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株式会社IT  作者: おじぎ猫


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18/19

FAW探検! ワクワク旅行記②

玉汗。熱気にあてられ温度の上がった体表を冷やすため、体内の水分が汗腺から止め処なく流れ出す。赤い配管工はこんな場所を平然と歩き回っているのか? 馬鹿じゃないのか。


「イチロウさん、もっと薄着になんないとここはきついっすよ。――ああ、あっちい~」

「最大限脱いでんだよ限界値だよこの長袖シャツが最後の砦なんだよ! 何だ、上裸で過ごせってか⁉」

「私は別に気にしないよ? ミシュち ……二、三分歩いただろうか。荒い岩肌を踏みしめ、いくら進めども、周囲の隆起が忙しくなるばかりで町の姿形は一向に現れない。


「……ミシュ、もうちょっと……アナザーに乗ってても、問題、なかったんじゃないのか、これ」

「……でも、地図から考えると、この付近だって……市郎も言ってたじゃ……ないですか」

「もう、暑っつくて、堪んないっす……」「おっかしいだろ、これえ⁉ バグだバグ! 早く修正しろ運営よお⁉」


 俺はキレていた。理不尽な、真に理不尽な仕様(かんきょう)に。


「……予想は、してましたけど……」

「暑っっついんだよ! マジでえぇぇ!」


 セウに殺されかけた時とは違うゃんは?」

「年頃の女の子と言えど、成人男性の体に発情する程青春してませんから、安心して脱いでください」

「俺が気にするんだっつうの! ……ああくそ!」


 シャツの袖を巻いて半袖にしてもどうしようもない暑さ。


「ミシュとアマはともかく、セウはその格好で大丈夫なのか?」

「私達を仲間外れにするなんて酷いですよ」

「あんたら、ショーパンに半袖は元から暑さ対策してるような恰好じゃないか。それよりもターバン巻きっぱなしのセウの方が暑そうに見えるんだよ」

「俺はむしろ、大量に汗を吸ってくれるんでこっちの方が良いんすよ」

「俺もそういう服にしとけば良かったなあ」

「やっぱり、暑いなら脱いだ方が良いと思うよ」

「私達なら本当に気にしませんから。どんなにお腹が出ててもネタにしたりはしませんよ」

「信用ならないし、俺は標準体型だ!」


 ああだこうだ言いつつも、俺は結局上を脱ぎ捨てる。決して腹が出ていないことの証明がしたかった訳じゃない。


「「「おお~!」」」感嘆の声を漏らしながら、三人が俺を囲む。

「鑑賞するなよ! 一般成人男性の体をまじまじと見つめるな!」

「いや、思ったよりは筋肉がついてるな~って思って」

「あんだけあっさりと負けてるから、もっとヒョロヒョロな体つきかと……」

「服の上からじゃあんまり分からないもんですよね、ここまで細かい肉体造形は」

「……事実からじっくり批評されると羞恥心が勝つんだけど……」


 体温よりも熱くなっていた頭がベクトルの違う熱に鎮火される。そろそろ動き出そうとしたが、周囲を取り囲む三人が止めようとしない。


「ちょっと、動かないで下さいよ。見辛いじゃないですか」

「見辛くて結構。俺はお前に見せるような体を持ってないしな」

 否定したのはアマ。「いやいや、筋骨隆々のおじさんの筋肉はよく見れるけど、普通の肉体ってあんまり見ないから。セウもあんまり見せてくれないし」

「姉さん、あんな頼まれ方したら誰でも見せるの躊躇うでしょ」

「ええ~? そうかな」

「参考程度に聞きますけど、どんな頼み方したんですか?」

「別に変なことは言わなかったよ? 私は平等に『私も脱ぐからセウも脱いで』って言っただけだし」

「全然平等じゃねえ! それに応じたら男として終わるんだよ!」

「? そうなの?」


 ……こいつ、自分がどんだけ美少女か分かっていないのだろうか。いや、そもそも女子であることを記憶から消去されてるんじゃないのか? ――ともかく、アマが変な奴に引っかからないか心配でたまらなくなったし、セウの心労は大きいだろうと同情した。


