ドラゴンフェスタ エピローグ
「やっぱり中止か」
「そうらしい」
「まぁ、仕方がないな」
アドとネイドは、ある病室に向かっていた。ネイドの手には、一本の花が握られている。
ドラゴンフェスタの中止が正式に決まった。
被害の大きさ、死傷者の数を考えれば、当然の結論だろう。さらに元々、ドラゴンフェスタでは、裏で違法な取引が行われているという噂はされており、問題視されていた。だが、人気の高さから、その声は黙殺されていた。
しかし、今回の事件がきっかけで、その声が一気に表に出ることになった。そのことも、ドラゴンフェスタが中止となった原因の一つだろう。
しかし、違法な取引の結果で、あの場にいたダイヤモンドドラゴンによって、多くの命が救われたのだから皮肉なものだ。
ドラゴンフェスタを襲ったあの小さなドラゴンについては、ほとんどが、自爆してしまったため、サンプルが少なく、詳しく調べることができなかった。分かった事といえば、今までに発見されたことのない、未知のドラゴンだということだけだった。
「結局、あのドラゴンは何だったんだろうな?」
ネイドが尋ねると、アドは仮説だが、と前置きした上で自分の考えを述べる。
「あのドラゴンはヒトの手で作られたかもしれない」
アドの考えを聞いたネイドは、うんと頷く。
「お前もそう思うか」
どうやら、ネイドも同じことを考えていたらしい。
「別のドラゴンに反応して自爆するなんて、どう考えても、おかしいからな」
捕食するためでもなく、身を守るためでもない。生物として、全くの無意味な行動だ。
「どうやったかは、分からないが、あの変化はヒトが関与している可能性が高い」
もし、ヒトの手が加わっているとしたら、その目的はドラゴンを殺すことだろうと考えられる。
「俺は、ドラゴンリジェクターのメンバーが犯人だと思う」
ネイドの考えにアドも同意する。本当にヒトの手で作られたドラゴンだとしたらだが。
「ところで、その花はなんだ?」
ネイドは不思議そうな顔をする。
「見舞いと言ったら花だろ?」
「それは分かるけど、どうして一本だけなんだ?」
ネイドは、なんとも複雑そうな顔をする。
「いや、本当は花束を用意していたのだが……メイに食べられた」
「……なるほど」
草食性のドラゴンは、肉食性のドラゴンと比べ、食欲が旺盛だ。果物、木の葉、雑草、植物性のものなら何でも食べる。勿論、花も好物の一つだ。
「注意はしていたんだが、気付いた時には、この一本だけになってた」
落ち込むネイドだが、本来なら一本だけ残ったのだけでも奇跡に近い。だが、それを言ったところで、慰めにはならないだろう。
「まぁ、その、なんだ、その……」
ネイドを慰めようとするアドだったが、なかなか言葉が思い付かない。
「大事なのは、気持ちだよ!気持ち!」
「そうかなぁ?」
ネイドは、首を傾げる。
「そうだな!」
だが、一秒後には元に戻っていた。この切り替えの早さはネイドの長所だ。アドは羨ましいと思う。
そうこうしている内に、目的の病室にたどり着く。四人部屋の一番奥に彼女はいた。怪我の影響か、事件のショックからか、なんだか落ち込んでいるように見える。
「こんにちは、具合はどうですか?」
そんな彼女の様子に気付いているのか、いないのか、ネイドはいつもと同じ調子で彼女に話し掛けた。
彼女がこちらを見る。ネイドを見ると彼女は安心したように微笑んだ。
「この子とこの子は、いい♪かけ合わせてみよう♪」
少女は、小さなドラゴンを見て、楽しそうに微笑む。その横では『彼』が試験管を不思議そうに眺めていた。
「触らないほうがいいよ♪危険な薬品もたくさんあるから♬」
少女は優しく『彼』に話し掛ける。
