第19話 Pure Sublimity White
第19話 Pure Sublimity White
蔵人は、道玄坂を渋谷駅前のスクランブル交差点へ向かって、ゆっくりと下りる。
ホワイトナイトは、スクランブル交差点から道玄坂を、ゆっくりと上がる。
2人は何も言わない。
2人の距離は次第に縮まる。50m……30m……10m……。
3mの距離で対峙したとき、先に口を開いたのは蔵人だった。
「後はあなただけのようだな。ホワイトナイト」
「最強ギルド『最前線』と自ら名乗るだけあって、元気のいい坊や達だった。だが、手こずったのは最初だけだったよ」
ホワイトナイトは答える。
「久しぶりだな、『隻眼の使徒』。いや人色蔵人くん。いつかの雪山のとき以来だ。あの時のことは覚えているかい?」
ホワイトナイトは蔵人に問いかける。
「その後も会っているでしょ。いや、それ以前にだって何度も会っている。第2のビグース。またの名を『Pure Sublimity White』。そして、その正体は駅前のファーストフード店センタッキーの渡辺店長、あなたですね」
蔵人はホワイトナイトにゆっくりとそう言った。
「渡辺店長? はて? 根拠もなく決めつけるのは、その渡辺店長と言う人に失礼になるよ」
ホワイトナイトは慌てることもなく、落ち着いた口調で話す。
蔵人も穏やかな口調で続ける。
「『Pure Sublimity White 』の正体、それはセンタッキーの渡辺店長。これは3つの根拠から証明することができる。」
「まず第1の根拠。それは今まで俺が渡辺店長を『Pure Sublimity White 』であると疑ったことがないという事実だ。この事実が、逆に、あなたが『Pure Sublimity White 』であることを裏付けることになる。
店長とアルバイト店員として、あなたと俺はしょちゅう顔をあわせる。そして、俺の高度の事象観察力と物理演算能力で、あなたの何気ない言動から俺がホワイトナイト、すなわち『Pure Sublimity White 』の正体があなたであるという結論へ俺が辿り着くことをあなたは怖れた。だから『心理掌握』という特殊能力を使えるあなたは、俺を感情操作して、俺があなたを『Pure Sublimity White 』だと疑わないようにした。
そして慎重なあなたは、さらに工作を進めた。俺を雪山へ強制転送した後、俺が会ったのは、銀髪の少女だという偽の記憶を植え付けた。これは俺が『Pure Sublimity White 』に関する自分の記憶すべてを疑い再検証したことから分かったことだ。単に俺が渡辺店長だけを疑わなければ、その不自然な事実から俺が渡辺店長を疑うかもしれない、あなたはそこまで計算した。そして、バイト先に白石千冬ちゃん、そして高校での白河院京子先輩という俺の身近な場所に銀髪の少女たちがいるのを知ったあなたは、ホワイトナイトは銀髪の少女かもしれないという改変した曖昧な偽の記憶を俺に植え付け、銀髪の少女を見る度に俺が記憶の混乱を来すようにした。これにより、あなたは俺が白石千冬ちゃん、あるいは白河院京子先輩のいずれかのみが『Pure Sublimity White 』であると疑うように仕向け、俺の捜査を攪乱しようとした。見事だったよ。俺はついさっきまで、渡辺店長、あなたが『Pure Sublimity White 』と気づかなかったのだから」
「それは私には十分な根拠になってるとは思えないのだが。その理屈でいくと、白石千冬ちゃんと白河院京子先輩の2人以外の君の身近な人物は全て『Pure Sublimity White 』になっちゃうじゃないか」
ホワイトナイトは、面白そうに笑って反論する。
「だが、これにより白石千冬ちゃんと白河院京子先輩という極めて有力だった2人の容疑者が捜査の対象から外れる。その意味は決して小さいものではない」
蔵人はそう言って話を続ける。
「ホワイトナイト。あなたはとても優秀だ。本来なら俺は、あなたがホワイトナイトだという真実へ辿り着けなかったかもしれない。だが、あなたは唯1度だけミスを犯した。
《HYPER CUBE》ではゲームオーバーになった瞬間、バトルチャットはロックされるから、バトルチャットを受信することは不可能。だが、そんな不可能な記憶を京介さんに植え付けるというミスを。そのミスのおかげで、俺はあなたが『心理掌握』を使えることに気づけた。だから、俺は自分が『心理掌握』の発動を受けたことを大前提とした上で、俺が『Pure Sublimity White 』に関して有している自分の記憶すべてを疑い再検証した。これにより第1の根拠を導くことができたんだ」
蔵人はさらに続ける。
「次に第2の根拠。それを教えてくれたのはサンダース大佐だった。サンダース大佐は軍人らしい冷静な男だったよ。だが、1度だけサンダース大佐が顔面を紅潮させて激怒したことがあったんだ。俺がホワイトナイトのことを悪魔って言ったときだ。『俺の悪口はいいが、ホワイトナイト閣下の悪口だけは断じて許さん。』そうサンダース大佐は言って興奮してたよ。そこに俺は違和感を持った。
北アフリカでの激戦のとき。敵の基地にいる兵員400人に、サンダース大佐たち20人が包囲されたとき。サンダース大佐が殿を勤めると名乗りをあげ、何て言ったかを思いだした。あのとき、サンダース大佐は大きな声で『俺には家族がいない。俺が死んでも誰も悲しまない。だが、お前達は違うだろ』と言った。つまりサンダース大佐には、愛する家族がいなかったはずだ。サンダース大佐は天涯孤独。それなのに、サンダース大佐は、ホワイトナイトを悪魔と言った俺に対し自分の家族が侮辱されたのと同然の激しい怒りを示した。つまり、サンダース大佐にとって、ホワイトナイトは家族同様の大切な存在ということになる。