「大胆ですね、アマ姉さん」

「大胆で済むなら露出魔は勇気ある人間になっちまうよ。……はあ、さっさと行こうぜ」

「行こうぜって、何処にですか?」

「本来の目的を忘れるなよ……。イテウに向かってたんだろ、俺達」

「ああ、そうでしたね。道中が盛り上がりすぎて忘れてしまいました」

「確かに二人は一回気絶したけど、お願いだから忘れないでくれ。――それで、イテウは何処だ?」

「知らないんすか?」

「俺が現地人(ふたり)よりも詳しかったら怖いだろ。地図でおおまかな位置は知ってるが」

「そう言われても、私、この辺り来た事ないからよく分かんないよ」

「同じく。というか、リザードマン以外でここに暮らす人なんて居ないっす」

「リザードマン、てのは、あれか? もしかして、鱗がびっしりと生えていて、細長いしっぽがあるような?」

「あれ、知ってるんすね。全員が全員って訳じゃないですけど、おおまかその通りの外見っす」

「急に親近感湧いてきましたね。行ってみましょう」

「湧かないだろ。俺らは別にリザードマンと酒を酌み交わすような関係じゃないし」

「え、忘れてしまったんですか? あのかけがいのない、秋分に紅葉した妻恋草のような思い出を」

「そんな切ない思い出を背負った記憶はねえ。それは俺のじゃなく、もっとロマンスしてる誰かさんの荷物だよ」

「ああ、ごめんなさい市郎。少し勘違いしてました。真冬に降り注いだ白雪から開いた新芽のような思い出でしたね」

「磨杵作針(まきょさくしん)? なんか含蓄のありそうな思い出で気になる所だが、生憎俺は持ってない」

「……」

「なんだよ」

「……暑いのでこの会話一端止めにしません?」

「お前から始まったろこの会話!?」


 仲良いね、と他人事かのようにアマが呟き、――いや、他人事ではあるのだが、まあともかく。ようやっと俺達は歩を進める。


 やはり歩き心地は草原と比べてしまえば硬く、足に悪そうだなという感想が浮かぶ。一応整備されているらしい道を歩いている為山登りをするような苦労はないが、アルミでもあれば料理が出来そうな暑さが身を蝕む。地面の硬さだけが幻影ではないような、精神も蝕む風土だった。


         ◆◆◆◆

 

「……どこにあるのよぉ!」


 両手を振り上げながら空へと叫ぶアマ。俺の頭の中に答えが返ってくる、訳もなく。返事する余裕のない三人の漏れる息がただ聞こえるだけ。汗を吸ってくれるから等とほざいていたセウも袖を捲り、ターバンを腰に巻き直していた。


 体力の関係か、元々二、二の二列で移動していたのが、進行方向を前にしてアマ、セウ、ミシュ、俺の順に並んだ一列になっている。


 全員汗で服がびしょ濡れ。俺は上半身を露出しているため服が張り付くことはないが、日焼けで肌が痛い。今更だが、強い日差しの元で肌を露出するのは明らかに悪手だった。


「……くそ」


 俺はしまっていた長袖のシャツを頭から被って、腕を袖に通す。直ぐに水分で湿ったそれを肘から少し上まで捲り上げる。


「……どうしたん、ですか。遂に頭がおかしくなりましたか」

「……ちげーよ。日差しが強くて、日焼けでヒリヒリするんだ」

「日焼け……確かに、あんまり気にかけてなかったっすね」

「暑いよお……」


 アマは朦朧とした足取りで進んでいる。まずいな。そろそろ、熱中症になってもおかしくない。……でも、それは俺らも同様だ。


「……ミシュ、超小型水筒みたいなの持ってないか。ほら、投げたら大きくなったり」

「そんな、CCみたいな製品は持ってませんよ。……それより、アナザーを呼びましょうよ」

「……ああ、その手があったか」


 そも、死にかけているのはアナザーから降りて歩いたから。近くにあると決めつけ行動した浅慮さが原因である。なら、またアナザーに乗れば良い。


「聞いてたか、……ソフィア」

「……分かってるわ。というか、最初からアナザーがついておけば良かったわね」

「……良いんです、ソフィア姉さん。私が頼み事を、していたのも、ありますし」

「頼み事? ……何を頼ん、だんだ?」

「二人ともぉ、さっきから、誰と話してんのぉ? あ、例の神様かなああああああぁ!?」

「へ?」


 素頓狂な声に前を向くとアマの姿がない。――ない!?


