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株式会社IT  作者: おじぎ猫


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FAW探検! ワクワク旅行記③

 内装の構成はセイクレート王国のものと対して変わらないが、土汚れ、埃、破壊されて放置された椅子等、荒れ具合は見るに堪えない。何より、大きな相違点が一つ。それは祀られた神像。


 小柄な少女を象ったマニアックな像なんかではなく、女神らしさが詰まった大人の女性の姿だ。相も変わらず衣装は布一枚の芸術スタイルなのは良いとして、……変態が造ったとしか思えない魅力的な肢体も置いといて、置いといてだ。一際目を引くのは髪の毛。


 なんだっけ、あの物語。えーと、確か、――あ、そうだ。セイクレイト物語。あれに載っていたエヘネメキの姿の描写はこれだ。


 ――重力に逆らうように、太陽に引き付けられるように、紅い毛先が持ち上がっている女性。

 炎のようなそれに見合った情熱的な性格で、ヒズミルと、それこそ情熱に溢れた関係を保っていた。瞳孔が縦に細長いのが特徴。


 ……確かに、よく見れば瞳孔が細長い気もする。が、サイズのでかい神像は特に注目しなければ気付けない。


「ほんと、いい目はしてるんだけどな、エヘネメキ様」


 ……俺も偏見が過ぎるか。だが、更に偏見を拗らせてもらえれば、注意したくなるのはやはり髪の毛だ。


「……あいつ、嘘ついたんかなあ」


 まだシンミンとは二回しか話していない仲なので判断しかねるが、悪戯好きそうなキャラではあるので、俺が慌てふためくのを期待している可能性はある。……煽り過ぎたかもな。


「あいつ? 誰の事だ?」

「よく分からない知り合いだよ」

「は?」

「詳しく話した所で混乱するだけだから、『よく分からない知り合い』のまんまがいいと思うぜ。最近変な友人が増えてきた、ってだけの愚痴さ」

「……それ、俺も含まれてないよな?」

「含まれてない。キリキリとなら一夜を静かに過ごせそうだ」

「まじでどんな奴とつるんでんだよ……」

「アマとかセウとか」

「……」


 何も言わなかった。


「――それで、お前は此処で祈りに来たんだよな?」


 話題を元に戻す形でそらされた。

 

「うーん、そうだな。そのつもりで来たんだが……」

「だが?」

「この調子じゃ来なくても良かったかもな」


 シンミン同様、神像の近くならあちらから接触してくるのではないかと考えていたんだが……外れかもしれない。


「変なことに付き合わせて悪かったな。一旦戻ってセウ達と合流してから王様の所に向かおう」


 右目に何も反応はない。周囲にも特に異変は……。


「……ん?」


 神像に一番近い長椅子、つまり先頭にある長椅子が一部分だけ黄(・)色(・)に(・)染(・)ま(・)っ(・)て(・)いる。椅子自体ではなく、その部分だけ俺の視界に黄色のフィルターがかかっているようだ。


「キリキリ……あれ、見えるか」

「あれ?」

「一番奥、左の長椅子だ。黄色く見えないか」

「黄色く、は見えないけどな」


 一応、右目を閉じて同じ場所を見てみる。――やっぱり、黄色は見えない。赤茶と茶色が視界を構成している。


「あそこ、何かあるな」

「何か?」

「何かと言われれば、……あまり分からない」


 正体の気になるばかり。何だ? 何があるんだ? 俺はつい歩きだした。

 

「市郎、危険じゃないの?」

「そうかもしんないけどよ、あれを放置するのもまた心残りで気持ち悪いんだ。ここはいっそ突っ込んでみるのはありじゃないか」

「おい、一人で何ぶつぶつ言いながら歩いてんだ?」


 キリキリは俺の少し後ろについて歩いていた。


「いや、何があるのか気になったんだ」

「気になる、って。そもそも、俺はそこに何かあることすら分かってなかったんだ。どうして分かったんだ?」

「勘みたいなものさ」

「曖昧だな」

「曖昧過ぎるんだよ、これは」


 黄色のエリアへと近付いていくと、少しずつだが、ペンキをぶちまけたように染まっていた黄色が変わっていることに気付いた。今は……橙よりの色になっている。


「……赤色に変わっていっているわね。これ、あの神様が言ってた通りの危険区域じゃないの?」


 かもしれない。だが、赤になりきる前に何があるかだけは知りたい。

 

 更に近づき、件の椅子の斜め後ろに立った。領域は黄色から橙に全て置換されているが、その中心は背もたれでまだ見えない。


「……」

「どうした?」


 ……何故か、唐突に恐怖が脳味噌を駆け巡る。この先に何を感じているんだ、俺は。――いや、赤に染まったこの視界に恐怖しているのか。警戒色である、赤に近い、橙色に。


「おい、大丈夫かよ?」


 ……いいや、ここは思い切り、さっさと見てさっさと帰ろう。俺は足に力を入れる。背もたれの縁に手を掛け、覗き込んだ。


「な……」


 俺は言葉を失った。そりゃそうだ。誰だって、こんな光景を見れば驚嘆してしまう。


「おーい、イチロウ。何があったんだ?」


 何があったのか。あったのは人だ。リザードマンではなく、ティピカル。勿論死んでなんかおらず、生きている。ただ、寝息を立てていた。


 何処かで見つけたのだろうか、ぼろぼろの黒布を布団のように、縮こまって、丸くなって眠っている。布に浮き出たシルエットはアマと同じくらいの小柄で、顔はかなり綺麗だが中性的で性別は判別しづらく、耳が少し尖っているが、所謂エルフとかで想像するような耳ではない。あくまで個人的な成長差だろう。小さな胸を拡大、縮小させて、静かに息が漏れていた。


 そんな子供が、こんなところで寝ていることにも当然驚いたのだが、俺が釘付けにされた、ロマンチックに表現するなら、心を奪われていたのは別だ。


 少年(少女)の傍ら、縮こまっていることで空いたスペースに、刃渡り90センチはあるだろう、巨大な鎌が立て掛けられていた。


 少年の体躯よりも少し長い持ち手から、角度を付けて折れ曲がった先端、そこから横に切り裂くように半分三日月型のパーツが伸びている。カバーが付いており事故で自分に刺さる、なんてことはなさそうだが、一応の配慮か、刃先は少年の逆を向いていた。


「――お? ああ……」

 

 凶器らしい凶器がいきなり登場し、俺はつい動揺してしまった。格闘やらタックルやら魔法の杖やら、命の危機に瀕した凶器はあるものの、外見からビビったのはこれが初めて。


 ただ、気になる点は、『危機察知(リスクドッジング)』で染まっている範囲が鎌ではなく、この少年の周囲になっていることだ。それはつまり、あからさまな凶器ではなく、殺意の権化ではなく、この少年にこそ危機(リスク)は埋まっているのだろう。少しゲーム的に捉えるならば、見た目で判断してはいけない人食い宝箱(ミミック)パターンなのだろう。

 なら、少年が起きる前にさっさとここを出よう。そういう旨を伝えようとした時だった。キリキリは暫く何も言わない俺に苛立ったのか、横を通り過ぎてしまった。

 

「ちょっとおい、何があったって……うおお!?」

「――ばっ、キリキリ、声がでけえよ!」

「いや、お前も……」「んぅ……」


 少年は苦しそうな、生理現象からの声を漏らしながら身じろぐ。反射的に俺は声を潜め、キリキリの口を掴んで強制閉口させる。鱗で手が滑りそうになったが、口を開けようとしたことで逆撫で、反射行動を阻止する。キリキリも流石に意図を理解し、物音を抑えるために一切の動きを制止する。


 ……唾を飲む。その音さえ大きすぎるように錯覚してしまう。


「……」


 身体をもぞもぞと動かし、椅子の上で器用に寝返りを打つ。美顔が俺からでは見えない位置に移動し、肉体の挙動のみに注視する。……だが、それだけだった。少年の目が開く様子はない。


「……」


 ……俺は安堵の息を漏らす。なんとかなったみたいだ。少年は変わらず寝ている。――と、安心した。


 視界が変わる。色が変わった。橙から、赤に。急速に、即座に。さっきよりも強い、恐怖!


