ドラゴンの国7
「エリア!」
アドは、喉が潰れる程の大声で叫んだ。
「大丈夫だ」
とっさに跳び上がったエリアが、アドの隣に着地した。エリアの左腕からは血がポタポタと流れ落ちている。
「お前、それ……」
「大丈夫だ」
腕から流れている血の量からして、傷は決して浅くはないだろう。だが、エリアは無表情で前を見ている。
エリアが先程までいた場所には、餓死したコピルニアモンキーの死体が倒れている。その体を何本もの槍が貫いていた。
「なんで、槍が?」
アドが疑問に思っていると、エリアが何本もの槍が刺さったコピルニアモンキーの死体に近づいた。
「おい!」
アドは、危険なので戻れと言おうとしたが、その言葉が終わるよりも早くエリアはコイルニアモンキーの死体から槍を一本引き抜いた。
「ふっ」
短く息を吐くと同時に、エリアは川の方に槍を投げた。槍は凄まじい速さで、五十メートル以上幅のある川を越え、木々の生い茂る森に吸い込まれた。
「ギャッ」
川の向こうにある木のから、槍が刺さったコピルニアモンキーが落ちた。槍が刺さったコピルニアモンキーはピクピクと痙攣したが、やがて動かなくなった。
「キャーキャー」
「キーキー」
川の向こうの森から凄まじいコピルニアモンキーたちの叫び声が響き渡る。川の向こうからだけではない。アド達が通ってきた森の方向からも凄まじい叫び声が聞こえた。
「キャー」
叫びが最高潮になった時、川の向こう側にある森とアド達が通ってきた森から槍が飛んできた。
「ピー」
警戒音を出す。同時に、両足でアドの両肩をガッシリと掴むと、そのまま後方に飛んで槍を躱した。エリアは、その場で飛んで来る槍の間を抜ける様に躱しす。そのまま、飛んで来る槍の一本を掴むと、今度は川とは反対方向の森に槍を投げた。
「グギャ」
槍はまたしても、木の上にいたコピルニアモンキーに突き刺さった。槍が突き刺さったコピルニアモンキーが木から落ち、動かなくなる。
「……」
騒いでいたコピルニアモンキーの叫び声が一斉に収まった。槍もピタリと飛んでこなくなり、辺りはシンと静まり返った。川の流れる音だけが耳に届く。
「諦めたか?」
「いや、まだだ」
エリアはまだ警戒を解いていない。クロも同じだ。
「キキャキャ」
アド達が通ってきた森から、コピルニアモンキーが現れた。一匹や二匹ではない。おそらく百匹以上はいるだろう。
森の方に注意を向けていると、バシャと水に何かが飛び込む音が聞こえた。川の方を見るとコピルニアモンキーが川を泳ぎながら、こちらに向かって来ていた。
川の方角から来るコピルニアモンキーも、森の方角から来るコピルニアモンキーもよく見ると全て、先程アド達の目の前で倒れたコピルニアモンキーと同じく、痩せており、骨が浮き上がっていた。
何故、コピルニアモンキー達は皆痩せこけているのか?疑問ではあるが、今はここを無事乗り越えることの方が重要だ。
「直接近づいて、襲うつもりのようだな」
槍を飛ばせば、また投げ返される危険がある。コピルニアモンキーはそのことを学習し、直接襲い掛かる作戦に変更したようだ。
川と森。
両方から挟まれ、逃げ場がない。だが、エリアは混乱することなく冷静に指示を出した。
「お前は、川の方を頼む。私は向こうをやる」
「お、おい」
アドが答えるよりも先に、エリアは動いていた。物凄い速さで森側から迫るコピルニアモンキーに向かって、走る。
エリアの頬が耳まで裂ける。指先からはヒトのものではない爪が伸び、青い眼はさらに輝きを増す。
コピルニアモンキーの群れも、エリアに向かって走り出した。
「キャー」
エリアとコピルニアモンキーの群れが衝突する。鋭い牙と爪がエリアを襲う。その攻撃をエリアは紙一重で躱しながら、コピルニアモンキーを爪で裂く。
左腕に怪我を負っているとは思えないその動きに、コピルニアモンキー達も驚いている。
「くそ!」
森側のコピルニアモンキーは、エリアに任せるしかない。アドは川を泳いでこちらに向かって来るコピルニアモンキーの群れを見る。
アドは、眠っているミリンダをそっと地面に置くと、麻酔銃を泳いでくるコピルニアモンキーに向けた。そして、狙いを定めて引き金を引く。
銃から放たれた麻酔針は、泳いでくるコピルニアモンキーの額に命中した。
麻酔針が命中したコピルニアモンキーは、すぐに動かなくなり、そのまま流されていく。
「キャッ」
流されていくコピルニアモンキーを他のコピルニアモンキーが抱える。仲間を抱えたコピルニアモンキーは川を引き返していった。
