴォフレラントの擬体から送られて来た音声データを、解析し文字化したもの。端的に言って盗聴である。

 何気ない世間話に井戸端会議、金銭のやり取りと、短時間ながらアンドゥの目には人の営みが映り込んでいた。


「この中に有益な情報があればいいんだけど……」


 発言を最後に、この場をフィアに任せアンドゥは退室する。


 アンドゥたちはしばらくの間地上で活動することに決めた。

 活動目的は、情報、それを探ることだ。

 物、金、そして人。その流れ、流通を知り、あわよくばその一員に紛れ込み、まんまと情報を得ようという魂胆である。


 だがそれは比較的難しい。

 大概の国には名称や性格は多少異なるが同職組合が存在する。

 同職組合っていうのは、組合員に厳しく、新規参入者にはもっと厳しい団体のことだ。もちろん見方を変えれば、出る杭は打たれ、身内で損する者を減らし、利益を平滑化し、市場を独占、寡占する機能を有する。

 その組織が、この国に根を下ろしていないアンドゥたちにとっては、マイナスに働くわけだ。


 アンドゥもフィアも同業組合の触りくらいは知っている。あとは独自部分、それとコーリカム国もしくはヴォフレラントでの組合の力関係などの情報を得るため盗聴しているのだ。

 これは決して洗練されている方法とは言えないが、他の追随を許さぬ技術力がそれをカバーしていた。



 夕方が近くになるとアンドゥは擬体へ戻った。

 偽装工作のためだ。朝から晩まで部屋から出て来ない客、それはそれは怪しいだろう。


 アンドゥは、よく寝たーと小芝居を入れて若干軋む床板の上を歩く。


「おや、お客さん。お疲れですかい?」

「いいや、寝すぎて逆に疲れたって感じだ」


 宿の者と一言挨拶をすると、アンドゥはこの辺りでお薦めの飯屋を聞く。

 この宿は食事の提供はしていない。そのためこの話題は、町に不慣れな者という印象付けと、それに付随する不自然ではない話題だ。


 そもそも擬体に人と同じような食事は意味がない。

 擬体は構造上ものを口に入れることは可能だが、味覚もなければ口内の感覚が返っても来ない。あくまで擬体システムは外側の動きを真似ているだけ。

 一応口内は自動制御でものを奥に押しやり、逆流を防ぐ機構は備えているが、ただそれだけ。操縦者のお腹に溜まるわけではない。



 宿の者から店を聞き出し、その店へ向かって歩く。


 アンドゥは薦められた店に到着したが、


「あらら、こりゃあ座る場所なさそうだな」


 店は外の席までいっぱいだった。店は内陸側にありアンドゥも初めて利用する店だが、あまりの盛況ぶりに気圧される。


「混んでるな」


 ふとアンドゥの耳にそんな声が聞こえてきた。アンドゥと同様に店に来た二人組の片方が相方に話しかけたのだ。

 今、アンドゥは情報収集用に聴覚を調整しているので、雑踏の中でもほぼ確実に声を拾えた。


「兵隊がいなくなったら減ると思ったんだけどな」

「出稼ぎが帰らんことには何ともならんだろうな。軍が勝ってくれればすぐいなくなると思うんだがなぁ」

「あんな島いるとは思えんのだが、上は一体何考えてんだか。もっと俺たちに還元しろっての」

「まったくだ。無駄遣いが生きがいにしても大概にして欲しいぜ」


 男たちは来た道を戻っていった。

 戦争も関係ない者にとっては、対岸の火事。言いたい放題だ。


――状況を理解した。どうやら普段はここまで混まないようだ。宿より海側に近いからか、宿の辺りと微妙に話題が違うな。時間帯のせいもあるだろうけど。


 元々食べる気がないからか、冷静に先程の情報を咀嚼するアンドゥ。



 アンドゥは道から外れ、明かりが落ちた家の壁によりかかると、ミニマップを確認する。


――この夕食時に赤い点が集まっているのが飯屋か。すぐそこの店は点が潰れるほど繁盛しているのは分かる。他に人が集まっているのはー。


 アンドゥはミニマップを頼りに、違う店へ歩き出す。


 着いた先にあったのは、


「酒場か」


 中からは景気の良さ気な声が聞こえて来る。


 アンドゥは踵を返す。


――酒場は危ない。


 そう、酒場は危ない。人死にはそうないが、喧嘩なんて日常の一部。酔っぱらいにモラルなんて求めてはいけない。だって酔っぱらいなのだから。

 それにアンドゥは今は擬体。


 そんなアンドゥが次に着いたのは、さか……



 アンドゥは宿に帰って部屋で寝転んだ。


――まぁ、こんな時間に食事を提供してる店って、基本そうだよな。宿の人は良いところ教えてくれたんだな。




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