「市郎! その子起きてるわ!」

「バ(・)ッ(・)ク(・)だ(・)、(・)キ(・)リ(・)キ(・)リ(・)!」


 少年は身体を更に丸め込み、垂直、Z軸を中心に回転。布団代わりの布を弾きながら首と両手の三点倒立の姿勢へ移行し、空に投げ出した足で周囲を薙いだ。


 俺はキリキリの左腕を思い切り引き、倒れる衝撃など厭わずに倒れ込む。だが、キリキリの体幹が強く、数歩後ろにずらすだけだった。しかし、初撃を躱すには十分。キリキリの胸板前線、数ミリ前を少年の足が通り過ぎる。


 少年は回転の勢いそのままに頭跳ね飛び、空中で身体を半回転分捻らせて着地して、少し驚いた表情を見せる。さっきは布に隠れていた服装がよく見える。


「すごいね、おにーさん! 奇襲失敗したの初めて!」

「……そりゃあ残念だったな」

「うん! すっごく残念! 寝たふり完璧だったと思うんだけどなー!」

「助かったぜ、イチロウ。俺には寝てるようにしか見えなかった」


 俺にだって寝ているようにしか見えていなかった。『危機回避(リスクドッジング)』とソフィアのモニターがなければ二人とも蹴り飛ばされていた。


 こいつ、あの天使の寝顔からは考えられない程戦闘狂、瞳孔が縮みに縮んで三白眼になっている。こういう奴とやる時は、冷静にいることが対策方法。そうでなければ、ペースをとられる相手だ。


「おにーさん、すごい弱そうなのにやるね!」

「てめえ煽ってんのか、ええ!?」

「精神面は外見通りなんだねおにーさん!」

「確信犯だなおめーよぉ!」

「あはは! 面白いねおにーさん!」

「……冷静にいるんでしょ。落ち着いて」


 ――はっ。

 つい反応してしまった……。ソフィアの静止がなければこのまま殴りかかって返り討ちにあっていただろう。これはソフィアに感謝するしかない。何故だか知らないが、こいつの言葉は非常に不快だ。気を付けなければ。さて、今度こそ冷静に、冷静に……。

 

「おにーさんかかってこないの? へぇ、大の大人なのに受け専門なんだぁ。女々しいね!」

「いいだろうやってやろうじゃねえか表出ろ!」

「市郎!」

「待て、ソフィア。俺はおいたが過ぎるガキを一人わからせるだけだ。何も言うな!」

「ソフィア?」

「気にすんなキリキリ! 後から説明する! こいよガキ! てめえのとっぽい攻撃なんざ当たんねえよ!」

「ちょ、待てよイチ」「結局受け身なのは変わらないんだね、おにーさん!」

「だあああ!」


 ストレス値が臨界点を突破した。俺はキリキリとソフィアの静止を完全に無視して糞ガキへと走り出す。そのかわいい顔面に一撃ぶちこまなきゃ気が済まなくなった。


「あはは! やっっと来てくれた!」

 

 糞ガキはさっきまで寝ていた椅子を蹴り飛ばす。『危機察知(リスクドッジング)』でそれが上半身直撃コースにあるのを確認したので膝を折り、脛を床にくっつける形でスライディング。目の前を蹴りの衝撃で一部破損した椅子が通り過ぎる。


 日課にさせられた筋トレで鍛え上げた腹筋で上体を起こし、膝立ちからまた走り出した。糞ガキに目を向けると、――カバー付きの鎌を持っていた。自分よりも大きなそれを軽々と、片手で遊んでいる。


「てんっめぇ! 武器ありは卑怯だろうが!」

「あるもの使って何が悪いの? ほらほら、避けてみてよ、おにー、さんっ!」

  

 右下に向かって斜めの袈裟斬り。『危機察知(リスクドッジング)』で危険区域を特定し、直前でストップして回避。


 ガキは直ぐに鎌を反して槍のような突攻撃。切断能力が期待出来ない分、こういうパターンもあるのか。俺は刃のない方に避ける。


 またもや鎌を反しながら、持ち手の少し下に持ち直し、俺ごと空気を刈ってくる。俺はしゃがみながら頭の横、肘が後ろに飛び出る様に腕を構えた。鎌を下から弾き、ギリギリで避ける事に成功する。


 がら空きになったガキの下腹部正面から、潜り込むように拳をアッパーで突き出す。が、直前で余っていた左手で受け止められた。


「ぼくより大きな腕なのに弱いね、おにーさん!」

「力だけで勝てると思うな!」


 右手は振り切った鎌を持ち、右手は俺の拳を掴んでいる。つまりは腕がクロスした状態で、こちらの攻撃の対処が多少しづらくなった筈。俺は足元をしゃがみ状態でのローキックで狙う。きつい姿勢だ。


「もちろん! ぼく別に力が強い方じゃないしね!」


 が、空振り。鎌で地面を叩き、先端を支点にして円を描くように飛び上がったのだ。飛び上がった勢いで支点の鎌ごと空に浮き、ガキの回る勢いに乗って回転する。それは俺の顎に直撃するルートになっていた。ギリギリで避ける。


「――っ、はあ、はあ……」


 やばい。体力をかなり削られた。

 

「あれ? 大丈夫、おにーさん? まだやれそう?」

「お前に、心配される程じゃ、ねえよ」


 よく考えたら、少し前まで暑さでバテていたのだ。直ぐに疲れが来てもおかしくない。


「……んにゃ。おにーさん、ちゃんと休んでよ。そんな状態でやっても楽しくないし、意味がない」


 ……こいつ、そういう理性はあるのかよ。


「……ありがとう」


 俺は近くの椅子に座り込んだ。ぼろぼろではあるが人の体重を支えられる位の強度はある。


「どーいたしまして。じゃあ代わりに聞いてもいい?」

「何だよ」

「おにーさんの仲間達、『雲隠れ一党』って他に何人いるの?」

「は?」

「誤魔化さないでねおにーさん。これ以上虐めるのも楽しくないから」

「……いや、俺はその『雲隠れ一党』とかいうグループには入ってないぞ」

「え?」


 ガキ……少年は本気で驚いたような顔を浮かべる。


「おにーさん嘘、ついてないよね? 言い逃れしてる訳じゃないんだよね?」

「……それは俺が保証する」


 頭を抱えたキリキリが呆れたような、子供を見る目で俺らを見る。

 

「宿屋のおじさん!? 居たの!?」

「ずっと居たわ! ……そこのアホはイチロウ。お前の探してる奴じゃねえよ」

「え? じゃあなんで襲ってきたの?」

「それはお前が煽ってきたからだよ!」


 俺は怒る。


「い、いやいや、僕は正直に感想を言っただけで……」

「何でも正直に言ったら正義じゃないんだよ!」

「正直に生きろって言われたもん!」

「限度ってもんがあるだろ!」

「正直に限界とかないでしょ!?」

「堪忍袋の緒は切れちゃうんだよ!」

「それおにーさんがキレやすいだけじゃ……」

「的確に突かれたら何も言えないだろうが!」

「落ち着け、っての!」

「いたっ!」


 男の拳骨を頭頂部に喰らった。煙でも出ているんじゃないかと錯覚する位には痛い。真横まで来ていたキリキリの眉間には幾重にも層が出来ていた。


「……二人とも、ちょっと座れ」

「え、は、はい!」

「俺もう座ってるんだけど」

「地面に座り直せ」

「すいません分かりました」

 

 俺とハルと呼ばれた少年は横並びで地面に正座する。キリキリの纏う雰囲気が変わった。


「ハル」

「は、はい」

「俺の宿を使ってくれてるのは感謝してるよ。たまに別の町から来るリザードマンぐらいしか使わないからな」

「……どういたしまして?」

「感謝はするがな、……もっと言葉に気を付けろってチェックインの時にも言ったよな⁉ 周りから優しくされて育ったのか知らねえが、その態度じゃいづれ見放されるぞって言ったの覚えてないのかよ! 初めてだったぜ客に怒ったの! 大体、なんで俺の宿とってこんな所で寝てたんだ、こんなカチカチの椅子で! 体に悪いだろうが!」


