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100Gのドラゴン  作者: カエル
最終回
2/61

過酷の見返り

 家のすぐ近くにある池に釣り糸を垂らしながらアドは大きな欠伸をした。

 すると、そのタイミングを見計らっていたかのように、釣竿がピクピクと揺れる。

「おっ、来た!」

 焦らずにしばらく泳がせる。魚の動きが鈍くなってきたところで思いっきり引き上げた。

 陸に引き揚げられた魚がピチャピチャと跳ねる。アドは釣り上げた魚を素早く魚籠に入れた。魚籠には、何匹も魚が入っている。

「よし!これだけあればいいだろう」

 アドは魚籠を持ち、急いで家に帰った。


 家の裏にある小屋の中、此処に黒いドラゴンが眠っている。

 アドは魚籠の中から一番大きな魚を取り出した。魚はまだ生きており、元気に暴れる。

「ほーら」

 魚の尾を掴みドラゴンの目の前に近付けた。必死に暴れる魚を離さないように力を込める。

 ドラゴンが首を上げ、じっと魚を見つめる。そして、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

(いけるか?)

 こちらに近づいていたドラゴンがピタリと止まる。そして、そのまま動かなくなった。

(やっぱり駄目か?)

 アドが諦めかけたその時、突然ドラゴンが飛び掛かってきた。

「うおっ!?」

 いくら小さいとはいえ相手はドラゴン。迫力は満点だった。思わず魚を離してしまう。地面に落ちた魚がビチビチと跳ねる。

 ドラゴンは尻餅をついたアドを無視して、地面に落ちた魚に噛み付く。そして、頭から丸呑みにしてしまった。

「く、喰った!」

 アドは拳を強く握る。

 魚を飲み込むと、ドラゴンがこちらをじっと見た。正確には魚の入った魚籠を見ている。

「もっと食いたいのか?いいぞ、どんどん食え!」

 ドラゴンに魚を投げると、上手にキャッチした。魚籠の中にある魚を全て食べ尽くすとドラゴンは欠伸をして眠りについた。

「ふー」

 これで一安心だ。


「ドラゴンと一言で言っても種類によって、その体型は千差万別だ。今まで発見されている最も大きなドラゴンはキプロスドラゴンの仲間で、体長は十二メートル、羽を広げると二十メートル以上を記録した。逆に最も小さなドラゴンはネイルドラゴン。その名の通り、小指の爪ほどの大きさしかない。同じドラゴンと言ってもこれだけ差がある。食性も様々だ。完全な肉食も多いが、雑食性のもの、草食のものいる。肉食、草食と言ってもさらに細かく分けられる。例えばクリカドラゴンはカニしか食べないし、サリアドラゴンは動物の死骸を専門に食べる」

「へー」

 アドはエリアの話に少しだけ興味が出た。

「つまり、ドラゴンを飼いたいと言ってもその種類によって飼い方は全く異なる」

 なるほど、つまりどんなドラゴンか教えろということらしい。随分と遠回しな言い方だ。

「あー、えーとな。大きさは大体猫ぐらい。色は黒、寝てばかりいる」

「他には?」

 エリアが淡々と訪ねる。

「えーと、あと目が赤い」

「目が?」

「あ、ああ」

 珍しくエリアが驚いているようだった。いや、無表情なのは変わりないが、目が少し大きくなっている。様な気がする。

 エリアは顎に手を当て、少し考えるとアドバイスをしてくれた。


「エリア、この前はありがとう」

 学校に付くと、すぐにアドはエリアに礼を言った。

「別に礼を言われるようなことじゃない」

 エリアはそっけない。いつものことだ。

「いや、助かったよ。アイツ家に来てから何も食べなかったから」

「ドラゴンの拒食は珍しいことじゃない。環境の変化等によるストレスで食べなくなることはよくある」

「そうなんだ……」

 ということは、アイツはかなりのストレスを抱えていたということなのだろうか?罪悪感が湧く。

「ドラゴンは見た目と違ってデリケートな部分がある。少し環境が変わっただけで死んでしまう個体もいる。気を付けることだ」

「分かった」

 深く頷いたアドをエリアはチラリと見る。その視線に気が付いたアドがエリアを見返すと視線を逸らされてしまった。

 少しショックを受けたが、気を取り直す。聞きたいことがあった。

「それにしても、ドラゴンが魚を食べるとは思わなかった」

 あのドラゴンが家に来てから色々なものを与えた。豚肉や牛肉、ニンジン、ジャガイモ、レタス、虫などもやってみたが、どれも全く食べなかった。

 魚もやろうとしたが生臭いし、どうせ食べないだろうと思ってやらなかった。

「野生のドラゴンも草食性のもの以外はよく魚を食べる。魚を専門に狩る奴もいるし、干上がった池や川には魚の死骸を食べようとドラゴンがよく集まる。海辺にも打ち上げられた魚を食べるためウロウロしているドラゴンもいる」

