第216話 砂の上の対面
風が止んでいた。
砂漠なのに。
音がない。
静かすぎる。
エレノアはその場に立っていた。
動かない。
逃げない。
ネファルが言う。
(来る)
ラグナが言う。
(もう目の前だな)
ヴェルナシアが囁く。
(囲まれている)
気配は一つじゃない。
複数。
だが。
殺気はない。
“探っている”
エレノアは目を閉じない。
ただ、待つ。
その時。
砂の向こうから、一人が現れた。
音もなく。
歩いてくる。
女性だった。
無駄のない動き。
距離を保ったまま、止まる。
その後ろ。
さらに数人。
同じように静かに立つ。
先頭の女性が口を開く。
「……ここで何をしている」
声は低い。
だが荒くない。
エレノアは少しだけ間を置く。
そして答える。
「調べています」
嘘ではない。
だが、すべてでもない。
女性は視線を外さない。
「何を」
短い問い。
エレノアは答える。
「この地の流れを」
沈黙。
風がわずかに動く。
女性は一歩も動かない。
だが。
圧はある。
「一人でか」
エレノアは首を振らない。
頷かない。
「……今は」
それだけ。
ラグナが小さく言う。
(上手いな)
ネファルが言う。
(隠している)
ヴェルナシアが囁く。
(見ている)
女性は少しだけ視線を動かす。
エレノアの足元。
そして。
周囲の砂。
「……変わっているな」
小さな声。
だが。
確信している。
エレノアは答えない。
沈黙。
その間に。
後ろの一人がわずかに動く。
手が武器に触れる。
ほんの一瞬。
女性が言う。
「下げろ」
それだけで止まる。
一切の無駄がない。
エレノアはそれを見ていた。
女性は再び言う。
「ここは管理区域だ」
「立ち入りは禁止されている」
形式的な言葉。
だが。
試している。
エレノアはゆっくり答える。
「知りませんでした」
落ち着いた声。
嘘でも本当でもない。
ただ、受け流す。
女性の目がわずかに細くなる。
「……そうか」
短く。
そして。
少しだけ空気が変わる。
「なら、今知ったな」
エレノアは頷く。
「はい」
ラグナが笑う。
(やり合ってるな)
ネファルが言う。
(静かだが深い)
ヴェルナシアが囁く。
(試されている)
女性は一歩だけ前に出る。
距離はまだある。
だが。
圧が増す。
「最後に聞く」
短い言葉。
「ここで何をした」
逃げられない問い。
エレノアは少しだけ息を整える。
そして。
言った。
「何も壊していません」
沈黙。
風が止まる。
女性は答えを聞いている。
言葉の奥を。
やがて。
小さく言う。
「……そうか」
否定しない。
肯定もしない。
ただ。
受け取る。
そのまま続ける。
「なら」
ほんのわずかな間。
「これ以上、触れるな」
命令ではない。
警告。
エレノアは視線を外さない。
「……約束はできません」
静かに。
はっきりと。
後ろの空気が変わる。
一瞬だけ。
緊張が走る。
だが。
女性は動かない。
ただ、見ている。
長い沈黙。
そして。
「……そうか」
同じ言葉。
だが。
意味は違う。
「なら」
一歩下がる。
「次は止める」
それだけだった。
背を向ける。
部隊も動く。
一切の無駄なく。
砂の中へ消えていく。
静けさが戻る。
ラグナが言う。
(やべぇな)
ネファルが言う。
(完全に認識された)
ヴェルナシアが囁く。
(始まった)
エレノアは動かない。
ただ。
小さく言った。
「……来ますね」
今度は、はっきりと。
風が強くなる。
砂が流れる。
止まっていたものが。
動き出した。