 ……うわぁ、めちゃくちゃにキレている。キリキリの背後に鬼が見えた。


「ご、ごめんなさい! 元々依頼があってイテウに来て、その……」

「そこは知らねえ! 俺が言ってんのは無自覚なのか分からねえその煽り口調の方だ! 後謝るなら俺じゃなくそこのイチロウに謝れ!」

「わ、分かりました!」


 涙目になりながらこっちに体を向き直すハル。

 

「……おにーさん、ごめんなさい!」

「……ふ、ふふ、分かればいいんだよ分かれば」

「お前もお前だ! 上から目線でものを言うんじゃねえイチロウ!」

「はいその通りでございます真にすいませんでした!」


 今度は俺のターンだった。

 

「そもそも、子供のちょっとした言葉でキレるお前も問題だからな! さっきも言った気がするが、そんな短気じゃ折角の友達も全員居なくなっちまうからな! 本当に気を付けろよ!」

「はい! 心に留めておきます!」

「はぁ、ったく……。なんで俺が国の使者と『希望の星達』を叱ってるんだよ……」

「『希望の星達』⁉」

「国の使者⁉」


 お互いにお互いを見開いた目で見つめ合う俺達。


「おにーさんそんなすごい人だったの⁉」

「お前が『希望の星達』⁉」

「……ああああ! めんどくせえこいつら!」



 

 キリキリの仲介説明によって(時折本人説明も入りつつ)、俺達はお互いを深く知る。ややキリキリがぶっきらぼうだったのは流石に可哀想だと思った。


「……へえ、おにーさん、すごい人だったんだね!」

「いやあ、俺は成り行きみたいな部分があるからな。実力で『死神(モウナカケル)』と呼ばれるまで押し上がったハルの方がすげえよ」

「えへへ、ありがと! おにーさん!」

「そこまで真っ直ぐ喜ばれると、褒めただけなのに一仕事終えた気分になるな」

「いやいや、おにーさんが褒め上手なんだよ!」

「……」

「あ、おにーさん口にやけてる! 嬉しいんだ!」

「わざわざ言わなくてもいいわ!」

「はあ、お前ら元気だな……」


 三十連勤した後の教師のような、疲労感たっぷりの声で呟く。……お疲れ。

 

「そういえばおにーさん、アマねーちゃんとセウにーちゃんと居たんだ」

「ん、ああ。会いたかったらキリキリの宿に行けば会えるぞ」

「え、おじさんの所に⁉」

「おじさんって呼ぶのはやめて欲しいんだが……」

「分かった! キリキリおにーさん! 宿って何処にあったっけ!」

「ここからだったら真っ直ぐ進んで突き当たりを右に進めば着くぞ。どうせ戻るから付いてくるか?」

「んー、いいかな。僕ここで仕事しなくちゃだし」

「仕事? ここに何かあるのか?」

「何かあるというか、あるかと言われたら分からないっちゃ分からないんだけど……うーん、依頼関係だから大っぴらに言えないんだよね」

「へえ」

「ま、守秘義務はないしいいや!」


 ……ハルに秘密は教えられないと思った。少年は楽しそうに笑顔を浮かべる。


「おにーさん、最近マーナ、南の地方辺りには行った?」

「いや、行ってないな」

「そこらへんで悪さしてた盗賊団がここに逃げてきたらしいんだ」

「そこまで分かってるのか。何処で掴んだ情報なんだ?」

「南の地方の依頼者ってこういう情報をすごい持ってるんだよねー。所謂情報屋? みたいな?」

「……成程」


 南の地方ならユンクォやニトに関する何かは得られるかもしれない。これは覚えておこう。


「まあ、情報収集ならうちも負けてないけどね! えっへん!」

「急に威張るなよ。でも、そうか。『希望の星達』ってそういう所も強いのか」

「いや、『希望の星達』にそういう人は居るかもしれないが、別に特徴として情報収集が強い訳じゃねえよ」キリキリが言葉を挟む。「ハルが言ってるのはあいつが所属してる劇団のことだ」

「劇団? ハルって演技出来るのか?」

「そりゃもっちろん! 寝たふり、キリキリおにーさんにはバレなかったじゃん?」

「――ああ、言われてみれば。あれは誘い込むための罠だったんだな。見事な狸寝入り、恐れ入った」

「んにゃ? おにーさん達が大きい声出すまではぐっすり寝てたよ」

「寝てたのかよ!」

「あはは! いいツッコミ!」


 シンプルな方が好みらしい。腹を抱えて笑っていた。


「面白いね、おにーさん。おにーさんもうちに入らない? 誰でも大歓迎だよ」

「遠慮しとく。俺はあんまり演技とか得意じゃないからな」

「そっか! ……いい人生だね!」


 ハルの言っている「いい人生」の意味は少し分からなかったが、何かを飲み込んだような言葉だとは思った。


「なら見に来てよ! 明日は広場で一幕やるからさ!」

「明日か……」


 別に時間制限もないし、アマとセウは一日休んだ方がいいだろうしな。観劇する暇はあるだろう。


「分かった。見に行くよ」

「やったー! ありがとう、おにーさん!」

「ちょっ、鎌持ったまま抱きつくな! 怖い怖い!」

「大丈夫だよ、おにーさん! カバー付いてるから目に入らなきゃ大丈夫」

「そりゃ、死ぬこと以外かすり傷かもしれないが、邪魔じゃないか?」

「あ、確かに」


 ハルは一度鎌を置き、もう一度俺に腕を巻き付けた。


「ありがとー!」

「……なんだか、久々に子供らしい子供を見た気がする」


 ミシュやカエズ、声だけだがシンミンなど。外側だけ幼い者ばかりで、外見通りの少年はこの世界では初めてかもしれない。

  

「ちょっと、子供扱いしないでよー!」

「でも実際には子供じゃないか」

「それは、そうだけどさあ……」

「ごめんごめん。子供扱いが気に入らなかったら謝るよ。その頃の俺は君程頑張ってなかっただろうからな、すごいよ」

「……ま、まあ。おにーさんの褒め言葉に免じて、さっきの失言は許してあげるよ。でも、絶対見に来てね」

「分かってるよ。それじゃ、後でな。行こうぜ、キリキリ」

「ああ。――ハル! 寝るならちゃんと宿で寝ろよ! テュテュが留守番してる筈だから顔パスだ!」

「はーい!」


 ハルの元気な返事がやけに耳に残った。



 

 建付けの悪くなった扉を開く。外は変わらず喉が乾いてくる風景だった。命の危機を感じるレベルではないが、それでも暑い。体感35℃はある。

 

「……この辺りって涼しい場所とかないのか? もうそろ感覚がおかしくなってきそうなんだが」

「ハルも最初はそんなこと言ってたな。その涼しいってのを知らない俺からしたら、そんなに欲しいもんなのか疑問しかないが」

「例えるなら、涼しいはエデン、もしくは理想郷と呼ぶべき存在だ。厭離穢土欣求浄土《えんりえどごんりじょうど》とは言うが源信と同調したのは初めてだぜ」

「えん……ああ?」

「簡単に言えばあの世に幸せがあると信じてる思想なんだが……」「怖っ! この世を生きる気ないじゃねえか!」

「そんぐらい今いる場所に苦痛を伴っていたんだよ」

「ああ……ティピカルからするとそういう認識なんだな、暑さってのは」

「ほんと、キンキンに冷えた飲み物を流し込みたい気分なんだよ」

「へえ」


 心底他人事、という返事だ。実際、他人事なんだろうし、それこそ嘘をつくような人ではない。……アナザーに戻って冷房が利きまくったコックピットに籠りたい。


 ソフィアの声が脳内で反響する。「二度と外に出なくても良いように、やることはやっといた方が良いんじゃない?」


 確かに、一度楽を知ってもう一度苦を楽しむのはそういう領域の人間じゃなきゃ難しい。ここは先に向かうべき場所へ行っておくことにした。俺はキリキリに城の場所を聞いてみる。彼は特に嫌な顔をせずに答えた。


