黄金比の顔の男
「今どきはパパ活も事務所通すんだ」
誉が感心したように言う。
「でね、明日この人と会うの。見て、めっちゃカッコいいでしょ」
「今日の明日って、おまえ切り換え早いな。どれどれ」
差し出されたスマホを見て、誉が素っ頓狂な声をあげて覗き込んだ。
「うわぁっ!」
「あら~っ、こりゃ美人さんだ」
とママまで。いや、あんたは母親だろう、そこで褒めてどうするよ。
「オレほどじゃないっすよ。オレ負けてねーっす」
と誉が割って入る。
「誉ちゃんほど美人じゃないけど、イケメンでしょ」
だよな、とまんざらでもない顔で誉が髪をかき上げる。
「で、コイツ幾つだ?」
「三十幾つだっけ? 忘れたけど三十過ぎてた」
誉は目をひん剥いて、しえるからスマホをぶん取った。
「なんで、そんなオジサンと会うのよ。って二十代にしか見えんが。ナニコレ」
「でしょ。綺麗なお兄さんでしょ」
スラっとした上半身を白いシャツで包み、短めのウルフカットでキメキメにした頭。それが似合う顔。
「ほら顔みてよ、髪の生え際から眉、眉から鼻の下、鼻の下から顎下までが「1:1:1」の比率。で、顔の横幅は目の幅の5倍」
言われる通り、誉が指で測る。
「すげー、居るんだ世の中こんな黄金比顔が」
「イケメンってこんなに簡単に釣れるんだ」
とママがかぶせるように茶化してくる。いや、だからあんたは母親だろうって。
「うん。自分でもびっくり。多分十九歳に喰いついたんじゃない?」
もう一度、誉はアプリ相手のプロフィール写真としえるの顔を見比べる。
「十九歳の破壊力すげー」
「すげーだろ」
と今度はしえるが胸を張る。
そんな十九歳がどこ吹く風と、ママはオムライスを皿に盛り差し出した。
「はいオムライス、できたよ」
カウンターに置かれたウエッジウッドの皿に、しずく型に整えられたオムライスが鎮座している。
一見、卵でくるんと包まれた昔ながらのオムライス。でも、今日の中身は炒飯なのだ。
「誉ちゃん、ハート描いて」
「いいよ~」
両手にケチャップを持ち、慣れた手つきでハートを描く。ついでにハートに刺さった矢まで描いてみた。
「器用だよねぇ」
しえるは出来上がったオムライスを写真に納め、
「インスタにあげちゃろ」
とほくそ笑んだ。
「はいこれ、誉の分」
同じく盛りつけたオムライスを、誉の前に置く。
一目瞭然、これはタンポポオムライスだ。
「サンキューせんせ」
当然のように出てきたタンポポオムライスを、しえるがロックオンする。
そのオムレツを切らせろと目が訴えていた。
苦笑しながら、ほらよと誉がペティナイフを渡した。
「やったぁ」
笑顔でナイフを受け取り、切っ先を立て、すっとチキンライスに乗ったオムレツを縦に割く。
とろとろっと見事な半熟影の卵が、チキンライスを包むように開いた。
「いっただきまーっす」
しえるは、描かれたハートをよける様に、オムライスをスプーンで一口大にすくい取る。
「いただきま~す」
誉はケチャップを線を引くようにかけ、その上にまたマヨネーズを重ねてかけた。
こえれはまたこれで、美味しそうだ。
「ママあたし、オムライスはこっち(炒飯)の方が好きだわ」
「そりゃよかった」
そう言われたママは嬉しそうに微笑み、淹れたての珈琲を美味しそうにすすっている。
オムライスをすくうスプーンが皿に当たる音、咀嚼する音。
その空きを突くように、しえるがタンポポオムライスに手の延ばす。
が、察した誉が皿を抱えて持ち上げた。
「けちーーーっ」
「じゃかぁしいっ。腹減ってんだよこっちは」
と、スプーンをオムライスの腹にぶっ刺し、大きめの一さじをほおばった。
