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100Gのドラゴン  作者: カエル
第二章
9/61

ファントムドラゴン

「はぁ、はぁ」

 男は森の中を全速力で走る。

 日は落ち、辺りはすっかり暗くなっている。夜の森を走るのは自殺行為だ。

 それでも、男は止まらない。止まれば命はないからだ。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 男は後ろを振り返る。

 何も追ってこない。どうやらまいたようだ

「はぁぁぁ」

 男は止まり、息を整える。もうこれ以上走れそうにない。

 突然、ガサガサと草陰から物音がした。

 男は慌てて振り向く、落ちていた木の枝を掴み、武器の代わりにする。

「はぁ、はぁ」

 男の心臓の音がどんどん大きくなる。

 ガサッ。

 草陰から出てきたのは、一匹のキツネだった。

「驚かすなよ」

 男は、安堵の表情を浮かべる。

 ガサガサとまた背後から音がした。男の背筋を寒いものが伝う。

 男はゆっくりと振り向いた。また、キツネであってくれと願う男の希望は打ち砕かれた。

 そこにいた生物を見て、男の顔は絶望に染まる。生物はゆっくりと近づいてきた。

「や、やめろ。来るな、来るなあああああ!」

 暗い森に男の悲鳴が響く。だが、それもほんの短い間のこと。

 森は直ぐに静寂さを取り戻した。


「キャー」

 森の中を少女が走る。

 すぐ後ろには、彼女よりも遥かに大きなドラゴンが迫っている。

 そのドラゴンは飛ぶことができない。その代わりに強力な脚力を持っている。踏みつけられたり、蹴られたりしたら、命はない。

 ドラゴンが少女の目の前まで迫まる。少女は恐怖のあまり目を閉じる。

「ピー」

 鋭い鳴き声が聞こえた。少女は恐る恐る目を開ける。

 ドラゴンに真っ黒なドラゴンが襲いかかっていた。黒いドラゴンは何度も何度も大きなドラゴンに体当たりしている。

「キー」

 少女を襲っていたドラゴンは黒いドラゴンの攻撃を嫌がり、逃げ出した。

 それを見届けると黒いドラゴンは少女の目の前に降りる。

「ひぃ」

 少女は再び怯えた。黒いドラゴンはさっきのドラゴンほど大きくはない。大人と大体同じくらいの大きさだ。

 しかし、真っ黒な体。赤い目。少女を怯えさせるには十分だった。

 黒いドラゴンが少女に近付く。少女の目から、大粒の涙が零れ落ちる。

(食べられる!)

 少女は、きつく目を閉じた。

 ペロリ。

 顔に生暖かい感触がした。少女は恐る恐る目を開ける。黒いドラゴンが、少女の涙を優しく舐めていた。

 まるで、『大丈夫だよ』、『泣かないで』と言っているかのようだった。

「クロ、戻れ」

 少女の後ろから声がした。真っ黒なドラゴンは声のする方に飛んで行く。

「よしよし、よくやった」

 男のヒトが黒いドラゴンを撫でている。少女はその光景をじっと見る。

 ふと、男のヒトと目が合う。男のヒトは笑顔で少女に近付いてきた。

「大丈夫?怪我はない?」

 少女が頷くと男のヒトは、よかったと言って笑った。

「お兄さん、誰?」

 男のヒトはニコリと微笑んだ。


「俺はアド、こっちはクロ」

「ピー」

 『よろしくね』と言う風に黒いドラゴンが鳴いた。


「ドラゴンバンチャー?」

「ドラゴンベンチャーね」

「何をする仕事なの?」

「簡単に言えば、ドラゴンのことを調べたり、ドラゴンのことで困っているヒトを助ける仕事だよ」

「ドラゴンで困ってるヒトを?」

「うん」

 この森を一人で帰らせるのは危険と判断したアドは、少女と共に森を出ることにした。近くに少女が住んでいる村があるそうなので、そこまで送っていく。

「君は」

「リン」

「え?」

「私の名前。リン」

 少女は元気よく自分の名前を告げる。

「分かった。リンだね」

「うん」

「リンは、あそこで何をしていたの?」

 こんな森の中で、親も連れずに少女が一人だけいるというのは明らかに不自然だ。

 アドの問いにリンは俯く。何かを隠しているような感じだ。

「ワニを見に行ってたの」

「ワニを?」

 予想外の答えにアドは少し驚いた。

「森の向こう側に川があって、そこにワニがいるの、大人は絶対に行ったらダメって言ってたけど、どうしても見たくて………」

「この近くにワニがいるんだ」

「うん」

「ワニが好きなの?」

「うん、お母さんがよく昔話をしてくれるから。本物がどんなのか見たくなって」

「なるほど」

 子供と言うのは好奇心の塊だ。大人がするなと言っても、抑えられるものではない。まして、昔話に出てくる生物が近くにいるのなら、なおさら見てみたくなる気持ちはとてもよく分かる。

「だけど、一人で行ったらダメだよ。森は危険が多いから」

 リンを襲おうとしていたドラゴンの名前は、ランナードラゴンという。

 その名の通り、地面を走るタイプのドラゴンだ。翼はほぼ退化しているが、その代り、強力な脚力を持っており、一蹴りで太い木の幹もへし折ってしまう。ヒトが蹴られたら、骨などは軽く砕ける。