「こっからなら……城はこの道を直進した後、突き当たりを左に曲がったら着くな」

「分かった。案内してくれないか?」

「勿論。着いてきな」

 

 俺とキリキリは歩き出す。幸い今回通った道はそれ程複雑ではなかったし、初めて来た俺でも覚えることは出来るぐらいの距離だった。まあ、壊れた教会への道が分かったところで宿へ戻れるかは別ではある。


 前を歩いていたキリキリが大通りに出た所で歩みを止め、「ここだ」と坂道を示す。坂は上りではなく下り。つまりは地下へと向かっている。


「……えーと、本当にここなのか?」

「ああ。ここを下りていけば城がある」


 俺は道を覗いてみる。確かに道は続いており、少なくとも行き止まりではなさそうだ。しかし天日は入り口近辺にしか入っておらず所々にある松明の明かり程度の光量では最奥までは確認できない。


「ここから宿は……」

「この大通りを真っ直ぐ進めば見えてくる。道中でハルが劇やってる広場も見えると思うから、そのまま観るのが良いと思うぞ」

「分かった、そうしてみる。……教えてくれて助かるよ。色々ありがとな」

「おせっかいが好きなだけさ。城までついていった方が良いか? 一本道だし迷うことはないと思うが」

「強いて言うなら、いきなり身元不明の俺が来て怪しまれないかぐらいだな。キリキリが居たらある程度は担保されるだろうけど」

「それに関しちゃあの証明書を見せれば問題ないと思うぜ」

「あ、そう言えばそうだったな。……んじゃ、俺は一人で行くよ。これ以上付き合わせるのもあれだし」

「おうよ。俺は宿に居るから嬢ちゃんのことは安心しな」

「助かる」

 

 キリキリはこちらに手を振りながら宿に戻った。俺も手を振って彼の姿をある程度見届けてから背後の道に視点を移す。地面を掘り抜かれる形で出来たそれは、先程も見たように足元しか確認できないぐらいの最低限の明かりしか置かれていない。


「結構雰囲気あるわね……。大丈夫? 怖くない?」

 

 ソフィアの声色にはかなり心配の色味が強い。いつの間にか入り口の横にソフィアのイメージが見えている。

 

「ソフィア、俺はそこまで子供じゃないから」

「でも、ミシュも市郎も凄くビビリでしょ?」

「……これくらいだったら怖くないって」

「えぇ~? 本当~?」

「何だそのムーブメント」

「こ~んなに小さい時からずっと怖がりなのにぃ?」

 ソフィアはわざとらしく地面から五十センチもないくらいの高さに手をかざす。

「お母さんかよ」

「あらやだ、反抗期なんて! お母さん嬉しくなっちゃうわ」

 整った肢体をくねくねとくねらせながら両頬に手を添えるソフィア。

「……」俺は坂道を下る。 

「あっ、ちょっと! 人の渾身のギャグを無視しないの!」

 背後から聞こえるソフィアの声が足音と共に近づいて聞こえる。これも俺にしか聞こえていないのだろう。

「……ソフィアのセンスは変に単純というか、古風なんだよなあ」

「おばさん呼ばわりは私、泣いちゃうわよ?」

「言ってないって。自意識過剰」

「それは言い過ぎじゃない?」


 通り過ぎる度に、松明の炎の熱を肌へ直に感じる。どれも消える様子はなくかっかと燃え、暗い道を照らしてくれていた。


「もしかして、これも魔法だったりするのかしらね?」

「どうなんだろうな。魔力でも感じられればそういうのも分かる気はするけど」

「うーん……。魔力を感じるってどんな感覚なのかしら」

「所謂第六感みたいなもんなんじゃないのか。ほら、夜に曲がり道を通り過ぎた時にふと、何か居る気配を感じるみたいな」

「幽霊ってこと?」

「幽霊単体って訳でもないんだけど……」

「それじゃ、生命エネルギーが具現化してヴィジョンが見えているイメージ?」

「側に立つ波紋ではないが……言おうとしてることは近いっちゃ近いのか」

「まあ、アプローチを科学的にするなら何か特定の元素、今回でいう魔素の感知を出来るようになっているんだとは思うけどね」

「そういう生物って居るのか」

「あら、人間だってそうでしょ」

 

 後ろからソフィアが俺の頬をつつく。


「異性のうなじを嗅いだことはない?」

「そんな変態じみた告白をするとお思いで?」

「亜人好きの時点で今更だと思うわよ」

「それは勘違いだ」

「恥ずかしいなら良いんだけど、要はフェロモンの話よ」

「羞恥心とかの話じゃなくてな……。まあいい。フェロモン?」

「そうよ。あれも本質的には特定の物質の感知だもの」

「あー、……言われてみれば。それで言うなら免疫もそういうものか」

「学校で教わったりしないの?」

「しない訳じゃないが、免疫の仕組みなんて高校の生物の授業以来しっかり聞いたことないんだよな」

「覚えていた方が損はないと思うけど」

「覚えてられる程脳のメモリに余裕が無いんだ」

「じゃあ脳のメモリ増やしてみる? 一応アナザーにスペアがあったと思うわ」

「本当に増やせば良いって訳じゃないけどな? さらっとメモリ増設の案が出たことに俺はびっくりしちゃったけどな? てかスペア?」

「ええ。ミシュが使ってるのと同じだからハードサイズは問題ないわよ。第十四条(脳味噌いじっちゃダメ)って言われる前の合法品しかないけど」


 真横の松明、その炎が通り過ぎる風で揺れる。

 

「……なんつうか、久々にお前らが異世界人だってことを意識したよ。倫理観とか、そういうの」

「ちょっと何言ってるのか分かんない」

「何で分かんねえんだよ」

「リンリカンって大統領? それとも猫ちゃん?」

「どっちでもないし振った流れ適当にぶった切んな」

「やあねえ、本気で聞いてるのよ?」

「こっわぁ……」

「AIジョーク♡」

「だから怖いって言ってるんだわ」


 俺は頭を抱える。ソフィアはあっけらかんとした物言いで続けた。

 

「そんな今更な話してないで、私達はここの倫理観を学ばなくちゃね。何処かのタイミングで魔素の解析をちゃんとしておかなくちゃいけないかも」

「専門外なのでお任せします」

「はーい。――それでさ、市郎」

「何だよ」

「進むの遅くない?」

「……」


 確かに俺の足取りは少しずつ遅くなっていた。秒速三段、秒速二段、秒速コンマ三段。


「確かに外からの陽が入らなくなってきて、だんだん暗くなり松明だけが足場を照らしまるでホラーゲームの地下に潜る時のようになっているけど、一体全体市郎君はどうしてそんなに遅いのかしら?」

「全部言ってるな、おい。……悪いか、ビビりなんだよ」

「いんやぁ? ただ、人が焦ってる様子を見るのって楽しいでしょ?」

「そんな人だとは思いませんでした。失望です」

「ミシュがビビってるのを見た時は?」

「果てしなき天を辿った時のような絶頂に至りますね」

「撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだからね?」

「うるさい! 俺に害をなす奴が悪い!」

「ビビりすぎてキャラクター安定してないよ?」


 ……いや、しょうがないじゃん。暗いんだよこの道。本当に階段降りる気あんのかってくらい足元は見えない。足滑らしたらどうしてくれるって言うんだ。


「この先に幽霊が居る訳じゃないんだから落ち着いて……」「そんな話はしとらんぜ! 怖いのはワニだワニ! 俺が怖がってるのはそんなのじゃない!」

「本当に落ち着いて市郎! もう言ってることがめちゃくちゃなんだけど!」

「もう、ゴールしてもいいよね……?」

「何処に!?」

「何処にだっていい! 俺達はあの場所へ……」「どちら様で?」「カヒュッ」

「うわぁ!? なんか落ちてきて……って、人!?」

 俺の意識は唐突に現れたワニ顔にぶっちぎられた。


          ◆◆◆◆


 ……名前を呼ばれた気がした。まだそれほど年を重ねていない、あどけなさの残る少女の声。俺にとって忘れられないその声の少女は、俺の横に座っていた。空には数えきれない程の光。果てのない天。陳腐だが、宝石が散りばめられたような星空。

