第35話 彼女の『助けて』に応える
『悪いな、こんな夜遅くに』
「大丈夫ですよ、明日は午後からなので」
『それで、悠香の様子はどうだ? ってか今はどこにいるんだ?』
「自分は自宅で、先輩は大崎……yui-yui先生の家にいます」
『そういやお隣さんだっけか、それなら安心か……身バレの危険もあるのに男の家にいるなんてのがリスナーに知られたら壊滅的だからな』
渋谷先輩を大崎さんにお願いしてから自分の家に戻り、一息ついたところにスマホが着信で唸り始めた。
電話の相手は先輩のマネージャーである馬場さん。
自分のマネージャーに状況を報告していたので、その流れで連絡が来たのだろう。
また怒られるのではないかと思ってビクビクしていたのはここだけの話だ。
『悠香には外であまり喋らないように伝えていたんだけどな、まあ……学生である以上そういうわけにもいかないんだよなあ』
自分たちvtuberは姿が現実に出ることはないが、声は出てしまう。
それが原因で身バレしてしまうことが多いとのことで、外での発言は控えるように言われている。
俺は悲しいかなそこまで声に特徴もなければ、身バレが危ぶまれるほど人気配信者でもないので、自分から言わなければそういったことはないに等しい。
「先輩の声は特徴的ですからね……」
俺の言葉に返答するように馬場さんは大きくため息をついていた。
渋谷先輩は特徴的で聞いた側からすれば印象に残りやすい声をしている。
だからこそ数多くの彼ぴが作り出されたのだろうとは思う。
前に配信でアニメやゲームに出てきそうな声だから恥ずかしいとも話していたことを思い出した。
『で、相手はどんな感じだったんだ?』
「正面から見たわけじゃないので、細かくは言えないんですけど……チャラいとか典型的なオタクって感じではなかったですね、ごく普通の大学生って感じがしました」
『そういうのが一番わかんないんだよなあ……ふとしたことで悪霊に取り憑かれたかの如く豹変するから』
彼女の言葉に俺は乾いた笑いしかでてこなかった。
『で、その男は何で悠香に近づいたんだ? 大塚は何か聞いてたりするか?』
「たしか、大学の同じゼミ生みたいですね」
「なるほど、何のゼミか知ってるか?」
「細かくは覚えてないですけど、保育士に関わるものだと思いますよ」
渋谷先輩は大学では児童学科の学部生だ。
自分の声を活かせる職業を見越した時にでてきたのが保育園や幼稚園の先生、保育士の仕事だったようだ。
卒業後はそういったことができればと思っていたが、たまたま目についたうちの事務所の配信者の応募を見て興味本心で受けたところ見事に受かったと話していた。
——ちなみに俺は別の学科だが、先輩のように卒業後のことなど全く考えてはいない。
「ゼミだと発表するものが多くて、そこでバレてしまったかもしれないですね、実際に言われたのはゼミの懇親会らしいですけど」
『ったく、何でその時点でこっちに言わないんだよ……』
説明した直後、馬場さんは大きくため息をついていた。
『昨日の夜に悠香から連絡が来たから対策を考えてたのに、こんなに早く状況が悪化するとは思いもするわけねーだろ!』
馬場さんは苛立ちを隠すことなく声にあげていた。
『ホント、大塚が悠香と同じ大学でよかったよ、1人だったらメンタルブレイクしてた可能性があったし』
「自分は何もしてないですけどね……先輩が一方的に話してるのを聞いてるだけですから」
『いや、それが一番いいんだよ、マネージャーや他のスタッフがついてると言っても配信者は基本的には1人だからな』
馬場さんが話すことをきいているうちに体がむず痒くなってきた。
「そ、それよりもこれからはどうするんですか?」
『そこなんだよなあ……確実に言えることは今の家に戻すのは厳しいな』
「ってことは当分の間、活動はお休みですか?」
『いや、悠香のことだから活動できないことがストレスになりそうだから避けたいんだよ、スタジオに来てもらうことも考えたが、件の男が家まで探そうとする奴だから身バレの危険度が高くなるんだよ』
「あー……事務所やスタジオまでつけられたらってことですね」
俺の返答に馬場さんは「あぁ」と力無く答えた。
『一番楽なのはその男を力尽くで黙らせることなんだけど、下手したらこっちの立場が悪くなりそうだし』
なんかサラッととんでもないことを言い始めたな……。
怖くて追及することはできなかったけど。
『まあいいや、この後上司に相談してみるか……わかってるとは思うけど配信で喋るんじゃないぞ』
「口が裂けても言えませんよ、こんなこと……」
最後にそう告げると馬場さんの方から通話を終了させた。
「……疲れた」
スマホを机の上に置くとそのままベッドの上に大の字で倒れた。
他の事務所の配信者でも身バレの危険だったりの話は出てきていたが、まさかそれが自分の事務所——
ましてや身近な人に迫ってくるとは思いもしなかった。
——誰にも相談することもできなかったし、助けを求めることもできなかった。
ふと、聞き覚えのある声で……最後の言葉が頭の中を駆け巡っていった。
あの人、雪城雪夏も助けてと言える人や仲間がいれば続けることができたのかもしれない。
「先輩が俺を頼ってくれてるなら、それにアオバがここまでに慣れたのも先輩のおかげだ……それなら!」
そう言って体を起こし、あることを決意する。
ほぼ無名に近かったアオバをここまで成長させてくれたリオさんの恩に報いようと……。
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