13、ファイッ!愛されたことのない男VS愛され続けた女
「つまり、ギュスタヴィア様はわたくしの夫となる、ということでしょうか」
「えぇ、そうですね。愛しい人よ」
この変わりよう。愛だのなんだのをここまで嘘偽り、胡散臭い顔でのたまわれたことなどあっただろうか。イヴェッタは美しい顔に美しい笑みを浮かべるエルフを見て首を傾げた。
「それ、続けるんですか」
「愛しています。なぜ信じてくださらないのでしょう。眼に見えないからでしょうか」
イヴェッタが先ほど目に見えないものだからこそ信じると言った言葉を揶揄っている。ギュスタヴィアは石棺に腰掛け、その膝の上にイヴェッタを乗せている。
茶番。
それはわかる。が、この茶番をして何がしたいのかと、イヴェッタにはそれがわからない。茶番には付き合うべきだ。が、わからない。何を望んでいるのかわからない。ので、茶番に付き合ってそれを確かめた方がいいのだろうかとも思う。
「わたくしは結婚するつもりはありませんし、独身を楽しみたいと考えています」
「私は束縛はしませんよ。えぇ、眠りについてから300年程経っているのです。女性の社会進出という世になっていることもあるでしょう。妻が職を持つことに理解を示します」
「王族とかはちょっと面倒だと思っています」
「私をだまし討ちして封じたのは兄なので、王族の籍も抜かれていると思いますよ。あぁ、ですがご心配なく。収納魔法でちょっとした財産を蓄えていますので、食うに困らせる甲斐性無しではありません」
ひょいっと、ギュスタヴィアが腕を振ると虚空から黄金に輝く紙が現れた。羊皮紙とは違う。表面がつるつるとしている、高い技術で作られた紙だ。古代妖精文字で結婚についての同意書、的な内容が書かれている。
「署名を」
「しませんが」
「じゃあ殺されますか」
どちらでも構いませんよ、と愛していると囁いた唇で告げられ、イヴェッタは口元に手を当てる。
「なぜ、わたくしを妻にすることが報復となるのですか」
「貴女が切り花だからですよ。我々にとって、やがて竜となる貴女は毒花以外の何者でもなく、発見し次第殺しているのですが、えぇ、生かします。愛しているので生かします。私が全身全霊で貴女をお守り致しますので、心おきなく竜になってください」
……。
………なるほど?
イヴェッタは額を押さえた。
何か今。何か、自分の人生にとっても重要な言葉を聞いている気がするのだが、なぜこの男はさらりと、世間話でもするような調子で話しているのだろう。
「竜」
「えぇ。確か、私がまだ兄上に騙し討ちされる前は……四体の竜が存在していたはずです。七体揃うと世界を焼くのですよ」
「竜」
「人の身に、神の寵愛は重すぎます。それゆえ、身体が鱗に覆われ、骨や肉が伸び、大地を蹴り空を飛ぶ、神の愛を飲み込みすぎて枯れずに生き延びた切り花は、竜となって世界を焼き、神々を滅ぼし解放する、と言われています」
イヴェッタは咄嗟に、自分の腕や肌を確認した。鱗、そんなものが身体に出た覚えはない。が、無い、とイヴェッタが安心しかけていると、ギュスタヴィアはイヴェッタの項に唇を落とした。
「見落としていましたが、ありますね。鱗。まだ二枚ですが、美しい真紅の鱗です」
「……」
人の形を保っている、とギュスタヴィアが初見で語ったのはそういうことなのか。イヴェッタはバッ、と自分の項に触れ、確かに、何か硬く冷たい物があると気付いた。今まであっただろうか。気付かなかっただけ?
「鱗は、どうしたら出来るんです?」
十八年間生きてきて、自分が確かに……思い返せばとても、運が良い場面は多くあったかもしれない。自分にとってはそれが当たり前すぎてよくわかっていなかったが、確かに……芝生にマンドラゴラは生えてこないかもしれない。
しかし全ての幸運の数を上げるとキリがなく、それらが全て竜になる原因になるのなら自分の身体はとっくに鱗まみれだろう。が、ギュスタヴィアの言葉を信じるとすれば、まだ二枚だという。素直に何か「二回、鱗が出来る条件が満たされた」と考えるのは安直だろうが、何か「鱗が出る条件」があるはずだとイヴェッタは考えた。
「それを教えると思いますか」
問うと、ギュスタヴィアはおかしそうに眼を細めた。イヴェッタを竜にして世に報復をとしている男が、告げるわけがない。
「……」
イヴェッタは、読書が好きだ。これまで読んだ本の中の竜の記述を全て思い出そうとする。ゼルも竜に興味を持っていた。竜、竜。各地に残る伝承。現在は六体の竜の存在が確認されていて、そして最後に目撃されたのは十八年前。イヴェッタが生まれる前後のことだ。情報があまりに乏しい。
が、現在六体の竜がいる。
つまり、自分が竜になれば世界が滅ぶということか。
世界を滅ぼすなど、冗談ではない。
「ギュスタヴィア様」
イヴェッタは、答えを告げる気のない求婚者にとろけるような微笑を向ける。
「わたくし、決めました」
「何をでしょう、愛しい人よ」
ギュスタヴィアも負けじと美しい笑みでそれを受ける。美貌の男女の微笑み合いは、場所がかび臭い地下迷宮、周囲に神々の怒りの残骸が転がっていなければ優美で優雅な光景だっただろう。
ガッ、とイヴェッタはギュスタヴィアの胸ぐらを掴んで引き寄せた。抵抗はされない。さて何をするのかと余裕の顔。イヴェッタは先ほどの微笑みを浮かべたまま、菫色の瞳に相手の姿をはっきりと映しながら囁く。
「あなたが、わたくしを竜にしたくないと切望するほど、愛されてみせます」