「練習しておいて、良かった」
ミステリードラゴンの事件の時、アドは銃を上手く扱う事が出来なかった。その反省から、アドはあの後、銃の練習をしていた。そのかいもあり、アドが続け様に放つ麻酔針は、正確にコピルニアモンキーに命中していく。
「キキッ」
その時、泳いでいたコピルニアモンキーの一匹が鳴いた。
その鳴き声を合図にしたかのように、泳いでいた全てのコピルニアモンキーが川の中に潜ってしまった。
コピルニアモンキーは川から顔を出さない。どうやら、川の中を進んでこちらまで来るつもりらしい。アドは心の中で舌打ちをする。川の中に潜られてしまっては、麻酔針を撃つことはできない。
コピルニアモンキーは元々、海に潜り魚を捕っている。潜水は得意に違いない。息継ぎなしで、こちらまで来ることも可能だろう。
「クロ!」
アドが叫ぶと同時に、クロは川の中に飛び込んだ。川の中をうっすらと黒い影が進んでいく。
「ギャ!!」
コピルニアモンキーが悲鳴を上げ、川から顔を出す。アドは顔を出したコピルニアモンキーを撃とうとしたが、そのコピルニアモンキーは川を引き返していく。
「ギャ!!!」
「ギ!!!」
次々とコピルニアモンキーが悲鳴を上げて川を引き返していく。よく見ると、引き返すコピルニアモンキー達は、腕に怪我をしていた。
怪我の原因は、クロだ。
川の中に潜ったクロが、コピルニアモンキーの腕に噛みついたのだ。クロは、一度コピルニアモンキーの腕に噛みついて怪我を負わすと、すぐに別のコピルニアモンキーの腕に噛みつくということを繰り返していった。怪我を負ったコピルニアモンキーはパニックになり、逃げていく。
混乱は群れ全体に広がった。
怪我を負っていないコピルニアモンキーも逃げ出し始めたのだ。一匹、また一匹と逃げ出し、ついには、川を渡って来る全てのコピルニアモンキーが逃げ出してしまった。
「ふぅ」
暫く麻酔銃を構えていたアドだったが、ようやく安堵して麻酔銃をしまった。アドが麻酔銃をしまっていると、クロが川から上がってきた。
「よくやった」
アドは優しくクロの頭を撫でる。クロは嬉しそうに頭を撫でられていたが、突然目を見開いた。
「ピー」
クロは、これまでに聞いたことのない大きな警戒音で鳴いた。その鳴き声を聞いたアドが、後ろを振り向く。
そこには、血まみれのエリアが倒れていた。
エリアの直ぐ側には、一匹のコピルニアモンキーが佇んでいる。
「エリア!」
「ピーピー」
アドはエリアの名を叫び、クロは悲痛な声で鳴く。
エリアの周りには、彼女によって倒されたコピルニアモンキー達が倒れている。左腕に怪我を負いながらも、エリアは群れの半分以上を倒していた。
しかし。
「ギャアアアアアアアア」
エリアの側で佇んでいる個体は、他のコピルニアモンキーとは明らかに違っていた。
骨が浮き上がっている他の個体とは違って、筋肉はガッシリと引き締まっており、顔も丸みを帯びている。何より、その体長は他のコピルニアモンキーと比べ、二回りほど大きかった。
「ギャギャ」
痩せているコピルニアモンキー達が、大声で鳴く。
まるで、格闘技の試合でも見ているかのように、痩せているコピルニアモンキー達は距離を取り、大声で騒いでいた。
その歓声に答えるかのように、大型コピルニアモンキーはエリアにとどめを刺そうと両腕を大きく振り上げた。
「ガアアアアアアアア」
凄まじい鳴き声を上げ、クロが大型コピルニアモンキーに突っ込んだ。
クロの体当たりを受け、大型コピルニアモンキーはよろめく。クロはそのまま、大型コピルニアモンキーに噛みついた。
「グガ……グガガガガガガ……」
だが、様子がおかしい。噛み付かれた大型コピルニアモンキーは平然としており、反対に噛みついたクロの方が苦しそうだった。
クロの牙は、大型コピルニアモンキーの筋肉どころか皮膚にすら刺さっていなかった。
「グッ……グガガガガ」
必死に顎に力を込めるクロだが、まるで岩に噛みついているように牙は全く刺さらない。
「ギー」
噛みついているクロの首を、大型コピルニアモンキーが掴む。
「グ……アア……」
クロから力が抜ける。口を閉じることも出来ず、もはや噛みつくことはできない。やがて、クロの体全体からダランと力が抜けた。
「クロ!!」
アドは大型コピルニアモンキーに向けて、三度引き金を引いた。
「ギャア」