 俺はこれが夢だと分かっていた。何度見たのかも覚えていないくらいにはそれを見ているから。この夢の中でだけ、はっきりと意識を持っているような錯覚を覚えていた。現実の俺とは離れた、虚ろでありながら確かに存在するぼやけたスナップ写真のような夢。この夢は、写真を眺めるように決まったことであり、俺のやることは何も変わらないのだ。

 

「楽しい?」


 俺の口からそれは溢れ落ちた。しかし直ぐに俺は震えた声が漏れそれを隠す。凍えるような寒さ。その冷たさで指先は悴み、息は白ばむ。だから、俺達は手を繋いだ。


「うん、すっごく楽しいよ」


 少女の声は軽やかで、明るく微笑むその顔はやはり美しく真っ白で陶器のような肌をしている。陶器のような肌、といえば聞こえはいい。しかし、そ(・)れ(・)は人間のような肌ではないということを示す。俺はその顔がとてつもなく苦手だった。だから彼女の頬を触った。熱を、彼女に。


「……そっか」

 

 我ながらなんともいえない返事をしながら少女を見つめていた。そうしているうち、少女は視線をこちらから外して空へ。その瞳は夜空に浮かぶどの星よりも明るくて、輝いていた。俺も彼女にならい空を見上げた。オリオン座、うさぎ座、――あれは何だったっけか。毎度の様に思い出せない。

 正確に言うならば、名前がついたくらいで俺には関係のないことだからだろう。どんな星が浮かんでも、この夜空で俺にとって少女以上に輝くものは全く見えなかった。心地の良いものではないし、今すぐ少女に向き直りたい。だが、俺は星を見ているだけだ。それだけ。筋をぴんと伸ばした首は縮もうともせず動く気配すらない。どうしようもない。俺は、どうしようもない。

 ……ああ、またこの感覚。夢の中でさえ意識が薄れていく。なんで。なんで俺は、僕はここに居られないんだ。


          ◆◆◆◆

 

「……んあ?」


 ……しまった。気絶していた。突然現れたワニ顔、もといリザードマンに心臓をギュッとキャッチされて意識を明後日の方向にぶん投げてしまったのだった。

 明るい。どうやら、少なくとも明かりのある部屋で俺は仰向けになっている。寝起きであることや光によってぼやけた視界では正確にものを捉えられず、判別は出来ない。が、目の前を覆う影がそこに人間が居ることを示す。ソフィアのイメージ? いや、ソフィアにしちゃでかいし、何よりその腕の太さが俺の知るソフィアのものとは比べものにならない。

 俺は鮮明になる意識と視界でその男を観察する。キリキリと比べて数段パンプアップした巨躯に、その口の大きさから蜥蜴というよりも初手の印象と同じくワニに見える顔。全身の肌が凸凹しており、ゴーヤのような印象を受けた。これがイテウの王。


「……お。起きましたか、カエズ殿の使い。新しい顔ですね」


 想像していたものよりは落ち着いた口調だ。テュテュといい、ギャップ萌えが好物なのかリザードマンは。

 王国の使人という立場である以上、身なり口調はきちんとしておこう。俺は身体を起こしながら服を整える。寝ていた場所は俺がすっぽりと収まってしまうほどの大きな寝具だった。もしかしなくてもこの男のものだろう。


「お見苦しい所をお見せしました。その……」「ああ、名乗っておりませんでしたな。私はギタケタ。カエズ殿の使いであるあなたは呼び捨てで構いません」

「……いいのですか?」

「ええ。それにその敬語も止めていただいて構いません。前の使いにも同じようにしていましたしね」

「……王様ってのは、敬われるのが嫌いなのかよ。あいつも同じことを言ってたぜ。敬語すら止めろってのは流石に言ってなかったけどな」

「いいや。ただ、こういう時くらい別の言葉を聞きたいのです。カエズ殿もそうなのでしょう」

「こういう時こそ敬語って使われるべきだと思うんだけどな」


 俺は立ち上がり、ギタケタと向き合う。すると、ギタケタは奥へと誘導しながら歩き始める。


「こちらに腰かけるものがあります。そちらで話しましょう」

「分かった」


 ギタケタの示す先には対面で置かれたソファのようなもの。上質かどうかはさておいて、王様の部屋にあるような上品なものではなかった。ただ、それよりも気になるのはその暗さ。用意された松明が二つと明らかに少なく部屋全体をしっかりと照らせていない。

  

「……あの、もっと照明とかないのか? 階段も暗すぎて落ちてしまいそうだったんだが」

「それは申し訳ない。如何せん地下奥である以上魔素が薄く、これ以上は炎が保てないのですよ」


 つまり、この炎は魔法によるものなのか。……いや、それより。


「地上に住むのとかじゃ駄目なのか?」

「民優先で建物を建てていたらいつの間にかこんな感じになってしまいましてね。まあ、大きな不便もないのでずっとここで暮らしているのですよ。ただ、客人に迷惑がかかってしまうのならば明るさ等は考え直す必要がありますかね」

「そうしてくれると助かる。まあ、次に来る使いは俺じゃない可能性の方が高いけどな」


 ソファといいこの部屋全体といいギタケタは自己犠牲を厭わないタイプのやつらしい。この街に来てからどうもこの世界の者達の考え方が気になってしまうな。……いかんいかん、今考えることじゃない。向き合うべきはこの会話だ。


「どうぞお座りください」

 ギタケタが座りながら向かいのソファに座るよう俺に薦める。


「ありがとう」

 まるでこっちが上様みたいな感謝を述べつつ俺は席へと腰を下ろす。思ったよりは座り心地がいい。


「それで? カエズ殿が使いをよこしてくるとは珍しいことなのですが」

「あーと……、何処から話すべきかな。前提として俺達、俺ともう一人……ここには来てないが、まあ取り敢えず二人で運営してる会社があるんだ。今回、俺達はセイクレート王国を拠点としてこの世界を対象とする観光事業を考えている」

「世界?」

「……あー、前提が前提になってないな。えーっと……」


 下手な説明に耐えかねたのか、俺の脳内にソフィアの声が響いてくる。


「そんなに説明下手じゃないでしょ」


 仕方ないだろ。カエズはこっちの事情を掴んでくる変な王様でなんか気負わず喋れるんだが、ギタケタはタメ口要求という謎ポイントがあるが風格やその在り方はそれこそ王様のオーラを纏っている。怖い先生に用事があるときみたいな緊張があるんだよ。

 

「はぁ……、仕方ないわね。市郎、私の言うことをそのまま反復して」

「え? あぁ……。――『突飛なところからの話になるんだが、俺達株式会社ITはこの世界とは違う世界、所謂異世界を拠点としてるんだ』」

「……は?」


          ◆◆◆◆


 カエズと違って異世界の存在を確信している訳ではない相手ではあったが、ソフィアのプロンプトをそのまま出力していった結果不信感を抱かせることなく理解させることが出来た。ただ、やはり驚愕は消しきれない。


「……まぁ、イチロウ殿の目的、そこからカエズ殿の要求も理解しました。が、少し整理をする時間をください。やはりいきなり異世界と言われても困惑するしかないので……」

「『それはよく分かってる。連れの休養のためにも一日は滞在するつもりだから、俺に返事をするなら翌日でも。そもそも俺に言わずとも返事は使いを介してカエズに伝えてもいい』」

「……分かりました。それほど娯楽があるわけでもありませんが、イテウをお楽しみいただければ嬉しいです」

「あぁ。どうやら劇団なんかが居るらしいしな。楽しませてもらうよ」

 

 ――疲れたな。ソフィアの言葉を繰り返しているだけとはいえ、一時間ないくらいは口を動かしていたのだ。いつまで経ってもこの作業は疲れる。たまにはミシュにやってもらいたいもんだ。俺は席を立ち、部屋から去る。そして、ふと思い至ったことを聞いてみる。