「姉さん!?」

「大丈夫か!?」


 俺達は重い足を意識から廃して駆け寄る。すると。


「うわっ!」


 セウが突然急停止する。


「どうしたんだ!」

「いや、それが……」


 彼が話し切る前に、俺とミシュはそ(・)れ(・)が見えるラインに並んだ。


 岩肌の地面は変わらず続いているが、歩いていた道の先は急勾配の坂として沈み込んでいた。岩のアーチの更に奥、避暑地となった広大な空間に岩石を削って建てられた人工的な建物が多く並んでいる。所々開いた穴から入る日差しが街を照らし、街の並々をガタイのいい、鱗がびっしり生えた人間が歩きまわっている。


 間違いなく、勘違いするまでもなく。ここがセウの言うリザードマンの住む街、かつ俺らの目指していた街、イテウだ。


「……近くっちゃ、近くではあったのか」


 坂の途中には、坂になっていることに気付かず転がり落ちたアマが居た。……あんまり女子がやるものではない格好になっている。それに、アマに気付いて近寄っているリザードマンも居た。文化的かはさておいて、服のように端の古ぼけた布を纏っている。胸に膨らみはあるが、胸筋なのか乳房なのかは見分けがつかない。


「ああいうのでもイケるのね。変態じゃないの」

「ピンクな視点じゃ見てねえよ!」

「何の……話ですか」

「今このノリいけるのソフィアしかいないから気にするな!」

「市郎も、随分、元気ですね……」


 俺らは坂を降り、その姿にあちらの方が気づいた。人の倒れているのを発見したからだろう、焦っている様子だった。


「ぞあぎゅいび!? ――げねばで、んどぞぞだねどおぼどね? あも、あぼのぜるでげれぎゅどあお。ぞなおぎ、げねばでのげびねづぢぞっづ!」


 ……まあ、予想はしていたが。


「何言ってんのか分かんねえ……」

「んる!? めざおざづ、どなあっづりねおろおをどあ? でいざぜい……ろぞざ、づぁばおりげぎゃぶらどあゆ……。ん、ぜいぞ!」


 リザードマンは両手で何度かアマを指差し、両手を水平にしてから上下、次に街の方へ片手で指差す。


「……」

「やっぱり、頭ピンクじゃない。というか、アマちゃんの事そんな風に見てたの?」

「ち、違え! これは男として当然の連想というか、仕方がないことというか……」

「一体、……何の、話っすか」

「ほら、セウ君は何も分かってないみたいだけど。思春期の子供みたいな妄想をしてるのは市郎くんだけよ」


 ……くそっ。否定出来ねえ。


「ぎゅっで! ……んどぞぞだ、ぞあぎゅあび? ――でいまづめ、ぞあぎゅあびざもどあどぬ。……ぞるお! げげなばでおぞえるづりね!」


 今度は街の方へ叫びだした。……これ、大丈夫なのか? 追い出されたりとかしたら前代未聞の大ピンチに陥るんじゃ……。


「……ちょ、ちょっと! 何してんすか!」


 少し思考に耽ったタイミングに虚をつくセウの声。気が付くと、リザードマンがアマを持ち上げて街へと歩き始めていた。目的の分からない行動につい出てしまったらしく、セウも口を抑えていた。咄嗟の後に善意の行動である可能性がよぎったのだろう。


 無いわけじゃないが、種族間の偏見は小さいようだ。多分、ここでは俺が一番リザードマンを怪しんでいる。――幸い、リザードマンはセウの言葉をスルーし、変わらず奥へ進んでいく。


「んどぞぞだ、げっだながづ!」


リザードマンは長い口を俺らの向きから街に向かって振る。こっちに来い、ということだろうか。


「ついていくのがいいんじゃない? 万が一があったら私が助けるし」

「……そうだな」


 体力や肉体に限界が来ているため、彼ら(もしくは彼女ら)にお世話にならないと命の危機に陥ってしまうのは事実。ソフィアの答えが最善ではあるように思えた。


「当然じゃない。私、高性能サポートAIだからね」

「自意識強いなこのAI……」

「……ちょっと、市郎、背中貸して、下さい……」

「おわあ大丈夫かミシュ!? 今まで見たことないくらい死にそうな顔してるぞ!?」

「大丈夫、じゃ、ないです」

「ちょ、分かった! 分かったからこっち来い!」


 ギリギリで立っている状態のミシュを背中におぶりつつ、灼熱の街イテウの中へと踏みいった。


 地面は変わらず硬い石で、建物も同じ素材で造られているように見える。あくまで主観だが、他に建材らしい建材も無いのでまあ事実だろう。街並みは迷路の様に道が入り乱れ、セイクレート王国のように整列されてはいない。どんどん増えていく形で栄えたのだろうか。


 されるがまま連れてこられたのは宿。やけに濁音が多いということ以外に何も分からない言語で内容は分からないが、宿の主人なのであろうリザードマンと俺達を連れてきたリザードマンが会話し、少し語気の強い場面はありつつも、二部屋借りてくれたようだった。


