132:公爵領の夏休み3
公爵家のパーティーにはローランドや伯爵、スチュアートにセルヴィスと勢揃いして恙無く終わった。
騎士達や特待生達も招待されており、ソルト・ソアラ・チリも賓客として扱われることになった。
本邸ではないのに家人の品格やおもてなしは、さすが上級貴族といったところだ。
公爵家ゆかりの少年少女を紹介されたのには少し驚いたけれど、極力短く自己紹介をしてすぐに引っ込んでしまった。
現当主も次期当主も、公爵家は奥さんがたくさんいる家系らしい。
きちんと貴族家を守れるように本妻を大切にして、他の妻と子供は多くの仕事を能力に応じて割り振られている。
妻同士も仲良くしており、一夫多妻でも上手くやっていける見本となっているようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日は、早朝から剣術の訓練がスタートする。
公爵の招待ではあったが、建前は剣術の修行の為の合宿だった。
そして騎士団の修行も同時開催となると、別々に行う方がおかしいらしい。
「スチュアート、久しぶりだな」
「なあ、アキラと旅をしたけど、少し子供を甘やかしすぎじゃないか?」
「マイクロさんにヘルツさん、今日は宜しくお願いします。相手はまだ子供ですから、甘やかすくらいで良いと思いますよ」
形式上、騎士団と子供達の訓練は分かれていた。そして、グレファスが緊張しているのは何となく分かる。
各方面からマイクロの戦い方は騎士の見本とされ、普通なら一緒に訓練をする機会はない。
では、マイクロの部下まで何で緊張しているかというと、その視線の先にはセルヴィスがいた。
考えてみるとスチュアートは勿論、マイクロやヘルツもセルヴィスから剣の指導を受けている。
そしてスチュアートは近衛騎士にまで上り詰め、今も訓練を見つめるローランドの信任が厚い。
徐々に体を温める意味で、柔軟とランニングから始まった。
「なあ、アキラ。騎士団の訓練に参加出来るなんて楽しみだな」
「ウォルフ、こっちはライマードとロメロの訓練をする側だよ。つられたら絶対、みんなついて来れないって」
「まあ、まだまだ機会はあるな。じゃあ、素振りから始めるか」
今日の見学者は、年配チームにローランドと伯爵にスチュアート。後は魔法使いチームだった。
保護者の女性達は、縫い物やティータイムに入っているらしい。
過ごしやすい午前に稽古をして、午後は自由時間か勉強の時間にあてるようだ。
マラソンや柔軟、基礎稽古などは、騎士団に混ざって一緒に行った。
以前よりかは真面目に取り組むようになったライマードとロメロだが、見る人が見るとやはり気合が入っていないのが分かるようだ。マイクロとヘルツは二人の王子の前に行き、率直に「剣の稽古は嫌いですか?」と聞いた。
ライマードはすぐに首を横に振った。そして、少し遅れてロメロも首を横に振った。
「マイクロさん、ヘルツさん。こちらに任せて貰えるんじゃないんですか?」
「アキラ君、これは気持ちの問題だからね。嫌々やっていては、身に付くものも身に付かないと思うよ」
「それでも、貴族家ならば剣を握れと言うでしょ?」
「まあな。ただ、この訓練の参加者の豪華さを理解出来ないなんて、もったいないと思わないか?」
「ライマード、ロメロ、嫌なら辞めても良いんだぞ」
「うわぁ、子供を持つと変わるもんだねぇ。あのやんちゃしてたローランドさまが……」
「茶化すな、ヘルツ。ローランドさまだって、この選択は苦渋の決断なんだよ」
「お父さまも、苦しんでいるのですか?」
「あぁ、お前達が稽古をしないのは自由さ。その分、死にやすくなるけどな。勉強も稽古も誰と仲良くなって誰を遠ざけるかだって、全ては自分に返ってくるんだ。そして、残された者の責任が重くなっていくんだ」
ヘルツが王家のコテージを見る。今日は母親達が一緒にいて、末の弟のリュークもいるはずだ。
ロメロはウォルフを見た。しきりに「家族を守る為」と言っているが、ここ一年で本当に命の危機に晒されていたことを聞いていた。
王家には近衛という護衛がつく。今はソアラとチリが侍女兼護衛という形でいるが、いずれは本職がつかないと出歩けなくなると聞いていた。
「時代は繰り返すってところか」
「孫が息子と同じことを言うのは、何とも面白いな。そして、孫には責任がないので、微笑ましくもある」
「そして、父親と同じ策略にはまる子供か。さて、どうやってやる気を出させるかだ」
「マイクロとヘルツの混ぜっ返しが、吉と出るか凶と出るか……」
ローランドは父と公爵に頭が上がらない。
しかし、二人が本気で剣術を嫌がっているなら、可能な限り護衛を強化して……。
見学チームは、ローランドの困惑を楽しんでいるようでもあった。
「セルヴィス。スチュアートはどうやって剣を好きになったのだ?」
「うちは幼い頃より木剣を抱いて寝ておりました。それより、ローランドさまはこっそり抜け出して、稽古に参加されたはずです」
「あぁ、あそこにいる上司を上司と思わない者に唆されてな」
「マイクロにヘルツ。楽しくやっているのだから、口を出さなくても良いのだぞ」
「おやっさん。遠くから言われても聞こえないよ」
子供達は動きが止まっている者と、稽古を続けている者がいた。
ヘルツの言葉にセルヴィスはわざと乗せられる。文句があるなら稽古に参加しろと言っているに等しいからだ。
セルヴィスがゆっくり動き出すと、それにつられてスチュアートとローランドがやってきた。
それぞれ途中にある道具入れから、木剣を取りだしていた。
「さあ、騎士団のみんな。稽古の時間だぜ」
「ヘルツさん? ……いくら元騎士団にいたヘルツさんだからって」
