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「私のことは宇宙魔人と呼んでください」

 その男は私にそう言った。それは職場の飲み会の後、ふらりと立ち寄った立ち飲み屋でのことだった。同僚と別れ一人夜風に吹かれながら歩いていた。風は心地よく、程よく酔いも回ってきていた。目の前の看板のれんがゆらりと揺れた。そこにはラビットとカタカナで書かれていた。入り口が開いていたので中を覗き込むと、客が立ったままカウンターで酒を飲んでいた。立ち飲み屋か。中はエル字型のカウンターになっており手前に四人、角に一人、奥に二人が酒を飲んでいた。私はぼーっとその中の光景を他人事のようにドラマでも見るように眺めていたのだが、店員にいらっしゃいませと声をかけられた。我に返ると隣に二人組がいて厨房側の窓から中を覗いているのに気づいて、とっさに店の中の手前の丁度空いていたスペースに入った。店員がもう一度先ほどより大きな声でいらっしゃいませと言ったらもう一人の店員もそれに続いていらっしゃいませと言った。私はハイボールと枝豆を注文した。ハイボールを飲みながら携帯を眺めていると職場の人から今日の飲み会のお礼のメッセージがきていたので返信した。

「よかったらどうぞ」そう言って隣の人から差し出された皿には赤ウィンナーが四つ載っていた。こういう立ち飲み屋ではよくあることなのかもしれないと思って私はその好意に甘えて一つ頂いた。男はネイビーのスーツを着ていて細身だった。どうやら私と同様に仕事の飲み会の帰りらしかった。

「全然仲悪いとかではないんですが、気を使ってしまって」

「わかります。職場の飲み会ってそういうものですよね」そう言って男は酒を口にした。私と同じハイボールのジョッキで、レモンサワーを飲んでいた。そういう話は同じ職場の人とはしずらいのでこうやって話ができるだけで気がまぎれた。男は現在は独立して仕事しているが、元々は会社員として課長職をしていたので、私の話がよく理解できるようだった。

「それに同じ課の若手の男女が付き合ってて、もう別れてしまったのを知らずに私がどこか一緒に出掛けたりするのか?と話題を振ってしまって変な空気が流れてしまって。もう本当に冷や冷やしましたよ」

「あはは、よくあることですよ」男と一通り談笑した後、

「こうやって会ったのも何かの縁ですし、また是非ご一緒しましょう」と男は言った。

「もちろんです」と私が言うと男は私に右手を差し出してきたので私も右手で握り返した。「私のことは宇宙魔人と呼んでください」

「えっ?」急に短髪で特に特徴のない塩顔の男から出てきた言葉が私が全く予想していない言葉だったので驚いてしまった。「もう一度よろしいですか?」

「宇宙魔人です。あなたは?」

「み、三島です」

「三島さん。いいお名前だ。よろしくお願いします」そう言って力強く握った手を放して

何事もなかったかのように赤ウィンナ―を一つつまんだ。「どうぞ」そう言って男が赤ウィンナーの皿をこちらに差し出したので、とっさに私も一つつまんで口の中に放り込んだ。


 パソコン作業をしている山下は今年私の部署に配属になって半年になる。十歳年下だが基本ポジティブな彼とはそれなりに気さくにやり取りできた。同じ課の同期の水上と入社早々に付き合い始めたがもう別れてしまったらしい。

 私は業務が押してしまい遅れた昼食をとっていた。パソコンを見つめる山下に私は何気ない風を装って話しかけてみた。

「山下って宇宙魔人って知ってるか?」パソコンから顔をあげた山下がこちらを怪訝そうに見ていた。

「なんすか?宇宙人すか?」

「いや、宇宙人じゃなくて宇宙魔人」

「宇宙魔人?なんすかそれ?」パソコンの音が止んだ。

「いや、ユーチューブで最近見てな」突如謎の話を始める上司への山下の反応を見て少し焦ってしまいその場を取り繕い何となくそれっぽい話しをこしらえた。

「オカルト系ハマってるんですか?」

「そうそう。ああいうの面白いよな」

「僕も一時期都市伝説系のやつハマってましたけど。なんなんすか?宇宙魔人って?」私はユーチューブで見たと言った手前、思いつくことを言ってみた。

「宇宙に住む魔人のことだ。どうやらこの地球にすでに宇宙魔人は降り立っているらしい」

「えっ、見た目はあの宇宙人みたいなやつなんですか?目が大きくて顔とか体はグレーのやつ」

「見た目はな、宇宙魔人は人間の形をしているらしい。だから私たちと区別はつかない」

「SF映画とかにありそうですね。でも地球で何してるんですか?」

「私たちと普通に生活している。そして地球での生活を宇宙に報告しているんだ」

「なんか面白そうですね」

「だろ」私は気づくと饒舌になっていた。何故だろう。こんなに話せるのは。自分で話しながら、この前立ち飲み屋で会った宇宙魔人はそういう謎の雰囲気もあったよなと思いだしたりした。彼は一体どのような人物なのだろうか。

「三島先輩ってそういうの夜ずっと見てるんですか?」

「まあ、そうだな。毎日ってわけではないがな」

「なんか昨日の会議の時も他のこと考えてるみたいで集中してないみたいでしたよ」

「そうかな?」確かに宇宙魔人のことをここのところ考えてしまっていたことは事実だ。

「僕も一時期都市伝説系見てましたけど、ああいうのってあまり深く知ろうとしないほうがいいなって思いましたよ。ちょっと見て楽しむぐらいが丁度いいかなって」

「確かにそれはあるかもな」山下はそう言っていたが私の中で宇宙魔人の強烈な印象は膨れ上がってしまっているのであった。

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