「ギタケタ。あんた、カエズと違って近衛兵とか居ないのか? 王様である以上、そういうのは必要だろ」

「……それは、民に私が害されるということですかな?」

「そういうんじゃない。この街の奴らは総じていいやつだと思う。根拠がたった二人だが、この世界全体から見てそんなことの方がないのだろうと言える。ただ、俺みたいな余所者がギタケタ、あんたを刺すかもしんないだろっていう話だ」

「あぁ、そんなことですか」


 俺の言葉が最初は民からの信頼についての言及だと思ったのだろう。ただの心配だということが分かってからは表情が明らかに柔らかくなった。そして、彼を纏う覇気のようなものが一層強くなったように思えた。


「……俺に傷をつけられるやつはいねえさ」


 魔力ではないのだろう。ただ、生物として感じる危険信号、プレッシャー。ギタケタは一瞬だがそれを漏らした。


「……なんか、余計なこと言ったな。悪かった。本当に悪かった」

「いえいえ、イチロウ殿とはまた会えると嬉しいです」


 俺はその笑顔に内心怯えつつ、そそくさと去ることにした。


          


 真っ暗な階段を通り過ぎ、大きな通りへ。抜け出した俺は頭を掻きながらソフィアへと話しかける。


「……なぁ、俺やらかしたか?」

「別に、あれはそういう自負ってだけだと思うわよ。気になるならあの王様に言ってみれば?」

「バカバカ。さっさとミシュの元に戻るぞ」

「高性能AIを馬鹿呼ばわりしないの!」

「自分で言うな」

「嘘じゃないもん! 嘘じゃないもん!」

「ミシュにソフィアが駄々っ子のモノマネしてたって伝えとくから」

「ちょっ! それはなんか恥ずかしいっていうか……」

「うるさい。もうちょっとおねーさんらしくしろ。最初に会った頃の大人らしさ失うの速すぎるわ」

「いいもんねっ! 私にも考えがあるもんねっ!」

「高性能AIの看板を投げ飛ばすなよ」

 

 ……まあいい。確か大通りを真っ直ぐに、だったか。あんまりミシュと話せてなくておかしくなってるんだろう。本来の主はミシュだしな。


「……ミシュか」


 大通りを歩く中、俺はそう呟いた。カイヤ・ミシュール。俺が通常でない生き方をすることになった要因。アナザーの統括管理システム兼、同乗者ヘルスケアAI、ソフィアを姉と呼びやけに敬う少女。……何(・)故(・)?

 そもそも、それも何(・)故(・)? な案件だ。俺は自分事でありながら株式会社IT始動からの二年間の記憶が全て朧気になっている。ミシュと共に生きていたということのみが確かに存在する夢のような、いや、まさに夢と言うべき夢の二年間。ソフィアすら知らない空白の二年間。


「一応もう一回聞いとくが、ソフィアは本当に夢の二年間について知らないんだよな?」

「ええ、知らない。マザーであるアナザーが動いていなかったからね。というかその呼び名固定でいくの?」

「ああ。別にソフィア以外とこの話することないし、分かればいいだろ」

 

 ソフィアはいつの間にか真面目モードに戻っていた。そういうところの察しは本当に鋭い。俺は丁寧に状況を整理することにした。

 

「俺はあいつに従っている理由としてあるものの一つ、それがシールだ」


 首元に貼られたシール。これにより遠隔起動式の毒が体内に仕込まれている。と、ミシュは言っていた。そう、言(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。結局はソフィアが第三者の保証がない以上、根拠のない妄言とも考えられるのだ。三年間もあればその不信感を俺が抱く可能性は非常に高い。だが、それは毒が本物である可能性を否定するものではないのも理解できる。実際のところ俺はミシュと共に居るし、たいしてミシュに不信感というものは抱いていない。


「ソフィア、体内にあるものって解析出来ないのか?」

「うーむ……出来なくはないのだけれど、体内への干渉は私が宿る親機からの許可を貰わないといけないの」

「それなら俺が……。いや、駄目なのか」

「そう。あくまで市郎の腕に付いているWITHは子機であり、親機はミシュが持っているから体内検査はミシュが許可しないと検査自体ブロックされるわ」


 やはり簡単にはいかないか。


「まあ、シールの解除は元々考えてなかったからいい。問題は俺自身だ」

「市郎自身。要はミシュに対する心象のことよね」

「ミシュのことを悪いとは一ミリも思っていない。毒を仕込まれ、三年間共に何をしていたのかを忘れている相手を疑うどころか家族のように慕っている」

「……そこにミシュが隠しているものがあると?」

「ああ。あいつはシールとは別に何か仕込んだんじゃないか。シールはあの時予期しない俺との遭遇、警戒による対策だ。だが、協力者となった以上必要なのは忠誠。自分以外に味方の居ない状況で確実に信頼できる仲間。ソフィアが復旧するまでの間、使いやすい手足を形成することとは重要だ」

「――市郎。それは既に不信感って奴じゃないの? それどころか、ミシュの裏を探ろうと」

「してるさ。それは否定しない。だが、それは不信感ってより探求心だ。不信感は相手を信じられないことだが、それは相手に騙されてもいいという覚悟だ。俺はミシュに騙されても構わないと思ってる」

「……なるほど」


 そう。この根拠なき有り余るまでの信頼。これがミシュによって植え付けられているものだと解釈すれば、納得がいくところがある。なんともなく俺がミシュに従う理由、ミシュと共に居るべきだと思っている理由、そして空白の三年間。その三年間で、何かがあった。

 ソフィアのイメージが現れる。その顔は何かを押し黙るようでいて、心の痛みに耐えているような顔だった。


「あなたはミシュの真意を知って、どうするつもり? ――ミシュを、どうしたいの」


 俺に問うソフィアの瞳は揺れていた。疑念、予期による心配、そこから生まれる葛藤。ソフィアはわざわざイメージを現したのもこれを見せるためなのだろう。対等な立場で、俺の言葉を得る為に。


「……ソフィアが心配するようなことはするつもりは毛頭ないよ。ミシュに会ってあれやこれやしていることは俺にとっても楽しいことなんだ。技術を極めて俺好みのロボットを完成させる。実現できたかどうかは別として、そんな俺が想定していた人生は奇想天外、荒唐無稽なものになった」

「いい風には聞こえないけど」

「そりゃ思った通りの方が良いことは多い。身構えておいた方が安心できるし、何より大きく外れることはないしな。けど、学生気分の抜けない俺にはハチャメチャの方が好みなんだよ」


 変に遠回しに話しても意味はないしな。簡単に言えば……。


「俺はあいつが好きだ。気に入ってる」

「……へっ?」

「あいつの為なら命を燃やしたってかまわないさ。あいつの思惑がなんだろうが、今更計画から降りれる立場じゃないしな」

「あ、え? そんなさくっと言っちゃうもんなの? え? 市郎って案外大胆?」

「ん?」

 

 ソフィアが黄色い声を上げて困惑しながらこちらを見開いた瞳で見ている。当たり前のことを言っただけなのだが。……ああ、そういや二年後の飲み会の帰り道、あの時のミシュも似たような反応をした気が……。


「……あれ?」

『一つだけ聞きたいんです。――なぜ、あなたは協力してくれるのか』

 ――そういやあん時、ミシュが俺に手伝ってくれる理由とか聞かれたな。信頼を埋め込んでる奴があんなこと聞くか?


