131:公爵領の夏休み2
母犬に認められた自分達は、まるで託されたように子犬達とよく遊んだ。
そして、母犬と父犬は羊を小屋に追い込むという仕事に旅立った。
「明日は別邸でパーティーを行うぞ。身内だけの集まりなので服装は自由だ」
「夜会か……。ダンスはあるのか?」
「今回は会食のみだ。大体、お主はあまり踊らぬではないか」
「レイシアとスチュアートに見せたいと思ってな。この先男爵家とは、公の場で会うことは少なくなるだろう」
「そうか……。では、少し先になるが手配しておこう」
夕方からはキャンプファイヤーとなった。
大声ではしゃぐ事はせずに、王と公爵から色々な話をしてもらった。
農業王国であるこの国では、どちらかと言うと土と水の精霊さまを敬う傾向がある。
軍事国家では火の精霊さまを敬い、商業国家では風の精霊さまを敬うのは仕方がない。
加護という考え方があり、現にその国では成功しているからだ。
「火を見ると、様々な事を考える」
「あぁ、そうだな。この火を見てお主達はどう思うかな?」
「お爺さま、正直恐ろしいです」
「ロメロは恐ろしいか。ライマードはどうじゃ?」
「私は、なんだか優しさを感じます」
火とは人に与えられた武器でもあり英知でもあった。暗闇から人の領地を切り取り、明かりや熱で寒さから守ってくれる。
今は夏なのでその恩恵を感じ難いが、避暑地での夜は案外寒い時もあった。
食に関しても火を使わない食事は考えられない。パンも焼けなければ、肉などは生では正直厳しいものがある。
金属の加工に文化の発展など、火には無限の創造力が秘められているようだ。
「ウォルフ。なんだかお爺さまは、魔法使いのようだね」
「アキラ。俺どこかで火の精霊さまのことを、破壊神のように思っていたのかも?」
「きっと風の精霊さまだって、優しい精霊さまだよね。シリルさんの耳も治してくれたんだから」
「もっともっと火の心を知りたい。そして、強くなるってどういう事か考えたい」
「ウォルフなら、答えが見つかると思うよ」
火を見つめると、自分に正直になる気がしてくる。
派手な花火も楽しめるけど、家族や親族で同じ火を見つめていると、この平和がいつまでも続くと良いなと思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
早朝から第二班が到着した。
ボヤージュに案内されたのは、マイクロを中心とする騎士と学園と学院の特待生達だった。
早速それぞれのコテージに案内されて、荷物の片付けをしていた。
この公爵領での夏休み中は、基本的には子供達が一緒の行動を予定しているが、特に『これをしなくてはいけない』という決まりはない。マイクロとヘルツが一緒に公爵へ挨拶をすると、剣術の訓練は明日から行う事が告げられた。
「うわー、やっと着いたー」
「グレファス、気を抜きすぎよ」
「だって、サラとルーシーとコロナは馬車の中にいたんだぜ」
「こっちは訓練に参加させてもらってるの。我侭を言うとバチが当たるわよ」
のんびりムードの子供達も、集まって挨拶を始める。
自分とウォルフは男爵家で弟妹を紹介すると、同じ男爵家だと分かるのは当たり前だ。
レイルドとミーアは伯爵家で、ここまではグレファス達に緊張はなかった。
慣らすように男爵家から伯爵家の挨拶になる。油断していたグレファスとシーンは、子供達を通り越して王と王妃を見てしまった。
「ライマードです、ここでは肩書きは考えずにお願いします」
「ロメロです。兄はこう言ってはいるが……お兄さま」
早くも兄に注意を受けたロメロが、しゅんとしていた。
固まっているグレファスとシーンをよそに、サラとルーシーは何事もないように二人の王子と握手をしている。
苦笑しているマイクロと、お前達は驚かないんだなと言ったヘルツに、サラとルーシーは「ローランドお兄ちゃんの子供達でしょ」と驚いた様子はなかった。マザーに育てられた孤児達は、等しくマザーの子である。
幼い頃にローランドと対面しているので、同じマザーの親族という立場ではあった。
今日は一日、牧場体験の日を予定していた。
午前は羊やヤギと触れ合って、午後は馬の牧場へ向かう。
お昼はジンギスカンのような物になるらしい。
ちなみにリュージとレンは、キャンプファイヤーの時に王都に帰ったようだ。
ツアー観光のようにボヤージュに案内されて、羊が集まる牧場へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うわぁぁ、ルーシーみてみて」
「サラちゃん、興奮しすぎ。みんなが羊じゃなく、サラちゃんを見てるよ」
「そんなことないもん。ねっ、シーン」
「……ノーコメントで」
王と王妃と公爵の近くにはマイクロと騎士2名が、王子達の近くにはヘルツが陣取っていた。
今回は完全プライベートで、王都にいることになっているので、ローランドからマイクロに秘密裏に指令が出ていた。
親子の犬はパトロールに出発している。
柵を越えて迷子になったり、群れから大きく離れたりする羊を、うまく誘導するのが仕事だ。
五匹の子犬の中でもきちんと上下関係があり、どんくさい弟か妹犬はロロンの腕の中に納まっていた。
程よい距離に牧童が点在している。ボヤージュが一人を呼ぶと、一匹の羊を連れてやってきた。