大型コピルニアモンキーは悲鳴を上げ、クロを離した。クロの体が地面に落ちる。どうやら気絶したようだ。一方、大型コピルニアモンキーは腕を押さえ苦痛の表情を見せている。その腕からは、血が流れていた。
アドの持っている銃には、既に麻酔針は入っていない。アドはクロが襲われている間に麻酔針から実弾に変えていた。クロの牙が通らないのであれば、麻酔針も刺さらないだろう。
相手を殺すのを避けるために、できるだけ麻酔針を使用していたが、最早そうも言っていられない。
「ギギギギギギ」
大型コピルニアモンキーがアドを見る。その目には明からな怒りと憎悪が宿っていた。
「ギヤーーー」
大型コピルニアモンキーは叫び声を上げると、アドに向かって凄まじい勢いで走ってきた。アドは大型コピルニアモンキーに向けて、三回再び引き金を引く。弾は大型コピルニアモンキーの左肩に二発、右肩に二発命中した。
「ガギャー」
大型コピルニアモンキーの両肩から血が流れる。この銃に込めることができる弾は全部で六発。アドは急いで弾を込めた。
「グギャアアアアアアアアアアアアア」
大型コピルニアモンキーは、六発も撃ち込まれたにも拘わらずこちらに突っ込んできた。その目には、先ほどよりも強い怒りが宿っている。
アドは弾を込め終わると、引き金を引いた。一発、二発、三発。しかし、大型コピルニアモンキーは止まらない。四発、五発と引き金を引く。六発目を撃とうとした時、大型コピルニアモンキーはアドの目の前まで迫っていた。
ドガ。
鋭い一撃が、アドに襲い掛かった。とっさにアドは左腕で防ぐ。
「がぁ」
しかし、ダメージを殺すことはできなかった。アドの体は数メートルもふっ飛ばされた。
「ぐぅ」
地面に叩きつけられた衝撃で全身が傷んだ。だが、それ以上の痛みが左腕からする。痛みからして、折れたのかもしれない。
「ギャーーーー」
大型コピルニアモンキーが、倒れているアドに追撃しようとしている。アドはなんとか立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
エリアもクロも意識がない。どちらかが、助けてくれることはないだろう。
(動け!動け!)
アドは必死に立ち上がろうとする。もし、自分がやられてしまったら、コピルニアモンキー達は間違いなく、クロやエリア、ミリンダに襲い掛かるだろう。
だが、アドの思いとは裏腹に足は動かない。アドは覚悟を決め、銃を構えた。
銃弾は大型コピルニアモンキーに傷を負わすことはできる。しかし、致命傷にはならない。流れている血もおそらく、皮膚を引き裂いただけだろう。
それならば、急所を狙うしかない。
(まだだ、もっと引き付けろ!)
少しの傷でも大きなダメージを負わせることができる場所。その一つが目だ。
アドは大型コピルニアモンキーの目を狙う。しかし、コピルニアモンキーの目はさほど大きくはない。腕を狙うのとは違い、命中率はとても低い。アドはギリギリまで、大型コピルニアモンキーが近寄るまで耐える。
銃には、弾が後一発しか残っていない。そして、弾を込めている時間もない。これを外したら終わりだ。
「ギャアアアアア」
大型コピルニアモンキーが、ついにアドの目の前に迫る。アドはしっかりと狙いを定めた。
(今だ!)
アドは引き金を引く。弾丸は真っ直ぐ、大型コピルニアモンキーの右目に向かっていった。このまま進めば、確実に目に突き刺さるだろう。
しかし、弾丸は大型コピルニアモンキーの右目から外れ、こめかみを掠めて後方に飛んで行った。
「!」
アドが引き金を引く直前。大型コピルニアモンキーは頭を左に傾けた。そのため、狙いが外れたのだ。
(こいつ、まさか銃の仕組みに気付いたのか?)
アドは、この大型コピルニアモンキーに、合計十一発弾丸を撃ち込んだ。
おそらく、自分の腕等に撃ち込まれた弾を見て、銃が弾を発射していることに気付いたのだろう。凄まじい学習能力だ。
「ガアアアアア」
大型コピルニアモンキーは腕を大きく振った。腕はアドが持っていた拳銃を正確に弾き飛ばす。拳銃は十メートル以上飛び、地面に落ちた。
(くそ!)
「ギャギャギャ」
大型コピルニアモンキーはアドを見る。武器をなくしたヒトなど、単なる獲物でしかない。大型コピルニアモンキーは、まるでアドを嘲笑うかのように口を開け、鋭い牙を見せた。
大型コピルニアモンキーは、拳を作る。
自分に怪我を負わせた怒り、その全てをぶつける様に、大型コピルニアモンキーは、アドの頭部目がけて拳を振り下ろした。