「……なんだかんだ言ったが、結局裏なんてないかもな」


 なんかすごく見悶えていたソフィアがこちらの言葉にきょとんとした顔で静止する。


「急に話の腰折るのね。びっくり」

「要点を破壊してるが、実際そんな気がしたんだよ」


 裏というより、ミシュ自体の変化。そんなものがあるのだという気がした。ソフィアはころころ変わる俺の話に眉を顰める。が、別に悪気があったりする訳じゃないこと、特にミシュに相対するつもりはないことは伝わっていたのか安心したような微笑みを浮かべた。


「……まあ、それでいいならいいんじゃない?」

「やっぱり高性能AIにしちゃ、人間味が強すぎるだろ」

「そうかな……そうかも……」

「適当にそれっぽいの引っ張り出してくんなよ。……っと、着いたな」

 

 目の前には見覚えのある建物、キリキリの宿。……なんだか久々に見たような気がする。

 教会での遭遇、王様との対話。心労の多い出来事ばっかりだったからな。一日滞在する予定ではあるし、今日はゆっくりしよう。俺は戸に手をかけ、スライドした。


「よお、帰ったぞキリキリ。起きたか、ミs――」「こんのっ……アホ!」「え?」


 見えたのは大きなキリキリの背中。が、それは咄嗟に身を翻しその向こうにあるものが見える。拳。コースは俺の顔面ストレート。速度の乗ったそれを回避するのは全くもって不可能な話だった。

 ――ああ、こんなことはドッヂボール以来かなぁ。完全にとばっちりの一撃。テュテュの拳で俺の身体は頭をのけぞらせながら後方へ数メートル吹き飛んだのだった。


          ◆◆◆◆


「本当にすみません! 殴るつもりはなかったんです!」

「いや、それは分かってるから……」

「そうだぜテュテュ。お前がキレて殴ってきたのが悪いんだよ」

「ちょっと! それに関してはキリキリも悪いでしょ? あんたが急に胸を触って来たんだし」

「いやいや! あれはちょっとした事故で……」

「事故? あんながっちり掴んどいて何言ってんの!」

「なっ、あんな位置に立ってたのが悪いだろ!」

「」

「だー、もう! 喧嘩を止めろっての!」

「そ、そうだよテュテュさん! 別に胸触られたからってそこまで怒んなくても……」

「もう喋んないで姉さん! 火に油を注ぐだけだから!」


 ベッドに腰掛け頬にガーゼを貼り付けたまま、俺は左右でぶつかるテュテュ(アマが羽交い絞めで抑えている)とキリキリ(セウが踏ん張って抑えている)の間でストップのポーズをする。怪我させた当人が怪我人に宥められてるってどんな構図だよ。


「ちょい、ミシュ! お前も止めてくれよ!」

「んーむ……。私としては右往左往しているのを見てるのも楽しいですけどね。そもそも、そんな元気はありませんし」


 ミシュは熱中症から回復はしたものの、まだ本調子ではないようだった。が、そんなものはどうでもいい。


「俺だって怪我してるっての! ここの平穏を取り戻さなければ俺達は休めないんだから手伝え!」

「顔ぶん殴られたくらいでどうにかなるほど柔くないでしょ市郎は。……けど、確かに平穏は必要ですね」

「だろ! だから手伝えよ!」


 ミシュはベッドから起き上がりゆっくりと言い合う二人の間に立つ。そして、綺麗に二人の顎を打ち抜いた。体調が悪いとは思えない程流麗で美しいダブルアッパー。……じゃなくて。


「え、ミシュさん?」

「ちょっ、ミシュちゃん⁉」

「なぁーにやってんだぁ!」

「え? 喧嘩を鎮めただけですよ?」

 

 きょとんとした顔で言うミシュ。白目を剥いて倒れるキリキリを慌てて支えるセウと全身脱力したテュテュを片手で抱えながら驚くアマ。


「恩人相手に拳を出すんじゃねえよ! というか段階踏み越えてんじゃねえ! 平和の一歩は対話からだ!」

「私が碌に会話できるとでも?」

「何でドヤ顔が出来るんだよ……」

「ミシュちゃん、話すことって大切だからね?」

「自慢ではないのですが、私は話すこと以外しか出来ないのです」


 ……………………。


「……やっぱり、今後も話すのは俺がやるよ。今決めた」

「ああ、そうしてくれるならありがたいですよ市郎」


 言葉を失っていたセウとアマが、ハッとしたように俺を引き寄せこそこそ話をする体勢に。

 

「ちょっと! ミシュさんってあんな脳筋なんですか⁉」

「脳筋じゃないんだが……超がつくほどのコミュ障なんだ」

「コミュ障? 私からするとそんな感じしなかったけどなぁ」

「何故だか知らないが、お前らのことは気に入ってるんだよ。本来は初めて会う相手には話せたら万々歳ってレベルなんだ」

「それは……イチロウが過保護だったんじゃない? それに、見た目通りの少女なのも事実だし」

「まぁ、それはそうなんだが……度が過ぎてるんだよ」

「ちょっと、私だけ仲間外れにして何話してるんですか」


 俺達は頭だけを突き出した姿勢を解除する。


「別に? お前について色々教えただけだよ」

「そうそう。ミシュちゃんがすごいって話!」

「ミシュさんって強いんすね! 言葉よりも先に腕っぷしでどうにかするその強さ! まさに脳筋ゴリゅぶへぁっ!」


 一言多いセウがミシュのストレートパンチを受けて吹き飛ぶ。体をツイストさせながら壁に叩きつけられた。


「私が脳筋チビゴリラと申したのは何処のどいつです?」

「い、いやいや! チビまでは言って……」「言いましたね」「げばぁ!!」


 ボディブロー、フック、アッパーカット。流水が如き三連撃で壁に張り付くセウ。いつもよりも覇気を携えたミシュが骨を鳴らしながら近づいていく。

 

「あらあらあらあら。セウはそんなに人を詰るのが好きなのですね。イチロウのとは違って心に良く響きましたよ」

「ま、まじで死ぬ……。た、たたた、助けて、姉さぁん!」

「頑張ってねセウ。もうそろその癖直してね」

「ちょ、頼みますって! イチロウさん!」

「ミシュを悪口で怒らせられるのは才能さ。誇れ☆」

「み、ミシュさんまじすんませんでしつぁっ! どぶっ!」

「良いですよー。これはやつあたりですからね」

「やつぃっ! あたりならびゃっ! 僕じゃなくどぅぼぉっ!」

「最近ストレス発散してなかったなって思いましてね?」

「……さて。キリキリをこのまま地面に寝かせてもあれだし、ベッドに運んでやるか」

「じゃあ私はテュテュさんをやるね」

「ちょっと待ってぇ! うげぁ!」


 サンドバッグになったセウを無視して俺とアマはキリキリ達をベッドへ運ぶことに。

 ……が、キリキリを持ち上げられない。


「おっもいな……アマ、大丈夫か?」

「ん?」

「……いや、聞くまでもなかったな」

 

 アマはテュテュを片手に軽々と抱えながらこっちを見ていた。


「あー、持ち上げられないの? 手伝ってあげようか?」

「いや、少しだけ頑張って、みるよっ! とおぉぉぉぉぉ!」


 たまにはいいとこ見せてやr……。あ、無理。


「はぁ……はぁ……。ちょっと、終わったら手伝ってくれないか、アマ」

「いいよ。といっても、もう終わってるし」


 テュテュはいつの間にか奥のベッドに寝かされていた。まじで速いな。アマはそそくさと俺の近くに寄りキリキリを持ち上げた。


「……はぁ。情けないな」

「何が?」

「いや、もっと腕力とかあれば、っていう高望みだよ」

「別に良いんじゃないの、イチロウは。戦いが専門職ではないし、いざとなったら私達かミシュちゃんに任せればいい」

「別に頭脳枠って訳でもないのだが……そもの計画自体俺じゃなくミシュが考えたものだし」

「――え、まじ!? てっきりあのでっかいのとかも市郎が考えたのかと……」


 手で口を抑えてガチめに驚愕するアマ。それでも片手で持っているキリキリを落としたりはしていない。

 

「アナザーも純度100%であいつのものだよ。言っちゃえばカエズ王との交渉も文章自体はミシュだし、元の世界でも運営はミシュメインだったんだ」

「……もしかして、ミシュちゃんってめちゃくちゃ優秀?」

「あいつは性格とコミュ障さえ治せば完璧超人なんだよ」

「二言ほど余計ではありますが、褒め言葉は受け取っておきますよ」

「あ、ミシュちゃん」


 いつの間にか横にミシュが立っていた。俺の言葉で喜んだにしても、いつもより健やかな笑顔をしていた。

 

