調査員、功刀操
私こと、功刀操は恋をしている。
相手の方は隣のクラスの新宮夕理君。
1年の頃に一緒のクラスになったことがきっかけで彼と知り合い、それからはちょくちょく声を掛け合う仲だ。
彼のどこに惹かれたと聞かれたら、とても一言で言い表せるものではないですが……、しいて言えば―――雰囲気でしょうか?
ありていな感想になってしまいますが、彼の特徴を捉えるにはそういう漠然としたニュアンスが好ましいと思う。
周りの子はおっとりとした外見の印象に好感をもっているようですが、私は彼の自分の内側を見せない孤高の在り方に魅力を感じた。
普段はそんなとこ見せないけど、不意に他人が自分の領域に入り込んでくると、途端に壁を作り拒絶する。
それは相手が誰であっても変わらない。
彼は常に人と付き合う上での距離間を計り、必要以上の接触を避けている感じだった。
それが人見知りによるものなのか、人間不信によるものなのかは分からない。
分かっているのは彼が他人とは違う、何か特別な”事情”を抱え持っているということだけだ。
出会って2年と彼を監視してきたけど、彼はいつでも普通だった。
普通の人のように学校に通い、普通の人のように誰かと駄弁り、普通の人のように帰宅する。
人との付き合いは避ける癖に、外への関心は強く、いつも何かに興味を示し、視線を巡らせていた。
まるで見えない何かを追いかけるように、虚空を見上げ。
笑う。
普通ならば子供の些事と切り捨てるところなのだろうが、私はそれから目を離すことが出来なかった。
何故なら、彼から微弱に怪異の反応があったから。
彼が意図してそう演じているのか、力に気づいていないのかは分からない。
けど、私の推測が確かなら彼は間違いなくこちら側の人間だ。
自分が異常と理解しているから、彼は他の生徒との付き合いを殊更に避けているのだ。
私には分かる。
彼が自分の身に起きた異変に戸惑い、思い悩んでいるのが。
それを禁忌と理解した上で、誰にも相談できずに秘め隠しているのだ。
でなければ彼の一連の行動に説明がつかない。
恐らく彼がその異能に気づいたのはそんなに最近じゃない。
3年か、それよりずっと前……。
そんな前から彼は今のスタンスを続けていた。組織の検査にも引っ掛からず。
彼の身辺は軽く洗ったけど、彼のこういった行動は今に始まらず中学の頃にはずっとそうだったらしい。
それを……最低でも5年は続けていることになる。
唯の学生が抱え込むにはあまりにも長い時間……。
そんな期間を彼はひとり悩み、誰にも相談できずに抱え込んできた。
今へと至る前にも、多くの諍いや悲しみがあったことだろう。
そうやって自分の出来ることを試し尽くした末に、今のスタンスに行きついた。
かつての私のように……。
そう。私こと、功刀操も普通の女子校生じゃない。
その身分はとある組織の防衛機構に属し、神秘保護と世界の均衡を保つことを理念に日夜この世の異端を粛清している。
いわゆる掃除屋。
私はその特殊な構成員の中でも更に戦闘用に特化した神の神秘を持つ、執行者としての立場を担っている。
そんな身の上ゆえ組織から召集がかかれば他の事柄を置いてでもすぐに現場に駆けつけなければいけず、周りの生徒達との交流も満足に出来ていない。
人の裏切りや生き死にばかり目にしてきたばかりに私の心は酷く冷めていて、周りの子らが抱く青春や色恋など無縁の生活を送っていた。
私が初めて彼と接触した時も、抱いたのは同業者かという疑念だけだった
個人的な興味で彼を調査し始めたけれど、彼のことで分かったのは普通という一言だけ。
どこまでも凡人らしく、平凡極まりない人生を満喫していた。
けして何か特別なことをするでもなく、だ。
異常な存在である能力者が普通に生きているという矛盾……。
彼は自分が周囲の人間とは違うということを理解したうえで、あえて表の世界に身を置いていた。
目立つことを恐れて自らの特殊性を隠すという人間も中に入るが、彼程自然に隠し通せる者も少ないだろう。
それほどまでに彼の佇まいは完璧だった。
彼は気づいているのだろうか?
自身の持つその能力の在り様を。
それとも初めからそんなモノを知らずに、今日まで普通に過ごしてこれだのだろうか?
だとしたら凄い。
調査員である私の目すら欺いて日常に溶け込んでいるのだ。その強固な自制心は素直に賞賛できる。
私の所属する組織では、異能は人前でけして使ってはいけない暗黙の制約がある。
この力はこの世の理を簡単に変えてしまうため、国家の秩序を壊さないように厳しく取り締まわれているのだ。
私のような者が人目を避けて街を巡回しているのも、そういった野良の異能力者たちの悪意から市民を守るためだ。
連中は私利私欲のために簡単に一線を越える。ゆえに、私たちのような立場の仕事が無くなることはない。
彼のことも、最初は仕事の片手間で軽くマークしておく―――そんな対象の一人に過ぎなかった。
けれど同じ学校で日々を過ごし、彼の人となりに触れていく内に、気づけば私は仕事とは別のところで彼に興味を抱くようになっていた。
教室に入れば自然と彼の席を見つめ、どこかに移動するたびに彼の背中を追いかけていた。
家にいる時でさえ、ふとした瞬間に彼のことを思い出しては、落ち着かなくなった。
―――これが恋、という感情なのだろうか?
人を好きになったことがない自分にはよく分からない。
もし彼が本当に”異能力者”で、私に魅了の術をかけているのだとしたら、それはとんでもない話だ。
異端を取り締まる私をその異端の力でもって染め上げてしまうのだから。
そんな日々を、気づけばもう2年と過ごしていた……。