 ハンドジェスチャーで誘導された部屋へ入ると、外見よりもしっかりした部屋が広がっている。


 一流リゾートホテルなんて大層なものではないが、何部屋かに区切られた空間、ベットにテーブル、キャビネットやクローゼットと最低限泊まることに苦はない内装になっていた。


 部屋のベッドにミシュ、もう一部屋にアマを寝かせ、俺とセウはそれぞれ二人の具合を見つつ軽い休養。軽い熱中症だった。水やら塩分のありそうな保存物やらを持ってきてくれたのでそれを与えた。

 

 リザードマンがカウンターに立っていた別のリザードマンに何か話すと、こちらに向いて話し掛けてきた。


「……こんにちは。えっと……これで合ってるか?」

「え、ああ、はい。合ってます、よ?」


 唐突に理解できる言葉が飛んできて狼狽えてしまった。仕事が速いな、ソフィア。


「いや、私まだ解析始めてすらいないわよ」

「高性能だか何だか言ってたのに、仕事サボってるんじゃねえ。というか、ならこれはどうして……」

「お、おい。俺の言ってる意味が分かるか?」

「え、あ、はい。ちょっと混乱したくらいには分かります」


 反射で返してしまった。やらかしてないだろうか。


「……ゆおっぞお。でぎおぎづどあでおどりめをどをぞど」


 また何を言っているのか分からなくなった。どういう事だ? もしや、この右目が悪さをしているのか?


「単にこの人がティピカル語を覚えたって話じゃないのかしら」

「……」


 ……あー。


「うっで……お前らは何処から来たんだ? 見たところ、ティピカルみたいだが……」


 思った五倍流暢に話し始めるリザードマンに若干困惑しつつも唯一現実で話す元気の残っている俺が声を出す。正確には、無理矢理気つけされただけなのだが。


「――そうだな、概ねあんたの予想通りだ。それで、ここは?」

「お、おお……!」

「?」

「あ、いや、すまん。俺の言葉が伝わって、相手の言葉が分かるのが嬉しくって。少しテンション上がっちまったんだ」


 屈強な体で、子供のように、無邪気に喜ぶリザードマン。……俺もちょっとは自力で頑張ろうかな。


 ――それにしても、さっきは分からなかったが、最初に遭遇した方のリザードマンは女性だったらしい。宿の店主らしき男性のリザードマンの胸筋と彼女のはまるで違う。生物らしい弾力のある胸とは違い、岩のように固かった。


「ん? 俺の胸がそんなに気になるか?」

「いや、そういう訳じゃない」

「別に見たいなら幾らでも見ていいぜ。男の癖に女の胸より男の胸が気になるなんて、ティピカルは随分器が広いんだな」

「そういう訳じゃないんだって」


 ティピカルへの誤解が広まるのだけは勘弁したい。……いや、案外誤解でもないかも知れないが。異世界の一種族の性的指向なんて知ったこっちゃない。


 ここで、女性のリザードマンが訝しげな表情にあることに気付いた。


「……ゆぎろおよどあぐで、ぐずろどのどざわざづりねのろおづろゆ」

「どな、ぜをどめをざもぬうご。ばででざづぞあずぢどずあねのどざご」

「めい、もんのら! えをどねげめありをぞゆ!」

「めをぞあどあ。んめうあおあめえをどのぬみっだもっづりゆ」

「はあ……ざおぞおどあろぬ」


 何を言っているのかは全く分からないが、なんとなく仲は良いのだろうと思った。


「えーと、何か悪いことでもしちゃったか?」

「ああ、いや、気にしないでくれ。こいつの頭がかっちかちだってをしてただけだよ。全く、頭の固い幼馴染を持つと大変だな」

「幼馴染なのか」

「そうさ。こいつ、顔と身体だけはいい女なんだけどな――でっ」


 ティピカル語を解していない筈の彼女に頭を殴られている。女の勘という奴だろうか。


「べよ! どなわざながぞねおががどごあゆ!」

「ろおっぞ! ろおっぞっづ! ……はあ、――あー、あんたらは何をしにここに来たんだ? イテウはティピカルが住むにゃちと厳しい環境だと思うんだが」

「えっと……」


 反射で躊躇ってしまったが、正直に話す以外の行為に碌なメリットはないと直ぐに判断した。


「この国の王様に用があるんだよ。俺らは、なんというか、セイクレート王国の使人? みたいなもんでさ。王様に会いに来たんだ」

「……俺の聞き間違いじゃなけりゃ、あんたらは王様に用があって来たってことでいいのか」

「信じられないなら、――えっと、確かこの袋に……」


 一応持ってきておいた袋を漁り、巻かれた紙を一つ取り出し、開く。縁に金色の印刷(箔押しの技術は存在しているのかと少し気になった。それとも金を混ぜて塗っただけか?)と仰々しい形式、それにカエズ・フリードレートの署名。これを見せれば大丈夫だと言われていた『フリードレート王国使節証明書』なる紙。


