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十七話

 アンドゥたちがいる施設の中に、見慣れぬ人影があった。

 背格好を見るにアンドゥより背は高く、女性のようには見えない。

 ただその男と思われるものは、足を引きずってはいないが、ひどく動きにくそうな足取りで歩いていた。


 薄暗闇の中、男らしきものが進んでいると、男の前方から足音が聞こえて来た。硬い靴底特有の高い音をたてながら男らしきものの方へ、ゆっくりとだが確実に近づいていた。

 その音に男らしき人影は立ち止まり、前方を注視しているように見えた。


 男らしきものの前に現れたのは、薄水色の長い髪を持った女性であった。

 フィアである。

 ただしその服装は、いつも着ているようなフリルのついたものではなく、いかにも防弾性能がありそうな少し厚い着心地が悪そうな服を纏い、頭にはヘルメットを被っていた。


 男らしきものはフィアの出現に腰を落とし身構え、フィアは腰に巻くウエストポーチ状の小物入れから短い棒を取り出すと、ひと振りして先端を伸ばした。棒は携帯用棍棒の類のようだ。


 そして声もなく二人はお互いへ向けて走り始めた。



 甲高い音や厚い布を叩くようなこもった音が空間に響き渡り、幾度かの会合を経て勝敗が決した。

 場に残っている人影は、細長い棒状の物を持っていた。


 丁度その頃、フィアがいる場所から少し離れた場所に、もう一人倒れている者がいた。その者はぴったり張り付くスーツを着て、被り物をしてる大人になりきっていない背の者だった。

 その倒れている者が頭に手を持っていくと被り物を脱いだ。

 現れた顔は少し伸びた黒髪を持ち、左頬に走る古傷が印象的な少年だった。

 アンドゥだ。


 被り物を脱いだアンドゥは立ち上がると、その時を見計らったかのように部屋のモニターが光る。

 モニターの先にはヘルメットを脱いだフィアの顔が映っていた。


「……評価は?」


 意を決したような顔のアンドゥ。

 その問いにフィアは、


「動きが依然として不自然です。健常者として実社会に溶け込むのは少々難しいと言わざる負えません」

「つまり」

「不合格です」


 フィアの不合格通知にアンドゥは顔を落とした。


「成人モデルの擬体との身体的ギャップにより生じる感覚のずれ。補正数値を再検討しましょうか?」

「いや、大丈夫。それにしても、背が頭一つ分変わっただけでも動かすの難しい」

「この場合、背というより人体比率が変わったことの影響が支配的だというデータがあります」


 アンドゥたちは新しい擬体の調整と訓練を行っていた。

 フィアと相対していたのは、擬体に乗り込んだアンドゥだったのだ。


 この前の話し合いの結果、陸地でしばらく活動することになり、陸地なら子どもより大人の方が身動きが取りやすいため、成人男性モデルの擬体を使うことになった。新たに使用される擬体は、現在のアンドゥより頭一つ分程背が高い、少し背が低いが十分大人として見られる背丈のものである。


 今までアンドゥが使っていた擬体は、アンドゥとほぼ同じ人体比率で作られていた。そのため、擬体の操作感の違和感が最小限に抑えられていたのだが、今回は背を高くしたため人体比率も調整された。

 その結果、見て取れるレベルで不自然な動作をするようになってしまったのだ。本来擬体も中々に訓練が必要なものなのだ。


 アンドゥが地上に出るまでもうしばらく時間が掛かりそうだった。




 擬体での訓練を終えると、アンドゥは第三格納庫へ来ていた。

 第三区画第三格納庫はアンドゥの食料庫。そして施設内で唯一緑が生い茂る場所。

 そんな場所でアンドゥは、備え付けられたベンチに座ってゆったりと本を読んでいた。まあ、ゆったりの部分は嘘だが。

 語学勉強中のアンドゥは、フィア謹製の辞書をわきに置き、時々単語の意味を調べながら程々に真剣な表情であった。


 元々全くの無知ではなかったとはいえ、最初の船の鹵獲からひと月あまり。その間に一人で本を読めるようになるとはまったく驚きである。フィアが使うコンソールの前に立つのもそんなに未来の話ではないのかもしれない。




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