「マイクロさん……」
「まあ、稽古なら良いだろう」
これからやってくるのは大物だった。
それは国のトップと言っても良い人物と、文字通りの大物で未だに勝ったことがない相手だ。
ヘルツどころか、マイクロまでも部隊を唆し始めた。軍を指揮する権利はローランドにあるが、直接の指示はもちろん上司が行う。
「ライマードにロメロ。王家とは常に危険がつきまとう。こんな護衛も少ない状態で、お前の親父は襲撃にあうんだ」
「何を言っておるのだ……」
「そんなことはさせない」
「さあ、ソアラにチリ。お前らは何をすべきか分かっているよな」
マイクロの問いかけに、ソアラとチリがハッとしている。
二人はそれぞれ担当する王子を抱き止め、身の安全を確保しようとして騎士団から離れていった。
ソルトがレイシアから離れる事がないように、ソアラとチリも二人の王子に危険が及ばないようにするのが仕事だ。
ここには陛下もローランドもその子供達もいる。普通に考えれば陛下を護るのが最優先だが、王子達を放り出して陛下を護りにいくのは許されることではない。ソアラとチリも、まだ本当の意味ではないが、裏近衛というポジションであった。
「さて、マイクロ。ゲームをするなら悪役の役割は分かっているよな」
「悪役はお前一人で十分だよ。お前、盗賊ギルドのサブマスだろ?」
「あまり派手にやると、おやっさんに怒られるからな。一緒に謝りにいくか」
「まあ、止められるのは俺達だけか。お前達は、スチュアート及びローランドさまを捕縛すること。訓練と思うな、実践と考えよ」
「……マジですか」
「見事ミッション達成の暁には、ボーナスを検討しよう」
「「「「おー!」」」」
大人達の悪ふざけが始まった……。
歩きながらスチュアートが指笛を吹くと、ウォルフが『不用意に動くな、周囲を警戒しろ』の合図だと言った。
改めて周囲を見回してみると、ライマードは何が起こっているのか分からない様子だ。
ロメロは今にも駆け出しそうだけど、ソアラがしっかり抱きとめていた。
「グレファス、ちゃんと分かってるわよね?」
「あぁ、今はまだ動いてはいけない時だ。隙をついて時間稼ぎ出来れば……」
「ずっと動かないで……。お願いだから」
少し離れた場所でグレファスとシーンが話しているけど、多分シーンがうまくコントロールしてくれるはずだ。
見学席には陛下と公爵と伯爵と、魔法使いのチームがいた。
三人の歩みはゆっくりで、こちらの騎士団のメンバーもまだ動き出そうとしていない。
こうなったら、安全な場所で見学に入るのが得策だと思う。
「ウォルフ、あそこまでみんなを誘導したいんだけど……」
「アキラが先導してもらえないか? 俺は最後に行くから」
「じゃあ、みんな集まって。小さい子から順に行くよ」
ミーシャにミーア、レイルドにロロンと手を繋がせて二列で歩いていく。
少し離れてお爺さま達とすれ違ったけれど、特に何も言われなかった。
順番で言うと後続はロメロになるはずだけど、歩き出さないのでライマードが先を歩く。
弟は兄の行動を見て渋々と後を歩き、最後尾のウォルフが目を光らせながら見学席に合流した。
「ヘルツ、ヘタなシナリオだの」
「おやっさん。そろそろ若者に道を譲ることにしないか?」
「ほう、枯れ草を刈るというのか」
「俺はそんなこと、一言も言っていませんからね」
「マイクロも同罪だ。悪ガキはお仕置きせねばな」
マイクロは騎士団から少し離れ、完全に待ちの体制だった。
その斜め後ろにいるヘルツは、二本の短い木剣を持ち、カウンターを狙っているようにも見える。
剣に盾・短剣が二本対普通の木剣一本だ。このハンデマッチはハンデがありすぎると思った。
「スチュアート、腕はなまっていないか?」
「ローランドさま。くれぐれも無茶はしないでくださいね」
「四対二だぞ。一人で防ぎきれるものでもあるまい」
「そこをなんとかするのが、近衛の役目です。元ですがね」
騎士団の四人は結構本気だった。
一人は網を持っていて、投げると広がって捕縛するタイプのものだ。
もう一人はロープの先に錘がついているものを持っている。残り二人は剣と盾を持ち、訓練用なのに気合は十分だった。
ロープを持った男が威嚇の為、グルグルと錘がついた先を回している。
「さあ、茶番を始めようか」
セルヴィスの言葉で、訓練が緊張感を増した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねえ、リュージ。こんな感じでどうかな?」
「レンは味見した?」
「うん。砂糖と比べちゃうとアレだけど、十分美味しいと思うわ」
「ハーブティーは、アンジェラと共同開発したよ。効能別で数種類できたぜ」
GR農場がシリルの治療の為みんなに協力を求めた時、演説では安価な薬の流通と滋養に良い食事の開発を約束していた。
多くの有識者と検討を重ねた結果、甜菜による水飴と何種類かのハーブティーの販売をすることにした。
商業ギルドを通せば流通は早いけど、安価の部分がネックになってしまう。
そこで協会に販売を委託して、寄付の際のお返しとして、この二品が活躍することになった。
夏によくある症状としては、熱射病・熱中症・夏風邪などが考えられる。
対処法も大分浸透してきたようで、その時必要なのは経口保水液だった。
ただの水では、返って症状が悪化する場合もある。正しく必要な成分を、体が吸収しやすい形でとる必要があった。
レンもザクスもアンジェラも、王都内での発言力は強い。
「この作業が終われば夏休みだ」とはしゃぐザクスは、どうみても学生時代と少しも変わらないと思った。