「これで証明になる、らしいんだが……」

「……」

「なってるのか?」

「――あ、ああ。証明にはなると思う」


 一瞬瞳孔が開き、見惚れているように注視していたが、直ぐに意識を取り戻して俺の質問に答える。関係者でもない人に見せるのはグッドアクションとは言えないが、助けてくれた以上、素性は明かしておいた方がいい気がした。


「というか、こんなもの見せられたら信じるしかないぜ」

「……これ、そんなすごいもんなのか?」

「まあ、カエズ様の名前が載っているっすからね。王の名前以上に信用の足る名前はないんじゃないっすか」

「……俺の立場で言うのもなんだが、偽造されている可能性は考えられてないのかよ」

「考えてないっす。なんせ、偽造しようにも出(・)来(・)な(・)い(・)っすから。」

「出来ない? どういうことだ?」

「使者なのに知らないのか?」

「あー、ちょっと込み入った事情でな」


 俺が経緯を話しかける前にセウが話してくれる。こんなに口が軽かったっけか、俺。


「この金色の部分、もしかしたら普通に見えるかもしれませんが、――そもそも、金色の紙なんて見たことはないですが、ここに個人情報が詰まってるんすよ」

「個人情報っつーと、魔力とかか?」

「察しが良いっすね。ここには国王様の魔力が含まれてます」


 俺からは分からないが、魔力にはパーソナルがあるらしく、大体会ったことのある魔力なら見分けられるらしい。名のある人を騙るには、その人物の魔力と違うことがバレてはいけない、という事だ。……それでも方法はあるような気がするが。


「……まあいいや。それで、その王様は何処に」「その前に」


 ソフィアが俺の発声を阻害する。


「この人達の言語は習得しときたいわ。殆ど解析は終わってるからもう少し何か喋らせて。出来ればティピカル語とリザードマン語を交互で」


 それ、後に回せないのだろうか。今直ぐじゃなくとも、それこそ、セイクレート王国の時のように。


「だって、この流れだと王様の所に連れて行かれそうだもの。リザードマン語、喋れた方が便利でしょ?」


 ……はあ。


「どうしたんだ、急に?」

「……ちょっと、リザードマン語を教えて欲しくて」

「リザードマン語を? そりゃいいが、――そういえば、リザードマン語を分からずにどうやって王様と話すつもりだったんだ? ……ああ、王様って確かティピカル語を話せたんだったか」


 そうなのか。カエズ達がこのフォローを何にも用意していなかったのは王様と話すことに苦はないからだったらしい。だったら、熱中症を避ける策ぐらいくれても良かったんじゃないだろうか。


 ……それとも、俺達がここに(一応)無事には着くという命の流れが見えていたから、あの神は何も与えなかったのか。


「あー、自慢って訳でもないが、他言語を覚えるって結構難しかったぞ。そんな直ぐに覚えられるとは思えないんだが……」

「安心してくれ。俺はこういうの得意なんだよ」

「……まあ、あんたの仲間ももう少し休ませておいた方が良いとは思うからな。暇潰しがてら、教えるのも悪くないか。やってみよう」

「ありがてえ」

「ああ後、あんたと何度も呼ぶのもあれだし、名前を教えてくれると助かるんだが」

「俺は市郎。浅間市郎だ」

「そっちは?」

「セウっす」

「寝かせてもらってる小さい方がカイヤ・ミシュール、もう一人がアマだ。全員使者としてここに来た」

「……アマとセウか。セウ、会えて光栄だ」

「? あざっす?」


 セウはわざわざ挨拶されたことに違和感を感じつつもそれとなく返した。

 

「そんじゃ、こっちも名乗っておくぜ。俺はキリキリ。宿屋をやってる。イチロウ達を連れてきたのがテュテュ。いつもは向かいの店で看板娘やってるよ」

「どな?」


 自分の名前が含まれていたことに反応したのだろう。テュテュがキリキリに向かう。

 

「あー、どぼうえざうづぞをぞ」

「へえ……じあびをどおゆぎどっぞをぞ」

「おめど」


 一通り何かテュテュと会話すると、キリキリはこっちに向き直る。

 

「……じゃあ、簡単な挨拶からでも教えるか」



 

