第243話 ほどけない結び
夕方。
光が傾く。
水面に色が落ちる。
だが。
揺れない。
ノルヴァル水都は。
静かなまま。
止まっている。
エレノアは水路の縁に立つ。
ネファルが言う。
(反応は維持されている)
ラグナが言う。
(消えてねぇな)
ヴェルナシアが囁く。
(結び)
エレノアは目を閉じる。
感じる。
水の下。
切れた流れ。
そして。
“縛られているもの”
「……結ばれていますね」
小さく。
リゼルが言う。
「……そうだ」
短く。
逃げない。
エレノアは目を開ける。
「……解けませんか」
リゼルは首を振る。
「無理だ」
間。
「解けないようにした」
ネファルが言う。
(固定したか)
ラグナが言う。
(自分でか)
ヴェルナシアが囁く。
(重い)
エレノアは水を見る。
「……流れを」
間。
「縛ったのですね」
リゼルは言う。
「流すために」
矛盾。
だが。
真実。
沈黙。
ラグナが小さく笑う。
(やってることは逆だな)
ネファルが言う。
(だから歪む)
ヴェルナシアが囁く。
(止まる)
エレノアはゆっくりと言う。
「……解きません」
リゼルが反応する。
一瞬で。
「何だと」
強く。
初めて。
エレノアは続ける。
「解けば」
間。
「崩れます」
沈黙。
ネファルが言う。
(その通りだ)
ラグナが言う。
(一気に壊れるな)
ヴェルナシアが囁く。
(落ちる)
リゼルは黙る。
言い返せない。
分かっている。
エレノアは静かに言う。
「……そのままにします」
それだけ。
リゼルが言う。
「流れないぞ」
エレノアは頷く。
「はい」
間。
「流れません」
認める。
否定しない。
ネファルが言う。
(選んだな)
ラグナが言う。
(いいね)
ヴェルナシアが囁く。
(分ける)
エレノアは続ける。
「……新しく通します」
沈黙。
リゼルが目を見開く。
「……できるのか」
エレノアは答える。
「分かりません」
だが。
止まらない。
「でも」
間。
「壊しません」
それだけ。
風がわずかに揺れる。
ヴェルナシアが囁く。
(通す)
ラグナが言う。
(焼くか)
ネファルが言う。
(制御が必要だ)
エレノアは水を見る。
そして。
呼ぶ。
「……セレイア」
水面が揺れる。
昨日より。
深く。
広がる。
歪まない。
だが。
流れない。
声。
「……な……ま……え……」
「……な……い……」
繰り返す。
だが。
少し違う。
ネファルが言う。
(固定されているな)
ラグナが言う。
(抜けねぇ)
ヴェルナシアが囁く。
(ほどけない)
エレノアは言う。
「……無理に戻しません」
沈黙。
声が止まる。
水が静まる。
「……ち……が……」
途切れる。
エレノアは頷く。
「はい」
短く。
「違います」
そして。
続ける。
「でも」
間。
「ここにいます」
その一言。
水面が揺れる。
ゆっくりと。
歪まずに。
広がる。
リゼルが息を呑む。
「……何を」
理解が追いつかない。
ネファルが言う。
(位置を固定したな)
ラグナが言う。
(ああ)
ヴェルナシアが囁く。
(繋ぐ)
エレノアは動かない。
触れない。
押さない。
ただ。
そこにいる。
水の中。
輪郭が浮かぶ。
昨日より。
はっきりと。
崩れながら。
だが。
消えない。
「……わ……た……し……」
止まる。
揺れる。
だが。
消えない。
エレノアは言う。
「……います」
それだけ。
声は続かない。
だが。
形が残る。
リゼルが震える声で言う。
「……ほどけない」
小さく。
「結んだままだ」
エレノアは答える。
「はい」
間。
「ほどきません」
沈黙。
ラグナが言う。
(いいな)
ネファルが言う。
(壊さない)
ヴェルナシアが囁く。
(流れる)
エレノアは水を見る。
そして。
静かに言う。
「……別の流れを作ります」
風が動く。
わずかに。
水面が揺れる。
ほんの少しだけ。
今までとは違う。
“止まった水が、動こうとした”
だが。
まだ。
流れにはならない。
ネファルが言う。
(始まりだな)
ラグナが言う。
(ああ)
ヴェルナシアが囁く。
(遅い)
エレノアは立っている。
変わらない。
だが。
選んだ。
壊さない。
戻さない。
それでも。
進める。
この場所で。
水はまだ。
流れていなかった。




