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100Gのドラゴン  作者: カエル
第六章
55/61

ドラゴンの国6

「ミリンダ。ミリンダ=ワイズ」

「ミリンダ。いい名前だね」

 アドが名前を褒めると、ミリンダは少し照れたように笑った。

 アドとエリアとクロ、そしてポシーイド号の生き残りであるミリンダ。一行は今、コピルニア島の森の中を歩いている。

 コピルニア島の森は詳しく調査されたことはない。そのため、コピルニアモンキーの他にどんな動植物がいるのか、全く分かっていない。もしかしたら、見たこともない進化を遂げた生物がいるかもしれないと期待をよせる動物学者や植物学者は多い。

 アドは歩きながら、辺りに生えている植物を見る。その中に知っている植物もあった。

「これは、ミツリグにナナツメか?」


 ミツリグの種には非常に細かい毛が生えている。毛は物に引っ付きやすい性質を持っており、ひとたび何かに引っ付くと簡単に取れない。

 近くを通った動物がミツリグの種に触れると、ミツリグの種は、その動物の体に引っ付く。ミツリグの種はその動物によって運ばれ、何かの拍子に動物の体から離れて地面に落ちれば、そこで発芽する。こうして、ミツリグは生息域を広げていく。

 ナナツメの実はビタミン豊富で、栄養価がとても高い。そして、糖度が高く、とても甘いため、多くの国で食べられている。アドの国でも、この実を使った料理は多い。

 この実は、ヒト以外の動物にも好まれている。特に多くのサルの仲間がこの実を好んで食べている様子が観察されている。

 ナナツメの実は、動物に食べられても消化されるのは果肉だけで、中に入っている種は消化されずに排泄される。種はそこで発芽し、成長する。

 つまり、実を食べた動物が遠くで種を排泄すれば、それだけ広範囲に生息域を広げられる。


 ミツリグもナナツメも世界中に広く分布しており、どこの国でも見る事が出来る。

 しかし、アドはさして珍しくもない植物を見て驚いた。ミツリグもナナツメもよく見るものと形が異なっていたからだ。

 ミツリグもナナツメも普通ならば、ヒトの背丈の半分ほどの高さしかない。

 しかし、この島のミツリグとナナツメはアドの背丈を超えており、茎は太くしっかりとしていた。また、ミツリグには通常よりも三倍近い種があり、ナナツメになっている実の大きさは普通のものと比べ、倍近くの大きさがあった。

 アドは植物については専門外だが、これほど異質なものを見るのは初めてだった。

 まるで、自分が小さくなったように感じる。

「ここまで、大きくなるのは土に栄養が豊富なためだろうな」

 エリアも歩きながら、島の植物を観察する。他にも知っている植物はたくさんあったが、どれも大きさ、形が異質だった。植物学者が見たら、狂喜乱舞しそうな光景だ。

 だが、今は詳しく調べている時間はない。たくさんの珍しい植物を横目に見ながら、一行は先へ進む。

 アド達は闇雲に島を歩いているわけではない。

 コピルニアモンキーは、海岸に流れ着いたポシーイド号を襲った時、多くのヒトを森の中に連れ去っている。

 コピルニアモンキーは木にも登る事が出来きるし、木から木に飛び移ることも出来るが、重いヒトを抱えて木の上を移動することは難しいだろう。

 おそらく、コピルニアモンキーはヒトを引きずりながら、地面の上を移動したに違いないとアド達は考えた。そして、その予想は的中した。

 ポシーイド号がら、森までにはくっきりとヒトを引きずった跡が残っており、その跡は森に入ってからも消えていなかった。

 木の枝は折れ、さらには、襲われた際にヒトが流した血も木や岩に付いていた。幸い、ポシーイド号が嵐に遭ってから雨は降っていない。そのおかげで、痕跡は、消えずにまだ残っていたのだ。

 消えずに残った小さな手掛かりを頼りに、アド達は進む。


「水の音がする」

 ミリンダがそう言うので、アドも耳を澄ましてみる。確かに水の流れる音が聞こえた。どうやら、近くに川があるらしい。

 予想通り、少し歩くと森が開けて川が姿を現した。川の幅は目測で約五十メートル。距離はそんなにないが、見た所かなり深い。

「ここを渡るのは、難しいな」

 アド達だけならばどうにかなるだろうが、ミリンダが此処を渡るのは難しいだろう。迂回するとなると、かなり時間が掛かりそうだ。

「どうする」

 アドがエリアに意見を求めると、エリアは少し考えてから口を開いた。

「とりあえず、休憩だな」

 エリアは、ミリンダをちらりと見る。

 確かに、森に入ってからずっと歩きっぱなしだ。大人でも辛い距離を歩いている。子供であるミリンダには、もっときついはずだ。

 それに、此処までアド達を引っ張ってきたクロもかなり体力を消耗しているはずだ。両者のことを考えると、エリアの言う通り、此処で休憩にした方がいいかもしれない。

「分かった。休もう」

 アド達は川を背にして座ると、持っていた袋から保存食を取り出した。保存食は、三日分用意している。当然足りなくなるかもしれないが、その時は現地調達しようとアドとエリアは考えていた。

