文化祭二日目(前編)
■文化祭二日目(前編)
文化祭二日目の朝、執事&メイド喫茶は昨日にも増して活気に満ちていた。
一年A組の教室は開店前から人の気配が絶えず、
扉を開ければすぐに席が埋まるほどの盛況ぶりだった。
メイドたちは紅莉を中心に男性客を惹きつけていた。
一方、執事役では白馬が一番人気になると思われていたが、
予想に反して注目を集めたのは蒼紫だった。
「蒼紫様~!!」
「今日もかっこいい!」
玲奈「……あんた、モテモテじゃない」
蒼紫「どうしてこうなった?」
紅莉「蒼紫君、かっこいいから仕方ないよ」
土屋「くそ〜! 蒼紫、許せねぇ!」
蒼紫はため息をつきながらも、なぜ自分に人が集まるのか理解できずにいた。
蒼紫「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
落ち着いた声で客を案内し、椅子を引き、丁寧にメニューを差し出す。
蒼紫「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
その一連の動作は無駄がなく、まるで本物の執事のような所作だった。
紅莉と玲奈は、蒼紫の接客を横目に、飲み物の補充をしていた。
紅莉「……蒼紫君、すごい人気だね」
玲奈「……別に。あいつが目立つのはいつものことでしょ」
紅莉「ふふ、玲奈ちゃん、ちょっと嫉妬してる?」
玲奈「嫉妬なんてしてないわよ!」
紅莉はくすっと笑い、トレーを胸の前で抱えた。
紅莉「でも、分かるよ。あんなに呼ばれてたら……落ち着かないよね」
玲奈「……まぁ、ちょっとはね。あいつ、なんであんなに自然に執事できるのよ」
紅莉「蒼紫君、普段から落ち着いてるし、ああいう服、似合っちゃうんだよね」
玲奈「……似合ってるのは認めるけどさ」
紅莉は少しだけ視線を落とした。
紅莉「……でも、蒼紫君が誰と一緒にいるかって、やっぱり気になっちゃうよね」
玲奈「……っ」
玲奈は一瞬、言葉を詰まらせた。
玲奈「……あんたも、気になるの?」
紅莉「うん。でも……玲奈ちゃんも気になるでしょ?」
玲奈は顔をそむけ、耳まで赤くしながら小さく答えた。
玲奈「……まぁ、そりゃ……ね」
その反応に、紅莉はふわりと微笑む。
紅莉「いいなぁ……わたしも蒼紫君に接客されたいな〜」
玲奈「なっ……!紅莉は接客する側でしょ! ほら、仕事仕事!」
紅莉「えへへ、分かってるよ〜」
玲奈は照れ隠しのように紅莉の背中を軽く押し、
二人は再び喫茶店の賑わいの中へ戻っていった。
紅莉と玲奈が客席へ戻っていく頃、
一年A組の喫茶店は、昼に向けてさらに活気を増していた。
「メイドさん、こっちお願い!」
「執事さん、席空いてますか?」
客の声が飛び交い、メイドたちは笑顔で注文を取り、
執事役の男子たちは慣れないながらも丁寧に動き回る。
蒼紫は手際よく接客し、トレーを空にする。
トレーを置いて一息ついたそのとき──
そっと近づく気配があった。
玲奈「……蒼紫」
振り向くと、玲奈が控えめに立っていた。
忙しさの中で見つけた一瞬の隙を逃すまいとするように、
その瞳はどこか落ち着かない。
蒼紫「玲奈。どうした?」
玲奈「……この後休憩同じタイミングよね。よかったら一緒に文化祭回らない?」
蒼紫「ああ。分かった」
短く返した蒼紫の声に、玲奈の肩がわずかに揺れた。
その表情は、忙しさの中で見せるいつもの余裕とは違い、
どこかほっとしたような、照れたような色が混じっていた。
玲奈「……じゃあ、決まりね。またあとでね」
短くそう告げると、玲奈は少し早足で仕事へ戻っていった。
■玲奈との文化祭デート
玲奈と蒼紫はクラスTシャツに着替え文化祭を回っていた。
玲奈「行きたいところとかある?」
蒼紫「特にないな」
玲奈「つまらないわね。まあとりあえず腹ごしらえでもしましょう」
蒼紫「ああ」
蒼紫は玲奈の少し後ろを歩きながら、
ソースの香ばしい匂いが風に乗って流れてくるのを感じた。
店の看板には、3年A組『黄金焼きそば』の文字。
玲奈「あんた、やきそば好きでしょ?」
蒼紫「焼きそばは好きだが……黄金焼きそばは初めてだな」
玲奈「じゃあ、行ってみましょう」
店の前には大勢の客で溢れかえっていた。
玲奈「この後は文化祭ステージがあるから見に行きましょう」
蒼紫「ああ、分かった」
会話が途絶え、喧騒の中に静寂が生まれる。
その静寂を破ったのは玲奈だった。
玲奈「ねえ、蒼紫。蒼紫は私と紅莉のことどう思っているの?」
蒼紫「二人は俺にとって大切な存在だ。だから俺は答えを出せない」
蒼紫の言葉を聞いた瞬間、玲奈の肩が少し揺れた。