 雑で無茶な願いだったが、キリキリは懇切丁寧に教えてくれた。大体三分もかからない程度で解析完了。試しに話してみたらしっかり通じていた様で、キリキリは勿論、テュテュまで驚いていた。


「すげえな……俺が馬鹿なのか……?」

「安心してくれ、それは絶対にない。これは俺が反則技あり(チーター)なだけだから。むしろ努力してるキリキリの方が立派だよ」

「は、はあ。ティピカルってのはすげえな」

「いや、こんな芸当が出来るのはイチロウさんだけっすよ」

「へえ、何処にでも天才って居るんだね」


 今まで訳の分からなかったテュテュの言葉も理解出来る。


「キリキリなんて覚えるのに数ヶ月かかったのにね? あんだけ『俺すげえだろ』って自慢してきたのにね?」

「うっさい。どうせ凡人だよ、俺は」

「ごめんごめん、いじけないでよ。余ったご飯あげるからさ」

「……貰う」

「はいはい」


 ……痴話喧嘩というか、夫婦漫才というか。そんな二人だった。見ていて飽きないが、半分ペットみたいな対処をされているのは少し笑えるポイントだ。


「……にしても、イテウ、この国は随分変わった場所にあるっすよね。永遠に地続きかと思えば、急にここだけ陥没してて」

「ああ、それは自然の神秘って奴のおかげさ。近くにもう活きてない火山、ヘアギ火山があるんだが、これが未だ活火山だった頃、数百年前に大噴火したんだ。俺達が歩いている地面は大体溶岩が固まって出来てるらしいぜ」

「溶岩石……でも、こんな大穴が出来たのは?」

「……何でだっけか?」

「おい」

「毎回説明する度に忘れてるんだよなあ。――テュテュ」

「ん、何?」

「岩空(いわぞら)ってどうやって出来たんだっけ? 溶岩でだったか?」

「溶岩もそうだけど、ここに湖があったのが原因だよ」 

「ああ、それだそれ。さんきゅー」

「礼よりもうちで沢山買ってくれる方が嬉しいけどなー」

「俺今金欠なんだが……まあ、分かったよ」

「ありがと! やっぱ持つべきは協力的な幼馴染だね!」

「拒否権ないだろ今の」

「そこ、余計な事言わない」

「思った事を言っただけだ」


 見た目からは想像も出来ないくらいベッタベタにベタな会話だ。ここまでの関係値にある幼馴染を生で見たのは初めてである。


 キリキリはセウにも伝わるようティピカル語で解説する。


「……そのまた昔、ここは今程暑くなかったらしくてな。この街よりも広くて深い、海みたいな湖があったんだ。そこに噴火によって溶岩流が雪崩れ込んだ結果、一度は埋まった湖の気化した水分が中空の空間を作り出した。これがイテウの岩空の生まれなんだと」

「へぇ」

「はあ……面白いっすね」


 わざとらしい俺の感心と、心から感銘を受けるセウ。同じようで違う反応の差異は無事スルーされた。


「他に聞きたいことは?」

「あ、そうだ。キリキリ、エヘネメキについて詳しく知ってるか?」

「エヘネメキ様? そりゃ知ってるけど」

「なら、ここら辺にエヘネメキが祀られてる場所とかないか。一回祈っときたいからさ」


 祈るかどうかはさておいて、シンミンの右目を持っている俺が近づけば何か干渉してくるかもしれない。神様のサポートが結局は頼れるからな。


「酷い! 私のサポートは無能だって言うのね! 家出してやる!」


 誰もそんなことは言っていないのだが。別に今喋れているなもソフィアのおかげであることを棚に上げ、無遠慮な感想を述べた訳ではない。


「ふ、ふん! 分かってるなら、良いんだけどね!」


 ……あんたおちゃらけてないか。


「え〜? 真面目にやってるわよ? 真面目も真面目、大真面目」


 ……。


「ちょっと、聞いてる?」


 ソフィアに無視を決め込むことにした。


「酷い!」


 無視。


「酷(むご)い!」


 無視。


「惨(むご)い!」

 

 無視。


「無語彙!」


 無視。


「ノンボキャブラリー!」


 無視、できねえ。


「やったー!」


 ……楽しそうで何より。じゃあ、少し黙ってましょうか。


「はーい」


 今度こそソフィアを意識から外し、キリキリの返答を待つ。余裕で聞き逃している可能性もあったが、どうやら発言を渋っていたらしく、首を捻っていた。

 