 今の季節は、ちょうど繁殖期で、オスは気が立っている。さっきのもオスのランナードラゴンだ。

「でも、早くしないとワニが見れなくなっちゃうから」

「ワニが見れなくなる?どうして?」

 アドの問いにリンは悲しそうに答えた。


「ドラゴンのせいでワニが減ってるんだって」


 森を抜けると、村が見えた。

 村の前には、大勢の人だかりができている。リンはその中にいた男女を見て叫んだ。

「お父さんとお母さんだ!」

 少女は嬉しそうに走り出す。

「お父さん!お母さん!」

 その声にリンの両親が反応する。

「リン!」

 両親もリンに向かって走り出す。両親は走ってきたリンをしっかりと抱きしめた。

「どこに行ってたの!!心配したでしょ!!」

「ごめんなさい」

 両親がリンを離すと、リンはアドを指差した。

「あのヒトが助けてくれたの!」

 大勢の目がアドに向く。少し照れながらアドは一礼した。


「ありがとうございました!」

「いえいえ、大したことはしてませんよ」

「いえ、貴方は娘の命の恩人です!」

 リンの両親は、アドに何度も頭を下げた。

「どうか、お礼をさせて下さい!是非、家で食事でも」

 お礼をさせるまで、離さないという雰囲気だった。

「分かりました。ご厚意に甘えさせてただきます。あの」

「何でしょう?」

「この子にもいいでしょうか?出来たら魚などがあれば」

「ピー」

 リンの両親が微笑む。

「もちろんです」

 

 リンの家は、レンガ造りの昔ながらの家だった。

「お口に合うかどうか………」

 豪華な料理がテーブルに並ぶ。こんな豪華な食事は久しぶりだ。

「ありがとうございます」

「ピー」

 窓の外からクロがうらやましそうに見ている。流石に家の中に上げる訳にはいかないので、今は外に置いている。

「魚はありますか?」

「今朝、獲れたばかりのものがあります」

 アドは大きな魚を一匹貰うと、窓を開け、外にいるクロに渡した。クロはあっという間に魚を頭から丸呑みにすると、その場に寝てしまった。

「お腹が一杯になると、すぐに寝てしまうんです」

 アドは苦笑する。

「凄いね」

 リンはドラゴンの食事を見るのは初めてだったようで、とても興奮していた。

「この子は、何にでもすぐに興味を持って、直ぐにいなくなってしまうんです。今日も朝から姿が見えなかったから、もしかして、森で迷っているんじゃないかって、村人全員で森の中を探そうとしていたんですよ。全く皆さんに迷惑をかけて………」

「ごめんなさい」

 リンがシュンと落ち込む。

 子供が落ち込んでいるのは、あまり見たくない。アドは話題を逸らすことにした。

「そういえば、この村ではワニの作り物が多いですね」

 村のあちこちにワニの銅像が置いてあり、家の門にはワニの絵が描いてある。

「ワニはこの村の守り神ですから」


 この村には古い伝説がある。

 昔々、村に心の優しい少年がいた。ある日、少年は怪我をしたワニの子共を見付けた。少年はワニを手当てしてやると川に返した。

 それから数年後、戦争が起こり、国は火に包まれた。この村にも何万もの敵が攻めてきた。とても勝てる数ではない。村人が諦めかけた時。

 川からワニの大群が押し寄せた。ワニは村人には手を出さず、敵に喰らいついた。敵兵は逃げ出し、ワニの大群もどこかに消えてしまっていた。


「ワニの恩返しですか」

「私、その話好き」

 アドの隣でリンが笑っている。

「他にもこういう話もあります」


 昔々、村に心の醜い少年がいた。少年は盗みを働き、物を壊し、人を傷つけた。

 ある時、川にいたワニの子供を少年は面白半分に殺した。

 その日の晩、ワニの大群が少年の家を襲った。ワニは言った。

『私の子供を殺したお前を許さない。子供と同じ目にあわせてやる』

 少年は、どうか助けてくれとワニに頼んだ。ワニは言った。

『村にいる者の中で、一人でもお前の身代わりになると言う者がいたら、お前を助けてやる』

 少年は村中を走り、自分の身代わりになれと迫った。だが、村の誰も少年の言葉には耳を貸さなかった。

 少年はワニに川の底に連れて行かれた。その日から、少年を見た者は誰もいない。


「怖い話ですね」

 リンを見ると耳を塞いでいる。どうやらこの話は苦手のようだ。

「悪いことをしていると、自分に返ってくるということですね。村では子供が悪いことをすると、ワニに連れて行かれるといって躾けるのが、昔からのやり方なんです」

「それは怖い」

 アドは差し出されたお茶を一杯飲む。

「ところで、リンから聞いたのですが、最近ワニの数が減っているとか」

「はい」

「それが、ドラゴンのせいであるとも聞いたんですが」

 リンの母親が答える。

「私は見たことはありませんが、何人かが、ドラゴンがワニを襲っているのを見たとか……」

「ドラゴンがですか?」

 アドは考え込む。そんなアドを見て、リンが口を開いた。

「お兄ちゃん、ドラゴンバンチャーなんだって」

「ドラゴンベンチャーね」

「ドラゴンで困ってるヒトを助けてくれるんだって」

 リンは輝く笑顔をアドに向ける。

「ねぇ、お兄ちゃん。ワニを助けて」

 リンの両親は、慌ててリンを止める。

「ちょっと、何言ってるの……。そんなの迷惑でしょう!」

「いいですよ」

「え?」

「正式な仕事の依頼なら、お受けいたします」

「いえ、その……、確かにワニがいなくなるのは悲ししいですが、家に依頼するようなお金はありませんし……」

 話を聞いていたリンが突然、立ち上がる。そして自分の部屋に戻ってしまった。 少しすると、小銭が入った貯金箱を持ってきた。それをアドに渡す。

「これでワニを助けて!」

「何言ってるの……、それっぽっちのお金で……」

 アドはリンから貯金箱を受け取る。

「その依頼、受けましょう」

 アドは、依頼を完遂するためにリンの家を後にした。

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