勝利と虚無編 第七章 真実の開示 節一 覚悟
項一 桜と光
翌日の早朝。
朱里達が里に帰還した時、里は白蓮を失った悲しみで溢れていた。
里の中は静寂で、歩く者も仕事をしている者もなく、日常の風景とは一変していることを空気で感じる。
‥まさか‥まさか‥。
四人が無意識で、大屋敷へ向かう足を早めていく。
大屋敷の前に来ると、そこでは地面に伏した里の民ら数人が手を合わせている。
「どうしました?何があったのですか?」
その民の一人に流星が近づき、静かに声をかけた。
「‥‥あぁ司祭様‥‥白蓮様が‥白蓮様が‥」
言葉を詰まらせる民の顔は、流れた涙でぐしゃぐしゃだった。
「流星」
流星の声で、大屋敷から仁景が出てきた。
「朱里達も一緒かーー翡翠はどうしたんだ」
「翡翠は負傷している、春と秋が付き添って遅れて戻るーー仁景、いったい何があった」
「落ち着いて聞いてくれーー白蓮様が‥お亡くなりになられた」
仁景の言葉に朱里、流星、夏、冬が目を見開く。
白蓮様が‥そんな‥嘘だ‥。
岐阜城へ向かう前の、静かな白蓮の顔が朱里の頭の中を走っていく。
ーーーーー。
大広間の上段、白蓮がよく座していた場所。
布団に寝かされた白蓮の亡骸を見た朱里が、膝を落とし崩れていく。
「‥どうして‥私は生きて戻りました‥どうしてですか、白蓮様‥」
流星が立ったまま、黙って見ている。
夏と冬が、目と口を手で覆い、涙を隠しながら朱里に寄り添う。
それを側で、立ち尽くした仁景が見ていた。
「金剛の部隊だったーー白蓮様は、里の民と我ら守備隊の命を守るために、槍を持たれ‥戦われた‥」
重い空気に包まれる中、仁景が事の顛末を話し始めた。
ーーーーー。
白蓮のその民への思いと意志の強さに、打ちひしがれた朱里の目に白蓮の槍が映る。
槍は朱里と白蓮の間で、白蓮に添うように置かれてあった。
朱里が無意識で、その槍に手をかけていく。
槍を手に取ると、槍の管に刻まれた桜と光の紋様に朝日が反射する。
その輝きを見た瞬間、朱里の周囲からスッと音が消え去っていく。
朱里が碧英から受けた形見、その長刀の刃にも、同じ紋様が刻まれていた。
桜と光の紋様‥扇家代々の紋様だと、ずっと師範から聞かされていたもの‥。
碧英と白蓮の顔が重なり合い、朱里の目が大きく見開く。
「済まないが、二人で話がしたいーー席を外してもらってもいいか」
紋様を見た朱里の反応に、知らすべき時が来た事を察した流星が、仁景と夏と冬へ退室を促した。
ーーーーー。
横たわる白蓮の前で、朱里が槍の紋様を見つめる。
その対面に座った流星が口を開く。
「その紋様は‥」
流星の言葉に朱里が顔を上げる。
「舎人の一族、扇家直系にのみ伝承される紋様、そして竜眼を受け継いでいる血筋の証でもあるーー朱里は扇家の直系だ」
私が扇家の直系‥。
流星の言葉が何処か遠くから聞こえてくるような、朱里にはそんな感覚だった。
「竜眼を宿し者は神の器と呼ばれ、あらゆる者達から狙われるーーだから白蓮様は‥」
「うん‥‥そうよね‥‥もうわかった‥‥」
朱里が、流星の言葉を遮る。
「私は大丈夫‥‥大丈夫だから‥」
白蓮をじっと見つめた朱里が、呟くように声を漏らし、流星はそれ以上の言葉を止めた。
「ーーー貴女に神のご加護を‥」
暫く無言でいた流星は、そう言うと胸で十字を切り、大広間から出て行った。
白蓮の顔と声が、碧英と暮らした日常が、朱里の中を巡っていく。
ーーーーー。
「お‥母さん‥」
手が震え、畳に大粒の涙が幾つも幾つも、落ちては染み込んでいった。
ーーーーー。
暫く白蓮の体の上に伏していると、遠くから民の騒ぐ声が聞こえてきた。
「翡翠様だーー翡翠様が戻られたぞ!」
その声で体を起こした朱里が、気づいたように白蓮を見て、ゆっくりと長刀を引き抜いていく。
お母さんはーー私も。民も守るために‥‥ずっと一人で、背負ったものと戦っていたんだね‥。
刃にある紋様を見た後、再び鞘に戻した朱里が大きく息を吸い込む。
だから私も止まらない‥。
長刀を握り締め、立ち上がる朱里の足がふらつく。
それでも朱理は大広間から、外へと踏み出して行った。
白蓮の埋葬された墓石の傍に、茉莉と纏の墓石もあった。
その前で朱里と、傷が癒えたばかりの翡翠が手を合わせている。
「この二月の間、受け入れ難いことばかりが続きましたわね」
「もう皆んなには、静かに、安らかに眠ってほしいと思う」
「あれから龍隠の残党はバラバラに、金剛もどこかに姿を消したきりーー私たちの戦いは決着したのですわ」
「うんーーだけど犠牲が多過ぎた」
朱里と翡翠が三人の墓石と、その周りにある数々の墓石を見回す。
「皆んな、どうして死ななければならなかったのかーー今でも考えてしまう」
「それはきっと人だからーー正しさが人それぞれ違うからですわ」
「人それぞれ‥個の正義は有っても、万人の正義は無い‥というものか」
「えぇ。公のために個が、個のために個が、つまるところ犠牲は避けられないのですからーーあの開成もそれを知っていたんだと、今では思いますわ」
「茉莉も纏も正しいと思う事のために戦った。犠牲でなく自ら意志で戦ったんだ」
「そうですわねーーそれは朱里の母上もきっと同じ。因縁も竜眼も命の全てを抱えた上で、ご自身の在るべき正義を全うされたのですからーー私など、遠く及べませんわ」
「私の戦いは終わっていない」
「えぇ、生きる限り、自分の中にある正義との戦いですわ」
「うん、わかってる」
「では、仁景様のところへ、次の任務を受けに参りましょうか」
「そうしよう」
お母さん、茉莉、纏、行ってくるよ。
朱里は三人の墓石を見ながら、心の中で呟いた。
それは戦い抜くこと、生き抜くことの決意でもあった。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
幾星霜の時を経ても、人の欲は尽きず。
争いは常に人の影に寄り添い続ける。
この星に仕組まれた宿命のように‥。
ーーーそれでも、なお人は生きる。