人混みのざわめきが遠くに引いていき、二人の周りだけが静かになる。
玲奈「……大切、ね」
その声は、いつもの強気さとは違い、どこかかすれていた。
玲奈「それって……ずるい言い方よ」
蒼紫「ずるい?」
玲奈は唇を噛み、視線をそらす。
玲奈「“大切だから答えられない”って……
それ、どっちにも期待させる言い方じゃない」
蒼紫「……そうかもしれない」
玲奈「そうよ。……でも」
玲奈はゆっくりと蒼紫のほうへ向き直った。
その瞳は揺れているのに、どこかまっすぐだった。
玲奈「それでも、あたしは……蒼紫にちゃんと見てほしい」
蒼紫「……玲奈」
玲奈「紅莉と同じ“ただの大切な存在”で終わるつもりはないわ」
玲奈の真剣な眼差しを蒼紫は受け止めた。
玲奈「……ごめん。こんなとこで言う話じゃなかったわね」
蒼紫「いや……」
気づけば、前に並んでいた客たちは会計を終え、
二人はいつの間にか列の先頭に立っていた。
昼食を済ませたあと、二人はそのまま講堂へ向かった。
ステージからは笑い声と歓声が絶えず響いている。
舞台の上では、土魔法を使って妙なパフォーマンスをしている男子がいた。
玲奈「……ちょっと待って。あれ、土屋!? 何やってるのよあのバカ」
蒼紫「仕事で見ないと思ったら、こんなところにいたのか」
土屋の土魔法を使ったお笑いは予想以上にウケていて、
講堂は笑い声で揺れていた。
玲奈も例外ではなく、涙目になりながら肩を震わせて笑っていた。
玲奈「……あいつ、ほんっとバカね」
そう言いながらも、口元はしっかり笑っている。
土屋の出し物が終わると、講堂の空気がふっと変わった。
次の発表者が登場した瞬間、ステージから冷気が流れ込んでくる。
照明が落ち、床一面が薄い氷に覆われていく。
その中心に、純白のドレスをまとった二人の姉妹が静かに立っていた。
玲奈「氷山先輩ね!」
玲奈は思わず身を乗り出し、興奮気味に蒼紫へ話しかけた。
姉妹は音楽に合わせて氷上を滑るように舞い、
そのたびに光が反射して客席を包み込む。
会場は静まり返り、誰もがその幻想的な光景に見入っていた。
玲奈「凛先輩も冷先輩も……美しいわ」
蒼紫「あれが氷山先輩とはな……」
いつも蒼紫にちょっかいをかけてくる姿からは想像もつかない、
凛と冷の優雅な踊りに、蒼紫も思わず目を奪われていた。
会場の全員が時間を忘れ、姉妹の踊りに見入っているうちに、
気づけば、演目は静かに幕を下ろしていた。
玲奈「凄かったわね、氷山先輩!」
蒼紫「ああ」
氷山姉妹の演目が終わると、会場にはしばらく拍手の余韻が残った。
やがて次のグループが準備を始め、
講堂の空気は再びざわめきを取り戻していった。
玲奈「大トリは生徒会メンバーのバンドね」
ステージには生徒会長の黄金司、副会長の銀山薫、
書記の黄田亜紀、会計の白石優花が並んで立っていた。
黄金司がマイクを軽く持ち上げるだけで、
会場の空気が一気に引き締まった。
司「みんな、文化祭楽しんでいるか〜!」
その一声で会場がどっと沸き上がる。
銀山がギターの弦を軽く弾き、
黄田がドラムスティックを回し、
白石がキーボードに指を置く。
合図もないのに、息の合った動きだった。
次の瞬間、生徒会メンバーの演奏が一斉に始まった。
司「――行くぞ!」
力強い声と同時に、黄金司の歌声が講堂に響き渡った。
伸びやかで、まっすぐで、圧倒的な存在感を持つ声だった。
観客席から歓声が上がる。
「司先輩、歌うまっ……!」
「かっこよすぎ……」
玲奈は目を輝かせながら、蒼紫の腕を軽くつついた。
玲奈「ねえ蒼紫、これ……やばくない?」
蒼紫「……ああ。想像以上だな」
黄金司の男らしく透き通った声が会場に響き渡り、
生徒会メンバーの息の合った演奏と見事に重なっていく。
それぞれの個性が音となって溶け合い、
講堂はまるで本物のライブ会場のような熱気に包まれていた。
気づけば玲奈も隣で生徒会のライブに熱中していた。
普段は見せない無邪気な表情に、蒼紫は思わず小さく微笑んだ。
生徒会のバンドは大盛り上がりを見せると、黄金司の挨拶で幕を下ろした。
司「みんな今日はありがとう!この後の文化祭も大いに楽しんでくれ!」
その言葉と同時に、講堂いっぱいに拍手と歓声が広がった。
ステージの照明がゆっくりと落ち、熱気だけがしばらく残り続ける。
玲奈は大きな拍手を送りながら、どこか名残惜しそうに蒼紫へ振り向いた。
玲奈「今日はありがと。……そろそろ戻らないとね」
蒼紫「そうだな、帰って最後の仕事だ」
二人はステージ発表の余韻を胸に残したまま、ゆっくりと講堂を後にした。




