月夜の想い
真っ白な部屋。
通路以外は何もない。後ろを振り返るとドアがあった。ゆいの声が聞こえる。僕がいた世界はきっとこっちにある。少し、期待しながらドアノブを回してみた。開かない。ため息がもれる。
「まあわかってたけどね」
母さんの話では、自分の世界じゃない世界に行かなくてはいけないという話だった。つまり、僕のいたあの世界にはもう戻れないのだろう。
母さんから聞いた世界の事。4つに分かれた、不思議な世界。天、闇、煙、光 の4つ…
「さあ、どこに行こうか」
思ったほど自分はあの世界に戻れないことを悲しんではいないようだった。むしろ新しい世界を前に、自分の胸がときめいているのを感じる。
通路は前と右と左、それぞれにまっすぐと伸びている。前では白い花が、左ではキラキラした金平糖のようなものが、右では紫の薄く凍った羽が、ひらひらと舞っている。どこに行くべきか、迷っていると、右のほうから女の子の声が聞こえた。小さく小さく、遠くの遠く、でもはっきりと聞こえる声。耳を澄ませる。女の子はなにかを呪っているようだった。後悔させてやると、ガラスを軽くたたいたたような綺麗で澄んだ声に、黒い感情をありったけ込めて。月夜にはその声が自分を呼んでいるように聞こえた。
「あの子を笑わせてあげなきゃ」
なぜかそんな気がする。ここで違う世界を選んだら後悔する。
月夜は紫の羽が積もっている道を歩いて行った。右からも、左からも、恐ろし気な唸り声が聞こえる。月夜は、その声をものともせず、ただただあの呪いを吐く澄んだ声に向かっていった。
真っ暗な道の端っこで目を閉じる。ゆっくりと、冷たい羽が月夜の体を包んだ。
少しの浮遊感。暗い、恐ろしい、悪魔の蔓延る闇の世界に、月夜はやってきた。
―
「かぐや…」
この世界では珍しい響きの名前だ。僕の名前と少し似ている気がする。初めてこの世界に来た時、まっさきに「彼女」を探した。後悔させてやると言っていた女の子。最初は全然見つからなくて、諦めてたのに。
「…あえてよかった」
ベッドの中で、月夜は呟いた。あの子は僕と会うと少し目を細める。眩しいものでも見るみたいに。でも僕はそんなにきれいな人間じゃない。この世界に来て変わってしまった。たまに自分で考えたことが嫌になる時がある。まえはこんなこと、思いつきもしなかったのに。今は人にナイフを向けることなんてためらいもしない。殺されるよりはましだろう。
「…あんまり遠ざけないでほしいな。」
カイルのことが好きなのはわかってる。でも友達くらいにはなってくれてもいいじゃないか。あぁ、ねむい。蛇シチュー、食べ過ぎたかも。
カーテンの隙間から月明かりがのぞく。月夜はゆっくりと眠りに落ちていった。意識が閉じる寸前、差し込む月明りがすこし翳った気がした。
氷華です
回想はいりました。
すずをとられた時のかぐやさんの呪いの声に惹かれてしまったらしいです