『彼』と彼女がいる場所は、かつて動物実験が行われていた施設だった。しかし、資金不足から閉鎖に追い込まれた。ここには、以前の設備が処分されることもなく、そのまま放置されている。
『ここで何をするつもりだ?』
という視線を『彼』は少女に向ける。その視線に少女は微笑みで返す。
「この子達を作り替えようと思ってね♬とりあえず、色々試してみるよ♪」
玩具で遊ぶ子供のようにウキウキと話す少女を『彼』はしばらく眺めていたが、やがて部屋の隅に行き、腰を下ろした。大きな欠伸をして、ウトウトとし始める。
「ところでさ♪」
少女は、試験管に入った液体を見ながら『彼』に話し掛ける。
「そろそろ、君にも名前が必要だと思うのだけど、どうかな?私達夫婦なのに、いつまでも『君』じゃあ、なんだか他人行儀だしね♪あ、そういえば、まだ私の名前教えてなかったね♪ごめん♫ごめん♫私の名前はね……」
少女は笑顔で、名前のない『彼』を見る。『彼』は、純真無垢な顔でスヤスヤと眠っていた。
とある施設の最上階にある部屋。そこに一人の男が乗り込む。
「クナシ様!」
部屋の中には、少女が一人で机に向かい仕事をしていた。クナシと呼ばれた少女は、「はい」と答える。
「先日は、どこに行ってらっしゃったのですか?」
凄まじい剣幕で問いただす男だったが、少女は平然と答える。
「ドラゴンリジェクターに潜入していました」
あっさりと答えた少女に男は唖然となる。そして、顔が林檎の様に赤く染まった。
「な、何を考えているのですか!貴方は!」
男は机をドンと叩く。
「何かあったらどうするのですか!貴方は組織のトップなのですよ!」
凄まじい剣幕で叫ぶ男を少女は、じっと見る。
「ごめんなさい」
ニコリと笑う。その屈託のない表情に男は毒気を抜かれた。はぁ、と男は溜息を吐く。
「どうやって潜入したのですか?」
さっきより、若干穏やかに彼は問いただす。
「白い恰好をしたら割と簡単に潜入できました」
男は頭を抱える。
「もし、貴方だとバレたら、どうしたのですか!」
よもや殺されはしないだろうが、何らかの暴力を振るわれた可能性は十分にある。
「しかし、彼らは、私達の組織から分離したのですから、私達にも責任があると思うのです。だとしたら、彼らが何をしているのかを知る必要があります」
少女は強い口調で答える。男は少し気圧されたが、気を取り直す。
「一理ありますが、なにも貴方がしなくても……」
少女は、真っ直ぐに男の目を見る。
「ヒトから聞くのではなく、自分で見聞きしたかったのです。私は、組織のトップですから」
少女は再びニコリと微笑むと、男は再び溜息を吐いた。この少女には何を言っても無駄だと悟り、諦める。
「話は分かりました。それで、何か分かりましたか?」
少女は顎に手をやり、少し考える。
「ドラゴンリジェクターは、想像以上に危険な集まりでした。詳細は今度の会議で話します」
男は、分かりましたと少女に答え、部屋を後にした。
一人は屋に残された少女は考える。
ドラゴンは危険なものだ。だが、ドラゴンリジェクターのやり方では、何も変わらない。その上、ヒトを傷つけては、誰も賛同しなくなる。少しずつ変えていかなければならないのだ。少しずつ、少しずつ。
それにしても。
「まさか、貴方を見かけるとは思いませんでした」
クナシは、唇の端を上げて笑う。
「それも、ドラゴンと一緒だなんて」
クナシの表情から笑顔が消えた。代わりに、その目に暗い色が浮かぶ。
私と同じ思いをした彼。それなのにどうして。
「貴方は、こちら側のヒトです」
決して、ドラゴンと一緒にいるべきではない。クナシは、あの時の少年を思い出しながら、彼の目を覚ます方法を考え始めた。




