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急がば回れじゃ遅すぎるっ  ——ただし、笑いの裏には、それぞれの過去がある  作者: 井氷鹿
第1章 DEAD STOCK

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アメリカンジョーク

 佐藤忠の結果が知らされたのは、プレゼンから三週間後の事だった。


『MTTが佐藤忠の元請けに決まったから、明日10時にオフィス集合ね』

 という簡単なメールで怜子に呼び出された和真だが、孔明の事が気になって早めに来てしまったようだ。

 あの日のヨレヨレの孔明の姿が記憶に新しい。

「ヒュウマネ!」

 エレベーターから出てきた孔明を見つけ、和真が駆け寄る。

「佐藤忠、MTTが取ったって本当ですか」

「そうだよん」

 特にがっかりした様子もなく、いつも通り飄々として答える孔明に和真は拍子抜けし、困った顔になる。

「レイちゃんから連絡あったでしょ。どうして君が、そんな顔すんのさ」

 そう言って笑うと、オフィスのドアを開け入れと促す。

「だって、何と言うか、あの、残念でした、その……」

 気まずそうに言う和真に、

「何が?」

 と孔明が陽気に返す。

 今日の孔明はスウェットにビンテージ風黒のジーンズにレザーのスニーカーという軽装だ。

 後ろから見たら、まだ学生で通用しそうだ。

 その横の和真も、シャツにニットにチノパンを合わせ足元はエアジョーダンのローカットを履いている。

 こっちは現役の学生かよ、という格好だ。

「こうくん、こっち」

 声の方を向くと小池怜子と木島都が、奥の会議室ドアを開け早く来いとばかりに手招きしていた。

 怜子は緩めの巻き髪を大きめのバレッタで止め、都は短めのポニーテールに赤いリボンのついたシュシュが愛らしい。

 孔明がほれ行くぞと、和真の背中を押し歩き出す。

 和真は佐藤忠のプレゼンを落としたはずなのに、と首をかしげながら会議室へと入って行った。

「あ、そうだ。本社からこうくん宛てに感謝のメールが大量に届いたよESM(うち)に」

「何の?」

 と孔明がぽかんとした顔で訊く。

「先月の会議の後、チャットが飛んで来てたでしょう。COOが『孔明がキュート』だって宣伝してさ」

 どんな宣伝だよ、と孔明が目をむき、怜子の正面の椅子に腰かけた。

「キュートな孔明はどんな奴だって、向こうで噂になったみたいよ~」

 と怜子はなんだか嬉しそうだ。

 その横で、都が合点がいった顔で頷いている。

 やたらと名指しで流れてきた相談チャットは、半分冗談だったということか。

「どうりで、変な相談ばかりだったわけか」

 新手の業務妨害だよ、とむすっとした顔で孔明がこぼす。

「あんた、それにくそ真面目に全部返したんだって? あっちじゃ『孔明はコピーアンドペーストをしない』って凄い評判らしいよ」

「だからアメリカンジョーク嫌いなんだよ」

 と、孔明が頭の後ろで腕を組んで脚を伸ばした。

「あの、佐藤忠ですが……」

 和真が恐る恐る、気になっていた疑問を口にする。

「なんだ和真、それ気にしてたの」

 ほれ、さっさと座りなさいよと自分の隣の椅子を引いてやる。

「ありがとうございます」

 すまなさそうに、縦に長い体を折り曲げ勧められた椅子に腰を下ろす。

「ボクらはベンダーなのはわかってるよね。まぁSIer(エスアイヤー)でもあるけど」

 怜子が和真に笑顔を向ける。

「別に元請けを取れなくても、こっちが提示した企画製品を採用してもらえればそれでいいのよ」

「先日のプレゼンは失敗ではなかった、ということですか」

 孔明が肩をすくめ、

「そういうことかな」

 と答える。

「もしかして、MTTが元請けで、中身はウチってことですか」

 さっきまで無表情だった和真の顔に笑顔が戻る。

「平たく言うと、そういう事かな。ウチの商品はサポート込みで世界トップシェアだしね。ネットで呼びかければエンジニアのアベンジャーズが誕生します」