 保存食は特別な容器に密閉されており、一年以上もつ。

 ただし、一つの容器に入っている食料の量はさほど多くない。ミリンダにも保存食が入った容器を一つやったが、やはり足りないようだった。成長期の子供は特に栄養を取る必要がある。アドは自分の分を半分だけ食べ、残りをミリンダにあげた。エリアもアドと同じように半分だけ食べると、残りをミリンダに渡す。

「い、いいよ」

 最初は遠慮していたミリンダだが、アドとエリアが笑顔で「大丈夫」と言うとアドとエリアが分けた保存食を食べだした。


 やはり疲れていたのか、食事が終わるとミリンダは目をこすり始めた。

「いいよ、寝ても」

 エリアはミリンダに膝を貸す。

「いいの?」

「うん」

「じゃあ……」

 エリアの膝を枕にして、ミリンダは横になる。横になるとミリンダは直ぐに寝息を立て始めた。

「すーすー」

 規則正しい寝息を立てながら、ミリンダは眠る。エリアは眠っているミリンダの頭を優しく撫でた。そんな光景を微笑ましく思いながらも、アドは周囲を見渡しながら、エリアに尋ねる。

「コピルニアモンキーは、いるか?」

「ああ、いる」

 エリアは、ミリンダの頭を撫でながら答える。

「こちらと一定の距離を取りながら、様子を伺っている」

「そうか」

 アドはクロを見る。クロも辺りを気にはしているが、それほど緊張している様子はない。

 エリアとクロの落ち着いている姿に、アドは安心を覚える。ミリンダも寝ているし、今のうちに聞いておきたいことをエリアに聞くことにした。

「なぁ、エリア」

「なんだ?」

「何で、この子を連れて行くことにしたんだ?」

 確かに、船の倉庫にいた所で必ずしも安全だとは限らない。しかし、こうして島の中を連れ回すよりは危遥かに険は少ないだろう。それなのに、何故エリアはこの子を連れてくることにしたのか、アドには分からなかった。

 エリアはアドの質問に答える代りに、小さな声で「ごめんね」と言った。それから、ミリンダの袖を少しだけめくる。

「見ろ」

 アドは、ミリンダの袖の下に隠れていた肌を見る。そこには青く変色した痣があった。

「これは?」

「虐待の痕だろうな」

 エリアはミリンダの袖を元に戻すと、彼女の頭を優しく撫でた。

 アドは、気付く。あの時、ミリンダを連れて行くことは危険だと主張したアドにエリアは、ここにいた方が、危ないかもしれない言った。

「まさか、あそこにいたヒト達が?」

 エリアは黙ってうなずく。

「どうして?」

 こんな小さな子供を、大の大人が痛めつけるなんて。

「閉鎖的な空間に何日もいれば、そのストレスは相当なものになる。訓練された者でも耐える事が出来ず、精神に異常をきたすことは珍しくはない。ましてや、あそこにいたのは、訓練も受けてもいない普通の者達た。そんな者達が、いつ殺されるかもしれない状況下で、まともでいろという方が無理だ」

