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急がば回れじゃ遅すぎるっ  ——ただし、笑いの裏には、それぞれの過去がある  作者: 井氷鹿
第1章 DEAD STOCK

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ソルティドッグ

「なんだよ~、皆黙って。ボクがバカだったって話じゃん」

 そう言って、孔明は三人の顔を見比べる。

「そのバカが、塾休んでたのはそのせいだったの?」

 怜子が、いつもの調子で聞き返した。

 孔明が意を察したのか口元を緩め、 

「だねー。先生の赤ちゃん見に病院へお見舞いに行ったらさ、子守の手伝いに来いって言われたんだ」

 と言って、嬉しそうに微笑んだ。

「どういう意味れすか、それ」

「子守で、先生の家に半分居候してた」

 うん? と意味が分からず都は頭を捻る。

「家が近所だったから、行ったり来たりしてたんだよ」 

 ついでに、家事全般をその時仕込まれたと、孔明は笑いながら話した。 

「ボク、だから赤ちゃんのお世話もできちゃう」

「そりゃ頼もしい。もし私に子供ができたら、子守頼むわ」

 と怜子が笑う。

「ヒューマネ、料理するんれすか」

 都の目も座ってきた。和真の目もうつろになってくる。

「何スかそれ。もう、欠点口だけじゃないですか」

 いや、それ褒めてないから和真くん。

「その軽口、長所で短所ってめんろいわぁ。それにむらに愛想振りまきますよれヒューマネっ」

 あははは、と怜子が大口を開けて笑う。

 「いろいろ無駄遣いが多いよね。そんなことするから勘違いするんだよ女は。いい加減自覚して欲しいわよね」

 孔明がふん、と顔をテーブルに付けたまま横を向くとちょうどオーダーしたカクテルが来る。

「ソルティドッグでーす」

 孔明の顔の横にグラスが置かれる。

 大ぶりだが丈の短いタンブラーに、粗塩でスノースタイルに仕上げてあった。

 手に取り、一口飲む。

 贅沢な事に、フレッシュグレープフルーツで作られていた。

「美味っ」

 と勢いよくソルティドッグを飲む孔明を見ながら、

「罪よねぇ何でもできる男って」

 と怜子がつぶやき、同意を求めるかのように和真を見る。

「ね」 

 いやいやと和真は手で否定し、

「僕は料理できません」

 ときっぱり答えた。

「なーんだ、おもしろくない」 

 怜子はそう言って、テーブルの上を片づけながら店員へ声をかける。

「冷酒ください。おちょこ3つで。それから焼きマシュマロと」

 ここで都を窺い、

「暖かいジャスミン茶お願い」

 と言った。

 和真は高校中退がマジで意外だったようで、孔明の方へにじり寄っている。

「高校やめたって、理由聞いても良いですか」

「理由? 親父が死んじゃったんだよ」

 これを聞いた和真より、前に座っていた都の方が驚いた顔をしていた。

「それでね、十七になるボクにあの人が言ったんだ。今自分が持っている資本を使ってこれから生きる方法を考えろって」

 孔明は壁によりかかり、片足胡座をかいた。長い脚がじゃまそうだ。

「それってどういう事ですか」

 和真も同じく、脚の収まりが悪いのか、似たような格好になる。

「先生さ、自分で金貯めて海外へ逃亡した人なんだよね」

「逃亡って?」 

「色んなしがらみから、って言ってた」

 と天を指し仰ぐ孔明。

 和真はそんな彼をじっと見ている。

「仕事を見つけたんだよ、先生。で、ボクも真似して海外逃亡したってだけ」

 都がそこでやっと口を開く。

「ヒューマネ、海外でホストしてたんれすか」 

「違う違う、ボクは留学。ホストはその後」

「? 後って、卒業してかられすかぁ、女たらしは」

 怜子がそれを聞いて噴き出した。

「もーっ、ボクがホストしたのは大学の学費と生活費のためだからね」

 空になったグラスを、トンとテーブルに置く。

「ついでに、女の子を誑し込んだりしてませんっ」 

「はいはい」

 笑いをこらえながら、怜子が給仕された冷酒を持って、孔明と和真に猪口を渡した。

「はいどうぞ」