 組んでいた腕を解き、自慢げにその両手を腰のあたりで左右に広げる。

 そうだった、とカドクラの一件を和真は思い出した。

 あの時協力してくれたのは、国内のエンジニアだけではなかったのだ。

「やった! それって試合で負けて勝負に勝ったって事ですよね」

 和真が音を立てて椅子から立ち上がる。

「はい! 御園生マネージャーそうなんですよ」

 待ってましたと、都もテーブルに手を突いて腰を上げた。

「なのにヒュウマネも先輩も、この調子で」

 と、隣の怜子をちらっと見て、むすっとした顔で孔明を睨んだ。

「ヒュウマネ、もっと喜んでください! 先輩もです!」 

 そう言われて、孔明が照れ気味に、

「ネット社会バンザ~イ」

 と両手を上げた。

 それに和真がハイタッチで答える。

「共同開発万歳です!」

「こうくんでかした! 良いとこ取りってあんたらしいわ」

「レイちゃんのリサーチのお陰だよ」

「ヒュウマネ、カッコよかったです!」

「都ちゃんのサポートあってこそだ」    

 と続けて怜子と都とも互いに手を合わせた。

 

 

「で、何で僕呼ばれたんでしょう」

 と着席したとたん和真が急に我に返ったように、怜子と孔明の顔を見比べる。

「僕はこのプレゼンに一ミリも貢献してませんよ」 

「あ、そうだった。MTTとの共同開発、和真、ウチの代表でよろしく。カドクラと被るけどイケるっしょ」

 イケるっしょって、勝手に安請け合いしないでくださいよと、和真が首と手を振り否定する。

 が、ニコニコ顔の孔明は譲らない。

「大丈夫だよぉ。和真はカドクラの件でマネージャーランク昇格決まったし、下にもう一人付くから」

 と爆弾発言をかます。

「僕、ランク上がったんですか」

 と自分を指さし、慌てて椅子から立ち上がった。

「言ってなかったっけ。B+からAに昇格」

 まぁ落ち着けと、孔明が和真を座らせる。

「正式通知が明日届きます。ヒュウマネ、それフライングですよ」

 と、都が笑顔で釘をさす。

「ついでに佐藤忠の件も、まだオフレコなんですけどねGMさんっ」

 反対側にまで伸ばされた孔明の脚を、怜子が邪魔と蹴飛ばした。

「という事なんで、御園生くん口外しないようにお願いします。では、打ち合わせ、ちゃっちゃっと終わらせるよ」

 はいと応える和真の横で、孔明が無言で脛の激痛に耐えていた。


 エレベーターホールに出ると、ちょうどエレベーターの1つが降りてくるところだった。

 和真がダッシュで下降ボタンを押し、やってきたエレベーターに乗り込んだ。

「ヒュウマネ、この後渋谷オフィスですが、お昼そっちで取りますか」

 と都が聞く。

 来週頭にはMTTとの顔合わせが決まっている。

 それまでに外回りを済ませるため、しばらく孔明は出ずっぱりになる。

 当然都もだ。

「あ、お昼和真の友達と食べることになってたんだ。都ちゃんも一緒にどう」

 和真が、ごめんねと手刀を切る。

「大学の先輩が、外資に転職したいって相談されてね。ヒュウマネの話したら是非会わせろって言って無理を聞いてもらったんだ」

「私は別口があるので、失礼。渋谷とは逆なのよ。都はこうくんにお昼奢ってもらいな。プレゼンの貸しがあるんだから」

「そーだった。都ちゃん、好きなもん言って」

 という孔明に被せ都が言う。

「何でもおじさん奢っちゃう、ですか?」

 止めて都ちゃんと、和真が体をくの字に曲げて笑い出した。

 怜子も苦笑している。

「もうっ、都ちゃんってば。おじさん発言はとっくに封印しましたっ」

 孔明が腕を組み、ワザとらしくそっぽを向く。

「駅前での待ち合わせは、もうしませんって?」

 また被せ気味に返す都に、耐えられなくなって怜子も和真も声に出して笑ってしまった。 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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