「……まあ、無いわけでもないが……」

「何か気になる言い草だな」

「いや、もしかしたら中央の神様――シンミン様だったか。そっちは助けてくれるかも知れないが、こっちは別だ。あんまり手助けしてくれないと思うぞ」

「手助けしてくれない? 本当にか?」

「本当も何も、この場所がこんなことになってるのもエヘネメキ様のせいなんだからな」

「? 一体どういう……」

「さっき言った大噴火があったろ。それをやったのがエヘネメキ様だ」

「……いやいや、神様だからってそれは言いがかりじゃないのか」

「いや、本人が認めたらしい」

「本人が、って……神様の話が聞ける奴が居るのかよ」

「セイクレート王国はそういう血統が王族じゃなかったっけか? なら当然、リザードマンの中にもそういう血統は居る」


 ――おいおい、前情報と全く違うじゃないか。人助けが好きな神様とは程遠い邪神像だ。むしろ人を、生物を滅ぼしたいと思っているのか。


「あんな神様の話が聞けたところで何もならないから、王族なんて扱いはされてないけどな。ただの特殊能力(スキル)持ちだ」

「……」

「おかげで西の地方で生きてるのは鱗持ちの俺らか地下住みのドワーフだけだぜ」


 ドワーフも居るのか。頭の片隅に置いておく。

 

「……それでもいい。ちょっと案内してくれるか?」

「お前、物好きだな……。まあ、なら連れてってやるよ」

「ありがとう。セウは来るか?」

「大丈夫っす。俺は二人の看病しときますよ」

「ついでに王様の所にも案内しようと思うが、来なくていいのか?」


 キリキリがそう付け足す。大分世話焼きなのだろうと思った。


「その辺りもイチロウさんが居ればなんとかなるんで大丈夫っす」

「そうでもないけどな?」

「でも、ノウハウはあるじゃないすか」


 一回こっきりの奴はな。こちとら社会経験をバックアップありきでしてきた人間だぞ? 無理言うな。


「分かった。二人の事は頼む」

「了解っす」


 ……愚痴を言うよりも行動した方が良いと判断した俺だった。


「テュテュ、ちょっとの間留守番してくれないか。イチロウを教会に連れて行く」

「教会⁉︎ ……留守番はいい、けど、変なのに巻き込まれないでね?」

「今の時点でも変な状況ではあるけどな。分かってる」

「あなたも気をつけてね。キリキリは危険な所好きだから程々に制止してくれると嬉しいな」

「しねーわ! やったとしてもガキん頃の話だ!」

「高い塀の上に登って、降りれなくなって泣いている所を私に見つかった幼少期の話?」

「い、要らんことを言うんじゃねえ! ほら、さっさと行くぞ!」


 顔を赤らめていることから図星らしい。少し早足で歩って宿を出た。


「ちょ、おい! あ、後はお願いします!」


 俺は駆け足で彼を追いかける。テュテュやセウの返事を待ちはしなかった。

 別に走った訳でもないので、直ぐ見える距離に待っていた。俺とキリキリは並んで歩く。

 

「……ったく。キリキリ、そんな調子でテュテュさんと仲悪くなったらどうすんだよ」

「今のは俺のせいじゃないだろ!?」

「うむ、確かに。しかし、人には忍耐力という受け入れる力が必要なんだよ。分かるかい?」

「急に上から目線はなんなんだよ?」

「先輩からのアドバイスさ。男には耐えねばならぬ時がいくらでも存在するという、この世をほんの少し長く生きている俺のな」

「イチロウ、明らかに俺よりは若そうだけどな」

「ふっ、年齢など関係ないよ。必要なのは関係値、さ★」

「道案内やめてもいいか?」

「すんませんご勘弁を」

「だったら変な先輩風吹かせんな。忍耐力とか以前に友達失くすぞ」

「全くもってその通りでございます……」


 ……なんだか、過去の自分を見ているみたいでテンションが上がってしまった。理不尽に追い回される人生を歩んでいる姿を見るのは何ともない追憶なのだから少しは許して欲しい。いや、戯言か。


「……お仲間さん達はいつからの仲だ? 見たところ、あんたがトップなんだろ」

「ほんとにそう見えるかぁ? 結構あいつらに振り回されてるんだが」

「だが、さっきの能力も含めりゃあんたが統率者向きなのは分かるぜ。あの少女は……ともかく、アマとセウ。あの二人も従えてるのはとんでもねえな」

「アマとセウ? あの二人がどうかしたのか?」

「いやいや、俺も冒険者の端くれだからな」

「冒険者? 宿の主じゃなくてか?」

「副業だよ。リザードマンじゃ戦闘能力があるなら取り敢えずやってる、みたいな奴は多いんだぜ」


 他の地方は知らないけどな、とキリキリは付け足す。 

 

