十八話
六月十三日。
コーリカム国とリュルブッセ諸島の間の海域を、多くの船が固まって西へ進んでいた。全ての船はコーリカム国を示す旗を掲げていた。
固まって動く船の中で後ろの方に位置する軍艦。
その軍艦には各船から集まった士官たちが会議をしていた。
狭い部屋だが、誰も文句を垂れることなく、一つの机を囲んでいた。
「よって、タスピモウスはこの場所に軍港を築いている可能性が一番高い」
一人の男が現状確認と推測を口にするとともに広げられた地図の一箇所を指した。
「ですが司令。今までの港を流用している可能性はないのでしょうか?」
艦隊司令官の推測に会議参加者の一人が疑問の声を上げた。
艦隊司令官は落ち着いた様子で述べる。
「ないな。艦は配備してるだろうが、あそこは拡張の余地がない。ヴェグレーマハン島水域の資料により、先ほど示した場所以上に価値がある場所はない」
士官たちの会議は進み、最後に、
「皆も承知の通り、タスピモウスは今回二十隻あまりの船を用い、奪った島々でも我等が親愛なる国民の船を略奪し、その数を増やしているだろう。民間船は航行が激しいため正確に増やした船の数は分からん。だが、我々はやらねばならん。我等が自国民の安寧のため。各人の健闘に期待する」
艦隊司令官が締め、集まる最後の会議が終わった。
次の日には旗艦が先頭を進んでいた。戦いの時は近い。
コーリカム国西海岸。多くの軍艦が出港し、しばし喧騒がなくなった港町ヴォフレラント。
その港町に足を踏み入れた機械仕掛けの人形がいた。
背はあまり高くなく、寝癖だけ整えたような黒髪に気の弱そうな顔をしていた。
「うーん、懐かしい潮の香り」
事情を知っているものにとっては、海から上がって来たの何言ってんだこいつは。的な視線を向けられる小芝居をした存在。
もちろん擬体に乗り込んだアンドゥである。
今日のアンドゥは、いかにも旅人といったように背負い袋の紐を肩に掛けた出で立ちをしていた。
今回アンドゥが活動するのは、ここコーリカム国。
アンドゥは街並みを見つつ歩く。
――変わってないなぁ。ここにいたの一時だったけど、ここから出港したんだったな。難破したけど。
もう随分前のことのように過去を懐かしむアンドゥ。
船を乗り継ぎ各国を渡り歩いてきたアンドゥが最後に乗った船こそ、このコーリカム国ヴォフレラントの港から出港した船だったのだ。
乗り込んだ船は、商船ではなく冒険家が率いる新航路探索船。コーリカム国からトロンツミ王国、ロビネム王国への直通航路を探す船に乗り、そして道半ばで難破した。それがアンドゥがあんな船も通らない島に流れ着いた大きな要因を占めていた。
つまり、この港町には生人故人含めアンドゥの知り合いがいる。それこそがタスピモウスを先に、いや、コーリカム国をあとに回した最大の理由といっても過言ではないだろう。
町に足を踏み入れてた時小芝居を挟んだのも、何かしらの心理的作用からかもしれない。
アンドゥは一軒の建物を視界に収めると歩みを止めた。
その建物は港に程近い宿屋兼飯屋。船乗りたちが大勢でよく泊まる定番の、そしてアンドゥが冒険家一行として雇われた後、同様に雇われたクルーたちと泊まっていた宿。
アンドゥは振り向くと走った。まるで何かから逃げるように。銃弾をも弾く体を持つ今のアンドゥがだ。
町を疾走する、目は開けてるようで進路の障害となる人や物は避けて走る。
町を抜け、町周囲に広がる畑すら疎らとなった辺りまでアンドゥの足が止まることはなかった。
――な、なんでだっ?!
足を止めたアンドゥは、自身のこの行動に驚愕した。
――船乗りは危険な職。難破はあの時初めてだが、それまでだって、嵐が止むと帰って来なかった奴やマストから落ちて死んだ奴を見てきた。それなのに何故。
アンドゥの推測は続く、
――仲が良かった奴? いや、そんな奴は生まれ故郷で別れた。
浮かんだ考えにすぐさま反論できる事柄を探し、それを幾度となく続けるが、終ぞ思い当たるものは出て来なかった。
余談だがその日、何人もの人が町を疾風のような速度で駆け抜ける男を目撃したのだった。