「へー」

「特に生きた魚の動きはドラゴンの食欲を刺激するようだ。何カ月も拒食していたドラゴンも生きた魚をやった途端、食べるようになったということもよくある」

 初めて聞くことばかりで驚く。ドラゴンについて自分は何も知らなかった。

「エリアはドラゴンに詳しいんだな」

 凄いと思ったので、素直に称賛する。

 するとエリアは少し温度の下がった目でこちらを見た。

「これらは珍しいことではない。有名な話だ。ドラゴンを飼うのなら知っておいて当然のことだ」

 厳しい口調で叱られる。

「そうだな、すまん」

「私に謝っても仕方ないだろう。ドラゴンに謝れ」

 冷たい声に背筋が凍える。

「……分かった。謝っとく」

 エリアはアドをじっと見る。

「素直な所は、お前の美点の一つだな」

 表情を変えないので褒められたのか、嫌味を言われたのか、よく分からない。

「放課後、何か用はあるか?」

 突然、エリアが訪ねた。アドが「いや、何もない」と言うと

「お前の家にいるドラゴンを見せろ」

 断ることを許さない、有無を言わせぬ鋭い口調でそう言った。


「ここが俺の家だ」

 学校から歩いて、一時間以上の場所にアドの家はある。彼の家は山の上にある。慣れていないものにはかなり厳しい。

 自分の家が山奥にあることをもちろん告げたが、エリアは「構わない」と言って、アドについてきた。険しい山道にすぐ音を上げるかと思ったが、エリアは涼しい顔で付いてくる。

 アドは少し意外に思った。エリアは体も細く、どう見ても体力があるようには見えない。それなのに足取りも軽く山道を登る。

「よく山登りとかするのか?」と聞いてみたが、エリアは「別に」と答えただけだった。

 険しい山道を抜けると大きな家が現れた。曽祖父の頃から代々住んでいる家なのだと父は言っていた。

 玄関の扉を開け「ただいま」と大声で言うと中から女性が叫びながらこちらに向かってきた。

「アド!洗濯物溜まってるんだから、もっと早く帰って……」

 女性はそこで初めて、アドの後ろにいるエリアに気が付いた。

「あ、あら。アド、その子は?」

「友達のエリア。家で遊びたいっていうから連れてきた」

「お友達?」

 女性は少し不審そうにエリアを見る。アドは拙いかなと思った。

 エリアはお世辞にも愛想があるとは言えない。それにもし、変なことを言ったらどうしようかと心配する。

「素敵な鞄ですね」

 聞いたことのない声が後ろから聞こえた。アドは思わず振り向く。誰か他の人間が来たのかと思ったが、後ろにはエリアしかいない。

「確か、この前発売されたものですよね。限定品の」

「え、ええ。そう……よ」

 女性が驚いたように目を見開く。

「すごくお似合いです。綺麗な方には綺麗な鞄が似合いますね」

 満面の笑みでエリアは女性を褒める。買ったばかりのお気に入りの鞄を褒められ、さらに美人と言われた女性は急に態度を軟化させる。

「美人だなんて、そんなことないわよ!」

 満更でもないのは一目で分かる。

「じゃあ、アド。お母さんは出かけるから」

「ああ」

 アドにそっけなく言うと、女性はエリアに満面の笑みを浮かべる。

「じゃあね。ゆっくりしていって!」

 上機嫌で女性は出かけて行った。女性が出かけて少しの間エリアは笑顔を浮かべていたが、女性が見えなくなると、すぐにいつもの無表情に戻った。アドが唖然として見ているとエリアがこちらを見る。

「なんだ?」

「いや、なんでも……」

 エリアは目を逸らす。

「ヒトの社会で生きるために必要な技術のうちの一つだ」

「そうか……」

「それにしても、上辺だけの言葉にあれだけ浮かれるとは知能はあまり高そうじゃないな」

 エリアは心底、馬鹿にしたような表情を作る。これも初めて見る顔だ。

「ヒトの母親に厳しいな」

 アドは思わず苦笑する。だが、次のエリアのセリフに思わず息を飲んだ。

「だが、あれは君の母親じゃないだろ?」

 アドは目を丸くする。

「どうして分かったんだ?」

「見れば分かる」

「そうか、凄いな」

 沈黙が流れる。しばらくしてアドが口を開いた。

「小さい頃、母親が死んだんだ。親父が再婚したのは母親が死んで三年経った時だ。職場で知り合ったって言っていた。俺に再婚を切り出した時、俺は再婚に賛成した。親父はいつもどこか寂しそうにしてたから」