「もうストレス発散はいいのか?」

「ええ。やっぱり市郎と違って、殴り心地は良かったですよ」


 ふとセウの方を見てみると。……見なかったことにした。後で治療はしとくか。

 

「別に、俺のことそんな殴ってないだろ」

「そうでしたっけ? ああ、どちらかというと言葉で殴っていたような」

「さっきセウに言葉の暴力で負けてたのは何処のどいつだよ」

「負けてはいませんよ。先にステージを切り替えただけです」

「そうなのかい、脳筋チビゴリラさん」

「……せっかく発散したストレスがチャージされていきますよ」

「直ぐに殴ってこないのなら、十分にスッキリしてるだろ」

「あ、分かっちゃいます?」

「分かっちゃうんだなぁ、これが」

「それじゃあ、これは?」


 ミシュがこちらに顔を向ける。さっきよりは微笑みが消え、いつもの仏頂面に近い。


「分からせる気ないだろ。……強いて言うなら、早く寝たい、とかか」

「状況からの推測ですね。面白くありません」

「だったら今、面白くないって考えてるだろ」

「屁理屈の後出しなんてじゃんけんの風上にも置けませんね」

「別にじゃんけんじゃねえから。俺の勝ちだって認めれば寝させてやるよ」

「寝させてやるとは私を倒していくということですか? いいでしょうならば勝負!」

「そのままの意味じゃい。別に手伝う必要もないし眠っててもいいってことだよ」

「私がいつ寝たいと言いましたか」

「さっき否定してなかったろ」

「……ふむ。腕は鈍っていなかったようですね」

「くっくっく……俺はまだまだ全盛期だよ」

「じゃあ私はもう寝ますからね」

「おう」


 ミシュは自分が寝ていたベッドに戻り目を閉じる。アマは既にキリキリをベッドに横たわらせており、呆れた顔でこちらを見ていた。

 

「……勢いで会話しすぎじゃない?」

「眠たかったからだろ。熱中症でぶっ倒れてそのまま動いたんだ。疲れぐらい溜まるさ」

「国王との面談をしてきたんだから、イチロウもでしょ」

「確かに直ぐにでも眠れるが……かなり元気だよな、アマは。お前も熱中症だったのに」

「鍛えてるからね! 健康な身体は規則正しい食事と鍛練を欠かさないとこからだよ!」


 腕を曲げて筋肉を膨らませるアマ。流石の筋肉だ。俺は自らの腕を触ってみる。……細いな。

 

「やっぱり、鍛えた方がいいのかなぁ」

「鍛えるとすごくすっきりするしおすすめだよ。ただ、ミシュちゃんみたいなのを目指してるなら難しいんじゃないかな」

「? それはどういうことだ?」

「実際に戦った訳じゃないから分からないけど、あの身体の強さは先天的なものだと思う」

「生まれつきの強さってことか」

「そう。鍛えてはいると思うけど、そもそもの強さは全て根幹にある。身体能力に限らずミシュちゃんの強さはそういうものだと思う」


 スカーフェイスの花山組二代目組長みたいなもんか。あれは鍛えてないか。

 

「言い方が少し変になるけど、そういう存在として産まれてきたものって感じがする」

「……デザイナーベイビー」

「でざいなーべいびー?」


 受精卵時点での遺伝子操作によって望んだ通りの身体、能力を手に入れさせた子供。それがデザイナーベイビー。あいつの生きていた世界、FW(フューチャーワールド)においては実在していてもおかしくない。というか、当たり前だと考えていいだろう。

 ……ソフィア。そこら辺どうなんだ?


「市郎の思った通りよ。デザイナーベイビーは当たり前にあるわ」


 ならば、アマの見解は妥当なものだと考えられる。……だが、当たり前ならば特に疑問でもない。ミシュもその内の一人だったというだけ。


「今回は然程重要じゃないか」

 

 アマは唐突にそう溢す俺に対し頭の上に?が浮かんでいた。


「重要かどうかは分からないし、さっき言ってたでざいなーべいびーも何なの?」

「アマが言ったままの存在と大体変わらないよ。生まれつきに能力が与えられてる存在」

「あぁ、それをでざいなーべいびーって言うのね。勉強になるなぁ。――あ。ミシュちゃんに関するのはあくまで私の見た感じの感想ってだけなのは念頭に入れておいて」

「分かった」


 とは言ったが、アマの勘は結構優れてるイメージがある。確定ではないにしろありえる話だ。


「……さて。俺ももうそろ寝るかな」

「私も寝よー」


 ベッドの数には余裕がある。宿を圧迫してしまうが、店主も寝てるし払う分はきっちり払ってどうにかするか。


 俺は先程寝かされていたベッドに視線を向け。


「……うげっ。忘れてた」


 壁にもたれかかり項垂れているセウ。治療はしとかないと命の危険もある。


「手伝おうか?」

「頼むよアマ。俺だけじゃ知識が足りない」

「知識? これくらいの傷なら『回復(フーレ)』でいけると思うよ」

「そうだったわ魔法あるんだったわ。発想が直ぐに出てこないな」

「魔法がない世界の考え方だったらそういうものじゃない? ……『回復(フーレ)』」


 アマがそれを唱えると淡い緑色の光が空中に姿を現し、セウをゆっくりと包む。腫れが中身を注射器で吸い取られていくように縮み、赤く変色した肌が元のうすだいだいに塗り替えられていく。本来の人間にない凸凹がだんだん消えていく。


「なんかグロテスクな治り方だな」

「これは治療元がグロテスクなのが悪いよ」

「それに関しては誠に申し訳ない」


 セウはもう殆ど元の形に戻っていた。目を覚ます様子はなく、気絶している。


「……すげぇ。医療面においてはミシュのテクノロジーより魔法の方が断然優秀なんじゃないか」

「『回復(フーレ)』はあくまで自然治癒が可能な範囲しか治せない魔法だけどね。セウは……あそこのベッドに寝かせておこっか」

「任せる」


 アマは白目を剥いたままのセウを肩に担ぎ、ベッドに移した。『回復』のような力があればこの先の色々が大分楽になる。


「……俺も魔法使いたいんだけどな」

「何処かのタイミングで魔道具屋さんでも行ってみる? ものによっては単体で起動できるのもあるし」

「魔道具! そうだその手があった!」

「ちょっ、急に大きい声出さないの」

「すまんすまん、テンション上がっちゃって」


 完全に盲点だった。カエズの魔力が刻まれた紙があったんだし、そういうアイテムが存在しててもおかしくない。ミシュが起きてないか確認しつつアマに尋ねる。


「その魔道具屋ってのは何処に?」

「ここは初めて来たから細かい位置は分からないけど……セイクレートと国交を結んでいるから無いことはないと思うよ」

「そんじゃ、明日探してみるか」


 俺とアマは余っているベッドに移動する。わりと大きいこの宿屋にはまだベッドが余っていた。

 

「ミシュちゃんも連れて行こうよ」

「見せたら魔道具自作できるようになるかもな」

「流石に……ありえるかも。あんなおっきいの作れるんだし」

「仕組みさえ分かればどうにかなるだろ。――あ、あと劇を見に行くんだった」

「劇?」

「ハルの劇団だよ。同じ『希望の星達(マーぺセチィ)』なら知ってるんじゃないか」

「ハルくん? へぇ、今ここに来てるんだ。てかもう仲良くなったんだね」

「いろいろあってな。それで明日の昼、広場で劇をやるから見に来てって誘われたんだ」

「私も行きたーい。『南都漂流劇団(バルセティーゼ)』の劇を最後に見たのいつだったかなぁ」

「明日見に行けば明日が最後になるし気にしなくていいだろ」

「変なこと言って……あれ。そういえばハルくんは何処に居るの?」

「ん? そりゃどっかの宿に……」


 ……あいつって確かキリキリの宿に居る筈じゃ。まさかと思い俺は目の前のベッド、その奥を覗き込む。そこには物々しい大きさできっちりカバーの付けられた鎌とそれを抱きしめて幸せそうに眠る少年が居た。


「……別のベッドにするか」





 

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