「随分慣れていますね」
「うちの羊は皆人懐っこくてな。たまに狼も近くに来るようだが、早め早めに逃げて捕まらないのさ」
「もこもこー」
「もふもふしてる。ずっと撫でていられるね」
若干年上の牧童が羊を伏せの状態にし、一気に引き抜くようにお座りの状態で保定する。
ボヤージュが手動のバリカンを渡すと、慣れた手つきでもこもこを刈り取っていく。
ちょこんと座った羊は暴れる様子もなく、つぶらな瞳を子供達に向けていた。
丸裸にされた羊は、さっきまでの大人しい姿が嘘のように、仲間のもとへ駆けていった。
「ねえねえ、羊さんも暑いの?」
「さあ、それはどうかな? ただ、元気に駆けて行ったってことは、軽くなって喜んだのかもな」
「今日は出来る限り、羊に快適に過ごして欲しいと思うんだ。毛刈りを手伝ってくれるひとー?」
「「「「「はーい!」」」」」
「羊は臆病だからな。あまり怖がらせずに、ここに連れてきてもらえないか?」
群れの中に人間がいようと、群れの後ろに牧羊犬がいようと、羊達はマイペースに草を食んでいる。
もこもこできょろきょろしている羊を、軽くもふもふしてそろそろと連れていく。
グレファスが近付いた羊は、何故か近付いた歩数だけ距離を離していた。
素早さで捕まえようとしていたロロンも、今回は羊に嫌がられて、牧童の少年から指導を受けていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さあ、午後はお馬の稽古だ。乗れない者は……いないよな」
「ヘルツさん、何でこちらを見るんですか?」
「アキラはもうちょっと訓練が必要だよな。感覚を掴むには、二人乗りが良いんだが……」
「ヘルツさん以外の人でお願いします」
「ほう、言うようになったな」
羊がいた場所より、若干平地に近い場所で馬は暮らしていた。
国王夫妻と公爵の下にはマイクロだけが待機し、多くの騎士が乗馬の補助をしていた。
二人の王子は問題なく乗りこなし、レイルドとミーアも貴族らしく品の良い姿で併せ馬を楽しんでいた。
「ロロン、一緒に乗る?」
「うん……、今日はウォルフ兄さまと乗る」
「じゃあ、ミーシャ一緒に乗ろうか?」
「はい、アキラお兄さま」
まだ小さい子が一人で乗っている時には、騎士が付き添ってくれる。
冒険者でもある学園の特待生四人も乗馬の技術はあるようで、次々とやってくる馬にどんどん乗っていく。
先に馬に乗ると、ミーシャは騎士の手を貸りて、自分の後に乗ってもらう。
周りでは軽快に馬を走らせているが、ミーシャと二人で乗っているので、馬の機嫌を考えながらゆっくり走ってもらった。
「こうやって、一緒に乗るのも久しぶりだね」
「うん、アキラ君はいつも忙しそうだから……」
「ウォルフもミーシャも、もうすぐ学園に入るでしょ? 貴族の学園には行こうと思わないから、その分違うことで頑張らないとね」
「やっぱり、冒険者になるの?」
「そうだね。誰かを助けられる強さは、持ちたいと思ってるよ」
後からロロンを乗せたウォルフがやってきた。
その後には、コロナを乗せた騎士も後を追ってきている。
「ここではやっぱり、剣術の稽古が多くあると思う。でも、みんなが楽しめる時間もちゃんと作るからね」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。家族がいてお友達もいて、今とっても楽しいの」
「あれから結構経ったけど、体の調子は悪くない?」
「うん、アキラ君が助けてくれたから。今でも幸せな夢で見るの、女神さまの光に包まれて、目が覚めるとアキラ君の顔が」
自分の腰に回したミーシャの手が、ギュっと少しだけ強く締める。
まだこの世界に来たばかりの頃で、あの時は何も出来なかったと自己嫌悪に陥りそうになる。
そんなミーシャがかけてくれた言葉は、自分の行動が間違っていなかった事を実感させた。
いつまで経っても来ないウォルフとロロン。ふと後方を見ると、コロナと並走していた。
「公爵さまからの招待だから、この夏を楽しもうね」
「うん、いっぱいお友達が増えて嬉しいの。ミーアちゃんとも仲良くなったし、サラちゃんとルーシーさんも仲良くしてくれて、あの家での暮らしでは会えなかったなぁって」
「自分も、まさか王様や王妃さまに、出会えるとは思っていなかったよ」
「一緒だね」
「うん、これから多くの人にも出会えるし、友達や仲間も増えていくと思うんだ。忙しい時もあると思うけど、家族はいつまで経っても家族だと思う」
「そう……だね。アキラ君、……大好き」
「うん、ウォルフもミーシャもロロンも。義父さまも義母さまもみんな大好きだよ」
改めて考えると、かなり恥ずかしい事を言っていると思う。
でも、世界が平和で家族が幸せなのは、なによりも嬉しい事だと思う。
助けが必要な相手が現れたら、その都度自分が出来る範囲で頑張れば良い。
考えてみると、自分一人で助けられた女性は一人もいないはずだ。
馬術を学ばないといけないなら、一生懸命馬術を学ぼう。
剣術や魔法も同じで、その延長線上に冒険者という立場があるんだと思う。
だから、この女神さまがくれた休日を目一杯楽しもう。
事件とは予期せぬ時にやってくるものだから。