 どこか遠くを見ながら、アドは話す。

「でも親父と結婚した途端、高い買い物はするは、親父を放っておいて家には帰らないは酷いもんだったよ。親父が仕事で帰ってこない日には男を連れ込んできたからな。そん時は家から締め出された」

「父親は?」

 エリアは同情も憐みもなく、ただ淡々と聞いてきた。

「親父は完全にあの女に騙されてる。何を言っても『彼女がそんなことをするはずかない』って言って聞かない。いや、本当は気付いていて見て見ぬふりをしているのかもな。どちらにせよ、今もあの女が遊ぶ金を稼ぐために一生懸命、朝から晩まで働いているよ」

「お前が列車を使わないのは、あの女の命令か?」

「ああ」

 この山には整備された道があり、そこに列車が走っている。しかし運賃がとても高い。そのため、女性はアドの足腰を鍛えるためという名目で列車の使用を禁止した。

「列車があるのに山道を歩かせて、ごめんな」

「それは事前に説明していただろう。構わないと言ったのは私だ」

「そうだな」

 アドは少し笑う。

「お前には山を登らせ、自分は列車を使い遊びに行くという訳か」

「自然ってのが嫌いで、よく町に降りているよ」

「此処に住むと分かっているのに、よく結婚などしたな」

 アドの顔から表情が消える。

「この家には資産価値の高い物がたくさんあるからな。親父が生きていれば親父が働いた金で遊べるし、もし親父が死ねば妻であるあの女に相続される」

 エリアが少し目を細める。そんなエリアを見て、アドは無理に笑って見せた。

「ごめんな、変な話をして。じゃあ、ドラゴンを見に行こうか」

 エリアは靴を脱いで部屋に上がった。アドは慌てて止める。

「そっちじゃない。ドラゴンがいるのは裏の小屋だ」

「まずはお前の用事を片づける」

「え?」

 エリアは袖をめくる。

「洗濯物が溜まっているのだろう?」

 


「手伝ってくれて、ありがとうな」

 一緒に洗濯を手伝ってくれるエリアにアドは礼を言う。他人に洗濯物を洗わせるわけにはいかないと初めアドは断ったが、エリアは「気にするな」と有無を言わせぬ鋭い口調で断った。

 アドの家では水は主に地下水を使っている。夏場はまだしも、冬になると刺すように冷たくなる。その水を桶に貯めて、石鹸でゴシゴシ洗う。

「家事は毎日お前がしているのか?」

「まぁ、誰もしないからな」

「その上で、ドラゴンの世話までしている」

「まあな」

「……そうか」

 洗濯物には明らかに父とアド、あの女以外のものも混ざっている。

「本当に助かった。ありがとう」

 洗濯物を全て洗い終えると。

「礼は一度で十分だ」

「そうか、ありがとう」

 エリアは少し呆れたように溜息を吐く。

「じゃあ、見に行くか?」

「待て!」

 外に出ようとしたアドをエリアが引き止める。

「ドラゴンは元々、一匹のトカゲだった」

「?」

 前にエリアから聞いた話だ。

「それが今のような姿に変わったのは、厳しい環境に耐え抜いたからだ。しっかりと大地に二本足で立ち、空も飛べるようになった」

 エリアは考えを纏めるようにゆっくりと話す。

「厳しい環境を耐え抜くことは容易ではない。他の生物に食べられたり、気候の変化に耐えれなかったり、病気で死んだり、エサが取れず餓死したり。だが、それでも過酷な環境に耐え、生き抜くことができた者には必ず見返りがある」

 アドは黙って聞く。

「ヒトも同じだ。厳しい環境を耐え抜けばきっと」

 エリアはアドを真っ直ぐ見る。そして、先ほどの作り笑顔とは違う


「大空を自由に飛べるようになる」

 

 綺麗な笑みを浮かべた。


 しばしの沈黙が流れる。しかしそれは嫌なものではない。

「ひょっとして、慰めてくれたのか?」

「……」

 エリアはそっぽを向く。それでもアドは真っ直ぐエリアを見る。


「ありがとう」


 家の裏にある小屋の扉を開ける。

「おーい」

 アドは大声で叫ぶ。

「ピー」

 小屋の奥から声に応えるように鳴き声がした。アドは驚く。

「はじめて返事をくれた」

 嬉しそうにほほ笑んだ。

 小屋の奥にまで来ると藁が敷き詰めたあった。そこに黒い塊がうずくまっている。

 黒い塊がピクリと動く。黒い部分に一か所だけ赤い丸が現れた。その赤はまるで血の様だった。


 それは黒い体に赤い目を持つ小さなドラゴンだった。


 ドラゴンは首を上げ、アドとエリアを一瞥する。

 しばらくアドとエリアを見つめ、ドラゴンは再び眠りに……。




「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」






 つくことはなかった。この世のものとは思えない雄たけびを上げ、ドラゴンは









 エリアに襲いかかった。

 

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