「じゃあ、この子は……」

「恐怖や不安。そう言ったものを間際らせるための捌け口にされたのだろうな」

 しかも、救助された時のことを考えて、顔など見えている部分は傷つけなかった。

「止める者はいなかったのか?」

「あそこには、大勢の大人がいた。普通なら誰か止めるだろうな。普通なら、だが」

 ミリンダがアド達と一緒に船から降りて、危ない森の中に行こうと言った時、誰も引き止めなかった。最早、ミリンダを心配する余裕も彼らには残っていなかったのだろう。

 アドは頭を押さえる。こんな子供に何人もの大人が暴力を振るっていたという事実に吐き気がした。

「いつ気付いたんだ?この子が暴力を受けていることに」

「最初に気付いたのは、倉庫に入る時だ。あの時、扉を開け、私達を中に招き入れたのはこの子だった。おかしいとは思わなかったか?普通それは、大人の役目だ」

 確かに、あの状況で外から扉を叩く者がいたら、子供に確認させになど行かない。むしろ、子供は下がらせ大人が対応するのが普通だ。

「そして、この子から血の匂いを感じた。匂いはこの子の体中からしていた。それも新しい血の匂いだ」

「それで、この子が虐待されていると?」

「ああ」

 エリアは、ミリンダを優しい目見ている。

「お前が扉を叩いた時、あそこにいた大人達は危険を承知で、この子に行かせのだろう。誰も危険な扉の前になど立ちたくはないだろうからな」

「この子を囮にしようとしたのか?」

「そうだ。もっともこの子を囮にしたところで、倉庫の中にいたあいつ等に逃げ場などなかったがな。少し考えればわかるが、そんなことも分からない程、弱っていたのだろう」

「……」

 もし、あのままあそこにいたら暴力を受け続け、この子は殺されていたかもしれない。

 アドは安心したように眠るミリンダを見る。

 この子は、アド達に一度も自分が虐待されていることを言わなかった。あそこにいたヒト達を庇ったのかどうかは分からないが、この子はずっと、それを隠していた。

 痛みもあったはずなのに、それを決して顔に出さず、この子は付いてきた。

「おんぶしてあげれば、良かったかな?」

 エリアは頭を左右に振る。

「それだと、もしもコピルニアモンキーが襲ってきた時が危険だ」

 確かに、この子をおんぶしたままでは反撃するどころか、逃げることも難しいだろう。

「親が無事だと、いいな……」

「そうだな」

 この子を親に会わせる。この島に来た目的が二つに増えた。


 ミリンダの頭を撫でていたエリアの手がピタリと止まる。同時に休んでいたクロもピクっと何かに反応して、顔を上げた。

「ピー」

 顔を上げると同時にクロは、警戒音を鳴らす。

「この子を頼む」

 エリアは眠っているミリンダをアドに渡すと、二人を庇うように前に出た。

「グルルルル」

 クロは鳴き声を警戒音から威嚇音に切り替え、エリアと同じくアドとミリンダの前に出た。エリアもクロを同じ方向を見ている。

 アドも二人の見ている方向を見る。何かがこちらに近づいていた。

「あれは……」

 アドにもその姿がはっきり見える位置まで、それは近づいてきた。


 近づいてきたのは、一匹のコピルニアモンキーだった。


 アドは片手でミリンダを持ちながら、小型の銃を取り出し、コピルニアモンキーに向ける。

 この銃に実弾は入っていない。代わりに、即効性の麻酔張りが入っている。その効果は絶大で何処に刺さろうとも、どうな野生動物だろうと、数秒で眠りについてしまう。

 コピルニアモンキーは、なおも距離を詰めてくる。


 最初に異変に気付いたのはエリアだった。少し遅れてクロが、さらに遅れてアドが気付く。

 そのコピルニアモンキーは、ひどく痩せていた。手足は棒のように細く、腹からはアバラが浮き出ている。顔もゲッソリしており、足元もおぼつかない。

 コピルニアモンキーは、アド達から約十メートルの距離で止まった。

 そして、そのままバタリと倒れた。

「なんだ?」

 アドは思わず、声を上げる。

「そこにいろ」

 エリアはアドとクロに命じると、倒れているコピルニアモンキーに近づき始めた。

「お、おい」

「様子を見るだけだ」

 エリアは倒れているコピルニアモンキーに近づくと、屈んで体を調べ始める。

「これは?」

 エリアの目が少し見開かれる。


 コピルニアモンキーは死んでいた。


 エリアは死んだコピルニアモンキーを調べ始める。

 痣や傷など、外傷は特にない。皮膚などにも異常はなく、内出血している様子もない。ただ、筋肉や脂肪がほとんどない。そのため、至るところで、骨が浮き出ている。

 詳しく調べてみないと分からないが、エリアはその様子から死因を推測する。

「これは、餓死だ」

 森にはナナツメの実などもあり、海では魚も捕れる。食料は豊富にある。

 にも関わらず、このコピルニアモンキーは餓死している。これは、どういうことだとエリアは頭を働かせる。


 エリアは、今まで常に周りを警戒していた。

 海では、監視船に見付かっていないか。島に入ってからは、いつコピルニアモンキーが襲ってきてもいいように。常に緊張の糸を張っていた。

 それは、エリアだけではない。アドもクロも周りを常に警戒していた。

 しかし、目の前に現れたコピルニアモンキーが餓死するという場面に遭遇し、何が起きたのかを理解する際、その警戒心が途切れた。

 エリアの警戒心が途切れたのは一秒にも満たない短い時間だった。だが、その一瞬を彼らは見逃さなかった。彼らはアド達の警戒心が緩むこの瞬間を狙っていたのだ。

「ピー」

 突然、クロが激しい警戒音を発した。エリアの耳がその警戒音を捉える。

 エリアは「はっ」として、周囲を確認する。鋭い槍が四方から彼女に向かって飛んでくるのが見えた。


 そして、何本もの槍が体を貫いた。

 



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