天涯孤独なサンダース大佐が、家族同様の大切な存在と思う人物とは誰かということから俺は推理をした。そして分かったんだ」
蔵人は一拍置く。そして続ける。
「サンダース大佐は、料理が得意で、野戦料理と思えないクオリティーの料理を、よくグリーンベレーの隊員店長たちにも振る舞っていた。特にフライドチキンの味は、格別で渡辺店長はその味に惚れ込んでサンダース大佐に作り方を教えてもらっていた。そして、体を壊して退役した渡辺店長はサンダース大佐のフライドチキンの味を1人でも多くの人に知ってもらいたい、それこそがサンダース大佐に生かされた自分の使命だと思い、駅前にセンタッキーというファーストフード店を開いた。
そして伝説の英雄サンダース大佐を称える気持ちから、店の前には緑のベレー帽を被って、機関銃を持ったサンダース大佐の実物大の人形が置かれた。
そこまでしてサンダース大佐を慕い続けた渡辺店長。そんなあなたのことを、サンダース大佐が、家族同様の大切な存在と思わなかったはずがない。
つまり、サンダース大佐は、渡辺店長を侮辱され激怒したということになる。それにより、俺は渡辺店長がホワイトナイトだと気づくことができた」
蔵人は一気に話すとホワイトナイトを見る。
「面白い話だけど、憶測だよ。渡辺店長以外にサンダース大佐が家族同様に大切に思う者は存在しないという証明を君ができない限り、その論理は説得力を持たないよ」
ホワイトナイトは静かに反論する。
「存在しないことの証明は、悪魔の証明と言われているナンセンスなものです。ディベートにおいて、そんな悪魔の証明を求める反論は、反論としては最も価値が低いと言われます」
蔵人も静かに再反論する。
「そして第3の根拠。それは『Pure Sublimity White』という言葉そのものだ。ホワイトナイトは一連の行動の中で、《HYPER CUBE》世界に出現すると、必ず『Pure Sublimity White』という言葉を言い残した。あたかも『Pure Sublimity White』という言葉を拡散させたいが如くに。
だから俺は、『Darker Than Crimson Red』同様に、『Pure Sublimity White』にもメッセージが隠されていると考えた」
蔵人は一拍置く。
「ほう」
ホワイトナイトは一言だけ口にする。
「『Darker Than Crimson Red』にはアナグラムが隠されていた。つまり、ビグースはアナグラムが好きと言える。だから、『Pure Sublimity White』にも同様にアナグラムが隠されていると俺は考えた。だが、ビグースと人類では戦闘力のみならず知性も話にならないくらい差異があると田所先輩は言っていた。とすると、今度はアナグラムを埋め込むだけという単純な手段はとらないはずだろう。むしろ、思考の裏を突いて、先頭にくる形容詞は、アナグラムでなくホワイトナイトそのものを形容する言葉をストレートに持ってくる可能性が高いと考えた。
それは『Pure』。つまり純粋。命の恩人であったサンダース大佐を慕い続けた渡辺店長。サンダース大佐のフライドチキンの味を1人でも多くの人に知ってもらいたい、それこそがサンダース大佐に生かされた自分の使命だと考えた渡辺店長、あなたは誰よりも純粋だ」
ホワイトナイトは返事をしない。ホワイトナイトの頭部は真っ白な涙滴形のマスクに覆われていることから、その下の表情までは分からない。蔵人は続ける。
「そして、次の言葉。すなわち『Sublimity White』。こちらは、逆にアナグラムそのものと考えることが合理的となる。『Sublimity White』の各単語の先頭のみを取り出すと『SW』となる。そして、既に第1の根拠、第2の根拠を得ている俺は、これらを判断資料として利用しつつ、『SW』というアナグラムの解を導くことができる。
欧米の軍隊では、階級を示す称号を先に表記し、その者の名前を次に表記するという形がとられる。すなわち『S』が軍隊での階級を示す称号。そして『W』がその者の名前ということになる。そして、アメリカ合衆国陸軍において階級を示す称号で『S』から初まるもの、それは『Second Lieutenant』。日本語で言えば『少尉』ということになる。そして『W』から始まる名前、それは『渡辺』。
つまり、『Sublimity White』に隠されていた、『SW』というアナグラムの解。
それは元グリーンベレーに所属していた『渡辺少尉』に他ならない。そして、その『渡辺少尉』とは、現在駅前のセンタッキーを経営している『渡辺店長』と同一人物。
よって、『Pure Sublimity White』の正体は、駅前のセンタッキーを経営している渡辺店長、あなたですQ.E.D」
蔵人はピシッと人さし指をホワイトナイトに向けつつ証明終了を告げる。
「お見事だよ。人色蔵人くん。さすが『隻眼の使徒』だ」
ホワイトナイトは、そう言いながら頭部を覆う真っ白な涙滴形のマスクをとる。
マスクの下にあったのは、穏やかで優しげな瞳、高い鷲鼻と引き締まった口元。
それこそは駅前のファーストフード店センタッキーの渡辺店長だった。




