第31話 飴の価値
(なんだか屋敷に帰ってくると落ち着く……)
浅緋との再会で色々あったが、その後の飴作りも順調に進み、梱包から発送も無事に終わった。
手伝ってくれた左近さんは勿論、応援で駆けつけてくれた右近さんには、本当に感謝しかない。
「お疲れ様でした。他の雑務は私たちで対処しますので、お部屋でお休み下さい。親方様もすぐにいらっしゃると思いますので」
「ありがとうございます」
自室の前まで左近さんに送って貰い、改めて感謝を述べた。彼は眼鏡の縁を直すと、口角を僅かに上げた。
「いえ。それでは明日も同じくらいの分量と仮定して、手配する順番のリストに変わりはないですか?」
「えっと……」
タブレットを覗く。チェックが入っているのは今日送った分だ。ふと明日作る分に『たま姫』の名前があった。彼女の誕生日が近いのを思い出す。
私の知る中で一番古い常連様だ。自然と気合いが入る。
「小晴様?」
「あ、はい。こちらのリストで間違いないです! 一人誕生日が近いので、その方だけはメッセージカードと飴細工を入れたいです」
「わかりました。レンタルキッチンにはいくつか同じ店舗がありますので、明日は念のため別の場所を借りようと思うのですが、よろしいでしょうか」
「え……あ、はい」
恐らく浅緋のことを警戒しているのだろう。しかし、そこまでしてもらうのは、申し訳なさ過ぎる。
「そこまで気を遣って頂かなくても……」
「偶然だったとしても作業場にまた突貫されてしまっては、小晴様の仕事に支障がでるでしょう」
「うっ……その通りです」
「今の私の仕事は小晴様が万全の状況で飴細工が作れる環境を提供することですので、気になさらないで下さい。それにこれはお館様の望みでもあるのです」
「紫苑も、右近さん、左近さんも、どうしてこんなに親切なのでしょうか……」
ぽつりと零す言葉は、不安の表れでもある。
紫苑に聞いても「小晴が好きだから」という率直な返事が返っていた。それは嬉しい。けれどだからこそ、少し、いやまだ不安が拭えないのだ。
「そうですね。お館様の婚約者だから──というだけではなく、私も右近も、ずっと前から小晴様のことは存じ上げていました。そして影ながら見守っておりました」
「影から? どうして名乗られなかったのでしょうか」
問い詰めるような言葉ではなく、ただ疑問として投げかけると、左近さんは少しだけ困った顔をして微笑んだ。
「私も右近も、人外の存在です。それを明かしてしまったら、こちらの世界に少なからず小晴様を巻き込んでしまう。そして巻き込んでしまった責任を負えるほど、私たちには力もありませんでしたから」
「だから……紫苑と引き合わせた?」
「それは違います。あの方が目覚めて市内を巡り歩くなど、今までありませんでした。私たちの進言によって動かれる方ではありません。ですので小晴様を見つけ出したお館様しか、その真意は知らないかと」
「……そうでしたか。でも聞けてよかったです」
部屋に入ろうと襖を開けた瞬間、左近さんは襖に手を置いて開くのを止めた。
驚くほど造形の整った顔がすぐ傍に居合った。
深緑色の髪と、刀剣のように鋭い眼差しが私をとらえる。
「左近……さん?」
「害虫がいたようです」
「え、あ!」
急に距離を縮めてきたので思わず驚いてしまったが、自分の勘違いだと知って恥ずかしくなった。紫苑に好かれているからと、少し自意識過剰だったと猛省する。
「ありがとうございます。ああ、そうだ。これ、右近さんと左近さんの分です。良かったら疲れた時にでも食べて下さい!」
バッグに入れておいたラッピングを渡す──というよりも彼に押しつけた。
私の唐突な言動に困惑しつつも、金太郎飴のラッピングを受け取ると、少しだけ口元が綻んだ。
「これは、ありがとうございます」
(喜んで貰えて良かった)
「頂いたものの価値に見合うだけの働きをお約束しましょう」
「ん?」
「これだけ貴重ですと、十年単位でのサポートは固いですね」
「ええ!? あ、いえ。そのそんな高価なものではないですよ? 定価でも千円は行きませんし……」
左近さんなりのジョークかと思ったが、目がマジだったので慌てて提案を却下する。
「おや、人外界隈では、この飴を購入するのに毎月壮絶な駆け引きがあるというのに?」
「そう言えば時雨さんも、そんなことを言っていたような」
いっそ人外専門飴細工店の方が、値段をやや釣り上げても問題ないのではないだろうか。今までの価格は残しつつ、数量限定にして、特注としてお酒の大人向けや、写真やイラストに沿った飴細工などを募集するやり方もある。
(それに右近さんや左近さんに店番をお願いして、その分私が今よりも飴細工造りに時間を使えるのなら、そちらの方が売上げにも繋がるし、もっと多くの人外の人たちに飴を届けられる)
しかし人外界隈のことは未だよく分かっていないので、もう少し人外のことを知ってから着手するのはいいのかもしれない。
悶々と考えている私に、左近さんが心配そうに顔を覗き込んだ。
「小晴様?」
「あ、えっと。もしかして人外では、空前絶後の飴細工ブームでも来ているのでしょうか?」
左近さんはブフッ、と噴き出して笑った。屈託なく笑い姿にビックリしてしまう。
「左近さん!?」
「いいえ。ブームや他の飴ではなく、小晴様の作る飴だからこそ極上の味になるのです。稀人の中に時折いるのですよ、人外が喉から手が出るほど美味な味を作り出す逸材が」
「それが私……?」
「はい。だからこそ人外界隈では熾烈な抗争が起こっているのですが、あくまで小晴様ご本人に危害を加えないという盟約があるので、身の危険はないかと」
「それは……みなさんが常識のある大人な方でよかったです」
「ええ、中には欲塗れで面倒や輩もいますから、見つけたら即廃除するのでご安心を」
「(ふ、不穏当なワードが聞こえたような?)それは追い返してくれるとか、って意味ですよね?」
「ふふっ、どうでしょうね」
無言でにっこりと笑った左近さんを見て、そう言えばこの人も人外だったのだと痛感する。一番常識人っぽいけれど、日頃の行いは気をつけよう。そう私は心に誓ったのだった。
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