ローズクォーツ
MTTとの顔合わせは、向こうの希望で大手町にあるOUTECH日本オフィスに決まった。
というのも、MTTが同じ二十七階、OUTECHが借りているフロアの残りを、プロジェクト用に押さえたからだ。
「やることが違うよね、大手さんは」
と言った孔明は、珍しく不機嫌に見える。
ラップトップのキーを叩く手がいつになく乱暴だ。
「佐藤忠に近いし、ここにも近いからでしょ。こっちとしたら気を遣ってくれてありがとう、じゃない」
という怜子に、うへぇ~と孔明が口をゆがめたのがマスク越しにも分かった。
「いかにもこっちに合わせてあげてますぅ、って態度がヤダ」
本日はMTTとの初顔合わせだ。
孔明、怜子、和真、都に加え、新たにチームに加わった新人のサブマネージャーに、E S Mから一人、怜子の部下が通訳として参加している。
アポは十一時。
挨拶をし昼食をとって解散という段取りだ。
MTTを出迎えるために、孔明を始めOUTECH日本側は六名が忙しく準備をしていた。
怜子とその部下加藤梢は、日本側のチームと合わせ米国本社に今回の会議を配信する準備に入っていた。
向こうのエンジニアとのやり取りでこの一角は英語が飛び交うため、ここが外資であることを改めて認識させられる。
米国本社との時差は十六時間、今は午後六時を回ったところか。
例のCOOを始め、G M以上の役員クラスが参加予定だった。
「都、ケータリングの確認は」
「はい、もう到着します」
怜子の問いに都が腕時計を見ながら即答する。
「ヒュウマネ、元気ないですね。寝不足かな」
言われて怜子が、デスク一つ隔てた島で和真たちと確認作業をしている孔明を見た。
表情のない顔でラップトップを眺めている。
「こうくん、手が空いたらこっち手伝ってくれる? あたしたち国内チームの方やるから」
顔を上げ、孔明がいいよと席を立つ。
「じゃ、ボクはCOOのご機嫌でも伺ってきますか。ここは和真たちに任せるよ」
和真と新しく彼の下に付いた市村は、デモ用のソフトの最終動作確認をしていた。
後は頼むよと和真の肩に手を置き、向かいの席で作業をしている新たにチームに加わったサブマネージャーの市村洋一にも声をかける。
孔明は襟を正し、怜子たちが機材を並べているデスクへ歩いて来た。
ニコッと笑った顔は、いつもの孔明だ。
「すっかり春の装いだね女性陣は。いつも以上に麗しくて、自慢しちゃうね。これこそが我がチームだって」
「あら、ありがとう」
怜子が、肩をすくめる。
都はちょっとほっとした顔になった。
ミントグリーンのブラウスにベージュのパンツスーツの怜子。
白のシャツにペールオレンジのパンツスーツを合わせた都。
怜子の部下の加藤梢は、淡黄色のワンピースに萌黄色のボレロを合わせていた。
女性陣三人が色彩の乏しいオフィスに、春らしい華やかさを添えてくれている。
「お陰でオフィス内が明るくなったよ、何せ野郎どものスーツときたら、アレだから」
と、和真たちに顔を向ける。
和真もその下に付いた新人のサブマネージャーも、悲しいかな日本人の大好きな濃紺のスーツだ。
新人に至ってはリクルートスーツかもしれない。
孔明自身は、ライトグレーのグレンチェックスーツで、しかもサテンのピークドラペルで、襟とフラップに切替アクセント付きときた。
「和真、やっぱり今度スーツ買いに行こうか。これから着る機会増えそうだし、いつまでもリーマンスーツじゃ君の看板が泣くよ。一応ウチ外資だし」
「え?」
突然、孔明からダメ出しをくらい和真は、
「これ、まずいっスか」
とジャケットを肩からずらして見直している。
「服飾費、申請したら出るから二~三着買っとこうか」
え、スーツ代もらえるんですか、と驚いてる。
「出るよ~。だから遠慮はいらないよ」
怜子が買っちゃいなとハッパをかけ、ついでに孔明へインカムを手渡した。
インカムを受け取った孔明が新人を指さし、
「そこの君、いち、いち……」
「市村です。市村洋一です」
「ああ、そう。市村君、君も和真に付いて動くから買っておいで。申請コッチでやるから予算は……それはいーや。何十万もするスーツなんて買う度胸、まだないでしょ」
とんでもないです、と市村はかぶりを振る。
「あんまり安いのは止めとけな。最低でも、うーん六、七万はかけようか」
市村が驚いて「え」の形に口を開けたのでマスクがずれ、形の良い鼻が覗く。
「ウチでスーツ着るときは勝負の時だから。和真も聞いてるか」
と、孔明がすっくと立ち上がり、自分のスーツ姿を見せた。
仕立ての良いスーツである事は一目瞭然だ。
英国老舗のスーツで、吊るしじゃないよと孔明。
「ブランドは伊達じゃないんだぜ。その力を借りて自分の守備力と実力を上げるんだ。外見を整えるって大事なんだよ」
「そうなんスよね~」
そう言いながら和真は自分のスーツを一瞥し、市村の方を見た。
市村は和真に向かって照れ笑いを浮かべ、頭を掻いている。
「まだスーツは二着しか持ってないんスよね」
「うん、今度一緒に買いに行くか?」
『何でもいい。たった一つでいいから、良いものを身に着けること』
これは、留学前に孔明が先生から教えてもらったことだった。
『ブランドは伊達じゃないのよ、老舗《歴史》や職人の魂を込めた作品にはそれ自体にパワーがあるから、必ずあなたを守ってくれる』
そう言って、先生は餞別にダンカン・ウォルトンのローズクオーツのカフスボタンを、贈ってくれたのだ。
それが、孔明の必勝のお守りになっているのだ。
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