「一口あげるから~、ね~、そっちもちょうだい」
うるせーな、と悪態をつきながらしえるに皿を向け譲ってやるのはいつもの事だが。
「だから、誉ちゃん大好き」
と笑顔を向けられると、まぁ良いかという気持ちなる誉だ。
「餌につられんな」
じゃれ合ってる姿を見れば、しえると誉は仲の良い兄妹の様に見えるだろう。
もちろん赤の他人だが、知り合ってかれこれ五年になる。
きっかけはゲームショーだった。
当時の人気ゲームキャラのコスプレをしていた誉に、当時十三歳だったしえるが声をかけ写真を撮ったのが始まりだった。
偶然にもショーの帰り、その姿のまま誉が『Laroue De Fortune』に入ってきたのだ。
当時まだ高校生の誉だったが、メイクの腕前はプロ級で、しえるはお店で誉と話すまで女性だと信じて疑わないほど。
出来栄えは素晴らしかった。
ところで、しえるだが、学級崩壊が要因の一つで小学校からホームスクーリングをしている。
店内が学校代わり。毎朝勉強道具を持参し、決まって一番奥のカウンター席に座り母親が出すその日の課題をこなしていた。
誉はといえば、県内有数の進学校に通っていたが、あまり学校は好きではないようで。
決して成績が悪い訳ではないが、目的もなくただ受験の為に勉強するのが気に入らないというか、納得しかねていた。
この出会いから、誉は学校帰りにちょくちょく顔を出すようになり、今に至る。
ママが窓に目をやり雨に気が付いた。
「雨脚が早くなったね、誉くん送ってくよ」
言いながら、食べ終わった皿をよこせと手をだした。
「ごちそう様」
しえると誉の皿を受け取り、手早く洗い始める。
誉はカウンターに入り、洗い終わった皿を拭き棚に戻す。
「お、そーだ。あたし、店の看板入れてくるわ」
「ごめ~ん。し~ありがとう」
と言うままの声を背に、しえるが急いで階下へ降りて行き、二つ折りにされた黒板タイプの看板を下げて戻ってくた。
看板に描かれていたメニューを、濡れ雑巾で拭き取りはじめた。
描かれていたのは、ランチメニューと本日のデザートの黒板アート。
しえるがこれを毎日描いているのだ。
「明日は何にすんの?」
と黒板を擦りながら、カウンターの方へ顔を向ける。
「ランチはポークジンジャー、デザートは久々のパブロバ」
皿を棚に戻し、誉が答えた。
「パブロバ! ざんねーんあたし」
としかめっ面をする。
「昼前からデートだわ。池袋なんだけど、行き方が分らんって伝えたら飯田橋まで迎えに来てくれんだって」
「へー、さすが黄金比の顔はやる事が違うねぇ」
と誉が感心する。顔はあんまり関係ないと思うぞ。
「お食事ごちそうになるなら、手土産持っていきなさいよ」
聞こえは良いが、よく考えたら会う相手はアプリの見ず知らずの男だぞ。
そういうもんか? 母親だろうお前さん。
「うん。大丈夫、帰りにデパート寄ってブランドのハンカチ買っといた」
「ブランドどこ」
と誉。
「ヴィヴィアンウエストウッド」
とこともなげに答える。
「高くね?」
「千円くらいだから、へーきへーき」
「へー。じゃ終わったら報告よろしく」
おーけー、と親指を立てしえるが応えた。
ママと二人、誉は素早く水回りを整えると帰り支度を済ませた。
先に出てきたママが、
「車出してくるから、先行くね」
とお店から出て行く。
「俺たちもさっさと店出るぞ、雨がこれ以上ひどくなる前に帰ろーぜ」
誉に促され、しえるも準備して店を出た。
店の外に出たら、急に雨音が激しくなった。
弥生三月まだまだ雨が降れば寒いが、もうすぐ桜の季節がやって来る。




