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仕事が遅くなってしまったので職場付近の定食屋で食事して帰ることにした。カビラという定食屋で、遅く帰宅し料理を作るのが面倒な時にたまに寄っていた。定食は五種類ほどあってどれも千円以内で食べれるから財布にも優しかった。
「あら三島さん。お仕事遅くまでお疲れ様やね」
「今日も遅くなってしまって。そういう日はカビラで食事するのが唯一の楽しみなんです」
「あら、嬉し。お漬物サービスしとくね」
「いいんですか?ありがとうございます」この定食屋は家族経営で料理の注文を取るおばちゃんとその息子が厨房で料理を作っている。息子はおばちゃんとは対照的に不愛想で黙々と料理を作っていた。私は唐揚げ定食を食べ終え、時計を見ると夜九時二十分だった。ぼんやり仕事のことを考えながら歩いていると目の前のラビットという看板のれんが揺れた。時計を見ると九時三十分だった。この前宇宙魔人と会った時間と大体同じ時間だ。宇宙魔人がいるかもしれない。店の中を覗き込むと案の定、宇宙魔人がレモンサワーを飲んでいた。その隣が空いていたので私は中に入った。
「三島さんじゃないですか。また会えて嬉しいですよ」
「宇宙魔人さんがいるかなって思って来たらやっぱりいたのでよかった」
「覚えていてくれて嬉しいです」実際に呼んでみると芸名のようにも聞こえてくる。お笑い芸人を副業でしているとかなのだろうか。私はビールとたこわさびを注文した。「今日も飲み会帰りですか?」
「いえ。今日は残業していて、食事を済ませて帰るところでした」
「そうですか。遅くまで仕事することもあるんですね」
「毎日ではないですが、たまにですね。宇宙魔人さんは飲み会終わり?」
「私は今日は一人でいくつか飲み歩いていました。ここが三件目です。いくつかいきつけの店があるんです。三島さんもそういう店をつくっておけば飲みたい時にふらっと寄れていいですよ」
「ラビットを行きつけにしようかな」私は行きつけの飲み屋は特になかった。カビラに行くぐらいであとは大抵は家で飲むことが多かった。
「それはいいじゃないですか。それじゃあ、私たちは飲み友達ですね」二十代の頃は友達も新しくできたりしていたが最近はほとんどできなくなっていた。その響きは私に初々しい感覚をもたらしてくれた。三十五歳になって友達ができた。それも宇宙魔人と。まあ、悪くない。すると奥の席で飲んでいた青年がこちらに近づいてきた。
「翔也さんですか?」翔也?私ではない。その青年は宇宙魔人のほうを見ながら言っていた。
「おお、健じゃないか。久しぶり」
「翔也さん久しぶりです。五年ぶりとかですかね」宇宙魔人は翔也という名前らしい。普通の名前があるのだ。やはり宇宙魔人は芸名なのだろうか。
「そうなるな。元気そうだな」
「はい。相変わらずです。お友達ですか?」健という青年は私を見ながら言った。
「飲み友達だ。ラビットで出会ったんだ」私はそっと頭を下げた。
「いいですね。俺もたまに友達に連れられてラビット来てたんですよ。そういえば翔也さんまだ釣りしてますか?」
「やってるよ」
「今度また一緒に行きましょうよ。お友達もどうですか?」私も?宇宙魔人と釣り?
「いいですけど。やったこともないですし、竿も持っていません」
「竿なら翔也さんが沢山持ってるから大丈夫ですよ。ねぇ、翔也さん?」
「もちろんだ。一緒に行きましょう」連絡先が消えてしまっていたようで、宇宙魔人と健青年が連絡先を交換し、私と宇宙魔人も連絡先を交換した。そうして私たちは釣りに行くことになったのだった。
船の上は静かだった。私の船には宇宙魔人、もう一つの船に健君が乗っていた。私は何度かルアーを投げ入れたが全くブラックバスはかからなかった。宇宙魔人はなかなかルアーさばきが上手だった。
「たまにこうやって釣りに来ると気分が晴れるんですよ」健君が言った。
「私も久しぶりだがやってみるとやっぱり楽しいな」器用にルアーを操りながら宇宙魔人が言った。健君と宇宙魔人はコンサルティング会社の元同僚のようだった。宇宙魔人は健君がいた会社を辞めて独立。健君はまだその会社に残って仕事しているらしい。
「ほんと、翔也さん戻ってきてくださいよ。翔也さんの後に来た主任がほんとやばいんですから」
「そうは言ってもうまくやってるんだろ?健だったら誰とだってやれるさ」
「数字数字ばっかりで現場のことなんか何にも考えてないんですから」健君が再びルアーを投げた。手首を使ってひきつけたり優しくしたり緩急をつけて糸を巻いた。すると竿がしなった。水面から出ている糸の先がびくびくと揺れていた。宇宙魔人は船を近づけて魚をすくいあげる網を使ってあがってきた魚を引き上げた。
「釣れたな」
「三十センチぐらいですかね。まあまあですね」丁寧に口からルアーを外して水の中に逃がしてあげた。バスはくるりと水中で回転して深く潜っていった。
「すごいじゃないですか」私は素直に感動していった。
「昔ランカーサイズを釣ったことがありますけどその時はすごかったですよ」
「ランカー?」
「四十五センチ越えのバスです。引きがすごくてなかなか上げれなかったです」もっとでかいバスがいるのかと感心した。
結局健君が一匹、宇宙魔人が二匹、私がゼロ。私はルアーを投げて巻くだけの作業を繰り返しただけだった。
「最初はそんなもんですよ」健君が言った。釣りよりも池で静かに流れる時間は結構好きだった。
私たちはその後に食事に行った。
「翔也さんは仕事はどうなんですか?独立してうまくいっているんですか?」
「そうだな。全部自分でしていかないといけないからな。結構大変だけどな。でも何でも自分の判断でできるから自由度はあるな。誰に確認を取らなくてもいいからな」
「いいっすよね。俺も独立しようかな」健君がハンバーグを食べながら言った。
「いいかもしれないぞ。色々教えてあげるぞ」宇宙魔人はステーキを切りながら言った。私は会社員しか経験していないから独立している人はうらやましいと思った。