「『光の化身(フキルキギユケ)』のアマに『荒れ水流(ズオテナセナルーメ)』のセウの名前ぐらいは聞いたことあるさ」


 ……アマの異名の多さにも呆れるが、セウにも異名があることにも驚きだ。――それもあるが。


「あいつら、そんなに有名なのか? ――あ、いや、知らないのは冒険者と関わることがあんまり経験になくてな? 王国の使者で生計を立てたかったからさ」

「立てたかった?」

「立ててたからな! うん!」

「さっき証明書の知識も無かったのにか?」

「……もう俺自体は気にしないでくれ。それより、二人の事はどうやって知ったんだ?」

「……まあ、言いたくないこともあるだろうし、そこら辺はいいんだが。――二人をどう知ったかってのもなあ……冒険者として活動してりゃ一度は聞く名だよ。『希望の星達(マーペセチィ)』のメンバーは」

「『希望の星達(マーペセチィ)』?」

「出自、能力、立場。何もかもがバラバラで、一ヵ所に集まることも珍しい冒険者パーティー。たった二つしか共通点を持っていない集団を、冒険者パーティーなんてパーティーと呼ぶのはちゃんちゃらおかしいがな。まあ、『希望の星達』という名前すら、本人達が名乗った訳でもないらしいから、あながち間違いでもないんだろうが」


 ……正直、希望の星達なんて名前、NW(ノーマルワールド)じゃ新興宗教以外に聞くことないので怪しさ満載だ。気になる部分を追及してみる。

 

「……二つの共通点、ってのは?」

「一つは強さ。年々冒険者が増加し、魔法や武器の技術も上がっていく中、『希望の星達』と他(た)の冒険者では一線を画し、大壁に阻まれる程の実力差がある。リザードマンだと『巖鐵(ワッケモ・チレ)』のギルギルとは同じ依頼をやったことあるんだが、ありゃとんでもねえよ。百人規模の盗賊団を一人で全員ノシやがったんだ」


 それは確かに凄い。某グラップラーでも幼少期だと三十七人が限界だったからな(曖昧な記憶だがそれくらいだったと思う)。現在地点の彼がやれば余裕なんだろうが、記録は記録だ。

 

「成程、アマとセウの強さはやっぱり異常なんだな。それで、二つ目は?」

「……執着。全員漏れなく北の台地への強い執念を持っている。言ってしまえば、あいつらはこっちの方が異常なんだよ」


 ……確かに、北の台地となると二人の目はギラギラに輝き始める。期待に満ち溢れているとか、獲物を狙うようなそれではなく、もっと、闇の奥を無理矢理覗き込むような目だ。

 

「北の台地に関係する出来事で自分が死にかけたり、家族を喪ったりしているんだ。昔あったっていう探検隊なんかとはまるっきり動機が違う。憎悪が殆どだ。勿論、異常な好奇心の持ち主もいるらしいが、聞いたことあるのは一人だけだ」


 メンバー全員が有名ならば、『希望の星達』には聞いたことあるその一人しか居ないのだろう。リサーチ不足の可能性もあるが、プラス何人かされた所で正直俺には関係ない。――いや、案外そうでもないかもしれない。


「『希望の星達』か……西の地方にはギルギルの他に誰か居るのか?」

「ああ、それは……っと、着いちまったみたいだな。続きは中に入ってからでも遅くないだろ」

「……そうだな」


 正直、『希望の星達』の情報はもう少し欲しかったが、ただでさえ連れていってもらってる身だ。おねだりなど出来る状態ではないだろう。俺は前にある古ぼけた教会に目を向ける。


 セイクレート王国のような宗教国家とは違い、まるで真逆の宗教観を持っているイテウ(ここ)ではあっち程綺麗には掃除されていないようだ。


 他の建物と同じ石を使ってはいるが、度を超えて欠損が激しい為同種の素材とは思えない外見だった。


「なあ、これって使われてるのか? 手入れされてないどころか、廃墟と言われても信じそうなんだが」

「ああ、たまに柄の悪い奴がここで怪しい話をしてるからな。今は居なさそうだから安心しろよ」

「……」


 確かに、シンミンの右目も特に反応していない。逆に心配なのだが、入ってみないと分からないこともある。


「じゃあ、さっさと入ろうぜ」

「……そうだな」


 キリキリが扉に手を掛け押し開く。ドアノブは既に壊れていた。






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