 と、酒をそそぐ。

 孔明がすかさず怜子から冷酒を受け取り、どうぞと怜子のお猪口に酒を注いだ。

「あら、ありがとう」

 孔明は口だけで笑うと、くいっと飲み干し、手酌でもう一杯煽る。

 それを見ながら、怜子も冷酒に口を付けた。

「ボクの大好きな先生と、何の役にも立たないボクの話は、これでおしまい」

「もっとヒュマネの話聞きらいれす。ホストはいいとして、大学ろこ行ったんれすか」

 と都が言う。

 和真も聞きたそうだが、聞いたところで何の役にも立たないよと孔明が笑う。

「そんな事、ないっスよ」 

「そう? ラ・トローブ大学。って言っても知らないでしょ」 

 え? という顔の和真に、ほらと、孔明がさも楽しげに笑う。

「フランスの大学れすか」

 と都は真剣だ。

「ううん。オーストラリアの大学だよ」

 へーと、都は怜子と一緒に頷き、取り出したスマホでさっそく検索開始する。

「ところで和真は例の彼女とどうなったの」

 と、孔明が和真のお猪口に冷酒を注ぐ。 

「美人さんだったよね」

 問われた和真は、お猪口に口をつけ美味そうに一口すすり、おもむろに話し始めた。

「週末デートです。あの日正式に申し込みしてOKもらいました」

 と恥ずかしそうに頭をかいている。

 なんてベタな照れ方をするんだ、君は。

「じゃぁ、御園生マネージャー、アプリもう辞めたんら」

「いや、これは仕事のこともあって置いてる。許可ももらった」

「え――っ。彼女さん優しいれす。れも、それ後れ揉めましゅよ」

 孔明も、そうだねそれは考えないといけないね、と言いながら空になったガラスの徳利を振って店員へお代わりを注文した。

「PC版に切り替えて、アカウントも社用に変更して使いな。個人のは削除しとけ」

 とそこは真顔で和真に告げる。

「…… そうですね。彼女に失礼でした」

 その返事を聞き、孔明は満足そうに微笑んだ。

 続いて今度は都ちゃん、と正面に向き直る。

「今日は本当に心配かけてすまなかった」

 と頭を下げる。

 突然そんな事をされて、酔った都の頭がオーバーフロー気味だ。

「あんなに心配してくれてるとは思わなくて。本当にすまなかった。これに懲りず、これからもサポートして欲しいんだ」

 と両手を合わせ、拝む孔明が上目遣いで都の眼を覗き込む。

「ね。都ちゃん、おねがい」

 都の頭が何とか着いて行こうと、働き始める。

 ジャスミン茶仕事しろっ。

 マグを握り締め、ゆっくり口に含む。

 その香りを吸い込み、ゆっくり吐き出した。

「あの……心配したけろ、もうらいじょうぶれす。ヒュマネは周りを気にせず、好きにやっちゃってくらさい。わらしは、ヒュマネを信じれおてつらいするしかれきませんけろ」

 ジャスミン茶をまたすすり、大きくふーっと息を吐く。

「わらし、これからもしっかりついていきましゅ。ヒューマネ、これからもよろしくお願いしましゅ」

 と同じく頭を下げた。

 怜子は気づかないふりで、和真とマシュマロピザをつついている。

 塩味のクリスピー生地に、大き目のマシュマロを敷き詰め焼いただけだが、これが美味いのだ。

「ね、意外と合うっしょ冷酒とコレ」

「ですね。甘じょっぱいは正義ですよ。ワインじゃなくて日本酒が良いっス」

 わらしにもくらさ~い、と都がフォークを焼きマシュマロに刺した。

 とろとろら~と都がはふはふ言いながら口に入れた。

「あまくれ、おいひいれす。ヒュマネ~、おいひいれすよぉ」

「食べたら、帰るよ~」

 はふはふ言いながら、みんなで甘じょっぱいを堪能したのであった。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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さて次回ですが、4月になりますね。

4月からは毎週金曜日の更新を予定しております。

これからも「急がば回れじゃ遅すぎるっ」をどうぞ宜しくおねがいしますm(__)m

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